二人の形
舞台が暗転すると、客席もざわめき出した。
これからの劇の展開への期待が高まっていた。
「アモル王とデミガル王の話ってこんなだったっけか」
「いや、違うよ。魔女も騎士も出てこない」
「じゃあこれからどうなるんだ」
生徒の席でも一般客の席でもそんな囁きがかわされた。
「レイラ、きれいだったね」
「うん、それにノリシュとの会話。レイラのあんな楽しそうな声、初めて聞いたかも」
後ろでカラーたち1組の女子がそんなことを囁くのを聞きながら、アインは隣のフィッケを肘でつついた。
「おい。あんまりごそごそと動くな。劇に集中できないじゃないか」
「いや。だってよ」
フィッケは囁き返す。
「レイラの顔が見たかったのに、こっち向かないからさ」
「見られるわけないだろう、この位置から君が多少身体を動かしたって」
アインは呆れたようにため息をつくが、フィッケは気にする様子もない。
「だってレイラの笑顔なんて、俺見たことねえもの。でもなんで向こう向いてたんだろうな。あれじゃ客席に見えないのに」
「君は相変わらずバカだな」
アインは首を振る。
「そういう演出に決まってるだろう」
「ふうん。よくわかんねえの」
フィッケは興味なさそうに頭の後ろで腕を組む。
「でも2組の劇もすげえな。レイラはきれいだしネルソンもかっこいいしさ」
「ふん」
アインは面白くなさそうに鼻を鳴らしたが、思い直したように付け加える。
「その二人もそうだが、僕はレイドーに驚いたな。彼は平民だっただろう」
「ああ。そういえばそうか」
フィッケも頷く。
「でもいかにも王様って感じだったな。違和感なかったぜ」
「誰か、彼に貴族の所作を教えた人間がいるな。それもずいぶん丁寧にだ」
アインは目を細める。
「ウォリス、レイラ、トルク。どれも違うな。2組でそんなことをしそうな貴族はウェンディくらいしか思い浮かばない」
「そうだな。他の連中はなんか気取ってたり意地悪だったり。そんな感じだしな」
フィッケが大きく頷く。
「だが……」
「お、始まる」
呟きかけたアインの言葉は、舞台の照明が灯されるとともに途切れた。
舞台では、ネルソンにノリシュが追いついたところだった。
「騎士様。ちょっと、騎士様」
ノリシュにそう呼びかけられ、ネルソンが振り向く。
「どんどん先に行かないでくださいよ。一緒に北の森へ行くんでしょう」
「うむ」
ネルソンは頷く。
「王命だからな」
そう言ってまた歩き出そうとするのを、ノリシュが引っ張って止める。
「ちょちょっと待ってくださいってば」
そのコミカルな動きに客席から笑いが漏れる。
「何ですぐ行ってしまおうとするんですか」
「時間がないからな」
ネルソンは答える。
「ムルボードのデミガル王が来るまでに魔女を討たねばならん」
「それにしたって私達」
ノリシュは両手を広げる。
「まだ自己紹介もしてないんですよ」
「ああ」
ネルソンは頷く。
「ガイベルの騎士ネルソンだ」
そう言ってまた歩き出そうとするのをノリシュが引き止める。
「ちょっと待ってくださいちょっと」
今度はもっと大きな笑いが起きた。
「たったそれだけですか。それにまだ私が名乗ってないじゃないですか」
「ああ」
ネルソンは今気がついたような顔をする。
「名乗られよ」
「ノリシュです」
それを聞き終わるやいなやさっさと歩き出そうとするネルソンの首根っこを、ノリシュが遠慮なく引っ張り、ネルソンが大げさにたたらを踏むと、客席全体が笑いに包まれた。
「さすがだね」
アルマークの隣で、演技を終えたばかりのレイドーが汗を拭きながら囁いた。
「あの空気はあの二人にしか出せない」
そう言ってアルマークに微笑む。
「君とウェンディのおかげだ。あの日から、二人の演技は格段に良くなったよ」
「僕は別に何も」
アルマークはそう言って首を振り、舞台上で息の合ったやり取りを続ける二人を見た。
「でも、本当に二人のいいところが出ているね」
「あの日は、これからどうなることかと思ったけどね」
レイドーが苦笑する。
放課後に二人がぶつかったあの日。
あの日までは、ネルソンは劇のどの場面でも、謁見の間で見せたのと同じ完璧な騎士としての姿勢を決して崩さなかった。
ノリシュもそんなネルソンに合わせて一生懸命王妃の侍女を演じようとしていた。
しかし、もともと騎士に憧れていたネルソンの迫真の演技の前では付け焼き刃のノリシュの演技ははっきりと見劣りがしたし、二人のやり取りもぎこちなく、不自然で作り物めいていた。
あの日、アルマークはネルソンに、本当の騎士たり得たいのならノリシュに認めてもらうことだ、と忠告した。
ウェンディはノリシュに、いつものあなたのままでいい、と助言したのだという。
それは奇しくも王妃レイラが侍女ノリシュに謁見の間で投げかけたのと同じ言葉だった。
それから、二人はそれぞれにお互いのことを考え、悩んだのだろう。
結果、ネルソンは自分の騎士の理想をノリシュに押し付けるのをやめた。
ノリシュは自分をネルソンの理想に嵌めこもうとするのをやめた。
そうしたら、二人の間に、いつものあの空気が戻ってきた。
その空気こそ、台本を書いたキュリメが、二人にこの役を当てたときに期待していたことでもあった。
もちろん劇と現実は違う。
ネルソンは古代の騎士としての最低限の線は崩さないし、ノリシュもいつもネルソンに言うほどの遠慮のない口は利かないで騎士ネルソンを立てている。
けれど、アルマークにも分かった。
「いつもの二人だ」
それは紛れもなく教室でのいつもの二人が見せる関係性だった。
「うん」
レイドーも頷く。
「古代にもきっと、あんな二人だったのさ」
真っ直ぐわき目も振らず、自分の望む方向へ突き進もうとするネルソン。
それを好ましく思いながらも、現実的な面にも目を向けさせようと口を出し続けるノリシュ。
何のことはない、二人はとっくにお互いを認めあっていたのだ。
周囲の人までも楽しくさせるいつもの二人が、舞台の上で騎士と侍女という形で再現されていた。
「あれが二人の見つけた、二人の形だね」
アルマークの言葉にレイドーが笑う。
「だから、ネルソンはさっさとノリシュと付き合ってしまえばいいのさ」




