リルティ
翌日の放課後。
アルマークの補習にやってきてくれたのはリルティだった。
「えっ」
リルティは壁際で険しい顔で目を閉じているラドマールを少し怯えた顔で見る。
「あの子、どうしたの」
「大丈夫だよ、リルティ」
アルマークは言った。
「あれは瞑想しているだけだから」
「瞑想?」
囁くような声でそう言ってリルティは目を瞬かせた。
「あんな苦しそうに?」
「うん」
アルマークが頷くと、リルティは小首をかしげる。
「瞑想なら、もっと余分な力を抜いたほうがいいんじゃないかな」
「僕もそう思うんだけど」
アルマークはそう言って、実践場の中央に立つイルミスを見た。
「イルミス先生が教えてくれているし、僕なんかがあんまり余計なことを言わないほうがいいのかと思って」
「そうなんだ」
リルティはもう一度こわごわとラドマールの方を見た。
「夢に見そう」
「向こうを見なければいいんだよ」
アルマークは苦笑する。
「僕らも始めよう。リルティ、お願いします」
その言葉にリルティも気を取り直したように頷いた。
「うん。じゃあ今日は稲光の術を練習するね」
本人なりに声を張って、そう言う。
「稲光の術か」
リルティのイメージにはあまりそぐわない術の名前に、アルマークは目を見張る。
「レイラの得意な魔法だね」
アルマークの言葉に、リルティは首を傾げた。
「そうなの? 私はあんまりレイラが使うのは見たことがないけど」
「あ、そうだったかな」
そう言われてアルマークは、自分がその魔法を見たのが泉の洞穴の中だったことを思い出す。
暗い洞穴の中で、レイラは稲光を閃かせて扉に擬態した罠や無数の魔影をなぎ払っていた。
あのときのレイラは勇ましかった。
ひらめく電光が、レイラのプライドのように見えた。
「かっこいい魔法だよね。僕もうまくなりたいと思ってたんだ」
「うん。それじゃ練習しないとね」
リルティは小さな声で言うと、石を少し離れた床の上に置いた。
「じゃあアルマーク。稲光の術であの石を撃ってみて」
「分かった」
アルマークはマルスの杖を構える。
ふう、と息をついて集中。
杖に流し込んだ魔力を、雷の力へと変化させていく。
杖の先端でばちりと火花が散った。
「いくよ」
言いざま、アルマークは石めがけて杖を振った。
杖から放たれた稲光が石を直撃し、石は煙を上げた。
「よし」
「うまい」
リルティは頷く。
「これなら大丈夫そうだね」
稲光の術のようにシンプルでまっすぐな魔法はアルマークの性に合うのか、習った当初からほかの魔法よりも苦戦することなく操ることができた。
「稲光の術は、自分でもわりと得意なんだ」
アルマークは胸を張る。
「でも、僕の術じゃまだ足りないんだろ? さあ、リルティ。教えてくれ」
「ううん」
リルティはあっさりと首を振る。
「これだけできれば、稲光の術は十分だと思うよ」
「え?」
「じゃあ私の補習はおしまいだね。お疲れ様、頑張ってね、アルマーク」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
アルマークは慌てて、帰ろうとするリルティを引き止める。
「え? これで終わり?」
「え、うん」
リルティは頷く。
「だって稲光の術を教えようと思ったら、もう十分できるんだもの」
「でも、ほら。何かこう、もうちょっとうまくなるコツとか」
しかしリルティは首を振る。
「試験のためだったら、これくらいできれば稲光の術は十分だよ」
「そ、そこをなんとか」
アルマークは頼み込んだ。
「みんなのやり方を吸収したいんだ。何か教えてくれないか、ほかの魔法でもいいから」
「うーん……」
リルティは困った顔でしばらく悩んだあとで、頷いた。
「分かった。じゃあ、ほかの魔法にするね」
「うん」
アルマークはほっとして微笑む。
「よかった。頑張るよ」
「湧水の術にするね」
リルティはか細い声で言った。
「できる?」
「レイドーが得意な術だね」
「そうなの?」
リルティは目を瞬かせる。
「私はレイドーが使うのはあまり見たことないわ」
「あ、そうかい?」
アルマークは、そう言えばレイドーが湧水の術を使っていたのも泉の洞穴でのことだったのを思い出す。
やはり、実戦で使われた魔法は、その分印象に残っている。
「じゃあ、やってみるよ」
「うん」
アルマークはリルティの隣に立つと、杖に込めた魔力を水に変えていく。
「それっ」
杖から水が吹き出し、床に落ちてしぶきを上げた。
「うん」
リルティは頷いた。
「できてるね」
「ありがとう」
水を止めて、アルマークはリルティを振り返る。
「どうかな」
「いいと思う」
「その、何か助言とか」
「別にないわ」
リルティは首を振る。
「だって、あなた上手だもの」
「ええと」
アルマークは困ったようにリルティを見た。
リルティも同じ表情でアルマークを見る。
しばらく、気まずい沈黙が流れた。
「……終わりにする?」
リルティが上目遣いに尋ねた。
「うーん……」
アルマークは唸る。
リルティから何か具体的なアドバイスをもらいたかったが、何もないというのに無理に言わせるわけにもいかない。
だが少なくとも、稲光の術と湧水の術についてはリルティからお墨付きをもらったわけだ。
彼女自身の勉強もあるだろうし、もう今日は終わりにしたほうがいいだろうか。
「分かった、リルティ」
アルマークは頷いた。
「ありがとう。それじゃあ、今日はこれで終わりに」
「あっ」
リルティが急に、思いついたように声を上げた。
「アルマーク、思いついたわ」
相変わらずの囁くような声でそう言うと、リルティはにこりと微笑む。
「えっ、何をだい」
「私があなたに教えられそうなこと」
そう言うと、リルティはアルマークの手を取った。
「ここじゃ迷惑だから外に行きましょう」
「え?」
驚くアルマークに構わず、リルティはその手を引っ張って出口の方に歩いていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、リルティ」
しかしリルティは華奢な身体に似合わぬ強引さでぐいぐいとアルマークを引っ張る。
「先生、ちょっと外へ行ってきます」
アルマークは仕方なくイルミスにそう声をかけ、リルティと並んで外に出た。
早くも日が沈み暗くなった中を校舎から離れ、しばらく歩いた木の陰でリルティはようやく足を止める。
「この辺でいいかな」
一人そう呟くと、困惑した顔のアルマークに向き直った。
「じゃあ歌って。アルマーク」
「え?」
突然の言葉にアルマークは目を見開く。
「歌う? 何を?」
「何でもいいわ」
リルティは微笑む。
「その歌声に、私の魔力を乗せるから」
「魔力を乗せる……?」
アルマークは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに思い当たって声を上げた。
「魔唱の術か」
「ええ」
リルティは頷く。
「試験に出る可能性はほとんどないけど、私の一番好きな魔法だから、それでいいなら」
そう言ってアルマークを見上げる。
「歌そのものを、魔法に変えるの。……そんなのでいいのかな」
「それだよ、リルティ」
アルマークは嬉しそうに声を上げた。
「僕は、そういう君らしいのを待ってたんだ」
「そうなの?」
リルティは笑顔でうつむく。
「それなら、初めからそう言ってくれればよかったのに」




