109不幸少女と祝勝会3
「……それで、ルナさんとミーシェさんはどうしてここに?」
「…………」
「国からの呼び出し。戦争と、魔物の問題。それで、キドに会いに、リヒターが来たがった」
「ああ、なるほど。そういえば魔物の生息域変動が予想されるから、国をでている冒険者を呼び戻すという話をギルドで聞いた気がしますね。それで国に帰ってきて、一刻も早く兄貴と慕う人に再会したかった、というわけですか。……ルナさんは実家の方は?」
「……お姉さまは全く行く気がないわ。お姉さまなしでは、私はきっと足を踏み入れることも許されないわ」
「……貴族というのは面倒ですね」
「…………………そうね、そうかもしれないわ。だから、私はお姉さまがうらやましくて仕方がないのかもしれないわ」
万感の思いを込めたその言葉の後、ルナはハッと口に手を当て、それから居心地が悪そうに身じろぎした後「席を外すわ」と告げるなり、返事も聞かずに出口へと足早に去って行った。
「色々と、抱えているものがあるんですね」
「そう。ルナも、私も、ドルチェも。それに、シャルも。でしょう?」
「……そうですね。現実、思うようにいかないことだらけですし、自分ではどうしようもないことだって多くありますからね」
ドルチェの髪をすきつつ、シャーロットは天井へと顔を上げて息を吐く。少しずつ、シャーロットをからめとるように巻き付く「ゲーム」という茨を思いながら息を吐く。リシェル然り、大図書館で出会った学園長然り、ゲームでは主人公のライバルキャラの友人として少しだけ登場したドルチェ然り、シャーロットの行く先にはゲームのつぼみが散りばめられていた。
「シャル、ありがとな。最近あまり眠れていなかったみたいで心配していたんだが、ぐっすりだな」
「おや、キド。子分は放っておいていいのですか?」
「あー、まあ、何だ。悪い気はしないんだが、俺は別に誰かに兄貴と慕われるほどできた人間じゃないからな。愛した女性一人守れず、今だって娘を守れていると思うことすらできねぇ。そんなちっぽけな人間だからな……」
どかっとシャーロットとルナが囲むテーブル脇の椅子の一つに腰を下ろし、キドは体重を預けてずるずると沈んでいく。
「彼の、リヒターの憧憬は重い、ですか?」
「そうだな。……重いというより、自分の不甲斐なさを突き付けられているようで苦しくなる、が正しいんだろうな」
「……そうですか。けれど、私は今のキドの在り方が間違っているとは思いませんよ。ただ、肝心のところが見えていないだけで」
「……どういうことだ?」
私は知っている、とでも言いたげなシャーロットの言葉に、キドは不快そうに眉間にしわを寄せ、怒気をはらんだ声を出す。
「例えば、ドルチェさんがどうして声を出せなくなったか、ということですよ」
「そりゃぁ、目のまえで母親が殺されちゃあ、そうなっても仕方がないと思うが……」
クソ、と苛立ちテーブルへと振り下ろされた拳は、けれどシャーロットが発動した風の風船に受け止められて速度を殺され、ポスンと軽い音を立ててテーブルに乗った。
「ドルチェさんが起きてしまいますよ?」
「あ、ああ……悪いな、ありがとう」
虚を突かれたような顔で頷き、それから再度キドは椅子に深く腰かける。
キドが落ち着くのを待ちながら、シャーロットはようやく料理にありつき、そのおいしさに頬を緩める。
「……ええ、確かにドルチェさん……ドルチェちゃんにとって、目の前での母の死は重いものだったでしょう。けれど、私はそれだけで声が出せなくなるほど、彼女が弱い人間だとは思えないのですよ」
シャーロットの膝の上で幸せそうに顔をほころばせて眠る少女には、何の怯えも、苦痛も見られなかった。ただただ穏やかに眠る彼女を見て、キドは目を閉じうなだれる。
「事件があってからこれまで、俺はドルチェのそんな顔を見たことがねぇ……父親失格だな」
「……それは違う。親が、ただ一人で子どもを導ける、というのは思い上がり。子どもは、たくさんの他者と関わって、成長していくもの」
「……たとえそれが、ドルチェが話せないのを哀れんだり馬鹿にしたりする奴であってもか?」
キドの反論に、ミーシェは口を閉ざし、困ったようにシャーロットを盗み見る。
宴もたけなわ。遠くのテーブルでは「聖なる声」一行やラナ達が楽しそうにどんちゃん騒ぎをしている声が響く。目を閉じているシャーロットはそんな彼女らの声に耳を澄まし、それからドルチェの頭をなでていた手を止め、ゆっくりと面を上げる。
「そうですよ。子どもというのは、人というのは、ただ守られているだけでは成長しないものですよ。だから、彼女は世界を知るべきなんです。でないと、今のままがんじがらめになって、身動き一つ取れなくなりますよ。息をするのすら苦痛な、そんな灰色の世界に、彼女を押し込めたくなどないでしょう?」
シャーロットの言葉に、けれどキドは何も言わない。何も言えない。ただ目を閉じ、じっと固まるばかりだった。その網膜の裏には、果たしてどんな未来が映っているのか——
「おや、おいしいですね、これ。私もこれくらい料理の腕があればいいのですが……なにせ調味料というものを使った経験がほとんどないですからねぇ。せいぜいが塩と砂糖くらいで……」
あえて空気を読まない発言をするシャーロットに、けれどキドはそうだな、と笑って返す。たとえその表情が空虚であったとしてもここは祝宴の場。シャーロットはそれ以上気にすることなく、テーブルに並ぶ色とりどりの料理に舌鼓を打ち始めた。




