11不幸少女と秋の実り
魔力を三分の二ほど消費したシャーロットは、今度は体づくりを始めていた。走り込みをし、腹筋、背筋、腕立てで筋力をつけ、木の棒で素振りをする。
魔法訓練とは異なり、同世代の子どもに比べて体力も筋力もないシャーロット、度々休憩を入れながらも真剣に取り組んでいた。
ゴブリン二匹との戦闘終了時、シャーロットは完全に息を切らしていた。レベル1だから、魔法使い特有のステータスだからと言い訳しようと、現実は非情である。戦いの場では体力・魔力がなくなったものから死んでいく。シャーロットはそう認識していた。
「18、19、20!」
わずかに痙攣をおこし始めた両手から木の棒を落とし、シャーロットは地面に座り込んだ。わずか20回の素振りでこれである。継続戦闘時間が短すぎる。
魔力がそこまで多くない現状、からめ手で魔物を斃している以上、身体能力も戦闘結果に大きく影響してくる。
「もう少しやりますか。……1、2、……」
再び木の棒を握りしめ、素振りを始めるも、今度は十数回で限界が来て棒を手放してしまう。
「あー、イライラしますね」
日本ではそれなりに運動神経が良かったシャーロットとしては、この状態は気持ち悪くて仕方がなかった。とはいえ今までまともな食事をとったことなど人生の半分に満たないであろうことを思えば、かなりましな状態だとも考えられる。
「こういったときに魔法のような不思議現象が活躍してくれるといいのですけれど……魔法?自己治癒……魔力1未満で使用しながら素振りはできますかね」
現状最も謎な自己治癒のスキル。少なくとも小さい傷を数秒で癒すことができるこの力であれば、筋肉疲労を癒しながら運動できる可能性はゼロではない。
「自己治癒——1、2」
薬草を使ったときの冷たい魔力が腕に流れるイメージ。冷たい魔力を流すのではなく、体内の必要部分で魔力の状態を変えてしまえばいい。果たしてそのスキルは効果を発揮した。
「30!」
最大回数の1.5倍を更新。それなりに効果があると思われる。そこで途絶えてしまったのは——
「疲労の蓄積が、回復以上だった、と。魔力消費を引き上げれば疲れずに行動できるけれど、魔力がすぐになくなりますね。それに、自己治癒が酷使した筋肉にどう働きかけているのかが分からないのが問題ですよね。筋肉疲労を体の異常とみなして元の状態に戻すスキルだったら時間と魔力の無駄、経験を積むだけですね。これが超回復であればすごく有用なのだけれど……」
しばらく休み、魔物肉の燻製が形になっているのを確認したシャーロットは、出来上がった燻製肉を横穴の奥にしまった。ちょうど日が傾き始めたくらいで、6時間以上燻製していたと思われる。
横穴から出たシャーロットは四肢を軽く動かして、ある程度疲労が抜けたことを確認した。
「食糧確保に向かいましょうか。いつまでこの場所にいるか分かりませんし、最悪冬を越す可能性もありますからね。食料と、寒さ対策に毛皮と、後は大量の薪ですか。とりあえず秋の内に食べ物をかき集めましょう」
日持ちするように簡単にドライフルーツなどに加工できる渋柿あたりか、そのままでも長期間保存できるドングリや栗あたりを集めるため、シャーロットは蔓で編んだ籠を下げて木々生い茂る先へと進み始めた。
山道を歩くのに多少慣れたからか頭上を見る余裕ができたおかげか、過去二日では見落としそうな食べ物をいくつも収穫できていた。
やまなし、ドングリ、アケビ、ムベ、イチジク、ザクロ、すもも、緑のドングリのような実、赤っぽいトゲトゲの果実、赤いツブツブ、オレンジ色のロケット状の果実。
多くの果実が地面に落ちているものがなかったことに気が付いてからは、シャーロットは警戒を一層高めた。
幸い、魔物には特に出会わず、先に持ちきれなくなって横穴に引き返すことになった。
「イチジクとザクロ、すももはドライフルーツにして、ドングリはそのまま保存。後は腐る前に食べるしかないですか。さすがに他のフルーツでドライフルーツが作れるかとか、その方法とかは分かりませんからね。後は食べられそうな果物だけれど、これだけ種類があるのに危険に走る必要はないですよね」
多分こうだろう、というあやふやな記憶でシャーロットはドライフルーツを作っていく。
刃物がないので、イチジクとすももは枝部分で縛って丸ごと吊るし、ザクロは実を取り出して大きい葉っぱの上に並べて干す。全て干し終えると、横穴の入り口が柿とイチジクとすももで簾のようになっていて、非常に入りづらくなってしまっていた。
「本当はネットに入れて虫よけすべき果物もあった気がしますが、そもそもネットなんてありませんし、数打ちゃ当たる作戦ですね。さて、それじゃあ腐りやすい果物の実食と行きましょうか」
まずは、とシャーロットは手近な場所にあったやまなしをかじる。
「んー、あまり甘くない梨ですね。昔食べたのと同じ素朴な感じがします。気が向いたら加熱して食べましょうか。多少甘くなるでしょうし」
異世界の野生の果実が、日本で食べられる品種改良された果実に勝てるはずがなかった。とはいえシャーロットの味覚では十分おいしく感じられていた。
「アケビとムベはそれなりに甘いですね。というか、私の味覚では同じ味に感じますが、実はどちらも同じ果実でしょうか?地球の知識は基本的に通用しないはずですからねぇ。せいぜい似たような見た目の、けれど完全に異なる味の果物ばかりの方が自然なわけですし……この世界、地球に近い植物が多くないですかね?まあ、片方は葉が落ちて実は割れていましたし、どちらもアケビ、なんてことはないと思いますけれど……さて、あとは緑と赤1と赤2、橙。んー、とりあえず口に入れて、だめそうだったら吐き出しましょう。……ふう、えいっ、と……うっ、ぺっ。んんっ、刺激が強い?毒というよりは香辛料に近いですかね?あまり口に合いませんね。これ以上試したくはない感じですか。赤1は……これはほんのり甘くていいですね。赤2は……青臭い。雑草スープを思い出す味です。無し、と。橙は……おえっ。ガラガラ、ペッ。ナニコレ……ものすごく臭い。腐臭がします。ああ、これってゲームに出てきた忌避剤の原料?あの激臭がする魔物避けの?」
シャーロットは頭に手を当てて記憶を掘り起こしにかかる。神に与えられたのはあくまで知識であり、シャーロットの経験ではない。それゆえ、少しでも引っ掛かりを覚えるだけましな状況だった。
(確か名前はルーシャ。一年を通して森になる不思議果実で、鼻の良い動物や魔物の足を遠ざける効果があるのでしたか。ルーシャの実を取りに行くクエストで試食した攻略対象が悶絶するシナリオがあったはずですが、そこまでではありませんね。とはいえ二度とこの匂いは嗅ぎたくありませんが)
おバカキャラの攻略対象と同じ失態をおかしたことにげんなりしつつ、シャーロットは食べられないと判断してルーシャの実を脇に避ける。
名前の分からない果物は食べないという結論を得たシャーロットは、口直しにやまなしをかじり、保存食になりうる木の実を集めに再び森の奥へ進んだ。
「キノコは知識なしでは怖いですからね。山菜はそもそも分かりませんし……果物と肉しか選択肢がないのですよね。後は……あら、これって……」
数種類落ちているドングリに焦点を当てて拾い集めていたシャーロットだったが、視界の端に映ったハートを縦に引き伸ばしたような葉っぱを持つ蔓に意識を吸い寄せられた。
「んー、昔見た山芋に似ていますね。掘ってみましょうか。——土塊よ成れ」
蔓の根元付近の土で球を作る。生み出した土塊は穴のすぐそばに落ちるイメージしておけば、穴掘り代わりの魔法になる。魔法で土が使われた後には蔓が残るだけだった。
「もう少し深くないと駄目ですね。もう一度——土塊よ成れ」
相変わらず適当な呪文を唱え、手のひらから少し離れた穴の奥の土の塊を手元まで浮かび上がらせ、穴の脇に落とす。すると目的の芋が顔をのぞかせた。
後は繰り返すだけ、と数回魔法を放ち、そのたびに手のひらからの距離が遠くなるために、魔力消費を抑えるために地面に寝そべって手を穴にねじ込んで魔法を発動した。
「おおー、まあまあでしょうか」
根の先端まで土を取り除き、姿を見せたのは最大直径4センチメートルほど長さ50センチメートルくらいの山芋だった。
「山芋と長芋……私は区別がつきませんが、まあ焼いてしまえばどちらも大して変わらないでしょうね」
すべてのとろろ愛好家に喧嘩を売るような発言をしつつも、シャーロットはドングリ拾い、それからようやく見つけた栗拾いを再開する。
夕暮れギリギリまで採取に明け暮れ、シャーロットは慌てて横穴に帰還したのだった。




