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Episode:3 綿雪の森

 綿雪の森に冬がきた。毎日降る雪で外は一面銀世界、森の中を移動するために作られた道のみが雪かきをされて土色を残している。が、そこもすぐ雪で埋まってしまうだろう。


「ダンナ、食糧の補充はこんなもので足りるか?」

 リョートは大量の食料を食料庫へ運び込み、その奥でリストチェックをしているラグナに叫んだ。

「……あ」


 とある箇所にチェックを入れようとした時、2匹の毛玉がビンを3つもって現れた。ラベルには「ハチミツ」と書かれており、3つとも中身は入っていない。他の棚を確認するも、予備として残しておいた分も空になっていた。


「しまったな……」

「ないと困るのか?」

「料理以外にも用途があるからな。あと、イルがホットミルクに入れたがる」

「最後のは我慢させればいいとして、ハチミツかぁ……」


 今から森を出て村へ買いに行ければよいのだが、ラグナの家で愛用されているハチミツは購入品ではない。

 食料庫を出て窓の外を見る。雪がふわふわと降っているが、天候が荒れる様子はない。補充しに行くなら今が良いだろうとリョートはラグナに言い、そうだなと返事をする。

 ハチミツ以外の食料をチェックし終え、自室から厚手のコートと手袋、マフラーに帽子を身に着け、ビンを大きめのバッグに詰める。準備が整うと、次はハウスに向かう。ハウスの中は色とりどりの植物が育てられ、その奥には野菜も栽培されている。主な管理はラグナが行っているが、水やりや雑草抜きなどはαをはじめとした毛玉達が手伝ってくれている。


「いつものは……咲いていないな。この中から好まれるものがあれば良いけど……」


 これから行く先にはこれが必要であり、見た目では分からないが、管理が行き届いていない花を渡せばすぐにわかってしまう相手。綺麗に咲いている花を何本か慎重に切り取り、小さな花束を作る。


「準備できた?」

「ああ、大丈夫だ」


 花束に防御魔術をかけ、バッグへしまう。玄関に戻ると、αがラグナの方を見ていた。


「すまない、あそこへはお前を連れていけないんだ。留守番をお願いする」


 αにそう言い、ラグナはリョートとともに森の奥へと歩いて行った。αは何も言わず、その後ろ姿が消えるまで見続け、家の中へと戻っていった。



 綿雪の森は常に冷たい空気に覆われていると言う少々特殊な環境の森。いつからそういう環境になったのかは誰にもわからないが、寒さを好む氷属性の種族が森の中で暮らしている。その特殊な環境からか、珍しい種族はもちろん貴重な草花や鉱石などが採取できる。さらに、この綿雪の森にしか存在しない……美しい翡翠色の葉を茂らせ、その葉を手にした者、受け取った者は溢れるほどの幸せを手にすることができると噂される『翡翠の大樹』という巨大な大樹が森の中心に存在している。大樹の葉は地面に落ちた瞬間その価値が下がり、美しさを保てる時間が短い。換金すれば大金が入るため、それらを狙った悪質な冒険者やギルドが森へ侵入し、荒らす行為が何度も起こった。

 そのため、いつからか森へ害を与えようとする存在が森の奥へと入ろうとすれば、いつの間にか出口に戻されると言う特殊な魔法が施されていた。



 森の中は太くて背の高い木々が多く、その隙間を飛行系の種族が飛び交っている。地面にはそれらの木の根があちこちに伸び、森の住民たちが作った道を一歩でも外れると、非常に進みにくい獣道が続いている。

 これから向かう場所は、そんな獣道を進んでいかなければならないため


「ダンナ……大丈夫か?」

「とりあえず……」


 荒い息を吐きながら、太い木の根を乗り越える。

 元々人並み以下の体力しかなく、長時間で歩くときはαを連れ、途中からαの上に乗っているラグナにとって、自力で森の中を歩き続けるのは重労働に等しい。


「αを留守番させないで連れて行けばいいのに」

「そう言う約束だ」


 ザクザクと雪の中を歩く。森の奥へ行くほど雪は深くなっていき歩きにくくなるので、リョートはラグナのペースに合わせて歩き、休憩をはさみながらさらに進んでいく。


「ダンナはもうこの森の一員と思われているから、機嫌とか気にしなくてもいいんだぜ?」

「そういうわけにはいかない。人間が綿雪の森の奥で生きるなんて、本来あってはいけないのだから」

「それは欲深い人間なら、だろ。ダンナはそいつらと違うし、じい様や他のやつらを助けてくれたじゃあないか」

「だからこそ。ずっと恩恵に甘えているわけにもいかない」


 ラグナに主張に、リョートは不満気な表情を浮かべるも、それ以上は何も言わなかった。



 自宅から随分と奥の方まで歩いただろうか、遠くから忙しない羽音と複数の声が聞こえてくる。ゲートのように盛り上がる木の根の下をくぐると、目の前には巨大な蜂の巣があり、巣の周りをミツバチの亜人種、ヴァイスビーネが飛び回っていた。

 ヴァイスビーネは別名「白きミツバチ」と呼ばれ、その名の通り雪のように白く、個々に名前はない。クイーンと呼ばれる小柄で他のヴァイスビーネよりも純白な蜂を中心に軍を成して生息している種族。意思疎通が全くできない、もしくはする気がない相手と人間を好まないため……


「よお、相変わらず忙しそうに飛び回っているなヴァイスビーネ」

『フロストドラゴン、それに……人間』


 人間を好まないヴァイスビーネがラグナの姿を見つけると、隊列を成して近づいてきた。その雰囲気は本気で敵意を向けているわけではないが、歓迎する様子でもない。

 そう……これが、ラグナが立場をわきまえている理由であり、同時にリョートが一員なのだからという理由。


『お前、一体何用で……いや、用があるのはお前ではなく後ろの人間か』


 リョートを通り過ぎ、1匹がラグナの前に降り立ち、何用かと問う。


「忙しいところ申し訳ない。クイーンに会いたいのだが」

『クイーンは今冬支度で忙しい。人間に割く時間などない』


 手に持っているロングスピアーをラグナの方へ向け、帰れと視線で追い返そうとする。リョートはラグナとヴァイスヴビーネの間に入り、ロングスピアーを払いのける。


「俺もダンナも、用事さえ終わればすぐ帰る」

『それなら冬が明けてから出直せ。人間に割く時間などない』

「人間人間って……ダンナはラグナだ」


 ヴァイスビーネの態度に苛立ってきたのか、口調が少し荒く睨みつけていた。その態度に降り立ったヴァイスビーネの後ろで待機していた他のヴァイスビーネがロングスピアーを構える。


「リト、俺は気にしていないから落ち着け」

「けどよ……!!」

「出直そう。別の物を買い足せば……」

『随分と賑やかね』


 両者が臨戦態勢に入りかけた時、ヴァイスビーネ達の後ろから小柄で輝くように美しい純白のヴァイスビーネが現れる。すると、その場にいたヴァイスビーネ達は膝をつき頭を下げる。


「お久しぶりです、クイーン」

『珍しい時期に来たわね、魔術師さん。……あの召喚獣はいないようね』

「はい。αは留守番させてきました」

『魔術師さんには悪いけど、アレは嫌い。何を考えているのかわからない、意思もない、不気味だわ』


 クイーンを含めたヴァイスビーネ達は、ラグナの召喚する毛玉達を酷く嫌いている。初対面の時、敵意むき出しでラグナ共々襲い掛かろうとしてきた。それから何度か対面と会話を繰り返し、


 ヴァイスビーネの巣へ来るときは、毛玉を連れて来ないこと。

 用件がある時はラグナ自身が来ること。

 必ず手見上げとして花束を持ってくること。


 この3つを条件に巣へ近づくことを認められた。また、リョートが信頼していること、森に害をなさないどころか森に住む全ての種族に友好的であり協力的なこともあり、クイーンとは良好の関係を気付くことができた。


『さて、今回はどのような花を持ってきてくれたのかしら?』

「時期が時期なので、お気に召すかどうかはわかりませんが……」


 バッグから薄紫と桃色、挿し色で白がはいった小さな花束を取り出し、クイーンに差し出す。


『あら、綺麗で小さな花ね』


 花束を受け取り、花弁に触れる。1枚1枚優しく触り、薄紫の花を一輪抜き取って……食べた。しゃくしゃくと上品に食べきり、残りを傍に居るヴァイスビーネに渡した。


『冬の前だから質が落ちているけど、良い花ね。……それで、いつもと同じかしら?』

「はい、また願いしたくて」

「良いわよ。ビンをお出しなさい」


 全てのビンを渡すと、クイーンは傍にいるヴァイスビーネにハチミツを詰めて持ってくるよう指示する。


『それにしても、今回は随分と減りが早かったわね』

「私の教え子がヴァイスビーネの作るハチミツを大層気に入ったようで」

『あのハーフエルフの子ね。嬉しいわ、今度その子もつれていらっしゃい』

「アイツ結構喧しいぞ」

『あら、フロストドラゴンもいたのね』

「最初からいーまーしーたー!!!」


 ビシッと指さすリョートの姿を見てクスクスと上品に笑うクイーン。その姿はまるで年下をからかって遊んでいるようにも見える。


『魔術師さんが来てから、あなたも随分丸くなったわね。昔は人間に対してあんなに刺々しかったのに』

「……そうなのか?」

「まあ……うん」

『昔、綿雪の森を祖竜……若きフロストドラゴンの祖父が森を治めていた頃から、この森は他種族に狙われ続けたの。私たちのように力のある種族は生き延びることができたけど、弱い種族は次々と絶滅していったわ』

「リトから聞いたことがあります。昔のこの森は、今よりも賑やかだったと」


 どれだけ祖竜の力が強くとも、それ以上の種族や集団で襲われては全てを排除することはできない。ヴァイスビーネも自分達の巣の周辺を守ることで手いっぱいだったため、対抗手段を持っていなかった種族は次々と狩られ、死に、そして途絶えていった。

 その中でも、特に厄介だったのが人間だった。


『フロストドラゴンが生まれてから、祖竜は魔法で森の守りを強化したわ。どうやったのかは知らないけど……おかげで弱い種族も生き延び、今のような姿になった』


 リョートの方を見ながら、クイーンは綿雪の森の過去を語り出した。それは、リョートから聞いていた綿雪の森の過去よりさらに前の話。


「祖竜はよほど自分の孫が可愛かったのだろうな」

「血筋は違うけどな」

「……え?」

「……あ、そういや、俺もじい様も言っていなかったな」


 ラグナ自身も祖竜と話をしたことがあり、リョートともそれなりに長く一緒にいたが、まさか違う血筋だったとは……と目を丸くした。

 リョートは頬をかきながらボソボソと呟く。


「ドラゴンって全体数がそれほど多くない上に、素材としても貴重だろ?じい様が言うには……俺はタマゴの時に親元から引き離され、色々あってこの森に落ちてきたらしい」


 ドラゴンは余すところなく貴重、特にタマゴは高額で取引されることがある。おそらくリョートは何者かによって魔物や亜人、幻獣などがいる世界『幻創の世』からこちらの世界『他種族の世』へ連れて来られ、何らかの理由で綿雪の森に放置された。

 そして、祖竜に拾われ祖父と孫の関係になった。


「あとから、自分を親から引き離したのが『人の世』から来た人間だって知って……」

『『人の世』の人間は、欲深くて自分達が世界の頂点と思い込んでいるのが多い。……今はだいぶ認識が変わってきてはいるけど、それでも半分以上はそう思っているわ』


 『多種族の世』はそれぞれの世界から何らかの理由で逃げ出した者達が寄せ集まってできた世界。世界が生まれる前からこの地で元々暮らしていた他種族にとって、当時は共存などできないと思っていた。時間の流れとともに交流が盛んにおこなわれ、お互いを知り合い、偏見をできるだけ減らしていった。


『おそらく、祖竜があなたを認めなければ、私たちはあなたを迎え入れることはしなかった。それだけ、祖竜は他者を見る目が合ったし、森の種族たちは全員信頼していた』

「……」

『若い個体には、まだあなたに刺々しい子もいるけど、私たちヴァイスビーネはあなたを受け入れているわ。なんたって、フロストドラゴンがここまで変わったのだもの。……すっかり子供っぽくなって』

「おい最後、最後!!」





 過去の話しから他愛ない話、最近の外の様子などを話していると、ハチミツを詰めてくるよう指示されたヴァイスビーネが戻ってきた。

 ラグナはビンを受け取り、バッグに詰める。ずっしりとした重みに体がふらつくも、何とか持ち上げたがその危なさからリョートは無言でバッグを奪い取った。


『それだけあれば冬は越せるでしょう、春になったらまたいらっしゃい。その時は素敵な花を期待しているわ』

「ありがとうございます」


 一礼し、ラグナとリョートは巣を離れようとした時、1匹のヴァイスビーネがクイーンの元へ駆け寄った。おそらく森の外へ偵察に行っていた個体だろう。報告を聞き、クイーンはラグナを引き留めた。


「どうかなさいました?」

『人の世から、複数の人間がこちらに入ってきたそうよ。それも……魔兵』

「魔兵が……?」


 魔兵というのは、『人の世』で各国を守っている魔術師の兵士。基本的彼らは自国の防衛や外交の護衛、そして国同士の争いの時しか国外へ出ることはない。ましては……見下している『多種族の世』へ魔兵だけが足を踏み入れるなど。


『今のところ怪しい動きはないけれど、警戒はしておきなさい。綿雪の森の中心部は安全でも……その周囲は祖竜の魔法の影響を受けていないから』





 帰路を歩いている間、クイーンから最後に言われたことが妙に引っかかり、ラグナは足元を見ながら無言で歩き続けた。足取りは行きよりも軽いが、それでも疲れが見えてきている。


「ダンナ、大丈夫だって。森の外へ出なければ良いだけの話しなんだから」

「だと良いのだが……」


 『人の世』と『多種族の世』の境界線近くに国は1つもない。

 近年建国したとも耳にしていない。

 不安感を抱えたまま帰路が半分に差し掛かった頃、天候が急変し、ふわふわと降り出した雪が一瞬で風邪を纏い吹雪となった。突然の急変にリョートはラグナを小脇に抱えて走り出す。

 家に辿り着いた頃には吹雪がさらに酷くなり、リョートも抱えられたラグナも雪まみれ。家の中はαが暖炉に火をともしてくれてあったおかげで暖かく、水玉の毛玉、Ωが2人分のタオルを渡してくれた。


「久々に吹雪いたな……これは当分外に出られそうもない」

「流石に俺もこの中で歩きたくないわ。落ち着くまでここでのんびりする」


 タオルで翼と尻尾を吹き、隣に来た黄緑色の毛玉、βにハチミツのビンが入ったバッグを渡す。

 保存食の不備と天候の急変というアクシデントもあったが、薪や薬品などの食料以外の備蓄も安心して冬が越せるくらいの量は確保できている。これで全ての冬支度が完了し、あとは春が来るのを待つだけ。


「そう言えばリト、結構手伝ってくれた後に言うのもあれだが、お前の寝床の方は大丈夫なのか?」

「おう!ちゃんと吹雪対策はしたぞ!」


 元々寒さや雪に強いフロストドラゴンであるが、吹雪で寝床が雪まみれになるのは好きではなく、寝床を入り口からかなり奥へ移動させたらしい。


「何かあればうちに避難すれば良いから」

「何もなくても来るから安心しろって!」


 ニカッと笑みを浮かべる。その顔を見てか先ほどまで引っかかっていた不安感が少し和らいだ気がした。

 おそらく、魔兵に大きな動きがあればギルド『エスピモ』から連絡が来るだろう。それが来るまでは、静かに屋内で綿雪の森の冬を堪能すればいい。

 窓の外をチラッと見ると、相変わらず吹雪いている。


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