合流
二人で連れ立って医務室を出たところで、ちょうど様子を見に来たセリアと出くわした。
「あら、目が覚めたのね」
「はい」
ウェンディは頭を下げる。
「先生、ご心配をおかけしました」
「いいのよ。よかったわ」
そう言ってセリアはウェンディの顔を見る。
「少し赤みも戻ってきたわね。劇には出るの?」
「はい」
ウェンディは元気に返事をする。
「そう」
セリアは頷くと薬湯の小瓶を二つ取り出して、ウェンディとアルマークに一本ずつ手渡す。
「劇の演出で魔法も使うのでしょう。これを飲んでおきなさい」
アルマークは一瞬、武術大会で自分が飲まされたのと同じあれかと疑ったが、どうやら違うようだ。
瓶の中で透明な青い液体が揺れている。
セリアは、二人が両手に抱えている食べ物を見て、くすりと笑う。
「たくさん食べるのね」
「え、あ、これは」
ウェンディが顔を赤くする。
「モーゲンが持ってきてくれたんです」
アルマークが代わりに答える。
「そう。しっかりと食べるのはいいことよ。食は生命の基本。モーゲンはそれをよく分かっているわ」
セリアは微笑んで頷く。
「先生も一本いかがですか」
アルマークが串を差し出すと、セリアは、あら、と目を見張る。
「いいの? それじゃあこれをもらおうかしら」
嬉しそうに野菜の肉詰めの串を受け取るセリアに頭を下げて、二人は校舎を出た。
校舎裏の水場で顔を洗って身なりを整えると、モーゲンの持ってきてくれた露店の食べ物をつまんで食事を取った。
ウェンディはまだそんなに食欲が湧かないようで、冷めた豆のスープを半分くらい飲むと、あとは薬湯の小瓶を手の中で揺らしながらアルマークが食べるのを見ていた。
アルマークも、相変わらずの速さである程度まで食べると、残りを包み紙に包み直す。
「それじゃあ、飲もうか」
「うん」
二人で同時に瓶の蓋を開け、一息に薬湯を呷る。
薬湯は、海の深い場所の水のような不思議な味がした。
アルマークがウェンディを見ると、ウェンディも意外そうな顔で頷いた。
「これ、意外と飲めるね」
「それならよかった」
アルマークは頷く。
「僕には薬湯とは思えなかった。ただの水みたいで」
「私は水とまでは言えないけど。でも今まで飲んだどの薬湯よりも飲みやすかった」
ウェンディは不思議そうに空になった小瓶を見る。
「もちろん美味しいわけじゃないんだけど」
「そこはまあ仕方ないね」
二人はその足で講堂に向かう。
もう昼前だ。
午前中の1、2年生の出し物はもう終わってしまうかもしれない。
歩きながら、ふとウェンディがアルマークを振り返った。
「ありがとう、アルマーク」
「え?」
「昨日からずっと傍にいてくれたんでしょ。私、眠っていたけど、なんとなくアルマークがいてくれるのを感じてた」
「うん。心配だったんだ」
アルマークは頷く。
「だから、帰りなさいって言われたんだけど君の傍に残ってしまった」
「なんだか安心感があったよ。一人じゃないっていう」
ウェンディはそう言って微笑んだあとで、少し不思議そうに尋ねた。
「でも、そんなに心配だったの? セリア先生が私はもう大丈夫って言ってくれたんでしょ?」
アルマークはどう答えていいか迷う。
「うん、心配したのはそっちじゃなくて。あ、いや、もちろん君の体調も心配だったけど」
アルマークは慌てて手を振る。
「君が目を覚ましたとき、誰もいなかったら寂しいかもしれないって、それが一番心配だった」
ウェンディは驚いた顔をして、それから嬉しそうな、辛そうな、複雑な表情をした。
「ありがとう」
講堂は校舎のすぐ脇だ。そんなことを話しているうちに、すぐに二人は講堂の入口の大扉にたどり着いた。
「そういえば」
アルマークはふと、あらたまった顔でウェンディを見た。
ウェンディがどきり、と足を止める。
「僕たち、まだちゃんと」
話をしていなかったね、という言葉をアルマークは言いかけて飲み込んだ。
内側から大扉が開け放たれ、観客がどっと外に溢れ出してきたからだ。
午前中の部が終わってしまった。
「大変」
ウェンディが口に手を当てる。
「早くみんなのところに行かないと」
そう言って、通路の端を人の流れに逆らって中に入っていく。
結局、言えずじまいになってしまった。
仕方ない。
アルマークもそれに続いた。
「アルマーク、ウェンディ! 来たのか!」
二人を真っ先に見つけたのは、やはりネルソンだった。
舞台裏にクラス全員が集まって、台本を片手に演出の確認をしていたところだったようだ。
「大丈夫かよ」
ネルソンの大声に、全員が二人を振り向く。
「心配かけてごめん」
アルマークが言い、それに続いてウェンディも頭を下げる。
「みんな、ごめんなさい。二人とも劇には出られるわ」
「よし」
みんなの中心にいたウォリスが、音を立てて台本を閉じた。
「みんな、さっきまでの僕の話は忘れてくれ。本番はもともとの練習どおりでいく」
わっと歓声が上がった。
トルクは舌打ちして台本をその辺に投げ捨てて離れていったが、それ以外の仲間たちは笑顔で二人のもとに駆け寄ってきた。
「ウェンディ、本当に大丈夫なの?」
ノリシュとリルティに心配そうに声をかけられ、ウェンディは申し訳なさそうに頷く。
「うん。みんな、本当にごめんね」
「アルマーク、あまり寝てないみたいな顔だね」
察しのいいレイドーがアルマークの顔色を見て眉をひそめる。
「本番までもう少し休んでいたらどうだい」
「いや」
アルマークは首を振る。
「ありがとう、レイドー。でも大丈夫。問題ないよ、ちゃんとやる」
「じゃあ二人とも出るってことで間違いないんだな」
ネルソンが念を押す。
「ああ」
アルマークが頷くと、ネルソンは嬉しそうに笑った。
「よし。やっぱり全員揃わなきゃダメだよな。だって俺達のクラスの劇は全員でやるって決めてたんだからよ」
その笑顔を見て、アルマークはもう余計なことを考えるのはやめた。
余計なことなら昨日一晩、さんざん考えた。
今は、目の前の劇に集中しよう。
ウェンディを見ると、ウェンディも同じことを思っていたようだ。
アルマークの目を見て、笑顔で小さく頷いた。




