騎士
暗転とともに、アルマークは舞台に走った。
テーブルと椅子を手早く片付ける。
袖から動かずに小物をふわふわと浮かして片付けているのは、浮遊の術が得意なデグだ。
片付けた椅子の代わりに設えたのは、立派な玉座。
アルマークがそれを舞台の中央やや左に置くと、レイドーが暗闇の中でアルマークの肩を叩いた。
「ありがとう、アルマーク」
「もう少しだ。頑張って」
アルマークもそう囁き返す。
ムルボード王国での宴席からここまで、レイドーは出ずっぱりだ。
「うん。ありがとう」
レイドーは付け髭で隠れた顔で、その時だけは少年の笑顔を見せた。
アルマークは小走りに舞台袖に戻る。
そこにネルソンが待っていた。
「頑張って」
「ああ」
ネルソンが口角を上げて笑う。
照明が再び舞台を照らした。
アモル王の謁見の間。
アモル王とレイラ、ピルマンが待ち構えている。
「騎士ネルソン殿がお着きです」
舞台の袖からアルマークは叫んだ。
「通せ」
ピルマンが答える。
ネルソンは、もう前以外は見なかった。
玉座に腰掛けるアモル王の顔を真っ直ぐに見て、ゆっくりと舞台に入っていく。
その横顔を、アルマークは何か不思議な懐かしさとともに見た。
衣装の鎧と腰に下げた剣とが、一歩ごとに微かな音を立てる。
無言の時間。
だがネルソンは急がない。
満場の注目を一身に浴びながら、臆することなく、一歩ずつ玉座の前へ。
不意に誰かの拍手が聞こえた。
「ネルソン!」
男性の大きな声が上がり、客席が一瞬ざわめく。
アルマークがそっと客席を見ると、中年男性が目を真っ赤にして拍手しながら舞台を見つめていた。
「ネルソンの親父さんだな」
デグが呟いてにやりと笑う。
「息子が主役だ。嬉しいんだろうな」
「ああ」
アルマークは頷く。
主役というだけじゃない。
息子が騎士なのだ。
それはお父さんも嬉しいだろう。
突然の父親の声援にも、ネルソンは全く動揺しなかった。
背筋をぴん、と伸ばしたまま玉座の前にたどり着くと、流れるような動作で膝をつく。
「騎士ネルソン。王命により参上いたしました」
いつもの、底抜けに明るい屈託のない少年の声ではない。
夜の森で下級生たちを元気づけた、やんちゃだが頼りになる上級生の声でもない。
抑えた、けれど力強い、自信に満ちた声。
それがざわめきかけた客席をまた静かにした。
舞台袖から現れ、玉座の前で跪き、名乗る。
たったこれだけの動作を、ネルソンは何度練習していただろう。
歩く速さ。
一歩の大きさ。
目線の位置。
跪く位置と所作。
声の抑揚。
ネルソンは自分が納得いくまで何度でも練習を繰り返した。
騎士ネルソンが初めて舞台に上がるこの場面にこそ、ネルソンが理想とする騎士の全てが詰まっている気がしたから。
「よくぞ参った。騎士ネルソン」
アモル王が呼びかける。
「面を上げよ」
それに従い、ネルソンがゆっくりと顔を上げる。
主従の視線が一瞬交錯し、ネルソンは穏やかに微笑む。
「どうやら抜き差しならぬ事態のご様子」
そう言って、穏やかな声のままで続ける。
「何なりとお申し付けくだされ」
「ガイベル騎士の華、ネルソンよ」
アモル王は苦しそうに眉間にしわを寄せた。
「この国一番の勇士であるそなたにしか頼めぬことだ」
「ありがたきお言葉」
ネルソンは答える。
「王を悩ます敵はいずこに」
「北の森」
アモル王は答える。
「相手は魔女セラハ」
その言葉に、ネルソンが一瞬目を見開く。
「我が妃レイラが笑顔を見せぬのは、あやつめの呪いが原因であった。来たるムルボードのデミガル王との宴席までにレイラが笑顔を取り戻さねば、国が滅びる」
「さようでございますか」
ネルソンは微笑んだ。
「北の魔女セラハ。相手にとって不足はない」
「討ってくれるか」
「必ずや」
ネルソンは答える。
「騎士ネルソン」
アモル王の隣から、レイラが呼びかけた。
「どうか、お願いしますね」
「この命に代えても」
ネルソンが答える。
「あなたのその旅に同道してほしい者がいるのです」
レイラはそう言って、舞台袖を見る。
「ノリシュ」
「はい、ここに。王妃様」
呼びかけに応じて、侍女が舞台に進み出た。
ノリシュはネルソンの斜め後ろでぴたりと足を止め、両膝をつく。
「騎士ネルソン。このノリシュは古くからの私の侍女で、呪いを受けた時に最も近くにいた者です。この者を同道してほしいのです」
ネルソンは、背後にかしこまるノリシュを見て、怪訝な顔をする。
「女性を同道とは。北の森は険しいと聞き及んでおりますが」
「魔女セラハは奇怪な妖術を操るという。いかなる勇士でも男だけでは討ち果たすことはできぬそうだ」
アモル王の説明に、ピルマンが補足する。
「かつて王国一の剣士といわれたアルマークも単身で森に入ったきり、帰ってこなかったであろう」
ネルソンは首を傾げる。
「剣士アルマークのことはさておき、それがしにはさして必要とも思えませぬが」
それから、深々と頭を下げる。
「しかし王命とあらば、同道いたしましょう」
「そうか」
アモル王は頷く。
「頼んだぞ、ネルソン。魔女セラハを討ち倒してくれ」
「必ずや」
ネルソンは立ち上がった。
真っ直ぐな目をアモル王に向ける。
いつでも真っ直ぐに生きる。
それは、自分に恥じぬため。
そして自分を騎士と認めてくれる人に恥じぬため。
国の危機。王の苦悩。王妃の願い。強大な敵。
一人では抱えきれぬはずのものを一人で背負い、それでも平然と、真っ直ぐに進む。
それが、騎士だ。
ネルソンは身を翻す。
そして来たときと同じ、迷いのない足取りで、王の前を辞していった。
「ノリシュ」
歩き去ったネルソンを目で追い、どうしていいか戸惑っているノリシュにレイラが声をかけた。
「頼みましたよ」
「あ、はい」
ノリシュは慌ててレイラに向き直る。
「かしこまりました」
「どうか騎士ネルソンを助けてあげて」
「はい。もちろん王妃様の仰せとあらば」
ノリシュは頷く。
昔からの主従関係の気安さで、レイラに対しても遠慮のない口を利く。
「それに、私もずっと悔しい思いをしていたのです。あのとき、私が付いていながらって。必ず魔女の呪いを解いて、王妃様を昔みたいに明るく笑えるようにして差し上げますからね」
そう言って力んで頷いてはみせたもののふと不思議そうな顔になって首を捻る。
「でも、私でいいんですかね。私があの騎士様の力になれるんでしょうか」
「あなたはあなたのままでいればよいのです」
レイラは言った。
表情は相変わらず冷たいままだが、その声に少しだけ温かみがこもったようでもあった。
「それでこそ力になれるのです」
「はあ」
ノリシュはあまり腑に落ちない顔をする。
「そんなものでしょうか」
「レイラがそなたを是非にと言ってな」
アモル王が穏やかに口を挟む。
「頼んだぞ、ノリシュ」
「はい。かしこまりました」
ノリシュはもう一度深々と頭を下げると、ネルソンの後を追い、慌てて走り去っていった。




