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11節「絶望の再会、可能性のコラプス」

11節「絶望の再会、可能性のコラプス」





頭を下げ続けるノーネームにナリムが寄り添う。


「ノネムさん、しかたがないです。 私達で頑張りましょう」


その光景に為心が歩き出しながらノーネームに言葉をかけた。


「本当にアイツは素直じゃないんだよなぁ。 まぁ、国の話より、あたしはそっちの方がシンプルで好きだよ」


ノーネームの肩に手を添えて為心はリタの後に続く。


「っ!?」


ノーネームはその為心の言葉に驚いた。

リタの発言で自分が拒絶されたと思っていた為に、為心の言葉に驚きを隠せなかった。


「本当にリタは可愛い奴よのう」


会長はそう言ってノーネームに話しかける。


「リタのはあれじゃ。 頼まなくても手伝ってやるよ的な奴じゃ。 言ったじゃろう? こやつらは出来た子達だと。 話しは後で詳しく聞かせてもらおうかの」


会長は笑みを浮かべつつノーネームの横を通り為心の後に続く。


「……フ……やはり、俺があさはかだったと言うことか……」


ノーネームは今、言い放たれた言葉の奥に心を感じた事に気づいた。


「まだ俺にもこういうのがあったのか……」


幾度となく人の死に触れ、心を感じることのできない社会、そして、言葉を発することのできない家族、ノーネームは久々に人間の暖かさを感じていた。


「ナリム……ありがとう」


「え!? ど、どうしたんですか? 急に!?」


「俺も奴らに当てられたのかもな……急に伝えたくなった。 いや……もしかしたら、優しさを取り戻したくなったのかもな……」


「あの人達は今回、初めてなんですか?」


「そうだな……このメンバーでここまで来たのは初めてだ。 それに、今回はいつもより色んな事がおかしい……だが、だからこそ可能性を感じているのも事実だ」


ノーネームは歩いて来た道のりを振り返りどこか遠く見てそう言い、更に言葉を続けた。


「最後の闘いだ……いくぞ。 麻也まなりを救わなければならない」


「はいっ!」


ノーネームとナリムも扉へと入る。

中はステンドグラスで飾られた古い教会のイメージだった。

奥には長い通路、さらに突き当たりには扉、そしてリタと為心が目の前でじゃれ合っていた。


「もう! リタは素直じゃないんだから!」


「うるせぇなぁ! 自分見てるみたいで嫌だったんだよ!」


その間を会長が今までにない真剣な声で割って入る。


「主ら……そろそろ気を引き締めるぞ。 何も失敗は許されない」


いつも場の空気を一番に気にする会長だが、終わりが近いと感じ2人の気を引き締める。

その言葉にノーネームも改めて伝える。


「ここはもう、遊戯ゲームではない。 一つだって命を無駄にしてはいけない。 俺から最後言わせて貰えば全員……死ぬな」


その言葉に全員の表情が変わる。


「行くぞ」


全員は通路を歩き、鬼の出現に注意をしながら扉まで辿たどり着く。


「準備はいいな?」


ノーネームの言葉に全員が頷き、そしてノーネームは扉を開けた。

そこには、闘技場の様な膨大な広さ、そして神殿の様な空間が広がり、その真ん中にはヴァイラスと鳥籠の様な檻に入ったちゃま、そして脚が4本の蜘蛛の様な胴体に人間が上半身から融合している鬼がいた。


「ねぇちゃんっ! 今助けるっ!」


ちゃまを見つけたリタが叫ぶ。


「待っていたよ! この時を!」


ヴァイラスは笑顔でそう答え、皆んなに気づいたちゃまが叫ぶ。


「お願いっ!! みんな逃げてっ!!」


ヴァイラスは寛美の笑みで言葉を続ける。


「君たちの為に私は最高のシチュエーションを用意したよ!」


その状況に為心があるものを見つけた。


「おい……待てよ……そいつもしかして……」


ヴァイラスの隣にいる見たこと無い蜘蛛タイプの鬼の頭上にプレイヤーネーム「パンツは投げる」と記されていた。


「その鬼は……ぷ、プレイヤーなのか?」


その瞬間全員が理解した。

ヴァイラスが言う最高のシチュエーションを。


「嘘だろ……? やめろよっ!! ねぇちゃんを離せよっ!!」


リタが叫んだ。

しかし、全員の察しの良さにヴァイラスは喜ぶ。


「気づいたか! ふふ……フハハハっ!!! この娘が変わる所を是非!! 堪能たんのうしたまえっ!!」


ヴァイラスがちゃまに向け掌をかざした瞬間だった。


「やめろぉぉぉぉ!!!」


リタは刀を抜きながら駆け出した。

しかし、気づけば為心が亜鬼人状態でヴァイラスとの距離を一瞬で詰め、斬りかかっていた。


「……させるかよ……」


ヴァイラスの所業しょぎょうに為心は怒りの余り誰よりも先に攻撃に転じていた。

それに続き全員が遅れて動く。


「っ!?」


その為心の速さにヴァイラスは驚ききつつも笑みを浮かべて一言呟く。


「もう遅い!」


為心は力一杯に剣を振り抜いたが、剣は空を斬りヴァイラスは少し後方へと一瞬で回避していた。


「いっ……いやぁぁぁあああっ!!!!」


その時、ちゃまが赤く発光し、悲鳴を上げた。


「ちゃまっ!!」


「ねぇちゃんっ!!」


リタと為心は苦しむちゃまに駆け寄ろうとする。


「だめっ!! お…お願い…み…見ないで……」


その瞬間、為心を見るちゃまの眼球が飛び出し、顔と身体の皮膚に次々と亀裂きれつが入り、その無数の亀裂の中から眼球がこちらをそれぞれ覗く。


「ちゃまっ!!!」


しかしその時、ヴァイラスの隣にいた蜘蛛型の鬼が為心に目掛けて伸ばした爪を突き刺そうとしていた。

為心はそれに遅れて気づき防御態勢だけ取る。


「くっそ!!」


「絶っ!! 心魂っ! 挽回っ!!」


しかしその時、凄まじい衝撃音と共に会長が現れ、為心を助ける。


「こっちはワシが受け持つっ!!」


「サンキュー! あたしはちゃまをなんとかする!」


そう言って会長は鬼に向かって走り、為心はちゃまを囲う檻に向かって剣を振るった。


「おらっ!!」


続けてリタも檻に向け攻撃を繰り返した。


「なんでこうなんだよっ!! ねぇちゃんっ!! ねぇちゃんっ!!」


2人は何度も剣を振るうが、檻には傷一つつかなかった。

その光景にヴァイラスは喜んだ。


「フハハハハハハっ!! いいぞっ! もっとその絶望的な表情を私に見せろっ!! もうその娘を戻す方法など無いのだっ! 苦しめっ! そして、もっと絶望しろっ! お前らの愁いを私はもっと感じたいのだっ!!」


人の感情を知りたいヴァイラスはリタと為心の表情に歓喜していた。


「ヴァイラス貴様ぁぁあああっ!!!!」


その時、ヴァイラスの後方でノーネームは瞬時に亜鬼人状態に成り、開始から全力で斬りかかる。

しかし、そのノーネームの剣をヴァイラスは素手で軽々と受け止めた。


「お前を待っていたよ。 私はお前を探していた」


ヴァイラスはノーネームを見て探していた人物なのを理解していた。

そして、ヴァイラスはもう片方の手に青色に輝く石をノーネームに見せた。


「これは最高だ。 ありとあらゆる感情……そして記憶、愛、教育、全てがこの中にある。 これがなんだかわかるかね?」


ヴァイラスはノーネームに石をちらつかせ、顔が裂けるぐらい笑っていた。

それにノーネームは気づいた。


「…っ!? それはっ!? 麻也の記憶データ!?」


「ご名答!!」


ヴァイラスはそう言って石を舌でいやらしく舐める。


「やめろぉぉぉおおおおおっ!!!」


ノーネームは2撃、3撃、4撃と力一杯に斬撃を繰り返すが、ヴァイラスには簡単に受け止められてしまう。


「ナリムっ!!」


ノーネームから指示が飛ぶ。


「水光弾っ!!」


光の水の玉が無数にヴァイラス目掛けて放たれた。

しかし、ヴァイラスはその場から消え回避する。


「逃さんっ!!」


そのヴァイラスの回避に追尾し、ノーネームが斬撃を繰り出すがしかし、ヴァイラスは素手で次々と弾いていく。

その間、ちゃまは苦しみ続けていた。


「ん゛っ…いや…あ゛……ぐっ……あ゛……あっぁぁ……」


脇腹から蜘蛛の様な脚が皮膚を突き破り、そして下半身は膨れ上がり、人間の形状を変え、皮膚も黒く変色していく。


「う、嘘だろ……助けるって……守るって約束してたのに……」


苦しむちゃまを前に為心は絶望に駆られていく。


「あ゛……だ……じ……を……」


ちゃまは苦しむ中、2人に何かを伝えようとしていた。


「ちゃまっ!」


「ねぇちゃんっ!」


2人は壊すことの出来ない檻にはばまれながらちゃまの名前を呼び続ける中でちゃまは言葉を押し出し言う。


「…ご…ろ…じ…て……」


その言葉を最後に、ちゃまは激しく赤く発光し、檻が弾け飛んだ。


「ギャァァァァァアアアアアアアァァ!!!!」


奇声と共に檻から放たれたちゃまはもう人間としての原型を留めていなかった。


「ねぇ……ちゃん…?」


ちゃまはリタの言葉に反応し、リタ目掛けて口を開き、雷炎を生成し始める。


「なぁっ! 嘘だろっ! 嘘って言ってくれよっ!! ねぇちゃんっ!!」


ちゃまはリタの問いかけには反応を示さず、溜めた雷炎が放たれるその瞬間だった。


「ごめん……ちゃま」


為心は諦めた訳ではなく決意し、ちゃまの顔面に力一杯に蹴りを入れた。

ちゃまの雷炎は角度を変え、リタの真横を凄まじい音と共に通り過ぎ、続けて為心は着地し二撃目の蹴りに転じた。


「1回吹っ飛ばす!」


ちゃまの胴体に回し蹴りを入れ、凄まじい勢いでちゃまは吹き飛んだ。


「やめろよっ! 為心っ! ねぇちゃんだぞっ! ちゃまなんだぞっ!!」


攻撃をする為心にリタは激声を浴びせた。


「あたしがやらないでっ!! じゃぁどうしろって言うだよっ!!」


為心は絶望の感情から憎しみや、怒りに変わり、握った拳が震えるほど鬱憤うっぷんを抑えていた。


「俺にだってわかんねぇよ……わかんねぇよ! 助けられるって思ってたのに! ……く……こんなのって……」


リタも絶望に駆られ何が正しいのかさえ分からなくなっていた。


「ちゃまだって仲間を傷つけたくなんてないはずだ。 ちゃまに仲間を殺させるぐらいなら……」


為心はそう言ってちゃまに向け雷炎を生成し始めた。


「あたしがちゃまを殺す!」


為心のその言葉と状況にリタは狂い始めた。


「……は? ねぇちゃんを…殺す……? ねぇちゃんを……?……殺す?」


そして、ちゃまに向け雷炎は放たれ、着弾と同時にちゃまの奇声が鳴り響いた。


「ギャァァァァァアアアアアアアァァァァア!!!」


「絶対に! ヴァイラスを許さない! くっ…そがぁぁぁあああっ!!!!」


為心はまた数撃に渡って斬り刻み、その度にちゃまは奇声の様な、悲鳴を上げ、その声を聞くたびに為心の心は苦しんだ。

そして、リタは崩れる様に座り、上の空でその光景をただ眺めていた。


「ねぇちゃん……を……殺す? ねぇちゃん……死ぬ? ねぇちゃん……」


リタの頭の中ではリアルでの姉との生活の描写がたくさん流れる。

リタの精神はもう限界に近かった。

姉を拉致されてから、更に自分の弱さに、劣等感に、何億という日本国民の命の重さに、現状の真実に、そして絶望的な状況に、姉の殺してと言う願いに、逃げ出したい気持ちに、リタの精神は壊れる寸前だった。


「ねぇちゃん……ねぇ……あ゛……あ゛」


その瞬間、リタの頭の中で何かが切れた。


「……ねぇちゃんて……誰だ?…」


その時、リタが淡く光に包まれ、神氣開放の文字が視界に浮かんだ。


「神氣……開放…?」


その文字を見た瞬間にリタは気づいた。


「違うっ! 俺には姉が居たはずだっ! その姉を助ける為に俺はここに来たはずだっ!」


神氣開放によってリタの中から姉の記憶が消えてしまったのだ。

消えたことを理解したリタは地面に激しく拳を何度も打ち付けながら必死にその記憶を思い出そうとする。


「…ねぇちゃん……そうだっ! ねぇちゃんだっ! でも……俺のねぇちゃんって誰なんだよっ!! くそっ! よりによって……その記憶を……持っていきやがったなぁっ!!」


リタにとってその記憶は消えてはならないものだった。


「くそ……思い出せねぇよ……消えちゃいけない記憶だったはずなのに! 俺の中で! ずっと大切にしていた記憶なのに! くそっ! くそっ! 消しやがったなぁぁあ!」


最後には地面に何度も頭を撃ち続ける。


「返せよっ! 返せよっ! その記憶だけは! ダメなんだよ! 俺の記憶を返せよぉぉおおおおっ!!!!!」


リタはこの世界を憎んだ。


「……もう……これ以上……俺から奪わないでくれよ……」


リタはうつろな瞳で、為心とちゃまが戦うのを見て、仲間を助けなければならない感情は確かに存在し、ちゃまを仲間と認識しているのに、ちゃまと姉がリタの中では繋がってなかった。

仲間だった頃の記憶を残し、姉の記憶だけが消えてしまっていたのだ


「……っ!?」


しかし、リタは気付いた。


「……ちょっと待てよ? ちゃまが俺の姉だって言うのかよ?」


鬼説ゲームをしていた頃のちゃまの何気無い会話が頭に蘇り、まるで姉の様に言葉をかけている自分を思い出した。


「あの言葉も……あの時の言葉も……リアルの俺を知ってる言葉……いや……兄弟しか知り得ない内容……そればかりじゃねぇか……」


リタは記憶を辿れるだけ辿った。

ひたすらにちゃまの思い出を手繰たぐり寄せた。


「間違いない……でも、な、なんで……よりによってこの記憶なんだよ……俺の唯一の支えだったのに……」


リタは人生でこんなにも悲しみ、愁いた事は無かった。

その心を胸に重い腰を起こし、刀を鞘から抜いた。


「許さなねぇ……」


リタは憎んだ。


「俺が……」


この世界に対して憎んだ。


「この鬼説せかいをぶち壊す!」


その刹那だった。

リタの周りに青紫のライトエフェクトと風圧が共に激しく舞い、リタは目を瞑り一つのスキルを使用した。


「心魂……鷹の目……」


瞳を見開いたと同時に蒼く発光し、蒼いライトエフェクトが淡く立つ。


「ちゃま……もうねぇちゃんとは呼べないかも知れない……」


リタは深く屈み込み、為心とちゃまが交戦する中に目掛けて一直線に飛び込んだ。


「為心っ!! スイッチっ!!」


先読みしていたリタは為心の攻撃が終わる隙を見極め、ちゃまへと攻撃した。


「刻爆炎! 十火炎斬っ!!」


リタの十連撃の一太刀目がちゃまを斬り、刻爆炎スキルの爆発が激しく音を立てる。


「っ!?」


その瞬間だった。

ちゃまが姉である記憶が一瞬だけフラッシュバックする。

それはリタのクオリアとちゃまのクオリアの接触による反応が起こし、続いて二撃、三撃、四撃と刀でちゃまを斬る度に姉である記憶が描写される。


「俺から……」


五撃目。


「この……」


六撃目。


「大切な……」


七撃目。


「記憶を……」


八撃目。


「想い出を……」


九撃目。


「……奪ったって言うのかよっ!!!」


十撃目。


そして、リタは後方へと回避し、それに合わせてちゃまは反撃に移る。

後方へと逃げるリタ目掛けて爪を伸ばし、攻撃しようとした。


「守る為に求めた力を………護りたい人を殺すのに使わなきゃいけないなんて……」


リタは後悔を感じていた。

劣等感から、弱い自分から、自分の力で守りたい物を守る事が出来る事を望み、そんな感情が力を求めたはずだった。


「こんな力……求めなければ良かったのかな……」


そして、リタはスキルを使用した。


神氣じんぎ! 刻溜残こくりゅうざん!」


その刹那だった。

先程リタが斬った同じ場所で凄まじい十回の斬撃と激しい爆発が起き、ちゃまは悲鳴を上げ、続けてリタは更にスキルを使う。


「心魂……光剣っ!!」


リタの刀が高温で眩い光を放ち、上段から力一杯振り下ろした。

刻爆炎スキルもまだ発動していた為、ちゃまは燃え盛る中、更に爆発に見舞われた。


「神氣……刻溜残っ!!」


そして、リタはまた神氣を唱える。


リタの刀が通った軌道に眩い光の筋が入り、また激しい爆発を起こしちゃまのHPは急速に減る。


「…為心……頼む……俺の代わりに……終わらせてやってくれ……」


リタはそう願い口遊んだ。


「わかってるっ!!」


気づけば為心は雷炎をずっと溜めていた。

為心の雷炎が脈打つ様に膨れ上がり、今までに無い大きさに膨れ上がった。


「ちゃま……ごめん……」


為心は力一杯に雷炎を放つ。

リタはその場から離脱し、そして雷炎が着弾、凄まじい衝撃音と共に目が開けられないほどの眩い光に包まれ、ちゃまの悲鳴が響き渡った。


「ギァアァァァアアアアアアアアアっ!!!」


その悲鳴に2人は悲しみ、愁い、苦しみを感じていた。

そして、光が鎮圧し、ちゃまは下半身が無い状態で倒れ、千切れた部分から少しずつポリゴンになって消えていた。


「ちゃまっ!」


「ねぇち……くそ……」


理性が邪魔をし、反射的に呼ぶ事が出来なかった。

しかし2人は急ぎ、ちゃまの元へ駆け寄り、為心は屈んでちゃまの上半身しか無い体を支え、リタが顔を覗き、ちゃまに呼びかける。


「ちゃまっ!」


リタのその呼び方に為心は違和感を感じた。


「もしかして……お前……」


為心のその言葉にリタは唇に人差し指を当てた。


「…っ!?」


為心はリタが神氣開放で姉の記憶が消えた事を悟り、腹からたぎる怒りに襲われた。

家族との最後の別れになるこの状況で最愛の姉に本当の気持ちを伝えられない状況を作ったこの世界をうらんだ。

そして、ちゃまは今にも眠りそうな顔で言葉を押し出す様に言う。


「2人とも……強くなったんだね……」


ちゃまは少し微笑み、言葉を続けた。


「リタ? ほ、本当は泣いているんでしょ? 良く……頑張ったね……」


今の意識は鬼では無く、ちゃま本人だった。

そして、ちゃまはリタに手を伸ばし、リタはその手をしっかりとつかんだ。


「……う、うん」


「私はもう……一緒に居てあげられない……ごめん…ね」


「ちゃまの所為せいじゃない……ちゃまの所為じゃ……ないんだよ……だから……謝らなくていい」


「……ありがとう」


ちゃまはリタの優しさにまた微笑んだ。

そして、ちゃまの言葉は続く。


「………リタ?」


「な、なんだよ」


「自分の命と引き換えにとか……考えないでね」


「…う、うん……わかった」


ちゃまはリタの考えが見えていた。

リタは自分の命と引き換えに全てを終わらせようと確かに考えていた為に、ちゃまは自分の姉なのだと思い知らされ、悟る。


「ど、努力する……」


「為心…に…迷惑…かけ…ない…でね」


「わかった……」


ちゃまは徐々にポリゴンになって消えていく中、今度は為心に話しかける。


「為心? ……ちゃんと居てくれてる?」


ちゃまの視界はもう何も見えていなかった。


「いるよ…ちゃんとここにいる」


為心はリタからちゃまの手を受け取り、しっかり握り締める。


「ずっと伝えたかった…ことが…あってね……」


「…うん」


「…私…為心の…事が…ずっと…好きだったんだ」


「…うん」


きっと涙を流せればもっと楽に慣れた筈だった。

しかし、この鬼説せかいではそれも叶わない。

悲しさ、愁い、その感情を表に出せない事が3人にはとても辛い状況のはずだった。

だがしかし、その時3人は涙を流し合っていた。

彼らのクオリアの感情がデータの設定を超え、そして書き替え、感情が、想いが、この世界の壁を超えた瞬間だった。

為心の神氣開放の時、そして今回の耐えがたい精神のダメージ、彼らのクオリアは成長し、設定されたデータの世界でも奇跡を起こす事が可能になっていた。


「ありがとう……ちゃま……本当にありがとう」


為心は大粒の涙を流し、噛み締めながらちゃまに礼を言った。


「あたしも……あたしもちゃまが好きだよ」


「…あり…がとう……為心?…リタを…よろしく………ね……」


そして、リタはクオリアの影響からなのか自然と言葉が出る。


「……ねぇちゃん」


3人にとって伝えたい言葉がたくさんあった。

しかし、時間は待ってはくれない。

一緒に過ごした時間の想いに対して、別れの時間はとても短く、そして速過ぎた。

それでも3人は一生懸命に少ない言葉で想いや、感情を乗せ、伝えたかった。

だから、3人はただ只管ひたすらに涙を流しありがとうと言うしかなかった。


「ねぇちゃんっ!!」


「ちゃまっ!」


そして、ちゃまは顔までもがポリゴンになって徐々に消え、為心が握る手の中は空っぽになった。


「…ばいばい…」


ちゃまの最後の言葉だけが空間に響き残し、ちゃまは消えてしまった。


「…。」


「…。」


残された2人はうつむき、歯を力一杯に噛み締め、震えるほど拳を握り、大粒の涙を流し、そしてリタが為心に聞く。


「…為心…この涙の意味をわかったか…?」


「…あぁ…今、気づいた…ちくちゃんが…ちゃまが…気づかせてくれた」


2人は感覚的に気づいた。

データの設定が全てでは無いと。

クオリアが崩壊限界までダメージを受け、新たな可能性を生み出した結果なのを理解した。

そして、為心は決意と共に言う。


「…終わらせよう…すべてを」


そして、2人は涙を拭い立ち上がる。




















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