4☆捻くれ者
「先行ってるぞ。言うまでもないが……逃げるなよ」
鎧道はそう言うと、箒を置いて歩き出した。
箒と桜無先生、そしていつの間にか話に置いて行かれた紫髪の女の子の三人は、その鎧道の後ろ姿をただ見つめる。
鎧道の行き先はVR室だ。
VR室とは数十年前におけるPC教室に代わるもので、携帯型VR機を用いる際に意識を失った肉体を、安全に保護する為のカプセルが用意された部屋のことを指す。
カプセルなど用いず、机に伏すようにしてVR機を使用しても特に問題は無いのだが、VR機にはリアルの肉体に衝撃を受けると強制的に意識を戻されるという仕様があるため、集中したい際にはカプセルが使われる。
箒と鎧道のいざこざを眺めていた学生たちは、各々が思うことを話し始めた。
「LoSを作った?とか、箒の言ってる話はよく分からなかったけど、女の子助けたのは偉い。めちゃ偉い。俺無理だったもん」
「いやあれ、助けたっていうの?なんか勝手にイラついて勝手にぶん殴ったようにも見えたけど。女の子の方も、何が何だか分からなそうな顔してるし」
「うーん。まぁ結果的に、みたいな?」
他の集団。
「つーか痛覚ありのLoSってヤバくないか?しかも相手はあの鎧道だろ。あんなヒョロヒョロが戦って勝てる訳ないのに……」
「確か『日本トーナメント』出場ですよね?普通に化け物だと思いますけど」
とにかく殆どは、このような会話が繰り広げられていた。
結果的に助けられた女の子が、箒に声を掛ける。
「あ、…あの。貴方、は?」
「あ?箒だよ。星屑 箒」
「ほ、箒。……箒さん。わた、私は……。えと、陰雪 雨、です」
「ん、あそ。それじゃ俺もVR室行くからまたね陰雪さん」
しかし箒は二言目にして、速攻会話を切ろうとした。
あまりにも露骨で理不尽な会話の流れに、陰雪は「え、え?」とアワアワする。
だがどうしても聞きたいことがあったのか、慌てて箒の背にもう一度話しかけた。
「……ま、待って。箒さんは、私を……た、助けようとしてくれた、の?」
その言葉を聞いて、箒は立ち止まり、振り返る。
箒は何かを考えたのか少しの間を挟んだ後に、口を開いた。
「……違う。俺はあんたを助けたつもりはない。俺がムカついたからぶん殴っただけだ。あんたは微塵も関係ないよ」
「そ、そっか。だよね……うん。……そう、だよね」
陰雪は仄かに悲しげに、そしてそれを隠すように笑って答えた。
箒は何も言わずに、陰雪を見つめる。
「……。もう行っていいか?」
「あ、あ、うん。大丈夫。引き止めて、ごめんなさい」
その言葉を聞いた箒は陰雪に背を向けて、廊下へと進んで行く。
「……あ、あと、あの……、巻き込んで、ごめんなさい」
そして最後にボソリと呟かれた、陰雪の一言を箒は背中で聞いた。
箒は舌打ちをして、そのままVR室へと向かっていった。
箒と鎧道が居なくなった教室は、すぐに元の騒がしさを取り戻し、生徒はそれぞれ自分の教室へと帰っていく。
既に放課後であるため、あっという間に人は掃け、教室には桜無先生と陰雪だけが残された。
「……陰雪さん、星屑くんに助けてもらったの?」
桜無先生が、小さな声で問いかける。
それを聞いた陰雪は、首を横に振る。
「違う……らしいです。箒さんは、助けてないと、言っていました」
「ふーん。ちなみに陰雪さんは、助けられちゃった感じはした?」
「……はい」
「うん、なら助けたんだろうねー、きっと。実際のとこ先生は見てないから分からないんだけどさ、何となく想像は付くよ。……あの子、理由をつけなきゃ人助けも出来ない捻くれ者だから」
「捻くれ者、ですか」
陰雪は首を傾げながら、桜無先生の顔を見つめる。
よく分からない、といった表情だ。
「そうよー、ほんとにグネグネ。私の注意は無視するし、授業もちゃんと聞かないし。そのくせに成績は良いから文句も言えないし……」
「は、話、逸れてませんか……?」
「逸れてないわよ」
桜無先生は口を窄めながら言い切る。
「あ、彼が気になるなら一緒に試合を見に行く?先生、一応見届けるって言ったし。……た、多分鎧道くんにボコされて終わるとは思うんだけどね」
見てて楽しいものじゃないかも、と桜無先生は続ける。
陰雪は、鎧道の足元で箒が倒れる光景を思い浮かべて悲しそうな顔をするが、いやいやと首を振ってその想像を払い除けた。
「いえ……でも。私も行きたい、です」
陰雪は箒の出ていった扉を見つめながら、そう答えた。
彼女は、男も女も公平だ、と言い切った彼の闘いを見てみたくなっていた。
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