温度
「だから、そうじゃねえだろ!」
不意に大きな声がして、みんなが一斉にそちらを振り向いた。
放課後の教室、劇の練習中のことだ。
教室の中央で、険しい顔のネルソンと同じく険しい顔のノリシュが睨み合っていた。
「分からないわよ、そんなこと言ったって」
ノリシュが叩きつけるように言う。
「私は王妃の侍女なんてやったことないんだから」
「俺だって騎士なんてやったことねえよ」
ネルソンの声は大きいので教室の隅々まで響き渡る。
「でも、自分が騎士だったらってそう思わなきゃ、考えなきゃいいものができねえだろう。ただ台本をなぞるだけじゃなくてよ」
「あんたはいいわよ」
ノリシュも負けていない。
「昔からずっと騎士になりたいって思って生きてきたなら、さぞかし想像がはかどるでしょ。でも、私は違う」
ノリシュは両手を広げた。
「私は王妃の侍女になりたいなんて生まれてこの方、思ったこともないもの。侍女がどういう思いで騎士に同行してるかなんて、分かるわけない」
「そ、そんなもんお前」
ネルソンは一瞬言葉に詰まりそうになるが、負けてはいられないと思ったのだろう。腕をぐるりと回して周囲を示した。
「ほかのやつだって同じだろうが。セラハが魔女になりたいと思ってたりウォリスやバイヤーが精霊になりたいと思ってたってのかよ」
そう叫ぶと、ノリシュもさすがに少し怯む。
「それはそうかもしれないけど」
それに勢いづいたネルソンがさらに言葉を続ける。
「アルマークなんか呪われてるんだぞ。ウェンディなんか死んでるんだぞ。あいつらに、一回呪われてみろとか一回死んでみろって言うのかよ」
「そんなこと誰も言ってないでしょ」
ノリシュもさすがにそう叫び返す。
「ほかの人はあんたみたいなめんどくさいパートナーとずっと出番が一緒じゃないでしょうが」
「な、なんだとお前」
ネルソンが顔を真っ赤にする。
周囲のクラスメイトたちは、最初はいつものやつが始まったと思っていたが、二人の口調がいつになく真剣でただ事ではない雰囲気が伝わってくると、心配そうにやり取りを見守り始めた。
こういう時に頼りになりそうなウォリスは、たまたまモーゲンと一緒に木材の調達に出掛けてしまっていたし、アルマークは補習を受けていてまだ姿を見せていない。
柔らかい雰囲気に変わったという評判が3組まで届いていたレイラは、今回の配役が決まってから日増しに笑顔が減り、今ではすっかり以前と同じような冷たい雰囲気に戻ってしまっていた。
今もレイラは、二人の方を最初にちらりと見ただけで、あとは我関せずで台本に目を落としている。
「だったらお前はこの劇を、ただ台本なぞるだけの、キュリメにおんぶにだっこで済ませるのかよ」
「誰もそんなこと言ってない」
「言ってるのと同じじゃねえか」
「はい、そこまで」
なおも叫ぼうとするネルソンを制止して、二人の間に割って入ったのはウェンディだった。
「ネルソン、怒鳴ったからって通じ合えるわけじゃないよ」
ウェンディはそう言ってノリシュの肩を抱いた。
それでもネルソンの目を睨み付けるノリシュの目に涙が溜まっているのにようやく気付いて、ネルソンが顔を歪めた。
「少し落ち着いた方がよさそうだね」
後ろからそっと近付いたレイドーがそう言ってネルソンの肩に手を置いた。
「君の演技は素晴らしいけど、劇は劇、役は役だ。君は古代の騎士ネルソンじゃなくて、ノルク魔法学院の魔術師ネルソンだからね」
「ノリシュ。少し、外の風に当たってこよう」
ウェンディがノリシュを促して、教室の外へ連れ出していく。
「ネルソン、君も」
レイドーが言いかけると、ネルソンは乱暴にその手を振り払った。
「頭冷やしてくらあ」
そう言ってそのまま一人で教室を出ていく。
レイドーは小さくため息をついてその背中を見送った。
二人の様子を心配そうに見守っていたキュリメの背後から、不意にトルクが声をかけた。
「心配そうだな」
驚いて振り返ったキュリメに、トルクはにやりと笑って続ける。
「たいしたもんだな。こうなることまで見越しての配役だろ?」
「そんな。私はただ」
キュリメは真っ青な顔で首を振る。
「いいじゃねえか」
トルクは口許を歪めた。
「思う存分やらせりゃいいんだ。主役の二人が不満抱えたままずるずるいくよりかはよっぽどいいぜ」
不安そうに見上げるキュリメを見返してやるでもなく、トルクは二人の去っていったドアの方を見やった。
「あとはどう転んだって自分たちの責任だ。お前は役目を立派に果たしたんだ」
トルクの真意が測りかねてその顔を見つめるキュリメを、トルクは最後に見下ろすように一瞥した。
「もう台本はお前の手を離れちまったってことだよ。だから、お前は堂々としてりゃいいんだ」
補習を終えて教室に顔を出したアルマークは、ウェンディもネルソンもいないことに気付いて困惑した。
「あれ? 僕の練習相手が二人ともいない」
「ちょうどよかったよ、アルマーク」
近付いてきたレイドーが顔を近付けて簡単に事情を説明する。
「そんなことがあったのか」
アルマークは目を丸くする。
「ネルソンが役にずいぶんと入れ込んでいるのは知っていたけど」
「ちょっとノリシュとの間に温度差が出てしまったようだね」
レイドーはそう言って頷く。
「ノリシュはウェンディが付き添ってくれているから大丈夫だろうけど、心配なのは一人で出ていったネルソンのほうだ」
そう言ってアルマークを見る。
「君の話になら耳を傾けると思う。ネルソンのところに行ってやってくれないか」
「いいよ」
アルマークは頷いた。
「僕の演技の相手も、道具作りの師匠もいないみたいだからね。ちょっと行って探して、声をかけてくるよ」
「すまないね」
レイドーは小さく頭を下げた。
「頼むよ」
「頼まれた」
アルマークは微笑む。
「君も心配が絶えないな。本当に王様みたいだ」
「王様っていうのがこんなに気苦労ばかりする役目なら」
レイドーもそう言って微笑んだ。
「僕は靴職人の息子でよかったよ」




