16節「奇跡」
16節「奇跡」
ヴァイラスの腕と足は千切れ、顔は半分無くなり、半壊した状態で倒れていた。
「…し…死にた…くな…い……し…死に……たく……ない……」
為心がヴァイラスに双月を向けて言う。
「今までお前が殺してきた人間達の感情がそれだ」
「…そうか…これが…生なのだな……」
「もう死んでくれ」
為心は双月を振り上げた。
しかしその時だった。
「待ってくださいっ!!」
為心は寸前の所で刀を止め、その状況に会長が聞く。
「何故じゃナリム! どうして止める!?」
「すいません。 私は皆さんの反対を押し切ってもやらなければならないことがあります」
そして、ノーネームがナリムに聞いた。
「何をする気だ?」
「すいませんノネムさん。 ヴァイラスを捕獲します」
その言葉にリタがナリムに聞く。
「捕獲する必要とは?」
「……まず、殺せばノーネームさんの娘、麻也の記憶が本当に戻ってくるのかどうかがわかりません」
その言葉にノーネームが口を開いた。
「しかし、それは鬼説に入る前に残骸のデータから復元出来るとなったはずだが」
「それは可能性でしかありません」
その会話に為心も口を開いた。
「そもそも、捕獲する方法があるのか?」
「あります」
ナリムはヴァイラスの所で屈み、手を翳し唱える。
「コマンドシステム起動。 コード入力…00059603……完了……」
ヴァイラスの体が青く発光し、小さく縮み始め、光が一層に強く発した瞬間に青いキューブへと形を変えた。
「…良かった……できた……」
ナリムはその時ようやく安堵を感じた。
それを見ていたノーネームがナリムに聞く。
「…ナリム…これは……?」
ナリムは立ち上がりノーネームへ言った。
「…これは……政府の防衛会議からの協力の元、持ちかけられたシステムコードです」
「…っ!? ま、まさか……それを使ったと言うのか…?」
ノーネームは防衛会議を聞いて驚いた。
その言葉にリタが口を挟む。
「待てよ……確か、防衛大臣側と、文部科学大臣側で対立してなかったか?」
その会話に理解が追いつかない会長がリタに聞く。
「リタよ。 どう言う事じゃ?」
「ノーネームがいる脳科学は文部科学側だ。防衛の方と協力はあり得ない」
それにノーネームは答えた。
「そうだ。 この事件自体を過剰に反対していた。 防衛会議からの協力だと?」
それに対し、為心が言う。
「どうする? 今からでも遅くない。 このキューブのまま終わらせるか? ノーネーム…あんたが決めろ…」
「……。」
ノーネームは悩む。
確かにヴァイラスを消去した場合、麻也の記憶も消える可能性はあった。
しかし、だからこそバックアップまで視野に入れ、対応する事になっていた。
だが、それはどれも可能性でしかなかった為にノーネームは答えを直ぐに出せずにいた。
そんな中、ナリムはノーネームに喜んでもらいたい一心での行動だった。
本当は褒めて貰えるとさえ思っていた為に、ノーネームの深刻な表情にナリムの行った行動は否定された様に感じてしまっていた。
「……ヴァイラスを殺してしまえば麻也のデータが同じく消去される可能性もあります! 私は…私はあなたの為に……」
ナリムは感情的になっていた。
「どうしてわかってくれないんですかっ!? 私も麻也ちゃんが大切です! 麻也ちゃんを思って…私は……」
その発言にリタが言う。
「お前……その言い方……ノーネームの娘の為とか嘘だろ」
「…え? ど、どうしてそんな事言うんですか?」
ナリムはリタの発言に驚きを隠せなかった。
今に至るまで、ずっと頑張って来た。
しかし、リタのその発言は紛れもなくナリムを否定するものだった。
そして、リタは更に追い打ちをかけた。
「お前……いったい幾ら積まれた?」
「っ!? リタさん…な、何を…言って…私は…そんな…こと…」
全員の目がナリムに向き、戦闘を想定して為心、会長、リタはナリムの後ろにキューブを残し移動する。
「…私は…」
ノーネームがナリムに聞く。
「ナリム。 ちゃんと話してくれ……まだお前を救えるかもしれない」
「の、ノネムさんまでそんな……私は…」
その瞬間だった。
「え?」
ナリムの視界に映る景色は全て逆さまになった。
「何が…どう……」
突如としてナリムはポリゴンになって弾けた。
その光景にその場の全員の時間が一瞬止まり、誰も理解が追いつかなかない。
しかし、ナリムが攻撃を受けてからスキル鷹の目を使ったリタだけが次の攻撃を見る事が出来ていた。
「バカっ! 為心! 危ないっ!!」
リタが為心を庇い飛び出した。
「リタ! ごめ……」
為心が振り返った時にはリタの顔面から鈍い音を奏でて黒い触手が突き抜けていた。
「リ…リタ…?」
その衝撃的な状況に為心は動けなかった。
「に……逃げろ……」
リタのHPはそのたった一撃で消失し、力一杯に押し出した言葉を最後にリタはポリゴンになって弾けて消えてしまった。
「リタぁぁあああああっ!!」
そして、気づいた時にはヴァイラスを捕獲した青いキューブから黒の触手が蠢めき、輝きを放ち始め、更に形を変えた。
「ハッハハハハハハハハッ!! 勝ったぞっ! 私は勝ったぞっ!!」
そこには黒い物体で、鬼説の設定には無いコードをナリムによって与えられた為、体とその周辺の空間は歪み、何本もの触手が蠢くヴァイラスが復活し、全員はそれを見て唖然とする。
「な…何…が…起きたと…言うんだ…?」
その状況にノーネームは驚愕し、ヴァイラスが答える。
「お前達は人間に初めから裏切られていたのだよっ!! 初めからこうなる事が定められていたのだっ!!! 滑稽だっ! これぞっ! 滑稽だっ!! フハハハハハハハハハっ……………」
笑い終わり、ヴァイラスの表情が変わったその瞬間だった。
「死ね」
ヴァイラスはノーネームに向かって触手を凄まじい速度で放った。
「ノ音夢!!」
その時、会長だけが知っていた。
ノーネームだけはここで死んではいけない事を。
「ぐはっ!!」
ノーネームを庇ってヴァイラスの触手が会長を貫き、会長のHPは全て無くなった。
会長は死に気づき、最後の力を振り絞って為心に向かって伝える。
「為心……ノ音夢は死ねない……後は…頼…む……」
その言葉を残して会長はポリゴンになって消えてしまい、ヴァイラスのあまりのステータスの違いに為心、ノーネームは何も動けなかった。
「か…会長……」
その絶望の光景に為心は力なく膝から地面に崩れ落ちる。
「なんで…? どうして…こうなった……終わったはずなのに……なんで? リタが死んだ? なんで…会長まで? なんで……」
全てが突然の出来事だった。
長い時間を共に命をかけて戦い、救い合い、助け合って来た仲間達の唐突な死に感情が追いついていなかった。
苦しめられた為心が絶望するのを見てヴァイラスは笑った。
「クククククククククククク………フハハハハハハハハハ! いいぞぉっ! その表情っ! 今までの私なら堪能しただろうっ! だが! 私はもう間違えないっ! このままお前たちを殺してやるっ!!!!」
「…くっ…そ……リタ……会長……」
為心は地面に手をつけ、拳を力一杯握ることしか出来なかった。
「死ぬんだ……結局、何も変えられなかった。 無価値で死ぬだけなんて……みんなの思いが、繋げた物が、全て無駄になるなんて……あんなに皆んなで頑張ったのに……後…もう少しだったのに……何で……何で…こうなるんだよ……」
為心は仲間を報わせる事が出来なかった責任感に耐えることなど出来ず、ノーネームでさえもこの状況に絶望を感じていた。
「……終わりだ……もう…助からない……みんな…死んだ……任務は……失敗したんだ……」
為心とノーネームは絶望感と愁傷感に押し潰され、ただ死を待った。
「みんな…ごめん……」
しかしその時だった。
「……為心……」
為心の頭の中で声が響いた。
「っ!? リタ…?」
その声は紛れもない死んだリタの声だった。
「主ならもうわかってるはずじゃ」
「か…会長…?」
「為心…最後の一踏ん張りだよ」
「……ちゃま…なの……?」
「……やれるだけの事をやるだけだろ……」
「……ち…ちく…ちゃん?……」
「あぁ……会いたい……皆んなにまた会いたい……」
「会えるよ……君はもうその方法知っている……」
その瞬間に為心は感覚的に理解した。
そして、その時ヴァイラスが為心に止めを刺そうと攻撃を放った。
「今度こそ死ねっ!!!!!」
「……存在抹消……」
為心が呟いた瞬間だった。
突如、莫大な量の虹色に輝く光りが辺りを激しく染めたと同時に気づけばヴァイラスが攻撃で放った触手が全て粉砕していた。
「っ!? なっ!? 何をしたぁぁぁあああああっ!?」
そこには、髪の先端、皮膚の表面から少しずつ虹色に輝くポリゴンに形を変え削れていく為心が立っていた。
「……最後まで……ありがとう……みんな……」
仲間の声は為心が作った幻想なのかもしれない。
またはバックアップで残されていたデータが為心と共鳴したのかもしれない。
どちらにせよ、仲間達の奇跡に為心はまた救われた。
為心は感謝と責任を背負いヴァイラスに鋭い眼光を向け言った。
「……これが……仲間の思いだっ!!!!」
「くぅぅぅぅそぉぉぉぉがぁぁぁぁああああああ!!!」
ヴァイラスは為心に向けてありったけの触手で攻撃を凄まじい速度で放つ。
しかし、為心は触手を一瞬で全てを斬り落とし、粉砕する。
その光景を唖然と見ていたノーネームは理解した。
「ま、まさか! 為心は……」
ノーネームは為心の所業に驚きを隠せなかった。
各プレイヤーにはそれぞれクオリアなどを可動させる為に容量が分けられていた。
容量にはクオリアの情報量が多く構築されている。
その為、彼らは記憶を消し、容量を空け、自らイメージ構築したバトルステータスを組み込み、ヴァイラスに対抗していた。
彼らは過去の記憶をほとんど消し、もうそれ以上に消去出来るものは無かった。
誰しもがそう思っていた。
しかし。
為心は自分自身を構築している自分自身その物を消去したのだ。
為心の今の所業は自分を犠牲にして得た力だった。
「っ!? まずいっ!」
ノーネームは更に気づいた。
「そうだとすると……為心には時間がないっ!」
キャラクターを構築するデータまでもが消えるという事は消える速度が定かでは無いと言う事だった。
ノーネームはヴァイラスに手を翳しスキルを使用した。
「神氣っ! 漸減っ!!」
ヴァイラスはノーネームによってありとあらゆるデバフを付けられ、そして紫のライトエフェクトで出来た鎖で縛り上げられ、一時的に攻撃不可の状態になる。
「為心っ! 今だっ!!」
為心はノーネームが作ってくれた時間でスキルを唱える。
「心魂…印加調律…」
鬼血の比率を最大限に上げた。
「神氣…律加……バトルステータス調整…」
更にバトルステータスを全て攻撃に割り振り、鬼血の比率に対し、人血の比率も調整した。
「心魂…鳴上…」
双月に稲妻が音を立てて激しく纏った。
「…閃光…」
自分自身に稲妻を纏い。
「…夢幻…刹那…」
空間に磁場を発生させた。
「終わらせる……」
為心は力一杯踏込見込んだ。
その瞬間、余りの速度に姿が消え、そして、遅れて地面にはクレーターと衝撃音が発生し、気づけば為心はヴァイラスに斬りかかる。
そして、その時ヴァイラスは気づいた。
為心から発せられる余りのステータスデータの量に。
これで終わりなのだと理解してしまった。
「お前はぁぁああなんなんだぁぁぁあああ!!!! くぅぅぅぅそぉぉぉおおおおっ!!!!!」
「うぉぉおおおおおっ!!!」
為心は凄まじい速度で空中を何度も切り返し、その度に肌から削れていくポリゴンが残像を残し、更に斬りつける度に夥しい稲妻が凄まじく轟き、ヴァイラスを徐々に粉砕していく。
『もう…誰も…死んで欲しく無かったのに…』
斬りつける攻撃に為心は思いを乗せる。
『もう…誰にも…悲しんで欲しく無かったのに…』
バトルステータスだけでは埋まらない思いを乗せる。
『こんな悲しい思いを……もう誰にもさせたくない…』
それは現実では存在しない感情だった。
現実では無縁だからこそ平和があり、安らぎがある。
為心達にとって異世界は残酷過ぎてしまった。
しかし、自分達がヴァイラスに負ければ現実が悲劇の海になるのは明らかだった。
だからこそ、世界と自分の命を引き換えた。
為心にとってただそれだけの事だった。
そして、凄まじい斬撃から為心は遥か上空へと跳躍し、最後のスキルを使う。
「……乱舞っ!!!!」
凄まじい速度、更に遠心力でヴァイラス目掛けて突き進む。
『所詮この自分はただの自分なんだ…………』
『………例え……それでも………』
「無価値では終焉ねぇんだよっ!!」
為心は虹色に輝く稲妻と共に力一杯に、そして感情を一杯に乗せて最後の一撃をヴァイラスへと放った。
鳴り響く轟音。
瞬く間に輝く光。
その中で為心は……
「…みんな…あたしも……今……記憶へ行くよ……」
そして、ヴァイラスは崩壊した。
光が鎮圧し、ノーネームは目を開けた。
目の前には脚からポリゴンになって蒸発する為心が立っていた。
為心は最後にノーネームを見て言う。
「世界は……頼んだ………」
為心は最後に無邪気な笑顔を残して消えて逝った。
「……為心…ありがとう……」
ノーネームは感謝を呟き、為心の消えた足元に転がる黒い物体に向かって歩く。
「まだ生きてるのか……」
そこには半壊したヴァイラスがまだ転がっていた。
「……違う…約束が…違う……違う…」
そして、ヴァイラスに向けノーネームは言った。
「やはり……防衛省と組んでいたのか。 いつからだ?」
「……途中……から……連絡…が…きた…」
「…そうか………」
ノーネームは怒りを感じた。
鬼説で関わった彼等は無価値のデータかもしれない。
しかし、無価値のデータである彼等と触れ合ったノーネームは本当の人間だと感じた。
更に、そのただの数字羅列が日本を救ったのだ。
その行いに対して自分たちの都合でヴァイラスに手助けをしていた。
ナリムまで利用して。
「……俺は…終わらせなければならないな……」
ノーネームは為心に託された使命を理解した。
「……終わりにしよう…ヴァイラス……」
ノーネームは刀を構えた。
「死ね」
力一杯に刀を振るった。
しかし、その時ヴァイラスが笑った。
「っ!?」
ノーネームはそれを見逃さなかった。
気づいたノーネームは自分が放った攻撃を間一髪で逸らし、ヴァイラスを見て驚いた。
「何っ!? ま、麻也っ!?」
そして、気づけばそこに居たのはノーネームの娘、麻也だった。
ヴァイラスは最後に麻也の記憶データを使用したのだ。
ノ音夢との人生を理解し、ノ音夢の娘の記憶を入れたヴァイラスは、もはや麻也その者と言える状態になってしまった。
「パパ……私を…殺すの?」
「……や…やめろ…」
「私を…見殺しにしたのに…?」
麻也の意識ととヴァイラスが混ざる。
「…やめろ…」
「お前の所為で私は死んだのに? 今度は私をお前の手で殺すというのか? パパやめて……お願い……」
「……。」
「……パパ…? わ、私を殺さないよね? 殺す事など出来ないよね?」
「……そうか……俺は……もう一度会いたかったのか……」
「パパ…?」
「……パパが悪かった……あの時……パパがちゃんと居てあげれば……麻也は……」
ノーネームは力一杯に歯を食いしばった。
そして、優しい微笑みに変わり言う。
「すまなかった……麻也……そして……ありがとう……」
ノーネームは麻也の顔面に向かって刀を構え直す。
そして、ノーネームのその行動と表情によって気づいた。
「やめろぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!」
「……さようなら……麻也」
ノーネームは自分の娘の顔面に刀を突き刺した。
「あ…あ…あ………あ……」
麻也はノーネームの首に手を伸ばし、ポリゴンになって弾けた。
「……終わった……」
ノーネームにとって、とても長かったミッションが終わった瞬間だった。
「……マスターコマンド……ログアウト……」
ノーネームは目を閉じ、光になって消え、そして再び目を開けた時には現実世界へと戻っていた。
「……」
ノ音夢はしばらく実験室の天井を見つめて深呼吸を一回大きくついた。
そして、頭に接続されたケーブルの重さと、脳の半分のコンピューターの重さに後悔を感じながら起き上がったその時だった。
「……私の勝ちだ……」
「っ!?」
ノ音夢は自分がそれを言ったことに気づいた。
「な、なんだと……?」
「面白い……お前はそんな事を考えているのか……お前のその願い……私が叶えてやろう…」
「これは俺が言ってるのか……?」
「お前が今憎んでいる政府を……私が潰してやろう」
ノ音夢は人間では出来ない表情で笑みを浮かべた。