早朝
朝、だいぶ冷たくなってきた空気の中を、アルマークは歩いた。
今日はいつもよりも早い時間に寮を出たので、まだ道を歩く生徒の姿もまばらだ。
毎日放課後はイルミスの補習があるので、ほかの仲間よりも劇の練習時間が少ないアルマークは、朝、一人で練習をしようと考えていた。
ネルソンとの立ち回りなどは特に練習しなくてもその場の対応でいくらでもこなせたが、台詞となると話は別だ。
喋る台詞を忘れたり順番を飛ばしたりしたら周りに迷惑をかけてしまう。
寮の部屋で夜遅くまで声を出して練習するのは憚られたので、朝早くに校舎へ行って練習をすることにしたのだ。
足早に校舎への道を歩くアルマークを、後ろから複数の足音が追いかけてきた。
追い抜くのかと思ったら、すぐ後ろから声をかけられた。
「おい、アルマーク」
振り向くと、長身の少年とがっしりとした少年が立っていた。
「やあ、コルエン。ポロイスもか」
「珍しいな。こんな時間に」
コルエンがアルマークを見下ろすようにして笑った。
隣のポロイスも頷く。
「僕たちは最近いつもこのくらいの時間だが、君を見たことはなかったな。何か特別な用でもあるのか」
「いや、ちょっと魔術祭の劇の自主練習をしようと思ってね」
アルマークが答えると、二人は顔を見合わせる。
「劇の自主練習?」
アルマークの隣に並んで歩き出しながら、コルエンが尋ねる。
「なんだ、アルマーク。お前主役にでも抜擢されたのか」
「いや」
アルマークは首を振る。
「脇役、というか悪の手先というか。まあそういう役さ」
「悪役かよ」
コルエンは隣を歩くポロイスを振り向いて笑う。
「アルマークが悪役ならもう誰も勝てねえじゃねえか。この世の終わりだな」
「それは分からないが」
ポロイスは真面目に答える。
「確かに君を劇で使うのは難しいな。佇まいが南の人間のそれではないからな。歴史劇でもやれば似合うのかもしれないが」
「さすがだな、ポロイス」
アルマークは答えた。
「僕たちのクラスは歴史劇をやるんだ」
アルマークに誉められて満更でもない顔のポロイスは、ふむ、と頷く。
「それなら君の持つ雰囲気が生かせる役があるかもな」
「って言っても悪役なんだろ」
コルエンが笑う。
「お前のガールフレンドはどうなんだよ。劇に出るのか」
「ああ」
アルマークはウェンディのことを答えようとして、コルエンの言うガールフレンドが違う人物を指していたことを思い出す。
「えーと、君の言う僕のガールフレンドって」
「何言ってんだ、そんなにたくさんいるのかよ。隅に置けねえな」
コルエンはアルマークの肩を叩く。
「レイラのことに決まってるじゃねえか」
ああ、やっぱり。
アルマークは首を振る。
「レイラは僕のガールフレンドじゃないよ」
じゃあウェンディがガールフレンドなのかというと、それもどう答えていいのかは分からないのだが。
「なんだ、ダメになったのか。まあ気難しそうだからな」
別の意味に解釈したようで、コルエンは訳知り顔でそう言って頷いた。
「最近はずいぶん柔らかくなったと聞いたぞ」
ポロイスも口を挟む。
「うちのクラスでも男子の間で話題になっていた」
「へえ」
アルマークは意外な思いでポロイスを見る。
「ポロイスもそういう話をするんだね」
「僕がしたわけじゃない」
ポロイスは首を振る。
「ほかの連中が話していたのを小耳に挟んだだけだ」
「女の方が大人だからな。同級生の男じゃガキに見えてくるのさ」
また訳知り顔でコルエンが頷く。
「元気出せ、アルマーク。お前ならきっとほかにいい子が見付かるぜ」
「ああ」
訂正するのも面倒になって、アルマークは頷いた。
「ありがとう」
「なあに、2組は可愛い子が多いからな。ポロイス、お前もそう思うだろ」
コルエンは快活な口調でそう言ってポロイスを見る。
「僕は分からん。女子のほとんどは名前も覚えていない」
ポロイスはそっけない。
「だが、エストンは以前、ウェンディ・バーハーブのことが可愛いと言っていたな」
「ああ、あいつらは2年の時に同じクラスだったかな」
コルエンは頷く。
「エストンらしいな。ウェンディは確かに可愛いけど、そもそも貴族の子しか眼中にねえんだから」
「そういう君はどうなんだい」
アルマークはコルエンを見る。
「君も自分でそっちの方面はあまり得意じゃないとか言ってたけど」
「俺か。俺はお前のクラスのリルティとか、あんな感じのおとなしい子がいいな」
「へえ」
アルマークは目を丸くする。
「リルティか。確かにすごくおとなしいけど、ああいう子がいいのかい」
「ああ。なんかああいう普段おとなしい子が顔を真っ赤にして一生懸命話しかけてきたりしたら、ぐっと来るよな」
「なるほど。そういうものか」
「真面目に聞くな、アルマーク」
ポロイスが苦笑混じりに言う。
「コルエンはついこの間まで、エメリアみたいな勇ましい女がいいって言ってたんだ」
「エメリア」
アルマークは武術大会で見たエメリアの女戦士然とした姿を思い出し、リルティの華奢な姿と頭の中で比較する。
「全然違うじゃないか」
「ばらすんじゃねえよ、ポロイス」
楽しそうに笑いながらコルエンが言う。
「ま、なんでもいいんだ、俺は。その時その時で可愛いと思う女も違うしな」
「それでいてモテるんだ」
ポロイスが言う。
「この間の薬草狩りでも2年生の女子がコルエンのグループに入りたいって騒いで、ルクスが大変そうだった」
「そうか、薬草狩り」
アルマークは、3組が先日薬草狩りを終わらせていたことを思い出す。
「魔物は出なかったそうだね」
「いいよな、お前らは」
コルエンがアルマークを羨ましそうに見る。
「俺たちだって魔物と戦いたかったぜ。なあ、ポロイス」
「まあね」
ポロイスも珍しくコルエンに同意する。
「いや、大変だったよ」
アルマークはボラパとの戦いを思い出しながらそう答える。
「それはそうと、二人もこんな早くから劇の練習かい?」
「俺たちはまだ劇をどうするか固まってもいねえよ」
コルエンの答えに、アルマークは眉をひそめる。
「え、この時期にかい」
「コルエン」
ポロイスが顔をしかめてコルエンの腕を軽く叩くが、コルエンは悪びれる様子もなく肩をすくめる。
「いいだろ、話したって。アルマークが信用できるやつだって俺は知ってるからな」
「まあ、確かにそれはそうだが」
ポロイスは渋々頷く。
「うちは最初、エストンやキリーブが中心になって台本を作ったんだが」
コルエンの話に、アルマークの知らない名前が混じる。
「キリーブ。知らない名前だ」
アルマークは口を挟んだ。
「もちろんエストンは知ってるけど」
「ああ、そうか。キリーブは武術大会では1組戦に出たからな」
コルエンが言う。
「あっさり負けてたしな。武術はそんなに強くねえんだ、あいつは」
「なるほど」
それなら知らないわけだ。
アルマークは納得する。
1組と3組が試合をしている頃、アルマークは寮で闇の魔術師の襲撃を受けて命を落としかけていた。
「ま、その貴族二人が台本を作ったものだから」
自分も貴族であるはずのコルエンが、他人事のように言う。
「劇に出るのは貴族ばっかりで、平民は裏方ばっかりになってさ。平民の連中がそりゃもう怒る怒る。ルクスが仲裁に入ってるが、さてどうなることやら」
「ああ、それは大変だ」
アルマークは3組のクラス委員の誠実そうな顔を思い出す。
直接話したことはないが、誠実そうなだけにきっと苦労していることだろう。
「エストンたちの台本も問題だが」
ポロイスが冷たい声で言う。
「平民の連中だって悪いのさ。何を聞かれてもモジモジしてはっきりと言わないくせに、決まった後で、陰でばかり不満を言う。ルクスがそれをいちいち聞いてやるのもよくない」
「ま、俺はどっちでもいいけどな。劇にゃ興味はないし、裏方でもなんでもやるぜ」
コルエンはそう言って笑う。
「ルクスはいい奴だが、お前んとこのウォリスや1組のアインほどの指導力はないんだ。うちがまとまるまでにはもう少しかかる」
「君やロズフィリアが言えば、みんなついてくるんじゃないか」
アルマークが言うと、コルエンは目をしばたかせる。
「え、俺か」
「うん」
アルマークは頷くが、コルエンはすぐに首を振った。
「俺は自分が興味あることしか動かねえしな。そんなに人望はねえよ」
「そうかな」
アルマークは、武術大会の最後、コルエンがモーゲンに敗れた試合の後で彼がクラスメイトたちに大声で謝った場面を覚えていた。
あの時の3組の生徒たちのコルエンに対する好意的な反応には貴族も平民もなかったように見えたのだが。
「コルエンは気分屋だからな。人望がないとは僕も思わんが」
ポロイスも言う。
「じゃあロズフィリアはどうなんだい」
「ロズフィリアか」
ポロイスは考える仕草をする。
「彼女は何を考えているのか今一つ分からない。コルエンのように興味のあることにしか関心を示さないようにも見えるし、みんなの意見を見極めているようにも見える」
「たまに意見を出すときは、誰も反論できないようなことを言うから、大体もうそれで決まっちまうよな」
コルエンがそう言って頷く。
「ああ。まあそういう意味では、人望はあると言えるのかも知れないが」
「なるほど。そうなのか、色々あるんだね」
アルマークは頷いた。
アルマークが知っているのはウォリスがクラス委員を務める3年2組だけだ。
以前のことはあまり分からないが、このクラスは今では誰もが自由に意見を言える雰囲気があるように思う。
だが、ほかのクラスではそうではないのかもしれない。
「それじゃあ君たち二人は何でこんなに朝早いんだい」
アルマークの問いに、コルエンがポロイスを指差して笑う。
「こいつがさ、まだ決着がついていないから練習に付き合えって」
「やめろ、コルエン。言わなくてもいい」
「決着って。あっ、まさか」
アルマークが思わず声をあげると、ポロイスが顔をしかめ、コルエンが嬉しそうに頷く。
「そう。次にガレルと決闘するときはぐうの音も出ない勝ち方をするんだってよ」
「まだやる気なのかい」
アルマークが言うと、ポロイスは顔を赤くして、それでもはっきりと頷いた。
「無論だ。次は何の言い訳もできないように明確に勝つ」
くくく、とコルエンは笑って、乱暴にポロイスの肩を叩いた。
「な。こいつ、最高だろ」
「痛いな」
ポロイスは顔をしかめてコルエンを睨んでから、アルマークを見る。
「アルマーク。君も劇の練習に飽きたら来てみてくれ。君の意見も聞いてみたい」
「分かった。暇があれば行くよ」
アルマークは頷いた。




