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Episode:1 ギルドと出会い(前編)

季節は秋、実りの季節となりあちこちの村で冬支度をする姿がよく見られるようになった。そういえば、最近ギルドにくる依頼は冬支度に関連する内容が多くなってきた気がする。


「うちも薪とか準備しないとな」


 そんな村を見ながら、イルナミルは白い霧に覆われている森『綿雪の森』に続く道の前にやってきた。

 イルナミルが所属するギルド『エスピモ』は、『綿雪の森』と呼ばれる森の周辺にある村から主に依頼を請け負っている。メンバーは自分を含めて4人と全ギルドの中では極めて少ない人数だが、依頼内容は農作業の手伝いか中央街までの護衛、素材採取や危険対象の撃退、もしくは討伐など幅広い依頼をこなしている。時折、他ギルドやギルドを統括しているギルドマスターからの依頼もくるらしい。


 ギルドから歩いて1時間、整地された道から少し外れると冷たい霧が行く先の視界を妨害してくる。それをものともせず歩き続けると、霧が晴れて森が現れる。所々雪が積もっており、ハァッ……と息を吐けば白くなる。秋とはいえ季節の先取りしすぎだと思われるような厚手のポンチョを身に着けていなければ寒くてしかたがない。

 森の外は心地よい暖かさだと言うのに、この森は秋を通り越して冬だ。サクサクと雪の上を歩き続けると、整備された道が現れる。あとは道なりに進んでいくだけ。


『ハーフエルフの子だ』

『もうすぐ大樹が翡翠を落とすよ』

「ありがとう!でも今日はセンセーに用があってきたんだ」


またね、と茂みの向こう側から聞こえる声にそう言い、先へ進む。

 森の奥へ進んでいくと、1ヶ所だけ人為的に切り開かれた場所があり、そこに小さな家と温室と思われるハウスがある。


「センセー!来たよー!」


コンコンとノックをして扉を開ける。中では色とりどりの毛玉がせわしなく動き回り、左右から生えている手には中身の詰まったビンや箱が握られている。


「そっか、もうセンセーの家は冬支度が真っ只中なのか」


 火のついた暖炉の側に置かれている大量の薪、テーブルの上にある数種類のドライフルーツや保存食が置かれていた。


「イル、随分と早かったな」


 ガチャッと音がする方を向けば、先ほどのカラフルな毛玉よりも大きい灰色の毛玉と、姿は子供だが、ぶかぶかの白衣と左目にモノクルつけたを人間、ラグナの姿があった。


「まっすぐ来たから!でも忙しい時に来ちゃったかな?」

「いや、最近はずっとこんな感じだ。少し待っていてくれ、頼まれていたものをとってくる」


 灰色の毛玉……αにイルナミルへ飲み物を出すよう頼み、ラグナは部屋の奥へと戻っていった。

 イルナミルは暖炉の近くにあるソファに座ると、αがホットミルクの入ったカップをサイドテーブルの上に置いた。


「ありがとう、毛玉ちゃん!」


 ふーふーっと少し冷ましてからひとくち。ハチミツが入っているのだろうほんのり甘みを感じた。ひとくち、またひとくち、ホットミルクを口にする。ほどよい温かさに脱力感と眠気が襲ってくる。目を擦るも眠気が覚めることはなく、ホットミルクをこぼさないようカップをサイドテーブルに置き、ソファに横になる。

 ぼんやりとしていた視界はやがて閉じられ、ゆっくりと眠りについていった。



* * * * 



 懐かしい夢を見た。それはまだイルナミルがギルド『エスピモ』に入る前の……子供のころの夢。

 イルナミルは、エルフの父と人間の母の間に生まれたハーフエルフ。しかし、イルナミルの記憶に父親の存在はない。母親の話しでは、父親は物心つく前に故郷へ戻ってしまったらしい。理由は分からない、母親も父親がいつ出て行ったのかも分からない。

 母子家庭となり、村の住民たちに助けられながら生活するも家計の状況は常にギリギリ。そのため、イルナミルは村の友人達と同じように学校へ通うことはできなかった。

 それだけではなく、エルフの血を引いているなら使えるはずの魔法が全く使えなかった。『多種族の世』にある学校の殆どが『魔法、若しくは魔力を引き出せること』が大前提となっているため、金銭面に問題がなかったとしても通うことはできなかっただろう。

 母親が知り合いの魔法使いにイルナミルを診てもらうと


「時々ハーフエルフにいるのだ、人間の血が濃すぎて魔力を引き出せない。だからこそ断言する、残念だが魔法はおろか魔術を使うことはできない」


 はっきりそう言われてしまった。

 幼いながらも、イルナミルは自分が学校に通うこともできず、魔法も使えず、魔術を取得するための方法もないこと言う現実受け入れるしかなかった。

 この魔法と魔術が当たり前に使える世界で、自分はかなり不利な人生を歩まなければならないと言うことを。


 そこから十一歳の誕生日を迎えるまで、イルナミルは母親や村の大人に勉強をみてもらい、友達が帰ってきたら村の中や近くで遊ぶと言う生活をしていた。学校へ行かずとも周りには人生経験豊富な大人たちがいる。前向きな性格だったので、魔法が使えないことへの劣等感はそこまで感じなかった。

 しかし、このままではいけない。十二歳の誕生日を迎えた日、イルナミルは母親にギルドに入りたいと告げた。


「ギルドに入ればお母さんの助けにもなる、学校では絶対経験できないことを経験できると思うの」


 ギルドとは、村や町の自警団とは全く異なる存在で、主に近隣の村や町から依頼を請け負っている小さな組織のようなもの。イルナミルが暮らす村も、人手不足や自警団では手に負えなようなことが起こった時、ギルドへ依頼することがある。

 母親は頭ごなしに反対はしなかったが、あまり良い表情をしなかった。突然の独り立ち、喜ばしいことだが、ギルドに入ると言うことは危険も伴っていく。今まで村の中で暮らしていた大切な我が子を危険の中へ送り出してよいのか……と。

 一晩考えた翌朝、母親はイルナミルにある条件を出した。


「絶対に無理はしないこと、ギルドに入ったらすぐ連絡すること、何か気になることがあればすぐに言うこと、いいわね?」

「うん!」


母親は力強くイルナミルを抱きしめ、送り出した。




 イルナミルが目星をつけていたギルドは、過去に村へやってきた行商人からこのあたりの村からの依頼を請け負っているらしいギルドの1つ。

ギルドには金、銀、銅の3つのランクがあり、そのギルドは、優れた功績と厳しい審査を潜り抜けたギルドのみに与えられる金の紋を掲げている。

 ギルドの建物を前に深呼吸をする。加入条件をクリアできるのだろうか……経験どころか学校へも行っていない自分がギルドに入れるのだろうか……改めて不安を感じるも、まずは話をしよう!と決意し、扉を開いた。

 中には若い男女が複数人、扉が開くと視線が全てこちらに向けられた。ギルドリーダーと思われる女性が、子供が何用かしら?と前に出てきた。


「あ、あの……アタシ……ここのギルドに入りたくて……」


 緊張のあまり言葉がうまく出ない。


「入りたいって、ギルドは遊びの延長でできるものじゃあないのよ。それに、アンタ学校はどうしたのよ」

「学校は……お金がなくて、それにアタシ魔力が引き出せないから行けなくて……だったら、せめてお金を稼いでお母さんを助けたくて」


 今思えば、馬鹿正直に事情を説明せず適当に会話を合わせておくべきだった。だが、その時のイルナミルにそこまで頭は回らなかった。

 ギルドリーダーは他のメンバーと顔を合わせ、イルナミルに見えないようニヤリと笑った。


「まあいいわ。うちも人手不足だったし、子供だからこそできる仕事もあるしね」


 ギルドリーダーはメンバー登録用紙を取り出し、イルナミルに記入させた。こんなに簡単に自分が金の紋のギルドに入れるとはと拍子抜けしていると、ギルドリーダーはこのギルドのルールを簡単に説明した。


「そうそう、うちは不定期な仕事が多いから、全員住み込み。給料は出来高から家賃とか引いた額を支給するから」

「住み込みなのですか?ならお母さんに連絡を……」

「連絡は手紙で済ませなさい。メンバーになったからにはここのルールに従うのが当然よ」


 圧の強い声に何も言い返すことはできず、小さく頷く。

 そのまま他のメンバーとの顔合わせ、食堂や風呂場、トイレなどの案内をされた後、ギルドリーダーは手の空いているメンバーにイルナミルを引き渡し、これから与えられる自室へと案内された。

 そこは、空き部屋というより元々は物置だった部屋という感じ。お世辞にも綺麗とは言えなく、埃が積もり蜘蛛の巣が張っている。


「掃除用具はそこにある、しっかり掃除しておけよ」


 乱暴に扉が閉まる。

 もしかしてとんでもない場所だったのでは……と一瞬思うも、そのような場所が金の紋を掲げられるわけがない、きっと厳しい場所なのだと自分に言い聞かせ、部屋をなんとか寝泊まりできる程度まで掃除をし、その後母親へ手紙を書いてギルドリーダーへ手渡した。

 ギルドリーダーが言ったとおり、依頼は不定期に発生したため、メンバーとなってから一度も家に帰ることはできなかった。毎日雑務に近い依頼をこなして、微々たる給料を受け取る。その給料の一部を手紙と共に母親に送り続ける。そんな生活を2ヶ月くらい送った。

 けれど、最初の手紙を含め母親から手紙の返事は一度もなかった。



 ある日、これまでこなしてきた依頼よりはるかにランクの高い依頼を言い渡された。内容は熟練の冒険者が複数人でこなすレベルのもので、子供のイルナミルが達成できるわけがない。自分には無理だ、できないと言うと理不尽に怒鳴られ、そして蹴り出された。

 当然、結果は大失敗。ボロボロになって戻ってきたイルナミルを待っていたのは、怪我の心配などではなく、リーダーを始めメンバーからの罵声。


 この程度のこともできない役立たず

 ギルドのお荷物

 面汚し

 お前のせいでランクが下がったらどう責任をとると言うのだ

 子供だからと許されると思ったのか


 この辺りからだろう、ギルドリーダーたちのイルナミルへの扱いが酷くなっていったのは。

失敗すると部屋はおろか建物にも入れてもらえず、給料もない。雑用を押し付けられ、ギルドリーダーの機嫌が悪い時は理不尽に怒鳴られ、酷い時は手が出る。

 失敗すると怒られる、機嫌を損ねると怒鳴られる、怒られなかったとしても酷いことを言われる、そんな恐怖に怯えながら依頼をこなし、眠りにつく前は涙が止まらなかった。

 送り出す時の条件を忘れていたわけではない。しかし、母親に心配をかけたくない気持ちの方が大きく、手紙に今の状況を書くことはできなかった。





 そんな生活に転機が訪れたのは、冬支度が始まったばかりの頃。


「フロストドラゴンの……うろこ……?」

「そう、鱗を3枚採取してくるの」


 ギルドリーダーから言い渡された依頼内容に、イルナミルは絶句した。

 フロストドラゴンといえば、『綿雪の森』に住み着いているドラゴンで、姿を見つけるだけでもかなり難しいと言われている。

 当然、イルナミルが手に負える内容ではない。それを分かった上で突きつけているのなら、タチが悪いなんてレベルではない。


「採取するまで帰ってくるんじゃあないわよ。もし、採取できずに戻ってきたら……分かっているわよね?」


 しかし、その言葉を聞いてしまうと、黙って頷くことしかできなかった。




 ギルドを出て次の日、イルナミルはフロストドラゴンがいる『綿雪の森』の中へと続く道を歩いていた。

『綿雪の森』は1年中涼しく、秋半ば頃から綿のようにフワッとした雪が降り始め、本格的な冬になると森の中は吹雪になっていることが多いという、特殊な環境の森。中規模な森でさまざまな種族が暮らしているも、なぜか森の中心部へ近づくことはできないという噂がある。

 森の空気は奥へ近づけば近づくほど空気は冷たくなっていき、森の中へ足を踏み入れると雪が積もっていた。空からはフワフワと雪が降り、ハアッと吐く息は白い。


「さ、寒い……!!」


 想像以上の寒さにガタガタと震える。むき出しとなっているところの肌が痛い。

 天候が崩れ始め、雪は風に乗って強くなってきた。足元の雪は厚くなり歩きにくい。ギルドには戻れないが、一度近くの村に戻って準備を整えようと振り返ると


「道が……ない!?」


 そこにあったはずの道は雪で完全に隠れてしまった。周囲には道以外に方向を確認できる目印もない。無理に戻ろうとすれば遭難、最悪凍死してしまう。残されたのはまだ雪で隠れていない、森の奥へと続く道のみ。


「こんなところで、死ぬよりましだ……!!」


 戻って遭難するくらいならと、目の前の道を進んでいく。

 しかし、進めど道はどこまでも続き……いつしか道は人が通るような道でなくなっていき、最後にはその道も雪で隠されてしまった。

 進むための指針を失い、方向感覚も失ってしまった。不安から目尻に涙がたまる。凍らないようすぐに拭き取るも涙は止まらない。


「おかっあさん……」


 家を出てから一度も会えていない母親のことを思い出し、イルナミルはその場にしゃがみこんでしまう。

 もう会えない、そう思えば思うほど涙は零れ落ち、目尻が凍り始めて痛い。寒さと不安、なによりこれまで我慢してきた辛さが立ち上がる気力を奪ってしまった。


「もう、やだよ……おかあさん……!」


 嗚咽をしながら泣き続け、顔の一部が凍り付く。このままでは体の芯から冷え切り、凍傷になってしまうと分かっていても、涙を止めることはできなかった。

 暫く泣き続けていると、サクッサクッと前方から雪を踏む音が聞こえた。音は段々近づき、そしてイルナミルの前で止まった。

 目を擦り、前を見ると、そこにはもこもこのコートと耳たれ帽子を被った子供が立っていた。顔は目以外をマフラーとマスクで隠されているので表情は全く分からない。その横には子供より少し小さい灰色の毛玉がいた。


「ついてこい」

「ふえ……?」


 子供はそれだけ言い、毛玉を連れてイルナミルが歩いてきた道を進み、その後をついて行った。

 少し歩くと小さな家が現れた。しっかりと雪かきされているため、家の周囲にはそこまで雪が積もっていない。

 子供は扉を開け中に入り、手招きをする。促されて中へ入ると、家の中は暖炉の火で暖められていた。


「顔の一部が軽いしもやけになっているな。薬を持ってくるからソファに座って休んでいると良い」

「あ、ありがとう」


 子供は部屋の奥へと入っていった。イルナミルは好意に甘え、暖炉の近くにあるソファに座り、コートを脱ぎ綺麗にたたんでおく。暖炉の横には大量の薪や保存食と思われる食料が大量に置かれており、この家では冬支度が進められているのを意味している。


「人間……なのかな?アタシより小さいのにこんなところで1人で暮らしているとか凄いな」


 それなのに自分は……と塞ぎ込んでいると、灰色の毛玉がすぐ横に現れた。驚き横にずり下がってしまうが、灰色の毛玉は無反応。


「えっと……」


 改めて灰色の毛玉をじっくり見る。毛玉の両サイドから生えている細い手思われるパーツと正面にある2つの目。それ以外に何もない。

 そんな灰色の毛玉は無言でカップを差し出してきたので、反射で受け取る。

 カップの中身はホットミルク。ハチミツが入っているのか甘い匂いがする。


「あ、ありがとう。いただきます」


 一口飲むと、程よい温かさと甘さに心と体が暖められていく。そういえば、誰かに食べ物を貰うのは久々だなと思い出した。ギルドに所属してから、食事は配給されるものか依頼先で購入する軽食ばかり。最近は食べられない日が多かったので、ホットミルクが余計に美味しく感じる。


「美味しいな……」

「それは良かったな」


 声の方を向くと、小さな小瓶の入った箱を持った青い髪、片目にモノクルがかかった青い瞳、白衣を纏った少年……先ほどの子供だった。


「あ、えっと……さっきはありがとう。君小さいのにこの森で1人暮らししているの?」

「……一応成人している」

「えっ」


 こんなに小さいのに!?と叫びそうになるのを飲み込み、小声でごめんなさい……と謝る。


「よく間違えられる。それよりも、しもやけの治療をするから動くな」


 少年もとい青年は複数の小瓶から薬を掬い取り混ぜ、イルナミルの顔に塗り込んだ。


「うう……ピリピリするよ……」

「薬だからな。すぐに聞くけど、痒みが出てきたらこれを塗ると良い」


 青年は箱から別の小瓶を取り出して渡す。ありがとう、と礼を言い顔に薬を塗りつける。


「それで、君はあそこで……」


 青年が森へ来た目的を尋ねていると、バンッと扉が強く開かれた。


「ダンナー!」

「リト、扉が壊れる」


 リトと呼ばれた青年は、わりぃわりぃ、と言いながら近づいてきた。

誰だろうと見上げていると、リトが視線に気が付きイルナミルの方を向く。


「……人間?いや、ハーフエルフか」

「え、分かるの?」


 ジッと見ただけで種族を特定したことに驚く。エルフやハーフエルフは特徴的な尖った耳が見えなければ人間とほぼ変わらない。事実、イルナミルも自分からハーフエルフと名乗らない限り人間と思われるくらいだ。


「というか、なんでハーフエルフが此処にいるわけ?ダンナの客?」

「いや、帰る途中で偶然に」


 森の中で泣き崩れていたイルナミルを雪の中放置することもできず、家に連れてきたと続ける。どこから来たんだコイツ……と言っていると、リトの腹の虫が空腹を主張し始めた。それにつられてか、イルナミルの腹の虫も鳴り、どちらも目線を逸らした。


「……」

「……」

「……ご飯にしようか」


 青年は箱を手に取ると、傍にいる灰色の毛玉に3人分の食事を頼む。灰色の毛玉は無言でキッチンへと消えていき、その後ろをリトが追う。


「あ、アタシの分は用意しなくても……」

「2人分作るのに1人増えても変わらない。それよりも」


 そういう意味では……と呟くと、青年はイルナミルにバスタオルと大きめのシャツとズボンを渡した。


「食事の前に湯船につかって温まってきな。あの雪の中で長時間も歩けば疲労も溜まっているだろうし、今晩は吹雪くらしいからそのまま泊まっていきなさい」


 浴室はあそこと指さす。だが、イルナミルは首を横に振ってタオルを返した。


「ご飯貰えるのに、それ以上迷惑かけられない……食べたら帰ります」

「帰るって……目的があってこの森へ来たのだろう。日を改めても、今日みたいに遭難するだけだ」

「大丈夫、大丈夫だから……」


 タオルを握る手に力が入る。

 青年の言っていることは正しい。今から森を出て、再び森へ入っても今日と同じように道を見失って遭難するだろう。それならば、ギルドに戻り罵声を浴びた方がきっと死ぬよりましかもしれない。

 そう言い聞かせていたのに、イルナミルの目からは再び大粒の涙が流れ出す。


「あ、あれ……?なんで涙が……?」


 片手で涙をぬぐう、けれど止まらない。あの時と全く同じだ。

 意味も分からず涙を流すイルナミルの背中を、青年は優しく撫でる。その優しさがかえって涙を増やし……とうとう声を上げて泣き出してしまった。


「君はまだ子供だ、こちらの行動に遠慮しなくても良い。図々しいくらいで十分だ」


 タオルで涙をふき、温まっておいできっと落ち着くからと、イルナミルを浴室へ向かわせた。





「お前、なんで最初に見たときより目が腫れてんだよ」

「なんでも、ない……!」


 あの後、浴槽の中でも泣き腫らしたため、出てきた時には両目が赤く腫れてしまった。なんとか冷や水で赤みを抑えたが、腫れは残ってしまった。

 浴室から出てくると、灰色の毛玉が待ち構えていた。どうしたものかと思っていれば、灰色の毛玉はイルナミルをどこかの部屋へ案内するよう動き出し、イルナミルは黙ってついて行く。案内された部屋はゲストルームだろう。簡易的なベッドとテーブルと人数分イス、そしてテーブルの上にはシチューとパンが並べられている。


「美味しそう……」

「沢山作ったそうだから、遠慮せず食べると良い」


 全員が席に着き、食事をとる。昔は当たり前だった光景だがイルナミルには懐かしいとも思える光景。


「おい、ハーフエルフ」

「あ、アタシはイルナミルって名前です……!」

「じゃあイルナミル、お前がいない間にダンナから聞いたけど、お前この辺の村の奴じゃあないだろ。何の目的で森に入ったわけ?」


 リトの問いに手を止め、目線を逸らす。目の前の2人は悪い人ではないが依頼の内容を話しても大丈夫なのだろうか。それに、この森に住んでいると言うことはフロストドラゴンと何らかの関係があるのかもしれない。……略奪者と思われてしまうかもしれない。

 無言で俯いていると、青年がイルナミルと声をかけた。


「もしかして、フロストドラゴンに用があったのか?」

「それは……その……」

「やはりか。ここ最近森の周辺をうろついている複数の人間がよく見かけられるらしい。追い払われたようだが、全員がフロストドラゴンを探していたから」


 どうしよう、とイルナミルの内心は酷く焦っていた。だが、このまま口を紡いでいるわけにもいかず、ぽつぽつとこの綿雪の森へ来た経緯を説明した。


 自分は森から離れ場所にあるギルドに所属していること。

 フロストドラゴンの鱗を3枚採取する依頼を請け負ったこと。

 採取するまで帰れない、帰ると酷い目に合うこと。

 自分でもフロストドラゴンに会えるはずがないと分かっていたこと。



「その、アタシ森を荒らそうとか、フロストドラゴンから無理矢理鱗を剥ぎ取ろうとかそんなつもりはなくて……」


 おそるおそる顔を上げると、青年は口元に手を当てながら目を丸くし、リトは口をポカンと開けていた。


「君、いま何歳?」

「え、12だけど」


 年齢がどうしたのだろう、と首を傾げていると青年は灰色の毛玉を連れて部屋を出て、何やら分厚いファイルを手に戻ってきた。


「すまないα、少し持っていてくれ」


 灰色の毛玉……αにファイルを開いた状態で渡し、パラパラとページをめくっていく。何かを探しているのだろう、目で追いながらページをめくっていると、とあるページで手が止まる。


「イルナミル、君が所属するギルドはもしかしてここか?」


 指さされたページを見る。そこには自分が所属するギルド名とリーダーの名前などが記載されていた。コクリと頷けば、リトがマジかよ……と言葉を漏らす。

 αが食べ終わった食器を片付け、テーブルの上にファイルと1枚の紙を置いた。内容はギルドに関することが書かれているようだが、イルナミルには内容の大半が理解できない。


「名乗るのが遅れてしまったが、俺はラグナ、ここ『綿雪の森』に暮らす魔術師。そして、そこにいる男が君の探していたフロストドラゴンのリョート」

「えっ!?」


 青年、もといラグナは手でリト、もといリョートを指し名乗った。


「え、ということはフロストドラゴンもハーフ!?」

「ちっげーよ、ドラゴンの姿は目立つから擬態化して人型になってるの」


 いくら木々に覆われて視界が狭くなっているとはいえ、ドラゴンが確実に姿を隠すには薄暗い森でひっそりと隠れているしかない。この森は晴れの日に太陽の光が差し込みやすいらしく、そのなかドラゴンが歩き回っているのは自分から見つけてくれと言っているようなものらしい。


「そして、そのドラゴンが関わる依頼なのだが、おそらく手違いで請け負ってしまった仕事だろう」

「えっ!?」


 ラグナは紙に書かれている一文を指さす。そこには『ドラゴン関連の依頼を各ギルドで請負うことを禁ずる』と書かれている。

 つまり、イルナミルに与えられた依頼は達成できるとかできないとかではなく、そもそも請け負ってはいけない依頼。


「それじゃあ……採取できなくて帰ってきて、それをバカにするためにわざと」

「……」


 改めて事実を突きつけられ、無言のまま俯いてしまう。ラグナとリョートも、何も言えなかった。


「ダンナ、これって通報とかできねえの?」

「これはギルド内部の問題だからなあ……俺達ができるのは…………そうか」


 ラグナは客間のメモにイルナミルのこと、ギルドのこと、ここまで話してきたことなどを書き出し、それを規約の紙と一緒にファイルへ挟んだ。


「イルナミル、最後に1つ確認させてほしい。君は……」



ギルドを辞めて家に帰りたいか?



 ラグナの言葉に、ハッと顔を上げる。

 帰れる……?

 家に……?


「アタシ……アタシは……」


 何度も家に帰りたい、ギルドへは帰りたくないと思っていた。成功して帰っても悪態をつかれ、失敗して帰れば罵声という名の暴力。厳しい場所なのだと我慢し続けてきたが、今回のことでそれが間違っていたことに気が付いた。

 厳しいのではない、おかしいのだと。

 そんな場所に……もう居たくない。


「帰りたい……お母さんに会いたい……もう酷いこと言われるのは……嫌だよ」


 涙を堪え、両手を膝の上で握りしめて、はっきりとそう言った。その言葉を聞き、ラグナはリョートの方を見て小さく頷いた。


「イルナミル、君を家に帰れるようになんとかしよう」

「でも、どうやって……?」

「それは明日になればわかる、今日はゆっくりと休むといい」


 窓の外を見ると、外は真っ暗でふわふわを降っていた雪は風に乗って強く降り注いでいる。

 その後、リョートはラグナの家を出てどこかへ行ってしまい、ラグナも自室へと戻っていった。ゲストルームに残されたイルナミルは、備え付けられたベッドに横たわる。久々のフカフカなベッドと肉体的にも精神的にも溜まった疲労からか、すぐに眠りについてしまった。

 次の日の朝、窓から差し込む光の眩しさで目覚める。枕の横にはαが洗濯してくれたのか、服が綺麗に畳まれ置かれていた。それに着替え、部屋の扉を開ける。そこには浴室から出てきた時と同じようにαが待っていた。


「えっと、おはようαくん」


 挨拶をするも相変わらず無言。そして、またイルナミルの姿を確認し動き出す。向かった先は最初に通された場所。そこにはすでにラグナとリョートの姿があった。


「おはよう、どうやらぐっすり眠れたようだな」

「おはようございます!おかげさまでぐっすりです!」


 にぱっと笑顔で挨拶をしていると、リョートがイルナミルに手を出すよう言う。なぜだろうと思いながら右手を出すと、そこに鱗が3枚置かれた。


「これって……良いの!?」

「おう、丁度寝床に落ちていたから」


 キラキラと輝き、透き通っていながらも深い青色をしたフロストドラゴンの鱗。実物を見たことがないが、これほど綺麗なものは他に見たことがない。


「いいか、それは拾ったと言え。どこで拾ったかと聞かれても綿雪の森で拾っただけで良い」

「どうして……?」

「その方がお前に都合がいいから。良いな、絶対だ。間違っても俺やダンナの名前を出すな。返事に困ったら俯いて視線を逸らしていろ」


 強く念押しするようにリョートは言う。どうしてだろうと思ったが、見つけるのは難しいと言われているフロストドラゴンからもらったなどと言えば、ギルドリーダー達がこの森へ押し寄せて……それこそ略奪行為を行いかねない。


「分かった。2人のことは絶対言わないし、鱗は拾ったって言う」

「それでいい。そしてどうしてもムカついたら全力で殴り飛ばせ」

「えっ!?」

「いや、それが一番ダメだろ」






 確認事項を再確認してから、イルナミルはリョートの案内で森を出た。昨晩の吹雪で家の外は一面銀世界になっており、道らしい道はどこにもなかったが、リョートはサクサクと進んでいくのでその後を追いかけた。


「ねえ、1つ聞きたいんだけど……」

「あ、なに?」

「ラグナさんってどうしてこの森に住んでいるの?」


 魔術師と言うことは間違いなく人間だ。人間がこの森の気候の中で、それもあの姿では相当苦労しているはず、昨日身をもって体験したので余計にそう思えた。それなのになぜだろうと。


「それは、俺が言っていいことじゃねえから言わねえ」

「?」


 リョートは振り返ることなくそれだけを言い、無言で歩き続けた。


「ほら、此処をまっすぐ進めば森の出口だ」


 指差す方を見ると、木々が左右にわかれ、見慣れた風景が映っていた。

 森の外へ出た、改めてそれを実感する。


「色々ありがとう。ラグナさんにもありがとうって伝えてください」

「おう、せいぜい上手くやれよ」


 ひらりと手を振り、リョートは森の中へ戻っていく。残されたイルナミルは、小袋に入れた鱗をギュッと握り、腰にあるポーチにしまってからギルドのある方向へと歩き始めた。



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