113不幸少女と「父」の生き様
結局、その日は夜遅くまでドランザとぶっ通しで戦闘を続け、シャーロットは重い足取りですっかり暗くなった地上を進んで王都へと帰還した。
翌日。
昨日の戦闘の疲れを冷たい水で顔を洗って吹き飛ばし、シャーロットは意気込み十分に王都へと繰り出した。
行き先は、シャーロットがこの王都で手に入れておこうと考えていた3つのアイテム、そのうちの最後の一つの在りかである。
鷹の目スキルによって王都の風景を眺め、シャーロットは感嘆の息を吐く。
王都を区切る直角に交わる大通り、馬車五、六台が横に並んで進めるほど広い中央通りには溜息をつきたくなるほどの人込みであった。ひっきりなしに馬車が往来し、中央通りを抜けて貴族街に、商業地区に、あるいは王都外へ続く門へと馬車が駆けていく。
大通りに面した建物はどれも高く、二階三階はざらであった。ガラス張りの窓やカラフルな外壁に屋根、建物にはあちこちに装飾が施され、建物によっては観葉植物が置かれていた。
道行く者たちはカラフルな衣服を身にまとい、あるいは魔物素材やファンタジー感あふれる金属らしき素材の装備に身を包んでいる。中には地球で見たことがあるような洗練されたデザインのものも見受けられた。
これまで見ようともしてこなかった風景。
活気あふれる王都を眺め、シャーロットは地球にいた頃のことを思い出して少し感傷に浸り——けれど、そんな思いはすぐさま霧散した。
「何をしているのですか?」
「うぉッ⁉……ああ、シーラちゃんか。焦ったぁ。てっきりラナさんあたりに見つかったかと……」
大通りの角。
朝市へと向かうだろう人通りの中に不審な行動をする見覚えのある後ろ姿三つを見つけ、シャーロットはこっそり近寄って声をかける。
最もおかしな振る舞いをしていた男が、シャーロットの声に反応してバッと勢いよく振り返り、それからほぅと安堵の息を吐いた。
「だからシャルだと……いえ、リヒターさんには言っていませんでしたか。シャルと呼んでください。ここではそう通していますから」
「ん?よくわからんが、わかった。それで、どうしたんだ?」
今日はオフの日なのか、三人は武器防具を一切身に着けておらず、街によく溶け込んでいた——リヒターの行動さえなければ。
大丈夫なのですか、これ、とシャーロットはリヒターを指さしながらルナとミリーサの二人へと顔を向ける。二人はそろって両手を広げて首を振り、あるいは苦笑いを浮かべて光の無い瞳で遠くを眺めた。
「ふぅ、どうしたんだ、は私のセリフですね。こそこそと物陰に隠れるようにして、一体どうしたんですか?……って、ああ。兄貴とやらの尾行ですか」
建物の陰に隠れて奥へと視線を向けていたリヒターと、彼の姿を苦笑いを浮かべながら眺めていた二人。シャーロットは彼と同じように建物の先へと視線をやり、そこで彼が目にしていたものを発見した。
「違う、兄貴から教授を受けていたのだッ」
胸を張って断言するリヒター。彼が見ていたのは、喫茶店らしき場所のテラスで、娘と一緒にパフェをつっついているキドだった。
「朝からあれを食べるのですか……胸やけしそうですね」
「あら、シャルは甘いものが得意ではないのですか?」
「ええ、まあ。これまであまり食べてきませんでしたからね。果物の甘味はともかく、ああいった甘ったるいクリームなんかはそれほど得意ではないですね」
「あの甘さが、いい」
過去に食べた味を思い出して幸福に頬を緩めるミリーサと、甘いものが得意じゃないなんてかわいそうに、とシャーロットへ哀れんだ視線を向けるルナ。二人にとって甘味はまさに至福と呼ぶべき代物らしい。
「……あのキドのどこから何を学ぶのですかね……」
ぽつりとシャーロットが漏らした声を、けれどキドを兄貴と慕ってやまないリヒターは聞き漏らさず、キド観賞をやめてばっと振り向く。
「そりゃぁ、まずはあの男らしい立ち居振る舞いだろ。それに、娘のドルチェちゃんへの気遣いだろ、それに……」
止むことのない称賛の嵐に、シャーロットは苦笑いを浮かべて話し半分で聞き流し、けれど突然リヒターが雰囲気を変え、シャーロットもまた引き込まれるように彼へと真剣な顔を向けた。
「……何より、亡くなった妻を思いながら、嫌いな甘味を娘と一緒に楽しむあの光景こそ、俺があのお方を兄貴と慕う理由だ。娘と幸福を分かちあい、そして亡き妻を思い出しながら食べるパフェは、俺には想像もつかないような苦みと甘さとで、刺激にあふれているんだろうな……」
言葉を話せないドルチェに向かって笑みを絶やさずに話題を提供し続けるキドには、みじんも甘味嫌いなど見られなかった。ただそこにいるのは、娘を愛してやまない一人の男と、彼の会話にころころと笑い悲しそうに顔をゆがませと、喜怒哀楽豊かに感情を変える楽しそうな娘だった。
確かに、そういわれて見てみれば、キドのパフェはドルチェのものに比べて減りが悪いように思えた。そうしている間にも、キドはパフェへとスプーンを入れ、そうしてクリームをたっぷり掬い取って口に放り込んだ。
「キドをよく見ているあなたが言うのであれば、きっとキドは甘味が嫌いなのでしょうね……」
そこにあるのは美しい家族愛で……だからこそ、シャーロットは今キドが何を思ってドルチェと話しているのか、まったく分からなかった。
(誰かを愛すると言うのは、そういうものなのでしょうかね?)
それから、この後もキドについて行くという三人と別れ、シャーロットは適当な店で果物をいくつか購入し、再び予定地へと歩き始めた。




