12節「自壊する覚悟=力と成長」
12節「自壊する覚悟=力と成長」
為心の後ろから鬼が爪を伸ばし、攻撃しようとしていた。
「チっ! あやつ気づいとらんのかっ!」
会長は更にスピードを上げ、鬼と為心の間に飛び込んだ。
「絶っ!…心魂っ!…挽回っ!!」
眩い光を放ち、鬼の攻撃を倍で返した事により、鬼は吹き飛んだ。
「こっちはワシが受け待つっ!」
会長はちゃまを為心とリタに任せ、鬼に向かって斬りかかった。
「刻爆炎っ!」
防御態勢を取る鬼に対し、会長は一太刀入れ、刻爆炎スキルの爆発でその防御を崩し、更にスキルを唱える。
「十火炎斬っ!!」
そこから会長は十連撃の攻撃を放ち、六撃めまで順調に進めたが、七撃目の攻撃をする瞬間に足が動けなくなり、それに気づいた。
「なんじゃ!?」
会長の足元は蜘蛛の糸で地面に張りつけられていた。
「くそっ! 気づかなかったっ!」
その時、鬼は口を大きく開け、雷炎を生成していた。
「そう来るか……しかし、ワシには効かんぞ!」
会長は余裕のある表情で笑って見せた。
そして、凄まじい音と共に雷炎が会長に目掛けて放たれた。
「心魂っ! 挽回っ!」
会長は刀で雷炎を倍にして跳ね返した。
その衝撃で足を止めていた糸は切れ、会長は攻撃に転じ、跳躍する。
「心魂! 光剣っ!!」
上段から力一杯に振り抜こうとした時。
「っ!?」
上空にも蜘蛛の糸が張り巡らされており、会長の攻撃は届かず、鬼の寸前で捕らえられてしまった。
「くそっ! こ、これはまずいっ!」
会長の今の状態では「挽回」を使う事が出来なかった。
宙吊りになった会長目掛けて鬼は人差し指の爪を伸ばし、会長の肩に突き刺した。
「うぐっ!」
会長のHPが徐々に減り始める。
「なに!? 毒かっ!?」
視界の画面に状態異常が発生し、会長は動くことも出来なくなった。
再び鬼は会長の目の前で口を開け雷炎を生成し始める。
「1回で死にはしないが、もう奥の手を使う事になるとはのう。 鬼今までの鬼より強いのう……」
そして、雷炎は放たれ、凄まじい爆風とライトエフェクトで辺りは見えなくなった。
「神氣! 起死回生!」
雷炎の爆風で拡散していた土埃が会長のライトエフェクトと風圧でかき消され、オレンジ色に発光し、全回復した会長が姿を現した。
「少し危なかったのう……主を甘く見積もってた。 じゃが、もう手加減はせん」
会長はそう言って腰を深く落とし、構えに入った。
「参るっ!!」
その瞬間、脚力で会長がいた地面はでめくり上がり、風圧を残して会長の姿はその場から消えた。
「心魂…光剣っ!!」
気づけば会長は鬼の懐に入り、力一杯に斬り抜き、光剣スキルで鬼は燃え盛り、攻撃に転じる事ができなくなる。
「刻爆炎…十火炎斬っ!!」
会長はその隙を見逃さず、十連撃を使用した。
起死回生スキルにより、会長のステータスは跳ね上がっていた為に、一撃の衝撃音と攻撃力は凄まじい物だった。
しかし、鬼もただ攻撃を受けるだけでは無く、地面と空間にも糸を張るが、起死回生スキルにより無効化され、攻撃にも転じようとしていたが、会長の攻撃は余りに重く、一撃入れられる度に後方へと押され、怯んでしまい、攻撃に転じる事が出来ていなかった。
「お主に攻撃の隙は与えん!」
そして、十連撃の終わりに鬼は会長目掛けて爪で毒の攻撃をしようとした。
「絶っ! 心魂…挽回っ!!」
鬼の攻撃は弾かれ、また会長の猛攻が始まるかに見えた。
「さすがに間に合わんか……」
会長は起死回生スキルが切れる前に戦いを終わらせたかった。
しかし、かなり鬼のHPを減らせたが、先に起死回生スキルが切れる方が速かった。
「チッ……終わるか……」
起死回生スキルが終る間際に会長は最後の1発を入れる。
「心魂…光剣っ!!」
鬼は激しく燃え盛り、悲鳴を上げた。
「こっからは骨が折れそうじゃのう……」
会長は再び気合いを入れ直し、鬼の周りを旋回して走る。
「くそっ!? ここにも糸かっ!?」
しかし、気づけば足が糸に絡め取られ身動きが取れなくなっていた。
「1回は防げるが……2度目はまずいのう」
鬼は会長目掛けて爪を伸ばし突き刺すように攻撃してくる。
会長は身動きが取れない中でもプレイヤースキルで刀で弾き、そして避け、間一髪の所で回避する。
しかし、今度は鬼が掌を翳し雷炎を生成し始めた。
「心魂…挽回っ!!」
その衝撃で足に絡み付いた糸は外れ、会長は後方へと回避出来た。
「リキャストタイムが長い……もう捕まったらアウトか……手詰まったのう」
会長は焦っていた。
すると鬼は凄まじい速度で旋回し始め、壁を真横に走り、会長に向け糸を飛ばして来る。
「くそっ! 避ける事しか出来んっ!」
数回に渡って攻撃で放たれた鬼の糸を間一髪で回避する。
「周りはどうなってる?! 皆は無事なのか?! 助けはまだ来れんのか!?」
その時、凄まじい衝撃音が聞こえ、会長は回避をしながら周りの状況を確認し、為心達を横目で伺った時、気づいた。
「っ!?」
倒れるちゃまを為心とリタが囲い、涙を流してるのを見た。
「……そうか……ちゃまはもう……」
会長は自分の責任を全うしようと心がけてきた。
今、為心とリタが悲しんでいるのも、最初の任務で人材選定した自分の所為、ちくびが死んだのも自分の所為、そして更には、ちゃままでもが仲間の手によって殺されなければならないこの状況を作ってしまった。
全ては自分の責任とわかっていた。
しかし、クランの会長として、守らなければならない物が多すぎた。
メンバーの命、そしてメンバーの精神状態。
全ての人間が鬼説を楽しんでいるわけでは無い。
現実へ帰りたい者、自暴自棄になる者、その全ての者の責任も自分にはあった。
それでもノーネームの話を聞き、為心達の責任を最優先とし、ギルドを捨てた事で、今まで築いた絆、信頼、仲間、その全てを裏切ってここへと来たと言うのに、会長は何一つ責任を果たさていない事に自分への怒りが増す。
「……ワシは何をやっとるのか……」
考えないようにしていた。
いつも通りに振る舞う事を心がけていた。
場の空気が壊れる事を恐れていた。
自分が責められる事を恐れた。
自分自身が壊れないように会長でありつづける事を守ってきた。
「……全て逃げていただけだったのかのう……」
ちゃまを助ける事が出来れば何かが変わると思っていた。
しかし、会長は気づいてしまった。
責任を果たそうと選んできた道が、全ては自分自身を守る為に選んで、目の前にある物を捨て、自分が楽な方へと逃げていた事に今気づいてしまった。
強くありたいと保ち続けていた偽りの心を今知ってしまった。
「……。」
現実世界からゲームへ逃げ、鬼説ならもっとましな自分で居られるとそう思っていた。
しかし、逃げていた自分に気づいてしまった。
会長は脚を止め、力なく刀を下ろし、戦う事を諦める。
「いっそ……終ば楽なのだろうか……」
自分の判断の誤ちに、メンバーを死なせてしまった事に、ちゃまを助けられなかった現実に、自分自身が偽り続けていた事に、責任の重さに、現状の状況に、会長は自暴自棄になり、重い責任が溜まり、精神に影響が出ていた。
「……。」
鬼は無抵抗の会長に糸を張り、宙吊りにし、目の前で口を開き雷炎を生成し始める。
「……あぁ……家族に会いたいと言うのはこう言う時に思うのか……もう名も呼ぶ事も出来ないけどのう……」
決して、会長は現実で凄く幸せな家庭とは言えなかった。
むしろ、家族に嫌われていたとさえ思えた。
喧嘩は絶えない家庭、だからゲームへ逃げた。
もう今となっては息子の名前も、妻の名前も思い出す事は出来ない。
「……会いたいと思うのは……何故かの……」
そして、鬼の雷炎が放たれたその瞬間だった。
「それは成長だろぉがぁっ!!」
リタが鬼の顔面目掛けて蹴りを放ち、放たれた雷炎は角度を変え、会長を捕らえてた糸を破壊し、鬼は吹き飛んだ。
そして、自暴自棄な会長に向けてリタは会長の胸ぐらを掴み激声をあげる。
「俺だって! 失って気づいたよ! 鬼説に放り込まれて、現実じゃありえねぇ世界だから気付かされた! 泣いて! 喚いて! 悲しんで! 無様な自分と向き合って! そして葛藤して! でも! それを思うこと事態が既に成長なんじゃねぇのかよ!!」
「っ!?」
会長はリタの言葉に啓発された。
足りない言葉だからこそ自分と重なった。
そして、悩んでいた更に先をリタに気付かされた。
リタは掴んでいた胸ぐらを離し、言葉を続ける。
「気づいたかよ。 俺はあんたより先にいるんだ。 先輩から教えてやるよ。 あんたは間違っちゃいねぇ。 ただ、成果が出ないこの状況に心が負けそうになってるだけだ。 今のあんたにピッタリの言葉を言ってやろうか?」
「……それはなんじゃ…?」
「……あんたは1人なのかよ?」
「っ!?」
その言葉は会長自身が皆んなに伝えていた言葉だった。
「……フ…まさかその言葉が自分に帰って来るとはのう……」
会長は気づいた。
その言葉を1番自分が求めていた事に。
「のう……リタよ。 ワシは無様か?」
その言葉にリタは鬼に向かい構え、そして答える。
「あぁ! 相当カッコ悪いね! そんなあんたは見たくねぇ!」
その瞬間、リタの周りでライトエフェクトが舞う。
「主!? それは!?」
会長はそのライトエフェクトを見てリタの自らの意識で発せられた事に驚いた。
「鬼説の摂理を理解した。 あんたは前にこの世界に覚悟が必要って言ったよな?」
「あぁ……」
「その覚悟を理解した。 俺は力の媒介に記憶を捨てた」
「な、なんじゃとっ!?」
「考えてもみろよ。 力を得た時は必ず記憶が消える。 なら自分から記憶を支払い、力に変えればいい。 俺は……もう別れを済ませたからな」
そのリタの重い言葉に会長は口遊む。
「覚悟か……」
「先に行く」
そう言ってリタはその場から姿は消し、気づけば鬼に斬りかかっていた。
「うぉぉおおおっ……らぁっ!!!!」
辺りにはリタの凄まじい斬撃が鳴り響いた。
そして、残された会長は顧み始める。
「昔のワシなら忘れたい記憶だったのかもな……」
しかし、会長は死を感じた瞬間に気づいてしまった。
自分の中に家族への思いがあった事を。
そして、家族の記憶が暖かかった事を。
「もし現実に行けるのなら……自分をおもいっきり殴りたいのう」
もう帰る事が出来ない現状に対して、鬼説での現実の記憶はとても大切な物だった。
自分自身の精神を保つ為、自分を忘れない為、自分であり続ける為、それには過去の楽しい思い出、成長するのに培った嫌な思い出、その産物があるからこそ今の自分自身が存在する。
それはもはや目に見えない財産そのものだった。
しかし、この鬼説で、自分達が持ってきている物は財産しかない。
財産を手放すと言う事は即ち、自らの手で少しずつ存在を殺しているのに等しかった。
「……お別れか……名前を思い出す事は出来ないが……さようなら……我が家族達よ。 良き想い出じゃった」
会長の頬に一筋の光が垂れた。
その瞬間、会長の周りで風圧が舞い、更にその後にライトエフェクトが音を立てて激しく発光した。
「そうか……これが覚悟か……」
記憶が消えた事を確認し、同時に成長を実感する。
「さて……全を終わらせるとしようかの……」
会長は刀に手をかけ、腰を低くし、スキルを発動した。
「心魂…光剣」
会長は音を立てずにその場から一瞬で消えた。
そしてその時、リタは鷹の目のスキルで会長が来るのが見え準備する。
「ナイスタイミング……」
リタはそう口遊み、後方へ回転しながら回避したその瞬間だった。
激音と共に空間に眩い光の筋が鬼に向かって一直線に伸び、凄まじい斬撃の音がした後に鬼は激しく燃え上がる。
「チッ……これじゃまだ仕留めきれんかったか」
鬼の後ろで刀を鞘に収め、笑う会長がそこにはいた。
しかし、会長は鬼のHPが微量に残ってていても、残らなくても良く、出来れば残っててくれていた方が良いぐらいに思っていた。
なぜなら。
「俺に恩を感じてるんだろっ!? 有り難くいただくぜっ!」
リタもそれを承知の上で回避してからずっとスキルを溜め、待っていたからだった。
「…心魂……」
リタの周りで風圧とライトエフェクトが激しく舞った。
「…光…剣っ!!」
その言葉と共に姿は消え、リタの居た地面はめくり上がり、凄まじい衝撃音と風圧をその場に残して、リタは鬼に最後の一撃を斬り放った。
空間に眩い光の亀裂が尾を引き、鬼の所で斬撃の音を奏でて燃え盛り、そしてリタが刀を納めたと同時に鬼はポリゴンになり、弾けて消えた。