10不幸少女と鍛錬の開始
薄く霧が立ち込める中、シャーロットは横穴の外で体を伸ばしていた。
血の匂いに気を付けたおかげか、昨夜は狼の魔物の声も聞こえず、鳴子が音を立てることはなかった。
川に放り込んでいた魔物肉も無事であり、シャーロットはさっそく焚火を起こして肉を焼き始めた。二つ用意した焚火の一つは土の箱の中にある。
土魔法によって作った簡易の燻製装置である。魔物肉を吊るし、砕いた木片を山ほど放り込んで燻す、なんちゃって燻製である。
燻製の経験も知識も皆無のシャーロットではあるが、保存食確保のためには数時間燻製装置の前で待ち続けることも辞さなかった。
さすがに今回は焼けたばかりの肉にかぶりつくようなことはなく、シャーロットは少し冷ましたオオサンショウウオもどきの片腕の肉を口に運んだ。
「んー、肉ですねぇ」
肉だった。昨夜解体したものではあるが、冷たい川の水につけておいたことで傷むことはなく、そして相変わらず血抜きなしであったために血の味が強い肉だった。
「山椒」の風味がするからオオサンショウウオとはよく言ったもので、この魔物の肉もほのかに山椒らしき香りがする、まともな食べ物だった。
雑草スープや渋柿、ゴブリン肉とは比べ物になるはずがない。
静かに涙を流しながらゆっくりと肉を食べていき、それから燻製装置を確認しながらシャーロットは魔法の訓練を始めた。
「まずは同時発動と手のひら以外からの魔力放出。あと私から離れた場所での魔法発動ですね。後は回数を重ねて消費魔力の調整といったところでしょうか」
指折り数えながら、今後の訓練の方針を立てて行く。最優先は対複数戦闘のための同時発動だ。
「まずは消費魔力が少なくて済む着火あたり——着火!」
両手を突き出し、それぞれの手のひらの先、地面に置いた木片に火が付くイメージを持つ。体内で練り上げた魔力を両手それぞれから放出する。
「あー、右手の方だけ火が付きましたね。慣れている右だけ発動ですか。魔力量がイメージに見合わない少量……なら両手ともにつかない。なら、放出した魔力を木片付近に押しとどめられなかった?左手の方では魔力が霧散したなら可能性はあるでしょうか」
もう一度、今度は多少魔力が霧散しても発動自体はするように消費魔力を増やして魔力のごり押しで同時発動を試みる。
「着火!ついた!」
両手のひらから放たれた魔力は木片の周りに集まり、火が生み出された。やはり火の大きさが右手の方が大きかった。
「左手の方では魔力が散ってしまっていますね。魔力操作能力が足りないのですか。なるべく魔力を消費しない鍛錬……体内で魔力を動かしましょうか」
目を閉じ、体の中をめぐる魔力を勢いよく動かす。魔力を体の一部に集め、留める。
「根気よく続けていくしかないのでしょうね。次に行きましょう」
立ち上がり、目を閉じる。体内の魔力を足の裏へと集め、魔法を発動する。
「土よ隆起せよ」
適当な呪文と同時に足の裏から魔力を放出すれば、つま先10センチメートルあたりの地面が数センチ盛り上がった。
「もう一度——土よ隆起せよ」
今度は手を地面につけて、手のひらから魔力を放出する。先ほどの山の隣に、今度も同じくらいの規模の山が生じた。
「手の平から魔力を出した場合の方が、山が高いですね。しかも1センチメートル近く。現時点では手のひら以外からでは魔力効率が大幅に悪化する、と。発動自体はできますが、このままでは駄目ですよね。んー、魔法発動ではなく、単に体外に放出した魔力が散ってしまわないように自在に動かせばいいのですよね……これって同時発動の問題と同じでしょうか?魔力操作能力が低い、と。成長戦略がたったわけですし、これからですよね。上手くいかない、しかも原因不明という状況よりはよほど良いですね。離れた場所での魔法発動は……これも魔力操作ですよねぇ。魔力操作、大事ですね」
深呼吸一つ。手のひらからを突き出し、五メートル先あたりの地面が盛り上がるイメージをする。
「——土よ隆起せよ」
手のひらから魔力を放出し、目標地点に魔力を集め、現象を引き起こす——
「——はずなのだけれど、ねぇ?」
視線の先にあるのはまっ平な地面。魔法は発動しなかった。
シャーロットは首を傾げ、代わり映えのない地面を見つめる。
「魔力操作?それだけで上手くいくようになるのでしょうか?もっと別のアプローチが必要な気がしなくもないような……」
しばらく首を傾げてから、シャーロットはひとまず魔力操作能力の向上を目指すのだった。




