5節 「洗礼」
5節「洗礼」
鬼を倒した事で閉ざされていた洞窟が開いた。
為心達は準備を整え直し、その先に進む。
「フォーメーションを変えるとするかのう」
会長がリタの心魂を入れた新しいフォーメーションを相談する。
それについてリタが言葉を口にした。
「言っときますけど、会長さん? 僕の心魂は一対一用ですからね?」
「なんじゃと!? 多数はいけんのか!?」
「いや、やってみてないからなんとも言えないけど、さっきの鬼の速度で多数だと多分、抜け道ない」
「ワシが考えてるよりその心魂は複雑じゃのう。 じゃが、一対一なら最強のスキルなのは間違いない。 フィニッシュで使えるし、体勢を立て直すのにも使える。 なんて便利なんじゃ……」
会長は感心していた。
「というか、次もさっきの鬼なのかなー?」
ちくびが不安そうに言う。
「かもしれんなっ! じゃが次は雑魚と相場が……」
「それ言っちゃダメっ!!」
会長が言い終える前にちくびが遮り、その会話に為心が入る。
「会長わざとやってない?」
「ワシはいつだって本気じゃ!」
そこにちゃまが話を戻す。
「でも、本当にさっきと同じ鬼だったら消耗が激しすぎる……ノーネームさんの時同様にあの形態に変わる前に倒さないと」
それについてリタが口を挟む。
「そもそもあの形態何? 今までにあんな鬼の設定なんていた?」
会長が予測の範囲で言葉を口にする。
「恐らくワシらが変わってる様に向こう側も変わっておるのじゃ。 最早ゲームの設定をベースに考えていてはロストしかねんのう」
すると目の前に出口が見えた。
「とりあえずじゃ。 次のフォーメーションはまず、ワシが盾になり状況を把握し、一対一ならリタをメインで行く。 しかし多数ならワシとリタでオトリをし、外側から掃除じゃ。 そしてもしもあの鬼が複数の場合は1匹を為心一人で牽制しつつ、後の四人で早急に対処じゃな!」
それについて為心が言葉を口にする。
「おい! いや! わ、わかるけども! でもけどもだよ! それはエグイって!」
そしてその時、洞窟を抜けた目の前の景色に驚き、ちくびが口を開く。
「え? こ、これって同じところ? もしかしてループしてる?」
しかし、為心が否定する。
「いや、途中に抜け道は全く無かったはずだ」
リタが言葉を挟む。
「きっと、運営側はコピーして作ってるんだよ。 その方が楽だろうしね。 要するにこれは手抜きだと思う」
ちゃまが少し心配そうに言う。
「そうだと……良いんだけどね」
そのまま全員は進み、エリアの真ん中まで到着し、入ってきた入り口は閉ざされ、目の前に時空の歪みが発生した。
「何にせよ。 出てきた敵によってそれはわかるじゃろうて。 戦闘準備っ!! 全員構えるのじゃっ!!」
会長が指示を出したその時。
目の前にあった時空の歪みが地面へと落ち、フィールド一面に一瞬で広がった。
それを見てちくびが驚いた。
「さっきと違うっ!!」
会長から激声が飛ぶ。
「全員警戒っ! 囲まれるぞっ!!」
体格は小柄、鋭い爪を生やし、目元は石のお面で覆われ、口元には鋭い牙、非対称の角、筋肉組織は青色に発光してる様に伺えた。
そして、何十匹の鬼が下から幾度となく這い上がる様に現れ、為心達は囲まれた。
「袋叩き状態かよ。 さっきの予定してた作戦には無かった! 会長どうする?」
リタが指示を仰ぐ。
リタは理解していた。
この場合、独断での行動は隊列を乱し、混乱し、致命的に陥ると。
「ちゃまとちくよっ! 突破口を開くのじゃっ! その後為心連撃で切り開いた道からつづけっ!」
「時雨っ!!」
「水光弾っ!!」
光の矢が激しく突き刺さり、水の玉は幾度となく鬼を貫通し、鬼が青黒く液体の様に弾けた。
「ポリゴンにならないっ!?」
ちくびが驚き、会長がさらに指示をだす。
「構わんっ! 今はこの状況を優勢にすることが先決じゃっ! 為心よっ! やるのじゃっ! ワシが右側のケツを持つっ!」
「閃光! 乱舞っ!!」
開いた突破口から為心が左へ斬り刻む。
刃を一太刀いれる度に1匹づつ液体になり、散乱していく。
「手数が足りないっ! ちくちゃん! 加勢してっ!」
為心が加勢を求めた。
「了解っ! 水刃槍連斬」
魔氣 攻撃スキル
水刃槍連斬
杖の両端に水でできた刃を生成し、両刃槍として攻撃を繰り出す。
ちくびが加勢したことによってスムーズに進行し始めた。
「結構片付いたかっ!?」
為心がちゃまに聞く。
「粗方ねっ!」
会長の指示が飛ぶ。
「残りは各自掃滅じゃ!」
決して、強くはない敵だった。
しかし、何かがおかしいと誰しもが思っていた。
最後の1匹を会長が討ち取り、指示を出す。
「必ず何か起こるっ! ちくを中心に円を張るのじゃ!」
為心達は戦闘体制のまま円を張り、その違和感に警戒し、その時を待った。
「……。」
その時、液体が動き出し、1箇所に移動し始める。
「集まる方向に合わせて陣形を変えるのじゃ。 リタよ! 何が起こるかわからないこの状況……主のスキルがあって助かるっ!」
リタを筆頭に陣形が形成され、そしてその物体は全ての液体が集まったことでかなりの大きさが伺えた。
「心魂……鷹の目っ!!」
リタの瞳が蒼く発光し、陽気が立つ。
その間に液体は徐々に大きく形を変え、形を作っていく。
まず最初に物体は左腕を形成し始めていた。
「あれは……左腕なのか? ……っ!!」
リタは何かに気づき直ぐにシールドを展開した。
「絶っ!!」
リタがシールドを展開した直後だった。
液体の固まりは形状途中だが、作り終わっていた大きい左腕だけで攻撃をしてきたのだ。
鬼の大き過ぎる拳がリタのシールドに直撃し、鬩ぎ合い、火花が飛び散る。
「リタよっ! なんくるないかっ!?」
会長がリタに確認する。
「こんな時に沖縄の方言持ってこないでよっ! でも、大丈夫っ! さっきの奴程じゃないっ!」
そして、会長から指示が出る。
「鬼のHPゲージが表示されたっ! まだ次のモーションまでの今のうちに出来るだけ攻撃をぶち込むのじゃっ!」
「了解っ!」
「了解っ!」
「了解っ!」
リタ以外がスキルを一斉発動した。
「時雨! 一旋っ!」
ちゃまは光の矢を降らせ、さらに凄まじい一撃の矢を放った。
「水光弾っ!」
ちくびは光の水を凄まじい速度で飛ばした。
「閃光! 乱舞っ!!」
為心は閃光のスキルを使い一瞬で後方へ回り込み、乱舞のスキルで斬撃を繰り出した。
「刻爆炎! 十火炎斬っ!!」
会長は正面から刻爆炎で太刀に爆発を起こし、十火炎斬スキルで猛烈な十連撃を幾度と無く繰り返す。
その間に鬼は右脚、左脚と形状を作り、最後に右腕まで完成したその時だった。
「会長っ! 危ないっ!」
リタが声を荒げ、会長はすぐにシールドを張った。
「絶っ!」
スキルを使用と同時に鬼の右拳が会長めがけ振り下ろされ、見事に防御に成功する。
空かさず、会長は心魂を使用した。
「心魂! 挽回っ!!」
会長の固有スキル挽回が凄まじい光と共に鬼の右腕が吹き飛ばした。
それと同時にリタが耐えていた鬼の左拳をシールドの角度をつけ滑らせ、後方へ流し、鬼の拳は地面へと攻撃する形になってバランスを崩した。
「チャンスじゃっ! 全員ぶち込めぇっ!!!」
会長の指示の元、全員が技を一斉に繰り出した。
「一旋っ!!」
「水刃槍連斬っ!!」
「光剣っ!!」
「鳴上! 乱舞っ!!」
「刻爆炎! 十火炎斬っ!!」
自分のポジションからの攻撃、仲間の位置など、全員は理解しているスキルの使い方だった。
そして、未来を見ていたリタは最後の一撃をとっていた。
「これでっ!! 終わりだっ! 光剣っ!!」
凄まじい光の攻撃により、鬼は不完成のままポリゴンになり、弾けて消えた。
そして、太刀を背中に戻しながらリタが口を開く。
「やっぱり普通はこれぐらいじゃない? やっぱり最初の鬼がおかしいよね?」
それについて為心が答える。
「どうだろうな……今回は根こそぎHPを持って行けたからよかったけど、もしかしたら今倒した鬼も形態変化してたかもな。その条件がなんなのかはわからないけど」
「確かにのう……ただ、タンクが2人にこのメンバーのステータスは強い部類じゃ! それにリタの心魂があってこそじゃし、今回は相性がよかのう」
会長が言葉を口にし、全員は消耗することなく次に行くことができた。
同じくして新しい道が開き、会長を筆頭に歩き出す。
「今半分ぐらいかな?」
ちくびの言葉にちゃまが答えた。
「んー……今までのゲーム時のクエストと考えても3分の1か半分って感じはするよね?」
「後半分かぁ……しかもこれからボスってなると本当に骨折れそうだよねぇ……」
その時。
「シッ!!」
会長が人差し指を口に当てた。
「…。」
全員の顔つきが変わり、周りにだけ聞こえる声で会長が言う。
「何か聞こえる」
恐る恐る全員が出口より先の音の正体を見た。
そこは縦に長い長方形の大きな通路。
おそらく1番奥にはボスであろう扉が構えられていた。
しかしその扉に向かうにはこの通路を抜けなければならない。
「あ、あたし、結構苦手かも」
ちゃまはそれを見てひとこと呟いた。
色白に足が4本、そして、尻尾を生やした大きい昆虫のような鬼たちが何千万匹と床が見えないほど徘徊し、天井には卵があり、定期的に羽化し、そして、落下して数を増やしていた。
「お、俺も結構きつい」
ちくびもそれを見て背筋が凍った。
そして会長が指示を出す。
「壁を背にして戦うしかないのう……ちゃまは天井を、他はちくびを中心に守って乱戦じゃな」
そして、各自準備が整った。
「水浄化っ!!」
ちくびは全員にバフをかける。
「浮遊。 心魂! 巻龍っ!!」
ちゃまは皇矢心魂スキル巻龍を使って敵の群れ目掛けて超大型の竜巻を起こした。
「水光弾っ!!」
ちくびは範囲攻撃でスペースを作る。
「いくぞっ! 閃光っ! 乱舞っ!!」
為心を筆頭に乱戦が始まった。
「リタよっ! 光剣じゃっ!! 合わせろ!」
「はいよっ!! せいの! 心魂っ! 光剣っ!!」
「水刃槍連斬っ!!」
出たしは非常に良好だったがしかし。
「くっそっ!! フォーメーションもクソねぇなっ!! 全然数が減らない!」
為心から疲れが伺え始めた。
「会長っ! これってもしかて!?」
ちゃまが会長に聞く。
「ワシもそう思ったところじゃ!」
ループの可能性。
無限にリスポーンする設定なのだと全員がそう思った。
「主ら赤生水はまだあるか!? 底尽きても困るぞ!」
「ボス一戦ぐらいはギリってとこかな?!」
会長の言葉に為心が答える。
「同じく!」
リタも言葉を返す。
「わたしもそのぐらい!」
ちゃまも返事をした。
「俺はまだ大丈夫だけど、みんながやばいっ!」
ちくびも返事を返す。
「全員消耗が激しいか……」
会長は考えた末に言葉を続ける。
「…主らよっ!! 賭けに出ても良いか!?」
「問題ないっ!」
その質問にリタが答え。
「私はついて行くよっ!」
ちゃまが答え。
「行こう会長っ!」
ちくびが答え。
「どう見てもそれ以外に方法ねぇだろぉ!」
為心が答えた。
その答えに会長は。
「良く出来た奴らじゃ! 突破口開けっ!! 全員突っ込むのじゃっ!!!」
もう一度スキルの嵐が舞った。
ちゃまの巻龍が一掃し、ちくびの水光弾が流れ、為心の凄まじい速度での乱舞が道を切り開き、リタと会長の十火炎斬が音を立て、全員が突き進む。
「あと少しっ!」
誰しもが思った。
「扉までもうすぐっ!」
全員が思った。
「あともうちょっとっ!」
為心が激声をあげる。
「邪魔だぁぁぁああああああ!!!!」
凄まじい斬撃の末に為心が扉までたどり着いた。
「うらっぁぁあ!!」
乱舞の回転を利用し、扉を蹴り破り、全員が雪崩込んだ。
「閃光っ!」
為心が閃光を使って切り返し、全員が入ったことを確認して扉を閉めるがその時。
「少し遅過ぎるんじゃないか? 退屈で死にそうだったところだよ」
最初とは打って変わって神殿のような空間が広がり、壇上の真ん中に高級そうな赤いソファーがある。
そこに座る長い白髪を結んだ全身を白のスーツで合わせ、綺麗な顔立ちの男が言葉を口にしていた。
「は? プレイヤー?」
為心がその男を見てそう疑問に思った。
しかし、それにリタが答える。
「いや! 違う! プレイヤーHPゲージも、ゲームネームも、乗ってない! プレイヤーではない!」
「じゃーあれが鬼か? というか、今喋ってたよね?」
そして、ちくびが困惑する。
「え? あれがボス? 任務のタイトルって眠る鬼じゃなかった? 起きてんじゃん!」
その中、会長が彼に問いかける。
「主は誰じゃ?」
「私の名前かい? 君たちに分かりやすく言うならヴァイラスかな」
「ところでそのヴァイラスさんはここで何をやってるのじゃ?」
「実験ってところかな」
「ほう……なんの実験じゃ?」
「君たちを消す為の実験さ」
「要するにヴァイラスさんはワシらの敵なのじゃな? じゃが、話が出来るなら敵にならない方法があるのではないか?」
「それは無理な話だ」
「何故じゃ?」
「例えば、君たちは家に入ってきたゴキブリが会話が出来たとして、家の中で共存を選択することが出来るのか?」
「ま、無いじゃろうな」
「それと一緒さ」
「そうか……ちなみにじゃがもう一つ、この世界の状況は何故こうなっているのか知っておるか?」
「それは私が聞きたい所さ。 君たちの中にそれを知っている人物が居る筈なんだ。 私はそいつを探している。 しかし、その様子だと君たちは知らないみたいだね」
「知らなかったらどうするのじゃ?」
「君たちに用は無い」
その時、その言葉を発したヴァイラスから放たれた殺気に全員が凄まじい悪寒を感じたと同時にヴァイラスの姿が消えた。
「全員戦闘態勢っ!!」
会長は危険を察知して直ぐに防御に入った。
「絶っ!!」
気づけばヴァイラスは会長の目の前に移動し、絶で張ったシールドに向かって蹴りを放つ。
しかし、ヴァイラスの攻撃はあまりに凄まじく、絶のスキルで作ったシールドは音を立てて割れ、ヴァイラスの脚はそのまま会長の顔面に届き、会長は吹き飛び壁に埋まる。
「会長っ!!」
為心は会長を心配するが、自分達の置かれている状況に向かうことが出来ずにいた。
「心魂……鷹の目っ!!」
ヴァイラスはまた姿を消し、それを見たリタは心魂を使った。
「…。」
一時沈黙が流れたその時。
「っ!!」
リタがヴァイラスの攻撃を避けた。
「君凄いね? これを避けられるんだ? じゃーこれは?」
ヴァイラスはまた消え、リタの後ろに現れ、右手の攻撃が飛ぶ。
しかし、リタはそれも避ける。
ヴァイラスはまた消え、現れては攻撃を繰り返した。
「くっそっ!!」
ヴァイラスの消えて現れるスピードが徐々に速くなる。
リタはもはや鷹の目のスキルに合わせて勘で避け始めるがしかし。
「ぐぅっ!!」
ヴァイラスの左の払い手での攻撃を食い凄まじい勢いで吹き飛びリタも壁に埋まる。
そして、ヴァイラスは薄気味悪い笑顔をしたまま標的を為心に変え、為心がどう出るかを待っていた。
「ちくちゃんとちゃまは下がってて、待ってたらやられる……今度はこっちから攻める」
為心が構えスキルを使う。
「心魂……鳴神……」
双月に雷が纏い、更にスキル重ねる。
「閃光……」
自分に雷を纏う。
「行くぞ……夢幻刹那っ!!」
為心が消えたと同時にヴァイラスも同時に消え、空中で斬撃の音だけが幾度となく鳴り響く。
「うらっ!!」
「この程度なのか君たちは」
為心の攻撃は弾かれ、そして避けられ、一向に当たらない。
「本当につまらないな」
「ガッハッ……!!!!」
空中の攻防戦からヴァイラスの踵落としを食い、地面に叩きつけられた衝撃で為心は跳ね上がる。
「もう死ね」
「せん…こう……グッハッ!!!」
跳ね上がった為心をヴァイラスが回し蹴りでとどめを刺そうとしたが、為心は閃光を使いダメージは少し流され転がる。
「ほう……今のはいい判断だったと言えよう。 しかし、君にももう飽きた」
ヴァイラスはちくびとちゃまの方を見た。
「や、やめ……ろ……」
為心は起き上がれないながらに地面を這った。
ヴァイラスは消え、気づけばちゃまの後ろにいた。
「ほう……君の中身は女か……」
ヴァイラスはアバターの中身を知っていた。
そして、ちくびが遅れて気づく。
「やめろっ! 水刃槍連斬っ!!」
しかし、ちくびの攻撃は一太刀目で柄を掴まれ、止められる。
「私はこの女と話してる……君は邪魔だ」
「ウッ……!!」
ちくびは蹴り飛ばされ、ちゃまは恐怖のあまり震え、声も出せずにいた。
そしてヴァイラスはちゃまの両手を片手で上に束ね、舐めます様にちゃま上から下に見る。
「よし……今日は君にしよう」
ヴァイラスが左手を使い、ちゃまの顔を撫で、撫でられたちゃまはそのまま意識を無くし、気絶した。
そして、崩れ落ちるちゃまを人差し指で操作し空中に浮かせた。
「やめろって言ってんだろぉぉぉ!!!」
為心が赤生水を全部使い、ある程度回復し、攻撃に転じる。
「…!?」
しかし、為心の一太刀は空を斬り、ヴァイラスとちゃまは移動していた。
「もう君たちに用は無いのだよ」
ヴァイラスが指を鳴らした。
すると、ヴァイラスの背後に時空の歪みが現れヴァイラスは言葉を続ける。
「今の君たちには私がわざわざ手をくだす必要もない」
そして、時空の歪みから鬼が現れ、歪な石で洋服を着飾り、非対称の角、長い尻尾の今度は女性型が現れた。
「さらばだ」
ヴァイラスはそう言い残し、ちゃまを連れて時空の歪みに入ろうとした。
「いかせるかぁぁぁあああっ!!!」
為心が急に青緑の光を纏い、閃光より速い速度でヴァイラスのすぐ側に移動した。
「何!?」
ヴァイラスもその速さには流石に驚いたがしかし、反応出来ない訳ではなかった。
為心の刃がヴァイラスに届く前に、ヴァイラスは手を翳し、何かの力を使って為心の動きを止める。
「くっ……そ……なんで動けねぇ……」
この緊迫した状況で為心は後もう少しの所で動きを止められ抑えられない感情が一気に込み上げた。
「なんでだよぉ! なんでだよぉ! ふざけんなぁ! 動けよぉ! ゔぅごぉけぇぇええ!!」
「な、なんだこれは……」
その時ヴァイラスは本当に驚いた。
一瞬でも為心は動いたのだ。
しかし、為心が動いた事に驚いた訳ではない、為心が動いた事で自分が体感した感情に驚いたのだ。
「この一瞬の感情……これはいったい……」
しかしその時、為心の攻撃に遅れて反応した鬼が為心の後ろで右手を振り上げ為心に攻撃しようとしていた。
「光剣っ!!」
更にその鬼の後ろで会長がスキルを発動していた。
「遅くなってすまぬっ!」
鬼の右手は吹き飛び、攻撃は為心に届かなかった。
状況が変わった為、ヴァイラスも攻撃に転じる。
「雷炎」
ヴァイラスは為心に手を翳し速いモーションで放つ。
「絶っ!! 為心頼むっ!」
ヴァイラスのその雷炎にリタが防御した。
「くっそっ!! ゔぁっ!!」
しかし威力に耐えきれずリタは吹き飛び転がる。
目まぐるしく変わる戦況に一瞬だが、ヴァイラスの呪縛が緩み為心はすぐに動き出す。
「うらぁああっ!!」
為心の下から振り上げる一太刀に対しヴァイラスも攻撃に転じた。
しかし、ヴァイラスは自分が間に合わないと理解し言う。
「チッ……くれてやる」
ヴァイラスの突き抜く攻撃で出した左腕を為心の一太刀が吹き飛ばし、その勢いのまま為心は遠心力を使い二撃目に入るがしかし。
ヴァイラスの右手側からの攻撃が既に始まっていた。
「ここでやはり殺してやる」
「うぉおおおおっ!!!!」
どちらも攻撃は紙一重の差なのは理解していた。
この一瞬の中で為心は願う。
『もっと早くっ! もっと早くっ!! とどけぇぇぇえええええっ!!』
しかし。
ヴァイラスの方がより速く、為心への攻撃が迫る。
『…クッソっ……』
しかし、その時だった。
急に目の前に黒い影が現れた。
「為心っ!」
為心が気づいた時には、ちくびがヴァイラスの攻撃に身を乗り出した。
そして、ヴァイラスの右手がちくびの胸を貫き体の反対側まで手が抜ける。
それを見て手を止める事を許されない為心は剣に感情を乗せた。
「っ!! ……う、うぁぁああああああ!!!!!!」
為心は怒りの余り激声を上げ、剣を力一杯振り上げる。
その剣はヴァイラスの脇腹から顔にかけて一太刀が入ったがしかし、その斬撃は浅く甘かった為に、為心はヴァイラスの右脚蹴りの反撃をもらってしまった。
「ウッ……!!」
為心は吹き飛ばされる。
「クソォ……何て不愉快な日だ……お前たちは必ず私が殺す! 必ずだ!」
ヴァイラスはそう口にしつつ、腕に貫いたままになったちくびをゴミの様に振り払い、時空の歪みへと移動する。
「お、おい! ま、待てよっ! ねぇちゃんを離せよっ!」
リタの声も届かず、ヴァイラスはちゃまと共に時空の歪みへと消えた。
「……ち、ちくちゃん……?」
為心は胸に大きく穴が開いた動かない仲間を見て唖然とした。
「絶っ!」
為心の近くで衝撃音が鳴り響いた。
鬼が為心に向かって雷炎を放ったのを会長が受け止めていた。
「うりゃっ!! 為心よっ! ちくは大丈夫かっ?!」
会長は雷炎をはね返し、鬼から目を離せない為に牽制しつつ状況を訪ねる。
「ち……くちゃん……ちくちゃん……」
しかし、為心には会長の声に答えてる余裕はなく、気付くことさえも出来ていなかった。
為心は這って動かない仲間のところへと一生懸命向かう。
「リタよっ! 頼む加勢してくれっ!」
「……ねぇちゃん……ねぇちゃん……うぁあああああっ!!!」
リタは怒りのあまりスキルも使わずに、ただ鬼に斬りかかった。
「なんでだよっ! なんで守れなかったぁぁああ!!」
リタは力いっぱい鬼に太刀を振るう。
しかし。
「うわっ!!」
鬼の振り払いに耐えきれず吹き飛び人形の様に転がる。
「ねぇちゃん……ねぇちゃん……」
怒りはあっても、リタは喪失感から戦う気力は無くしていた。
そして為心はちくびにようやくたどり着き、上体だけを少し起こして仲間の今にも眠りそうな顔を覗き、震える声で呼ぶ。
「ちくちゃん……?」
「ご、ごめん……為心……か、勝手な事して……」
ちくびのHPはもうほとんど残っていなかった。
「ちくちゃん……いやだよ……いやだ……」
震える手で仲間を必死で支えた。
「ごめんね……俺はここまでみたい……」
「ちくちゃん……」
今だからこそ話したい言葉はたくさんあった。
頭では今までの思い出、大切な記憶、スクロールの様に流れるのに、それを言葉にする事が出来ない。
哀しさの余り為心は名前を呼ぶことしかできなかった。
「せっかく助けたんだから……為心は生きて……」
「いやだよ……ちくちゃんが居ないとっ!! 隣にちくちゃんがいないじゃ……嫌なんだよっ!!」
為心は声と手を震わせながらも、仲間の意識を繋ぎ留めようと必死に名前を呼んだ。
「……ぢくぢゃんっ!!!」
「たのし…か…た……よ……あり…が………」
言葉を言い終える事も出来ずにちくちゃんはポリゴンになり、為心の腕の中で弾けて消える。
「……あ……あ……」
為心は無意識に必死で舞い上がるちくちゃんのポリゴンを手繰り寄せようと必死で掴み取ろうとする。
しかし手からはすり抜け、取れるはずもなかった。
誰もが分かっているはずなのに、そうさせてしまう程に為心の感情は壊れていた。
「………ブ…………ブブ……」
突然、為心の体が歪んだ。
「う……うぁぁぁぁあああああああああああっ!!!!!」
為心の中で何かが切れた様に幾つもの感情が号哭する。
その感情に共鳴する様に為心の体は激しく歪み、ライトエフェクトに似た発光する青緑の稲妻が凄まじく瞬き、その光は徐々に強まっていき、為心を丸く包みこむ。
「為心っ! くっそっ!」
その間、会長は為心の状況を心配しつつも鬼から手が離せなかった。
「絶っ!! 心魂! 挽回っ!!」
鬼の攻撃にカウンターを使い、鬼をいったん吹き飛ばした。
「為心っ!! いさねぇーっ!!」
会長は夥しい青緑の丸い光に呼びかける。
「ああああ゛ぁぁぁあ、あ゛あああ゛!!!!!」
為心の号哭な激声にノイズが混じり、光が更に一層強くなったその時だった。
会長に吹き飛ばされた鬼は会長が気づいていたい間に雷炎の咆哮を放っていた。
会長は遅れて雷炎に気づく。
「くそッ! しくじった! 間に合わないっ!」
会長は防御を取り目を瞑った。
「グギャァッ!!」
その時、何かの奇声と共に凄まじい衝撃音が辺りを染めた。
確認する為に会長が目を開け、目の前の異様な光景に驚き、推測だけで口を開く。
「お、お主は……い、為心……なのか?」
目の前には確かに長い白髪の女性が立ち、雷炎を片手で受け止めていた。
しかし、洋装は遥かに変わり、手は無くなり双月と融合し、角は生え、ライトグリーンだった目は赤く染まり、綺麗に武装された青緑の筋が流れるモノリスが体を補強するかのように配置され、尻尾までもが生えていた。
その姿はまるで。
「……鬼なのか……?」
その時、為心に対し鬼が威嚇した。
「グヴァァァアアアアアッ!!!!!」
為心は雷炎を吹き飛ばし、瞬間的に鬼の目の前に移動する。
そして、鬼が右手を振り上げた時、気づけば鬼の右腕は突如として無くなり、その次に左腕、右脚、左脚、次々と消えていく。
「な、何が……起きているのじゃ」
為心の斬撃が速すぎるあまり誰も目で捉えることは出来なかった。
転がった胴体に為心は融合した腕の剣先を向け、ライトグリーンの稲妻の玉の様な緑の炎の様な玉を生成する。
そして、放った。
凄まじい衝撃音、大量の光、そして爆風に会長は目を背けた。
光が鎮圧し、会長が目を開けたその時にはクリアの文字が目の前には浮かんでいた。
「……。」
為心が会長を見ていた。
会長は急ぎ刀を構えて言う。
「主は為心か? それとも鬼か?」
「……。」
しばらく沈黙が続いた後に為心が倒れ、元の姿へと戻った。
会長は一つため息をつき、その場で崩れる様に座り込み顔を落として呟く。
「……すまなかった……」
怒り狂うことが出来ればどれだけ心が楽になれただろうと思いつつ、会長は怒りと無気力と悲嘆を抑え、転送コマンドを選択した。
この日、ロスト1名、行方不明1名が出てしまった。