2節 「ロストハート」
2節「ロストハート」
100人は座れる長方形の長いテーブル。
その上座に、足を組み、肘掛を使い、拳に顎を乗せ、真っ赤な長髪をした黒の眼帯の少女アバター、結晶華ギルド会長が座り、扉から入ってきた為心達に口を開く。
「よく戻った……おや? 佐藤が見当たらないが?」
上座の近くの席に座ろうとしながら為心は説明する。
「佐藤さんは……」
為心は考えた。
本当に死んだと定義していいのだろうかと。
その現実を受け入れられない為心自身にとって死んだと言う事は受け入れてしまうと言う事だった。
「死んだとは断定出来ないけど……HPがゼロになってアバターがポリゴン化、そして弾けた……」
為心は佐藤が死んだとは思いたくなかった。
この状況で死が本当にあると仮定して、現実側、いわゆるリアルの自分はどうなっているのか。
なんらかの転移、召喚、ダイブ、などのリアルである創作物の現象と同様なのか。
どれにしても、最終的にゲームで死に、リアルの自分が生きていると記実されてるものは少ない。
だからこそ恐怖から死と決める事を否定してしまう。
「会長はどう思う? この事を皆に伝えるべきだと思うか?」
「佐藤がいなくなった事を隠すことはできまい。 じゃが、死を肯定してはプレイヤーの精神が持たないじゃろう……それにワシらがここで話してることはもう既に周りも話しておるはずじゃ。 先にこちらから伝え、死への概念を曖昧にしないとまずい」
会長は立ち上がり言葉を続ける。
「今からギルド会議を始める。 全員を集めるのじゃ。 まずはそこからじゃ。 その後ワシはギルド長会で情報の共有をはかってこよう。 主らは少し休め」
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ギルド会議が終わり、その後、為心達は数日何もしない日々が続き、ある程度の情報が入るまで安全圏内で待機と伝えられていた。
しかし、稀にゲームのシナリオなのか、または設定なのか、鬼は安全圏にも関わらず空間の歪みから出現する。
各ギルドが総力を持って討伐にかかるが、毎回数人が帰らぬ人となる。
彼らはそれを「ロスト」と呼んだ。
鬼説はデータの世界なのは間違い無いとなり、決して死ではなく、失われた心となりロストハートとなった。
そして、至る今。
「今日はまだロストゼロ……平和だな」
「平和が助かるよ……俺、死にたく無いもん」
「あの……すいません。 お二方にお聞きしたい事があるんですがお時間いいですか?」
「いいですよ! どうかされました?」
その後、会話は弾み、このゲームに取り残された状況でも楽しさを感じていたその時、突如としてアナウンスが流れる。
「学院内中央広間にて時空の歪みを観測!! 第1種戦闘配備!! 学院の生徒は至急急行せよ!」
そのアナウンスに3人の楽しい時間は一瞬にして消え、穏やかだった表情は一変し、ひりついた。
2人はユナに別れを告げて飛行を使い移動する。
雲をかき分け抜けたその先の途中で鬼を目視で確認した。
「グヴァアァァァァアアアア!!!!」
それは全長7メートルはありそうな大きさ、石でできた歪な装甲、隙間からは赤く輝く筋肉が見て伺え、アンバランスな角を生やし、鋭く尖った爪、そして牙、長い尻尾を地面に叩きつけ、体が震えるほどの咆哮を放っていた。
「ま、まじ怖すぎるって!」
そして、2人は着地と同時に恐怖を肌で感じた。
周りには数十人の生徒が大きく円を描くように鬼を囲い、配置につき、安心が伺えるほどに人数がどんどんと増えていく。
着々とレイドの様に多数で連携を取る為、各役職で整列し、準備が行われていた。
人間は5メートルを超える肉食の生き物に対峙した事などない。
その感じる恐怖は足がすくみ、体は震え、立っているさえもままならない程の恐怖感である。
更に地震のような、体の中の内臓に振動する程の鬼の咆哮は戦意を喪失させる程だった。
そんな状況にもかかわらず、心と頭、そして体が行動を一致できないまま、恐怖感に耐えられず、先走った1人の少女が雄叫びを上げながら体に見合わない太刀を振りかざし、鬼に向かって走っていった。
『私がやらなきゃ!私がやらなきゃ!強くならなきゃ……この! ゲームを! 私がっ! 終わらせる為にっ!』
「うぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
鬼もそれに気付き右手の長い爪をさらに伸ばして少女めがけ振り下ろそうとしていた。
「ユナちゃんが危ないっ!!」
ちくびがそう叫んだとほぼ同時だった。
「閃光!!」
『危険だと伝える場合じゃねぇ!!』
為心は誰よりも先に体が動いていた。
為心の姿が瞬間的に発光し、その場から消え、そして鬼の爪が少女に触れそうになったその瞬間、少女の姿が消え、鬼より数メートル先にユナを抱える為心が移動していた。
「……ま、まじかよ……」
為心は驚きを隠せなかった。
そして、抱えるユナの状態に叫ぶ。
「だ、誰かっ!? た、助けてくれぇ! ユナを助けて!」
そこにいた誰もが間一髪で回避できていると思っていた。
しかし、ユナの脇腹半分は抉られて無くなり、体の中にはキャラクターを構成する赤く細かい数字の羅列のデータが剥き出しになっていた。
「い……いやああああああああ!!!!!!」
周りから悲鳴が上がり、恐怖が伝播していく。
「この状況はやばい……」
そして、ふと気づくと為心に影が覆い被さり、振り向いた時には爪を振り上げた鬼がそこにはいた。
「クッソっ!?」
『やられる!?』
助ける事に必死で鬼の存在を意識から外していた。
為心は思わず腕をクロスにさせて防御を取り、目を瞑る。
「間に合ったようじゃの」
鬼の振り下ろした腕めがけ赤髪は太刀を下から振り上げ、鬼の腕を飛ばした。
そして、その一言で誰が助けてくれたのかがわかった。
「会長! 助かった!」
間髪入れず、鬼がもう一方の腕を振り上げたのが見えた。
しかし、会長は既にそうであろうと読み為心に指示を出していた。
「感謝は後でよい! ワシとそこの青髪少女を抱えてお主の閃光で移動するのじゃ!」
「あいよっ! 閃光!!」
為心が言葉を発した瞬間、鬼の振り下ろした爪は空を切り、為心達は円を作る生徒たちの後ろ側へ移動した。
「ちくよ、この幼女を回復出来るかやるのじゃ。」
会長は目の前にいるちくびにそう指示を出したと同時に鬼の異変に気づく。
「何やら仕掛けるようじゃの」
「ギュゥゥゥゥィィイイイイ…」
鬼から機械音に似た音が鳴る。
それは低い音から高い音へと変わり、耳が痛くなるほどの何かが聞こえてきた。
「雷炎か来るぞぉ! タンク隊!! 前へっ!!」
その音を聞いて何か高エネルギーが溜められ、凝縮されている音だと誰もが理解し、どこかでチームを結成してるギルドリーダーから指示が飛ぶ。
太刀を持つ4人の体格のいい男性達が同じ構えに入ったと同時に鬼は4足歩行の体制になり、口からは光が漏れ、そこから発せられる音が更に高くなったその時、音が音だと認識できないほどまでに発せられ、まるで音が無くなった。
その同時だった。
それは鬼の口から放たれた。
まるで凄まじい炎の玉の様な、しかし轟く雷の玉の様な、その丸型の鬼の攻撃は4人に向かって凄まじい速さで迫る。
彼らはこれを鬼の咆哮「雷炎」と呼んでいる。
「絶!!」
太刀使いのスキル防御4人の周りには黄色のライトエフェクトで六角型が並ぶシールドが貼られ、その後ろで弓を構えるリーダーが次の指示を送る。
「皇矢隊!! ってぇーっ!!」
皇矢を持つ者達が弓を空に構え撃つ。
「時雨!!」
空に向かって彼らは一本の矢を放った。
そして、鬼の攻撃はシールドに着弾と同時に凄まじい衝撃音を放ち、4人の太刀を持つタンク隊は雷炎に耐えきれず弾かれ、吹き飛ぶ。
その一方で空から光輝く無数の矢が雨の様に鬼に降り注ぎ、その攻撃に鬼がよろめいた。
「双月隊っ!!」
指示が出た後に双月隊の声が聞こえた。
「閃光!!」
鬼を囲う様に円を描いていた生徒たちの中から双月の役職が十数人、鬼に向かって斬り裂き、通り抜け、反転してはまた斬る。
幾度となく斬り裂かれる鬼は耐えきれずバランスを崩し、片膝を地面につけた。
「これで終わりだっ! 陽刀隊っ! しあげ……」
「どけ……邪魔だ」
指示が言い終える前に目の前に黒い紫色の光が凄まじい勢いと速度で鬼に向かって伸びた。
その光は鬼を通り過ぎた所で止まり、そして少しずつ光は消えていく。
そこに現れたのは、黒い髪に黒のロングコートをまとい、双月を手にし、紫色の稲妻をまとった男性がいた。
「ようやく来たか」
その男性を見て結晶華の会長はそう呟いた。
そして、ゆっくりと鬼は傾き音を立てて倒れ、その場に居た全員の視界にクリアの文字が浮かんだと同時に鬼はポリゴンになって弾け、消える。
「遅かったのぅ……名無しよ」
結晶華会長がノーネームに話しかける。
「それはすまなかったな……少し用事があってな」
「ほう? それはワシには言えないことなのじゃな?」
「まだ断定出来ないからな」
「そうか……ナリムも小奴に振り回されて大変そうじゃのう」
ノーネームの横に、オレンジ色の髪、そしてショートに前髪が眉毛の上まで切られた特徴のある少女、ナリムに会長はそう話しかけた。
「いえ……私の為でもありますし、ノネムさんの為でもありますから全然平気です」
「よう出来た子じゃの! 名無しには勿体無いのう」
会長はさらに言葉を続ける。
「しかし、主は相変わらず化け物じゃの! あの残りのHPを根こそぎ無くすとは」
それに対し、ノーネームは言葉を返す。
「お前が本気を出せば俺の必要は無かったんじゃないのか?」
「名無しよ……それはかいかぶりすぎじゃ。 ワシはお主ほど強とぉない」
「どうだかな……隠してるのは俺だけじゃなさそうだがな」
ノーネームは会長を見た後にちくびを横目にそう言った。
そして、ナリムがノーネームを急かす様に言う。
「ノネムさん早く探しに行きましょう……麻也がきっと待っています」
「あぁ……わかっている」
そしてその時、ノーネームはちくびがユナに回復薬やスキル、呪解など全て試せる物は試しているのを目の当たりに呟く。
「そうか……今回はここだったと言うことか……まぁいい」
ノーネームは1人そう呟き、会長へと目線を向け口を開く。
「その少女はもう助からない。 最後の言葉を聞いてやれ……俺は先を急ぐ」
ノーネームはそう言い残し、ナリムは頭を下げ、その場を去っていった。
それを聞き、会長は少女の所へ屈み話しかける。
「すまないが……主を助ける術がない。 きっと死ぬ訳ではない。 何か言い残したいことはあるか?」
会長は少女に優しくそう問いかけた。
しかし。
「え?……い、嫌! し、死にたくない!」
どこかでユナは助かると思っていた。
だが、突きつけられた現実を受け入れられず、瞳孔が恐ろしいほど開き、必死に抵抗する。
「なんとかして! お、お願い! やだっ! 嫌だ! わ、私しにっ……」
ユナは真っ赤なポリゴンになり弾け消えた。
「すまない」
会長はプレイヤーがロストする事に慣れてきている自分をそうさせない為に、ユナが消えた場所を眺めながら謝罪と悔みを入れる。
為心も助けられなかった悔みから言葉が漏れる。
「後味が悪すぎる……」
「そうじゃな……でも、わしらには助けられる力がなかった……それだけじゃ」
目の前の現象は数式で出来たデータがただ消えただけかもしれない。
そうであれば確かに死ではない。
しかし、その後どうなってしまったのかがわからない状況は恐怖そのものだった。
死と同じ比率にして、変わらない感情。
その感情を感じ、意識を感じ、心を感じる事が出来る自分達データが消えるということはもはや死ではないのか。
データが消えただけ。
アバターと共に心が消えただけ。
「ロストハートとは良く言い過ぎたものじゃな」
それは死を誤魔化した言葉だった。
本日のゼロだったロスト数が1増えた。