再会
吹き飛ばされた先で、ライヌルがむくりと上体を起こした。
「ああ、やられたな」
痛そうな素振りも見せずにそう言って、ローブの埃を手で払いながら立ち上がる。
「さすがに魔力だけの虚仮脅しでは君に通用しないね」
そう言いながらイルミスたちの方へ歩み寄ってこようとして、数歩でよろめいた。
「おお?」
意外そうな表情とともに、地面に膝をつく。
「これは、なんと」
ライヌルは自分の胸に開いた穴を手でさする。
「核に触れていたか。なるほど、これではダメだな」
そう言って、諦めたように地面にあぐらをかいた。
「さすがはイルミス。やることにそつがない」
動けなくなったライヌルに、イルミスがゆっくりと歩み寄る。
「君は何も手に入れられなかった。今回は完全な無駄足だったな」
イルミスの言葉に、ライヌルは首を振る。
「いや。収穫はあったよ。次に繋がる、ね」
「また来るのか」
「来るさ」
ライヌルは笑った。
その顔に、ぴしりとひびが入る。
「次に来るときは、命の奪い合いだ」
ライヌルは笑顔のままで言った。
「イルミス。そのときは本気でやろう」
その顔に、二本、三本とひびが入っていく。
「偽物とはいえ」
イルミスは悲しそうな目でライヌルを見た。
「君のそんな姿を見るのはやはり忍びないな」
ライヌルは声を出して笑った。
「だから君は甘いというんだ」
それから、ふと真顔に戻って袖から二本の飴を取り出した。
星型と、人魚型の飴。
「とっさにかばってしまった」
そう言って苦笑いすると、イルミスに差し出す。
「子どもたちに」
イルミスが顔をしかめてそれを受け取ると、ライヌルはもう一度にやりと笑った。
その拍子に、顎がぼろぼろと崩れる。
「久しぶりの魔術祭は楽しかった。来てよかった。飴も買えたしね」
「そうか」
イルミスは飴を握ったままで頷く。
「また来るよ」
ライヌルは最後に言った。
「近いうちに。アルマーク君、その時までに」
そう言って、ライヌルは左手を上げ、アルマークの持つ杖を指差す。
「もう少し杖の使い方を練習しておきたまえ」
その手が、灰のようになって崩れた。
ライヌルの笑顔に無数のひびが入っていく。
やがてその身体は全て灰の塊と化した。
ばさり、とライヌルだったものが崩れるのを、イルミスは眉をしかめて見つめていた。
それから無造作に、灰の中に手を突っ込む。
複雑な紋様の描かれた銀貨が一枚。
イルミスは小さく首を振って、アルマークたちを振り返った。
学院の森の、どこか奥深く。
青い紋様が、木のうろでぼんやりと光っていた。
闇の魔術師ライヌルは、そこにいた。
ひそやかに笑って、ゆっくりとその紋様に手を触れ、起動させようとしてから、気配に気付いて振り返る。
知恵の精霊のような、長いひげをたくわえた老人がそこに座っていた。
一瞬絶句したライヌルに、老人は頷いてみせる。
「ここを使うと思ったよ」
大儀そうに立ち上がる老人を、ライヌルは敵意のこもった目で見た。
「使うと思った?」
そう言って、口に嘲りの笑いを浮かべる。
「また、まるで見えていたかのような口ぶりで」
ライヌルは身体ごと老人に向き直った。
「学院長先生、私はあなたのそういうところが大嫌いだ」
ヨーログは穏やかな表情で何も答えない。
「あなたに私の動きは読めないでしょう」
ライヌルは言った。
「だからこうして私に易々と学院への侵入を許したのだ。イルミスの邪魔が入らなければ」
言いながら、ライヌルは声を出して笑った。
「私はあなたの大事な生徒を二人とも殺していましたよ」
それでもヨーログは無言のままだった。
「あなたは無能だ、学院長先生」
ライヌルは吐き捨てるように言った。
「私にすっかり出し抜かれ、マルスの杖を奪われそうになり、生徒を殺されそうになり」
「だが、奪われなかった」
ヨーログは穏やかに言った。
「生徒も殺されなかった」
「それが、分かっていたと?」
ライヌルの言葉に、ヨーログは答えない。
「結果が出たあとで、まるで最初から全部分かっていたかのようなことを言う」
ライヌルは苛立たしげに顔を歪めた。
「あなたには、私の動きは見えていない。今日だってあなたは完全に私に出し抜かれたんだ」
そう言って、挑戦的にヨーログを見る。
「無能、有能」
ヨーログは言った。
「我々星読みというのは、そういう評価とは無縁のところにいるものでね。はるか空の高みから見下ろせば」
ヨーログは天を指差す。
「高い山脈も広い大河も、この大地の小さな凹凸に過ぎない」
「詭弁を」
ライヌルが口元を歪める。
「あなたには私の動きが見えていない。イルミスの来るのがあんなに遅かったのが、その証拠だ」
「彼や他の先生には、君のばらまいた銅貨を優先的に探してもらった」
ヨーログはあくまで穏やかに言った。
「あれはなかなかいい目くらましだったね。魔力がどこかで膨れ上がっても、闇が発せられるまでは待つように、と指示をしたよ」
「嘘をつけ」
ライヌルは吐き捨てた。
「また分かったようなことを。私の動きが読めたと言いたいのか。それは言えないはずだ。なぜなら」
「確かに君のことは読めない」
ヨーログは静かに頷いた。
「私は星読みだからな。身体に星を宿さぬ者のことは見えない」
「認めたな」
ライヌルが笑う。
「私にしてやられたと」
「だが、君の力は強すぎるんだよ」
ヨーログは言った。
「君が影響を与える人々の星を読みとけば、君の動きがそこにはっきりと浮かび上がる」
ライヌルの顔から笑顔が消えた。
「詭弁だ、それは」
「感謝するよ、ライヌル」
ヨーログは微笑んだ。
「君は、我々には教えられないことを子どもたちに教えてくれる」
ぎりっと音がするほど、ライヌルが歯ぎしりをした。
「また来たまえ」
ヨーログは言った。
「待っているよ」
「次は殺し、奪う」
ライヌルはそう叩きつけるように言うと、移動紋に手を触れた。
「私の移動紋を一つ見付けたからといっていい気になるな。ここ以外にも移動紋は無数にある。ここだけを封じても無駄だぞ」
「封じなどするものか」
ヨーログは首を振った。
「ここは君の母校だ。いつでも戻ってきて、子どもたちを鍛えてくれたまえ」
ライヌルの身体が徐々に薄くなっていく。
その姿が完全に消える寸前、ライヌルは低い声で言った。
「覚えておけ。次は殺す」
ライヌルが消えた後も、ヨーログはそこに佇み、何かを考えているように見えた。
「二人とも無事で良かった」
イルミスの言葉に、アルマークは頷いた。
「僕たちは大丈夫です。でもあの人、本当に先生の同級生だったんですね」
「ああ」
イルミスは苦いものを噛んだような顔で頷いた。
「これには特に何も仕込まれていないが」
そう言って、二本の飴を見せる。
「要るかね」
「いえ」
アルマークが首を振ると、イルミスは、だろうな、と頷いて、自分の袖にそれを無造作に放り込んだ。
「すまなかった。また来るのが遅れた」
「大丈夫です」
アルマークは微笑んだ。
「危なかったですけど、ウェンディが」
そう言ったとき、アルマークは自分の隣でウェンディがふらりとよろけるのを感じた。
「ウェンディ」
とっさに身体を支えると、ウェンディは真っ青な顔で、申し訳なさそうにアルマークを見た。
「ごめんなさい、アルマーク」
その目はどこか虚ろだった。
身体から魔力がどんどん抜けていくのが分かる。
「あなたの力になりたくて、抜けていこうとする魔力を無理に身体に留めておいたから。その反動が出たみたい」
小さな声でそう言うが、もう自分の足では立てなくなっていた。
「いかんな」
イルミスが反対からウェンディを支える。
「医務室へ運ぼう」
「先生、僕が」
アルマークはそう言って一人でウェンディの身体を持ち上げた。
イルミスが眉をひそめて手を伸ばす。
「無理をするな。一人では大変だ」
「いいんです」
アルマークは首を振って、力の抜けたウェンディの身体をしっかりと抱きかかえた。
「約束したので」
その言葉に、ウェンディがアルマークの胸でかすかに微笑んだ。
「ああ、夢みたい」
小さく呟いたその言葉を最後に、ウェンディが意識を失う。
「ならばいい。無理はするなよ」
「はい」
イルミスの言葉にアルマークは頷いた。
ごめん、ウェンディ。
心の中でウェンディに謝る。
君がいてくれて心強い。
君と一緒なら負ける気がしない。
そんな風に思っていたけれど、その実、君はこんなにも必死で僕の隣に立っていてくれた。
僕はそれに気付かなかった。
あのままライヌルと戦って、勝てるはずなどなかった。
その判断は、僕が冷静にすべきだった。
ウェンディは僕のためにいつも無茶をして、それでも恨み言一つ言わない。
僕にもっと力があれば、君にこんな辛い思いはさせないのに。
足早に歩く自分の胸の中で目を閉じているその真っ白な顔を見るだけで、アルマークの胸は張り裂けそうになった。




