Episode:2 ギルドと出会い(後編)
幸運にも、方向が同じ馬車に乗せてもらうことができたので、1日かかる距離を短縮して夕方にはギルドのある土地へ戻ることができた。
建物を前にし、無意識に呼吸が荒くなる。ラグナがなんとかしてくれると言ってくれたが、詳しい内容までは教えられなかった。
また怒鳴られたり怒られたりするのかな……そう思いながら扉に手をかけると、中からギルドリーダー達の声が聞こえてきた。
『あのガキ、戻ってくると思う?』
『戻るより森から生きて出られるかじゃあないかな』
『てか、ハーフエルフのくせに魔法が使えないとか笑えるんだけど』
『本当に。そんな無能なガキを養ってあげる私達の優しさに感謝して、文字通り死ぬまで働いてもらわないと割に合わないわ』
笑い声と共に聞こえてきた言葉に、扉にかけた手が下りる。
そんな風に思っていたなんて……涙は出ないが悔しさと悲しさが溢れ出て、大声で叫びたくなる。
中に入るのが気まずく扉に背を向けると、遠くから複数の人影がこちらに向かってくるのが見えた。全員が同じローブを身に着け、顔は仮面で隠れている。その集団は建物の前に来ると、先頭を歩いていた者がイルナミルの視線に合わせるよう膝をついた。
「君が、イルナミルかな?」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれ驚く。
声からして男だろう。男は良かった……とイルナミルの頭を優しく撫でた。
「我々はギルドマスターの元へ届いた捜索依頼で君を探していてね。この近辺でよく姿を見かけると別のギルドから情報があったから、このギルドに確認しに来たのだが、見る限り怪我もなく元気そうでよかった」
「え、え?」
男の言葉に目を丸くする。捜索依頼と言えば、行方不明になった家族や友人などを探すためにギルドへ依頼されるもの。その対象が自分で、それを依頼したのは間違いなく唯一の家族である母親であろう。
「なんで!?アタシこのギルドに所属しているってお母さんに手紙を送ったし、仕送りと一緒に毎月手紙を出していたよ!?」
それが、なぜ捜索依頼を出すことになるのか、イルナミルには全く見当がつかなかった。
「所属って、君はまだ12才だろう。ギルドのメンバー登録は16歳以上という規約があり、例外がない限りそれは認められないはずだが……」
「で、でもここへ来た初日にリーダーにメンバー登録するからと契約書みたいのを書きました!」
イルナミルには見えていないが、イルナミルが発言すればするほど、男の後ろで待機している仲間達がざわついている。男もまた、まさか……と言葉を漏らしている。
「イルナミル、君は外で待っているんだ」
男は仲間の1人にイルナミルを託すと、ノックもなしに扉を開けた。中からは大声を出すギルドリーダーと何かに怯えているメンバー達の声が聞こえる。大声が聞こえる度にビクッと震えるが、傍に居る者が大丈夫だよ、と優しく肩に手を置いてくれた。
暫くして、男はイルナミルを中に入れるよう指示し、傍に居てくれた者と共に中へ入る。扉をくぐった瞬間、ギルドリーダー達がイルナミルを強く睨みつけてきた。
「アンタ、ギルドマスター直属の奴らに密告したわね!!!」
「密告は彼女ではない。それ以前に、よもや3度も16歳以下の子供をギルドメンバーとして働かせ、さらに、偽りの金の紋を掲げるとは……貴様はどこまで我らを、ギルドを侮辱すれば気が済むと言うのだ!!」
男の怒鳴り声に、小さく悲鳴を上げ、足を震わせる者もいれば、腰を抜かしてへたり込む者もいた。
その中、ギルドリーダーだけは震えながらも声を絞り出す。
「も、申し訳ありません……どうしてもお金が必要でそれで……それに、その子がどうしても働きたいと強く言い、こちらも人員不足だったので致し方なく……」
嘘だ、たしかに働きたいと強く願ったのは自分だが、致し方なくメンバー入りさせたわけではない。少しでも責任逃れしようとしているのがすぐに分かる。
「彼女は親元へ帰し、お前達の処分はギルドマスターが追って決定する。それまでこの建物ごと我々の監視下に置くこととする」
仲間達に脱走できないよう建物全体に防御壁を貼るよう指示し、男はイルナミルを連れて外に出ようとした。
が、何かが防御壁が貼られる前に建物の中へ侵入してきた。
「はいはーい、悪いが防御壁を貼る必要はないぞ」
どこからともなく聞こえてくる軽い口調の声。全員が周囲を見回すと、突然イルナミルの正面に何者かが現れた。白髪で血のような赤い瞳、そして大きなローブを纏った人間が宙に浮いている。……いや違う、よく見れば膝より下が透けてなくなっている。
「幽霊?」
「んー惜しいけど違うな」
「アウル、今は取り込み中なのだが」
「まあまあ、こっちもその子に用があってね」
アウルと呼ばれた者は、イルナミルを見てニコッと笑いかけた。
「初めまして、俺はギルド『エスピモ』のリーダー、レイスという種族のアウル」
「は、初めまして……イルナミルです」
「うんうん、ちゃんと挨拶できるのは良いことだ。早速だけど君が持ち帰ってきた物を俺に見せてくれる?」
持ち帰った物、もしかしてアウルのギルドがこの依頼を請け負うはずだったのかと思い、袋ごと鱗をアウルに渡した。アウルは袋を受け取り近くのテーブルの上でひっくり返す。鱗はカラカラッと音を立てて落ちた。
「あー、やっぱりフロストドラゴンの鱗だ」
うんうんと頷くアウルとは逆に、男とその仲間達はざわつき、ギルドリーダー達は嘘……と青い顔をして言葉を漏らす。
「イルちゃん、この鱗はどこで手に入れた?」
「わ、綿雪の森で拾いました。フロストドラゴンの鱗を3枚採取するって依頼で……」
「イル!!!!」
ギルドリーダーが大声で叫ぶも遅かった。男は魔法、もしくは魔術を発動しこの建物の中にいるメンバー全員を拘束した。
突然のことに頭がついていかないイルナミルを横に、メンバー達は次々と連れていかれている。抵抗する者もあれば俯き何かに絶望している様子の者もいた。最後に拘束されたギルドリーダーは大声で男たちに怒鳴り散らしながら抵抗している。
「イルちゃん、どうして彼女たちが拘束、連行される理由が分かるかい?」
本来請け負ってはいけない依頼を請け負ったから、おそらくそれだろう。いや、それしか思いつかない。
しかし、それを言ってしまうとラグナやリョートの存在が明るみになって、彼らとの約束を破ることになる。無言で首を横に振った。
「度重なる違反だけなら、ギルドの解体と軽い罰だけで済んだけど、希少種の素材採取は金の紋を持つギルドでもギルドマスター以外から請け負うことが禁じられていて、もし違反すると厳しい処罰がまっているわけ」
「ギルドマスター?ギルドリーダーとは違うの?」
「ギルドマスターは、首都『ヴェヒタ』の指導者の総称。そして、この『多種族の世』全体にあるギルドの管理、統括する5名を指す。ギルドリーダーはその5名から承認されたギルドの設立者のこと」
ギルドというのは、あくまでギルドマスターから承認された者を中心に構成された集団。その集団のトップがギルドリーダー。その彼らに全ての依頼をこなす権限を与えてしまうと、乱獲や生態系の崩壊、環境破壊をし出す輩が出始めてしまう。それを阻止するため、ギルドには厳しい規約、定期報告、査定が義務付けられ、違反するとギルドマスターの部下が動くことになっている。
「ドラゴンは個体数が少なくてね、素材が必要な時はギルドマスターが金の紋をもつギルドに依頼する特殊依頼。それをこんな末端ギルド……銀から銅にランクダウンされたギルドができるわけがない」
「そう、だったのか……」
連行されていくギルドリーダーを見ながら、ポツリと呟く。目の前を通り過ぎようとした時、ギルドリーダーはイルナミルの方を睨みつけながら
「お前みたいな魔法も使えない欠陥なんて、どのギルドからも弾かれ笑いものにされるだけ!お前はずっと底辺を這いずって野たれ死ぬのがお似合いよ!!」
高笑いをし、叫んだ。その声は建物の外へ連れていかれるまで聞こえたが、声を上げる瞬間から聞こえなくなるまでにアウルがイルナミルの耳を塞いだので、ギルドリーダーの言葉は一言も届いていない。
「実はね、俺のギルドは『綿雪の森』周辺が管轄なんだ」
「……」
「昨日の夜中に、『フロストドラゴンの鱗を狙った子供が遭難していたから保護した』って連絡が来て、話を聞いたら前に追い出した奴らと同じギルドでね」
アウルの言う子供というのは、間違いなく自分のこと。そして、連絡したのはラグナだろう。なんとかする、明日になればわかると言っていたのは管轄ギルドを通してギルドそのものを解体することだった。
「いやー、子供大好きギルマスから説得して正解だった。説明したらすぐ協力してくれるって言うし、他のギルマスを簡単に動かしてくれたし!」
何はともあれ、良かったよ。とイルナミルの頭を撫でながら笑っていた。
その後、ギルドはすぐ解体され、男はギルドリーダー達を連れて首都『ヴェヒタ』へと戻っていった。イルナミルは一連の出来事のストレスと緊張の糸が切れたのかその場で倒れてしまい、目覚めた時ギルドの建物ではなく、自宅の自分のベッドで寝ていた。横には母親がイルナミルの手を握っていた。
「おかあ……さん?」
「イル!良かった……本当に良かった……!!」
「おかあさん……おか、さん……うああああああああ!!!!」
大泣きしながら母親に抱き付き、母親も強く抱きしめる。イルナミルが泣き止んだ頃、母親から捜索依頼を出した経緯を説明された。驚いたことに、イルナミルがギルドに所属してから仕送りと共に送り続けていた手紙は母親の元へ1通も届いておらず、近隣のギルド全てにイルナミルが所属していないかと尋ねまわったが、メンバー登録されていないと言われた。ギルドリーダーは、イルナミルに登録用紙を記入させてもそれを提出することなく破棄していた。その結果、イルナミルはその日から行方不明という扱いになってしまった。
誘拐されたのでは、どこかで事件に巻き込まれたのか、不安と心配で押し潰れそうになっていた母親は、ギルドマスターへ依頼を出してみてはどうだろうという村人の助言で、捜索依頼をお願いしていた。
「依頼を出してから何日たっても見つからなくて……もう会えないかと思っていたの。そしたら『エスピモ』というギルドからイルが見つかった、これから救出に向かうと言われて……本当に良かった」
「お母さん……ありがとう。約束を破って、ごめんなさい」
「本当に。でも、もういいわ。あなたが無事に帰ってきてくれた、それだけで十分よ」
自分がもう母親と会えないと思っていたように、母親も同じ気持ちだった。
「あー……感動の真最中だけど、そろそろ良いか?」
自室の扉をノックされたことで、母親は待たせている存在のことを思い出し慌てて開けた。
「調子はどう?急に倒れたからそのままここへ運んだけど」
「大丈夫です……多分」
体に不調は感じないが、頭がぼんやりする。おそらくそれは積み重なった疲労とストレスが一気に放出された反動だろうと言われ、納得した。
問題なさそうだなと確信したアウルは、イルナミルが倒れた後のことを簡単に説明した。
あのギルドは過去に起こした違反行為や実績の改竄、16歳以下への就業及び虐待行為、そして無断で希少種の素材を採取しようとした行為などから、ギルドリーダーを含む全員が懲罰施設への収監が決定。ギルドも解体され、今後彼女たちはギルドを設立、所属することはできなくなった。
規約違反とは言え、イルナミルは依頼をこなしていた。その依頼は終了記録が残っていたこともあり、報酬金は全てギルドマスターから支払われる形になった。とはいえ未成年に大金を持たせるわけにもいかず、一度母親へ預け、使い道は本人に委ねるとのこと。
最後に、フロストドラゴンの鱗。
「単刀直入に言うけど、拾ったって言うのは嘘でしょ」
「そ、それは……」
「アイツがその辺に鱗落とすとは思えなかったし、落ちていたにしては綺麗すぎるから」
「え、アイツ……?」
「そう、フロストドラゴンのリョート。アイツに拾ったって嘘つくよう言われたんだろ?」
「あ、はい」
話が通り過ぎていて、思わず肯定してしまう。
「鱗はリョートがイルちゃんにあげると言っても、一般人が持っていると色々厄介なことになるから、悪いけど回収させてもらう」
希少種の素材はかなり高値で取引されている。それが子供の手にあると知られたら、本人だけでなく村全体にも被害が出てしまう可能性があるからだと伝え、イルナミルはそれに承諾し頷いた。
説明が終わり、最後にギルドの自室へ置き去りになっていた荷物を渡された。荷物と言っても、家を出る時に持ってきたものくらいなので小さな鞄につめられる程度。
「荷物はお母さんが片付けておくから、イルはゆっくりと休んでいなさい」
荷物を受け取り、母親は部屋を出て行った。
「それと、これは全く関係のないことで、お母さんからも話は聞いてあるけど……イルちゃん、魔法が使えないって本当?」
「……」
無言で頷く。
「お母さんの知り合いの魔法使いに診て貰ったら間違いないと思う。人間の血が濃すぎて、魔力を引き出せないって」
自分以外のハーフエルフに出会ったことがないため、本当かどうかなど分からない。けれど、事実友人から簡単な魔法を教えてもらっても、イルナミルはそれを発動させることはできなかった。
自分は魔法が使えない、ついでに知識もないから魔術も使えない。悲観的になったわけではなかったが、その後なんとなく魔法や魔術に関する勉強に一切触れることはなかった。
「妙だな、魔法も魔術も、辿れば同じ魔力。その理屈が正しいのなら人間は魔術を使えない」
アウルは、首を傾げながら顎に手を当ててブツブツと呟く。
「あ、そうか。イルちゃんちょっと失礼するよ」
そう言い、アウルはイルナミルに対して何か魔法をかけた。攻撃系でも防御系でもないそれは、どこかくすぐったく、体の中を見透かされているかのような違和感があった。
「やっぱり、イルちゃんの場合魔力を引き出す道のような機能がないのか」
体内にある魔力はその道を通って体全体に行き渡り、魔法ないし魔術を使うことで放出される。ところが、イルナミルはその道となるものがなかったため、体内で魔力が溜まったままになっている。
「これなら、術式で疑似的な道を作れば魔力を引き出せるようになる」
「ほ、本当!?」
「本当だよ。ただ、その術式はちょっと複雑で痛みを伴うものだからあまりオススメできいけど……」
「やる!痛いの我慢するからその術式をかけてください!!」
魔法が使えるようになる、諦めていたことができるようになる。魔法が使えればできることが増える。そのことが嬉しくて、アウルの言葉を遮って返事をする。
勢いが良すぎる返事に、アウルは少し苦笑いをする。遮られてしまったため言えなかったが、その術式は体の見える所のどこかへ埋め込む一生もの。女の子、それもまだ子供の体にそんな術式を本人がほしいからと埋め込んでいいのか……
「わかった、術式に関してはお母さんに話してみよう。そこでお母さんからも了解が取れたらやろうか」
「はいっ!!」
ギルドの出来事があったばかりだ、母親が簡単に了解だろうかと思いながらアウルは部屋を出て母親にイルナミルと同じ話をした。
母親は少し悩んだ後了解した。体の見えるところに消えることのない傷残ると言うのに本当にしても良いのかと何度も確認したが
「魔法と魔術が当たり前の世界だもの。それであの子の未来が明るくなると言うのなら、親の私が拒否するわけにはいかないわ」
とはっきり言われた。
「自分で言うのもあれだが出会ったばかりの、別のとはいえ娘を傷付けたギルドの奴をそんな簡単に信用していいのか?」
「そうね、信用しているかどうかと問われると疑問だわ。でも、話を聞いていて分かる。あなたは奴らとは違う。それなら希望にかけてみたいの」
不安はあるだろう、迷いもあるだろう、それでもイルナミルのために、彼女が願うことを叶えてやりたい。その思いの強さがはっきりと瞳に映っていた。
「……わかった。できる限り痛みを抑えて術式を施そう」
術式を埋め込む作業は、イルナミルの心身ともに回復した頃行われた。場所はイルナミルの自宅で母親も立ち会った。作業の前に、イルナミルの体内で最も魔力が集中しやすい場所を探す。
左目
そこが最も集中しやすい場所で埋め込む所と決定し、アウルはイルナミルに埋め込む時の模様をどうするかを話し合う。痛みは極限まで抑えるため、どのような模様にしても問題ないと言うと
「ならかっこいいのがいいな!」
と楽観的に言うので、その場にいた全員が笑ってしまった。
そこまで楽観的でいられたのにはもう一つ理由があり
「センセー!これでアタシも魔法の前に魔術が使えるようになるんだね!」
「ああ。最初は魔力の制御に慣れるまで時間はかかるだろうが、魔力の引き出しは魔術の基礎だからな」
この術式作業にはアウル以外にラグナも手伝うことになった。魔術を使うラグナと魔法を使うアウルが同時に作業を行うことで、イルナミルの中にある魔力がどちらにも順応できるように、反発しないようにするためらしい。
また、埋め込み終わった後、イルナミルの魔術指導はラグナが行うことになった。指導場所は『綿雪の森』、もしくはギルド『エスピモ』のどちらかになってしまうが、それでもイルナミルと母親はラグナに先生となり指導してもらうことを選んだ。
「痛みを感じるのは術式を展開した時ではなく、術式を埋め込んだ後だ。……心の準備はもう大丈夫か?」
「うん!宜しくお願いします!!」
こうして、イルナミルは魔力を引き出せるようになった。
アウルとラグナが説明したとおり、術式を埋め込んだ後、左目周辺に強い痛みを感じていたが暫くすると治まり、左目をなぞる蔦のような模様が刻まれた。
「お母さん!これでアタシも魔法……じゃなくて、魔術を使えるようになるよ!」
イルナミルの今までにない笑顔で母親に抱き付く。母親もその姿を見て涙を流しながら抱きしめ、喜んだ。
「アウルさん、センセーありがとう!!あと、これからも宜しくお願いします!」
「よろしく、イルちゃん」
「ああ、宜しく」
* * * *
「イル、こんなところで寝ていると風邪を引くぞ」
ゆっくりと覚醒する意識の中、聞き覚えのある声が聞こえる。モゾッと動きながら体を起こすと、そこにはラグナが立っていた。ずるりと何かが床に落ち、拾い上げるとそれは大きめのブランケット。ラグナかαがかけてくれたのだろう。
「センセー、アタシどのくらい寝てた?」
「1時間くらい」
「そっかぁ……」
随分と長い時間夢を見ていた気がすると言えば、夢なんてそんなものだと返される。
魔力を引き出せるようになって4年。その間にイルナミルはラグナに魔術の基礎を習い、簡単な魔術なら使えるようになった。どうやらイルナミルの属性は火と土だったようで、その2属性の基礎魔術は簡単に習得することができた。
魔術の勉強と並行して、ラグナはこの世の事を必要な範囲で教えた。世界のこと、ギルドのこと、さまざまな種族のことなど……それらの知識を得ていくうちに、イルナミルは『冒険者』という職業に興味を持った。『冒険者』の大半はギルドに所属しているが、職業スタイルは十人十色。誰1人として同じスタイルの冒険者はいない。
「アタシ、冒険者になって色々な景色を見て見たいな」
15歳の時、アウルとラグナにそう話してみた。2人は反対せず、やりたいのならやってみると良いと言い
「なら、ベテラン冒険者になるための足掛かりとして、『エスピモ』に所属してみるか?」
「いいの!?」
「うちはわりと個性豊かな依頼がくる、ついでにメンバーは俺を入れて3人。経験も積めて色々な場所に行ける……どう?」
「うん!宜しくお願いします!!」
そして16歳になり、イルナミルは正式にギルド『エスピモ』のメンバーとなった。母親にはアウルが事前にギルドの詳細と所属後のことを説明してあったので、登録は難なく行われた。
メンバー入りした後も、自宅からギルドへ通っている。時折泊まり込みもしているが、暫くは見習いという立場なので無理がない程度に依頼をこなしている。
もちろん、ラグナの勉強も並行して。
「『エスピモ』に所属してから随分経っている気がするけど、実際はまだ1年もたっていないんだよね」
「そうだな。……それで、そのギルドの頼まれた物を受け取りにきたのではなかったのか?」
「あ!!そうだった!!センセー、頼んだ物はもうできてる!?」
「できているよ」
ラグナから小さな袋を受け取り、中身を確認し鞄の中へ。
「それじゃあ、アタシ行くね!次は魔術の勉強に来るから!」
「ああ。その頃また雪が積もっていると思うから、気を付けて来るんだぞ」
「うん!」
笑顔で返事をし、イルナミルはラグナの家を後にした。……と思えば、勢いよく扉を開けて戻ってきた。
忘れものでもしたのかと扉の方を見ると、出ていく時以上の笑顔で
「センセー、ありがとうね!!」
と言い、再び出て行った。
外は変わらず青空が見える。積もった雪は太陽光で少し溶けてキラキラと輝いていた。
「よし、今度は迷わないもんね!」
遭難しかけたあの頃とは違う。今は来る道も帰る道もはっきり覚えている。相変わらず雪で隠されてしまった道を、イルナミルは軽い足取りで歩いて行った。