14節「自ら歩む死」
14節「自ら歩む死」
緩やかに流れる川。
炭で焼いた魚が音を立て、香ばしい香りを放っていた。
この日、ノ音夢は自宅の近くの川で娘とバーベキューをしていた。
「パパ? 遊んできてもいい?」
「深いとこには言っちゃダメだぞ。 麻也にはまだ危ないから約束だぞ」
「わかってるよ! 行ってくるね!」
麻也の母親は麻也を産んで直ぐに亡くなっていた。
ノ音夢は張り詰めた仕事の合間に休日を取り、娘の為に時間を空け、川へ遊びに来ていた。
その川の浅瀬で遊ぶ娘を見てノ音夢は呟く。
「本当に……大きくなったな。 もう麻也も7歳か」
麻也は小学校に入学し、新生活を謳歌し、毎日を楽しんでいた。
「ん? おっと……ビールが切れたか」
ノ音夢は麻也を1人置いて買いに行くのを悩んだ。
「…。」
近くのコンビニにまで行って帰ってきても3分程度だった。
「麻也ももう大きいし……大丈夫だろ」
麻也の日々の私生活を考えても素直に言う事を聞き、言いつけを守らない子ではない為、ノ音夢は大丈夫だと判断した。
「麻也! パパはコンビニ行ってくるから危ない事はするんじゃないぞぉ!」
「はぁい! 気をつけてねぇ!」
ノ音夢は安心してその場を後にし、麻也は良い子に浅瀬で遊んでいた。
「ん?」
しかしその時、麻也は泣いてる女の子に気がつき、駆け寄って少女に事情を聞いた。
「どうしたの?」
少女は泣きながら川に指を刺す。
そこには少女のサンダルが川に浮いていた。
「……お姉ちゃんが取ってくるから待っててね!」
麻也は川へと入っていった。
そしてノ音夢が帰ってきた時には、麻也は川で身動きもせず浮いていた。
麻也は無呼吸状態が続いた影響で植物人間になり、ノ音夢は延命処置を願った。
そこからノ音夢は娘を救う為、自分の研究でもあった脳の記憶に没頭する。
麻也が脳死していない可能性、更に脳のインパルスへのアプローチ。
脳内部からの活動ではなく、外部からの刺激で植物人間の状態を回復させると言うものだった。
その実験は順調だった。
8歳に至るまでの麻也の記憶の材料は直ぐにデータ化に成功する事が出来た。
脳の研究は政府からの案件だった為に麻也の記憶と共に研究データは日本政府のサーバーに保存される事となった。
しかし、日本政府のサーバーが攻撃を受け、そのデータは丸々ウィルスに持っていかれてしまう。
そして、政府からの協力要請がノ音夢の所へと来た。
ノ音夢は没頭した。
娘を救う為に度重なる命を引き換えに実験を重ねてきた。
この日は死刑囚を最後に実験した日だった。
特別な電球で眩く照らされ、白を基調とした手術室。
床はケーブルで埋め尽くされ、ケーブルの先は実験体の脳へと接続されていた。
脳外科医2人と共に脳科学研究の男性が脳にワイヤーを更に刺そうとしていた。
「これ以上の脳への負担は危険です」
「…だが、もう少しニューロンの計算が必要だ」
「…わ…わかりました……」
その場の全員が息を殺し、慎重に作業する。
しかし、ワイヤーを刺したその瞬間だった。
「脳圧上昇しました! とても危険な状態です!」
「マンニトール投与っ! 急げっ!」
「出血が止まりませんっ!」
「VADだっ! 早くっ!」
「ピピピピピピピピッ……ピーーーーーーー…。」
「…。」
その場の全員は沈黙する中、機械音だけがずっと響いていた。
「…はぁ……」
男性は溜息をつき、隣の女性が言葉をかける。
「……ノ音夢さん……実験失敗です」
「……片付けてくれ」
「はい」
男は沢山のケーブルをまたぎ実験室を後にし、休憩室の自動販売機で購入したコーヒーを手に、目の前の椅子へと腰掛けた。
「…クソ……また失敗か……」
男は疲労と精神的苦痛から目の下に隈を作り、消耗していた。
「インプラントを増やし、ニューロンをもっと多く解析しなければならない。 脳に繋ぐケーブルも増やさないとデータの処理が全然追いつかない。 しかし、それでは人体が耐えられない。 一度開いた頭を塞いで、治療期間を間に入れれば……いや……そんな時間はない……」
その時、1人の男性が話しかけて来た。
「だいぶ切羽詰まってんな!」
その男は脳科学研究所の同期で友人だった。
「お前か……」
「ノ音夢さぁ……顔……ひでぇぞ?」
「あぁ……自分でもそう思う」
「で?……BMIの進行はどうなの?」
「全然ダメだ……人体が持たない」
「だよなぁ……」
「ん? そう言えば……お前のところって、人工の脳を作ってたよな?」
「え? そうだけど? あぁ……そうゆう事? でも使えないよ? 人体実験が許されてるのはそっちだけだもん。 こっちは動物で実験してるけど会話ができる訳じゃないしね」
「一応でいい……き、聞かせてくれないか?」
「いいけど……こっちは自然則に乗って動いてるんだけど……要するに脳を半分切って、片方の脳が無くなった脳を補おうとする反応なんだ。 そこに人工意識の機械に接続するんだ」
「DCの仮説理論だな。 俺もその論文は読んだ」
「じゃぁ、情報のニ相理論はわかるよね? ニューロンの発火と非発火がまた難しいんだけど、「フェーディング・クオリア」でアプローチをかけている」
それを聞いた瞬間にノ音夢は何かに気付き、立ち上がった。
「…っ!? そうかっ! そうだよっ! その方法ならまだいけるかもしれないっ!!」
「な、なんだよ……急に立ち上がって」
「それを「デジタル・フェーディング・クオリア」にしたら意識を保たせる事が可能なんじゃないのかっ!?」
「……た、確かに理論的には……しかし…それをやったら……」
「あぁ……実験体はもう人間じゃない」
「わかってるなら……」
ノ音夢は友人の言葉を遮り、言葉を続ける。
「なぁ……」
「な、なんだよ」
「俺が人間をやめると言ったら?」
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「ノネムさんっ! ノネムさん! 大丈夫ですかっ!?」
ナリムはノーネームの回復を終え、意識が戻らないノーネームに何度も呼びかけていた。
「な、ナリムか……戦況はどうなってる?」
ノーネームは夢から目が覚めた。
「そんなことよりっ! 気をつけてくださいっ! あなたはここで命を落としてはいけないんですよっ!?」
「わかっている……」
ノーネームのその言葉にナリムは怒鳴り声を上げた。
「わかってませんっ!!」
「…。」
「周りの皆さんとは違ってあなたは鬼説で死ぬ事になれば現実世界のあなたは本当に死ぬんですよっ!? 娘の麻也を救いたい気持ちはわかります! しかし! 麻也が目覚めた時にあなたが居なかったら! 麻也ちゃんはどうなるんですか!?」
「…。」
ノーネームは沈黙の後に口を開いた。
「すまないな……だが、俺はもう人間じゃない。 父親にはもうなれない」
ナリムはまた更に怒鳴り声を上げる。
「それでもですっ!!」
「…。」
ノーネームは返す言葉も出ず、更にナリムは言葉を続けた。
「もう……絶対に無茶はやめてください……」
「……。」
その時だった。
空間が赤の眩い光に染まり始めた。
「な、なんだ…あれは…」
ノーネームは赤く発光するヴァイラスを見て驚いた。
「いったい何が起こっている……」
ナリムが答える。
「おそらくヴァイラスは鬼説のラストボスのデータを自分のデータと融合させた様です」
「な、なんだと? そんな事が……いや、奴なら可能なのか……クソ……」
更にノーネームはナリムに聞く。
「為心達は奴とどう闘っていた?」
「どうやら記憶を媒介に力に変換したみたいです」
「な、なんだって? 確か……彼らのデータは個体づつに容量が用意されていた……記憶のデータを消去した事で容量を空け、自らバトルステータスのデータを構築してると言うのか?」
ノーネームは少し考えてから気づいた。
「……っ!? ナリム!」
「はい!?」
ノーネームは立ち上がりナリムに言う。
「すまない……先程の約束は守れなくなった」
「っ!? なっ何故ですかっ!?」
「彼らが記憶を消す事がどういう事かわかるか?」
「……い、いえ、わかりません」
「彼らが記憶を消すと言うことは……自分を消去しているのと一緒だと言う事だ」
「それは……つまり……自殺と同じと言いたいのですか?」
「自らを殺すと書けば一緒かもな。 しかし、彼らの自殺は意味が大きく違い過ぎる。 だが、自己犠牲でも表せない……きっとそんな生やさしい言葉じゃ釣り合わない何かだ。 私は今の彼らを表現出来る言葉を知らない。 だが……彼らが自分自身を犠牲にしてまで闘ってくれているんだ……」
ノーネームは沈黙を置いて言葉綴る。
「俺の命をかけないでどうやって彼達に並べると言うんだ……」
「わ、私は反対です! 彼らは死んでもただのデータです! でも! あなたは! あなたは……その命しか無いんですよぉ……お願いだから……やめてください……私も含めて麻也ちゃんはどうなるんですかぁ……」
「すまない……お前にはいつも迷惑をかけるな……」
ノーネームは刀を取り出し、スキルを唱える。
「心魂…累減………」
ノーネームは亜鬼人状態へと形を変え、為心達の繰り広げる戦いに向かい、残されたナリムは決意を決めざるおえなくなってしまった。
「私は……あなたを救う為なら……やっぱり作戦を実行しなきゃ……」
そして、ノーネームが戦いに加わった。
「すまない! 遅くなった!」
それに対し、リタが答える。
「もうちょっと寝てても良かったんじゃないか?」
「流石に奴を目の前にして寝てはいられないな……」
「だな……」
そして、後に続きナリムも姿を現す。
「遅くなりました」
全員が揃ったのを見てヴァイラスが口を開く。
「どうやら……ようやく役者が揃ったようだな。 では、終焉を始めよう!」
その瞬間、リタが激声を上げた。
「っ!? 為心危ねぇっ!!」
リタは左手で為心を押し退けたその時、リタの左手は切断された。
「ぐっ!?」
「リタっ!?」
その瞬間、為心は耳元でヴァイラスに言われる。
「反応が遅いぞ」
為心はヴァイラスに背後を取られていた。
「クッソっ!! 閃光っ!」
為心は咄嗟に閃光スキルを使いヴァイラスから離れようとする。
「はは! それで逃げたつもりか?」
ヴァイラスはピッタリとまだ為心の背後に張り付いていた。
「っ!? 夢幻刹那っ!!」
為心は瞬時に記憶も消し、律加でのステータスをスピードに割り振り攻撃に転じ、ヴァイラスを振り切ろうと激しく移動しながら、更に攻撃を繰り返す。
しかし、それに対してヴァイラスは受け止める必要が無い程に為心の斬撃を軽々とかわしていく。
「私が君を殺せた回数は何回だと思う?」
「っ!? クソっ!」
為心は更に記憶を消した。
「うおぉぉぉぉぉおおおおおおっ!」
スピードを上げ、凄まじい速さで斬撃を繰り出す。
「つまらなくなってしまったな…………」
しかし、為心の攻撃はヴァイラスには届かない。
ヴァイラスは手を槍の様に変形させ為心より速い動きで攻撃をする。
「絶っ!」
その時、会長が間に入りヴァイラスの攻撃を受け止め、為心は間一髪の所で助けられた。
「会長っ!? 奴の攻撃が見えるのか!?」
「全然見えんっ! リタの指示じゃっ!」
それを聞きいたヴァイラスは標的を変える。
「ほう?……ではあの者から先に片付けるとしよう」
「っ!? リタぁっ! 危ないっ!」
為心がそう言った時にはヴァイラスは目の前から消え、既にリタは片手でヴァイラスの攻撃を受け止め、鬩ぎ合いになっていた。
「腕が片方しか無い状況で良く攻撃を受け止めた。 やはり貴様から死んでもらおう」
その時、ヴァイラスの後ろからノーネームが斬りかかる。
「そう簡単にはさせんぞっ!」
しかし、ノーネームの攻撃は空を切り、それと同時にリタが叫んだ。
「為心っ! 2時の方向だっ!!」
ヴァイラスはノーネームの攻撃を回避し、リタが指示を出した所に現れ、為心は力一杯に一太刀を振るった。
「食らえっ!!」
ヴァイラスは右腕で為心の攻撃を止め言う。
「こんなものが食らうか」
「当たっただけでも進歩だろっ!!」
為心は更に2撃目3撃目とヴァイラスに受け止められるが、ヴァイラスは避ける事は出来ていなかった。
そして、為心に隙が生まれた瞬間にヴァイラスは攻撃に転じようとしていた。
しかしその時、リタから指示が飛ぶ。
「ノーネーム防御っ! ナリムバックアタックっ!」
ノーネームはヴァイラスの攻撃を刀で受け止め、ナリムが後ろから攻撃し、初めてヴァイラスに攻撃が当たる。
「ほう……これはなかなか。 言われるがまま動けると言うのは信じていないと出来ない動きだ」
更にリタは指示を出す。
「会長! 為心に壁っ! 為心はアタック!」
しかし、リタの指示が早すぎた為に、ヴァイラスは為心への攻撃をやめて瞬間にリタの目の前に現れ攻撃をした。
「クッソっ!」
しかし、リタは自分に来る可能性を捨てては居なかった。
間一髪でヴァイラスの攻撃を受け止め、その隙にナリムがヴァイラスに向け遠距離攻撃を放つ。
「水光弾っ!」
ヴァイラスはまた、それを回避した。
「ノーネームっ! ナリムの背後へっ!」
気づけばヴァイラスはナリムの背後へと移動していた。
更にノーネームがヴァイラスに攻撃を仕掛けるが、ヴァイラスはノーネームの攻撃を受け止めナリムに槍のような腕を突き刺す。
「がっはっ!」
「ナリムっ!!」
しかし、ヴァイラスはノーネームの攻撃で邪魔された為に攻撃は急所を外れ、ナリムの肩を貫き、致命傷には至らなかった。
更にヴァイラスはノーネームの2撃目を回避するべく少し離れた所へと移動する。
「リタっ! 次はどこだっ!?」
「いや……詰んだかもしれない」
その言葉に会長が聞く。
「いったいどういうことじゃっ!?」
気づけばヴァイラスは少し遠くの上空へと移動し、槍の様な鋭い腕をこちらに向け、雷炎を生成していた。
「これはどう対処するのかな?」
その瞬間、ヴァイラスの溜めていた雷炎が轟音と共に急激に大きくなった。
その場の全員が、見たことないあまりの大きさの雷炎に驚愕した。
「あんなの……避ける隙も無ければ止められもしねぇよ……」
しかし、リタは絶望中でも1番可能性がある未来に賭けた。
「……全員……覚悟を決めろ。 対処が1番ましだ……」
その言葉に為心は答えた。
「もうこの状況で文句はねぇよ。 リタ…指示を頼む」
そして、全員が頷いた。
「ノーネームと為心は雷炎を限界まで溜めろっ! 更に俺と会長は絶でカバー! ナリムは心魂とバフを頼むっ!」
その言葉に為心とノーネームは雷炎を溜め始め、その後ろでリタと会長が待機し、更に後ろでナリムが待機した。
それを見ていたヴァイラスが口を開く。
「さて……生き残れるかな?」
そして、雷炎は放たれた。
凄まじい轟音と共に為心達に雷炎は迫る。
「今だっ! 放てっ!!」
「雷炎っ!」
「雷炎!」
リタの指示でノーネームと為心はヴァイラスの雷炎程ではないが最大限まで溜めた雷炎を放つ。
そして雷炎同士が着弾し、凄まじい衝撃音が辺りを轟かせ全員の耳を打ったその時、ヴァイラスの雷炎に変化があった。
ノーネームと為心の雷炎は押し負けているものの、ヴァイラスの雷炎を小さくしていた。
そして、ノーネームと為心の雷炎は消滅し、ヴァイラスの雷炎はまた迫る。
「会長っ! 今だっ!」
「絶っ!!」
迫り来る雷炎に向け会長とリタはシールドを張る。
着弾と同時に凄まじい火花が舞い、会長とリタは全力でヴァイラスの雷炎の威力を減らす。
しかし、リタと会長のHPは徐々に減っていく。
「会長っ! ここが重要だっ! 止められるだけ死ぬ気で止めろぉっ!!」
「くっ!? これはきついのうっ! 神氣! 起死回生! 心魂っ! 挽回っ!!」
会長のスキル使用によりヴァイラスの雷炎がまた縮む。
そして、更にリタから指示が飛ぶ。
「雷炎の準備は出来てるか!? それとナリム! シールドが弾けたと同時に心魂で全員をフル回復しろっ!」
「え? そのタイミングでするんですか?」
「いいから言うことをきけっ!」
その時、「絶」のシールドが弾けた。
「雷炎放てっ!」
「雷炎っ!!」
「雷炎。」
雷炎が着弾し、ナリムはリタに言われるがままに心魂を使った。
「心魂! 閼伽っ!」
全員が淡い光に包まれ、HPが全回復した。
そして、ノーネームと為心の雷炎はヴァイラスの雷炎を更に縮め消滅した。
「全員防御態勢っ!! 歯食いしばれっ!!!!」
ついにヴァイラスの雷炎が全てを飲み込んだ。
凄まじい轟音と共に激しい爆発を起こし、辺り一帯はライトエフェクトの光で何も見えない状態になり、全て光の中へと消えた。