104不幸少女と第二のアイテム
微妙なところで授業が終了し、シャーロットは空き時間を上手く利用しようと、貴族街の外れへと足を運んでいた。
美しい装飾を施された邸宅や色とりどりの花々が咲き誇る道を縫って進み、シャーロットはそのおんぼろな屋敷へとたどり着いていた。
ちなみに、この国では貴族街と平民街は明確には分けられていない。というのも、建国当初予定していたよりも現在の貴族街の面積が広くなってしまっており、元々設置されていた通用門が役に立たなくなったからである。貴族らの中にはその壁の内側に邸宅を持つことを一種のステータスと考えている者もいたが、それはともかく、平民であっても貴族の居住地区に立ち入れないことはない。
ここもまた、貴族社会性の強いラーデンハイド王国とアドリナシア王国の大きな違いかもしれない。
周囲をサッと確認、特にシャーロットに注意を向けている者がいないことを確認する。潜伏スキルは発動しているが、最近シャーロットはスキルを過信するのを完全にやめ、自らの五感をもって——今回はやはり探知魔法というスキル頼りであったが——確認する操作を怠らないようにしていた。
(問題なし。……では、入りましょうか)
さび付いた門から少し周囲を回り、シャーロットは適当なところの塀を飛び越えて敷地内に着地する。手入れの行き届いていない庭には雑草が生い茂り、シャーロットの背丈ほどある草が視界を遮る。
「こういう点では低身長は不利にしかなりませんね。最近多少背が伸びたと思っていたのですが……」
もともと栄養失調ぎみだったシャーロットは、同年代でもかなり背が低い方である。最も同年代の子どもとシャーロットがかかわったことなどゼロと言って差し支えなく、あくまでも道行く子どもと比較しているに過ぎなかったが、それでもシャーロットはこの身長にコンプレックスを抱き、なるべく規則正しい生活を心がけて背を伸ばす努力をしていた。
溜息一つ、それから草をかき分け、シャーロットは根っこでぼこぼこになった地面を踏みしめて進んでいく。それからすぐ、開けた視界の先には、今にも崩れ落ちそうな洋館風の二階建ての建物が姿を現した。もともと磨き抜かれた白であっただろう壁には苔と枯れた蔓が絡まり、表面は長年の雨風によってくすみ、所々剝落していた。
バルコニーの床は半分ほど抜け落ちており、シャーロットはその光景からラーデンハイドの森でダークウルフと戦ったとき足元を崩したことを思い出した。ちょうどあの時のように崩れた足場の一部が根に——今回は蔓でからめとられ、ぶらぶらと風に遊ばれて揺れていた。
窓ガラスはほとんど割れてしまっており、その破片が周囲に散乱していた。
「ははは、幽霊屋敷……ああ、その通りなのでしたか」
周囲の貴族家から幽霊屋敷と言われ、嫌煙されているここは、その言葉通り幽霊の住み着いた——幽霊になった男の屋敷であった。元宮廷薬剤師の彼の持っているアイテムを譲り受けるため、シャーロットはわざわざこのような場所へと足を運んだのだった。
「さて、ゲーム通りに話が進めばいいのですけれど……まあ多少のショートカットはさせてもらいますけれどね」
ドランザに奈落へと叩き落されたことに凝りもせず、シャーロットはまたしても楽をしてアイテムを手に入れようと、すでに準備は万全だった。このシナリオは素材採取クエストであり、そしてシャーロットは、ここ数か月で特訓と並行して素材を集めて回っていた。
片側が朽ちた扉から中に侵入、シャーロットは埃っぽい空気に眉をひそめながら、口元に布を巻いて奥へと足を運んでいく。
内側もやはり相当ガタが来ており、あちこちに蜘蛛の巣やほこりがたまり、小動物が移動したらしき跡、それから壁面に無数の亀裂が見えた。
もともと何色だったかも定かでないぺらぺらになったカーペットを踏みつけつつ、シャーロットは周囲を観察しながら実験室へと進んでいく。
「それにしても、どうして建て直さないのでしょうかね?貴族街はスペースが不足しているというのであれば、こういった場所をさっさと片してしまえばいいでしょうに……ああ、それを攻略対象と一緒に主人公が取り組むシナリオがありましたか。子どもにやらせるほどこの国は人手不足なのですかね?」
ゲームではこういった捨て置かれた屋敷を有効活用しようと、主人公らが計画し、屋敷の建て直しを進めていくのである。多くの屋敷の所有権はすでに曖昧になっているか、あるいは何らかの理由、例えば盗賊や悪霊が住み着いていることで取り壊せないといった状況である。それを主人公らが現地に赴き確認する中で、この屋敷へと足を運ぶことになるのである。
「はぁ、あの暇人研究者、死んでからも研究に取り組むより土地の所有を明確にしてさっさと成仏してしまえばいいものを……ってそれでは私がアイテムを手に入れられませんか。ふむ、未練を持ってよくぞこれまで存在し続けてくれました、とでもいうべきですかね……っと」
探知魔法に引っ掛かった小さめの魔力反応に、シャーロットは素早くガラス弾を放つ。甲高い断末魔の声を上げて息絶えたのは、全長二十センチメートルほどのネズミ型の魔物だった。スモール・グラトニーと呼ばれるその魔物はあらゆるものを貪欲に食し、建物の土壁さえかじり取って倒壊させてしまうことがある。一般市民に最も嫌われている魔物と言えるだろう。
「1、2……13匹。多いですね。仲間の断末魔に引き寄せられましたか?そういった存在はキラーアント一種で十分なのですけれどね……」
ぼやきつつもシャーロットは腰の巾着からガラス弾を前方へとばらまく。空気中に散った弾は、それから突如落下軌道を変化させ、魔物たちへと弧を描くようにして飛び掛かった。
風魔法に運ばれる弾は、約十五個。それらが不思議な軌道を描き、追い込み網のように四方八方からネズミを一か所に押し込んでいき、襲い掛かる。
『ヂュウゥゥゥ⁉』
「ストーンニードル」
魔物の悲鳴に、けれどシャーロットは何の関心も向けず仕留めにかかる。床石から突き出した石の針は、ガラス弾を仲間の体が防いだおかげで生き残った個体を残らず絶命させた。
むわっとホコリとカビの臭いに混じって、強い血の匂いが周囲に立ち込める。その悪臭に顔をしかめ、シャーロットは適当に風を吹かせて換気を行い、それから魔石を取り出してその死骸は同じく魔法で作った土製の台車に乗せておく。
「あとで庭に持って行って埋めてしまいましょう。……それにしても、スモール・グラトニーが十匹以上住み着いていて、よくこの家はこれまで倒壊しませんでしたね?やはり魔法的な措置がされているのでしょうかね?貴族の屋敷と言うと絢爛豪華を意識しすぎて実用性に欠けるイメージがありましたが、ちゃんと頑丈さなども意識されているのでしょうか」
ぽんぽんと壁を叩けば、けれどもぱらぱらと土塊が床へと落ちていく。生き埋めになる未来を想像し嫌そうに眉間にしわを寄せ、シャーロットはさっさと用事を済ませてしまおうと目的の部屋を探して歩き回った。




