食堂
午前の授業を終えて、食堂で昼食を食べる。
アルマークはいつものようにモーゲンやネルソンと同じテーブルで談笑しながら昼食を摂った。
レイドーはトルクに「作戦会議だ」と連れ去られたままだ。
「しかし、キュリメの台本最高だったな」
ネルソンは興奮を隠さない。
「今年の魔術祭、父ちゃん来られないかな。俺が騎士をやってるところを見てもらいたいんだよな」
「手紙を書けばいいじゃないか」
アルマークは言う。
「マイクス公国はガライの隣だから、魔術祭までには間に合うだろう」
「まあな」
ネルソンは思案顔をする。
「でも父ちゃんも仕事があるからな。仕えてる騎士様がいいって言ってくれなきゃ来られねえだろうけど」
「息子が騎士になるので行ってきますって言えば許してくれるんじゃないか」
アルマークの言葉に、モーゲンが吹き出す。
「確かに。嘘は言ってないね」
「おう。いいかもな、それ」
ネルソンはにやりと笑う。
「ダメもとで書いてみるか」
「お父さん、びっくりしちゃうかもね。息子が騎士になった上に可愛い許嫁まで出来ていて」
モーゲンが言うと、ネルソンは盛大に咳き込む。
「な、何を言ってんだよモーゲン」
「え? だって台本、そうなっていたよ?」
きょとんとするモーゲンに、ネルソンは慌てて頷く。
「ああ、台本な? おう、そうそう。台本はそりゃ、そうなってたよ」
「父さんか」
アルマークはふと食堂の窓から外を見た。
よく晴れた空。
太陽の差し込む食堂は、もう冬も近いというのにじんわりと暖かい。
北は、もうすっかり冬だろう。
生き物がみな寒さに息を潜め、それでも戦のやまない北の大地。
父さんは、黒狼騎兵団は、今どこで戦っているのだろうか。
「僕も父さんに見てほしいな。僕が魔法を使うところを」
アルマークの呟きに、ネルソンとモーゲンは顔を見合わせる。
「見せられるよ、いつか」
モーゲンが言った。
「一流の魔術師になれば、距離なんて障害にはならないんだ」
「そうだぜ」
ネルソンも頷く。
「風を身にまとってひとっ飛びだ」
「ありがとう。そうだね」
アルマークは微笑んだ。
アルマークにも、本当はそんなに簡単なものではないことは分かっている。
ひとっ飛びするには、北はあまりにも遠い。
けれど、自分を元気付けようとしてくれている二人の気持ちが嬉しかった。
最後までレイドーは戻ってこないままで食事を終え、食器を片付けて教室に戻ろうとしたとき、アルマークは後ろから声をかけられた。
「身体が透けていない。どうやらまだ生きているようだな」
背後で笑っていたのはアインだった。
「やあ、アイン」
「薬草狩りでは大変な目に遭ったそうじゃないか」
そう言ってアインはアルマークの隣に並ぶ。
「うん、例のあれだ」
アルマークもそう答えて苦笑いする。
「ああ。そうだろうと思っていた」
アインは笑顔を引っ込めて頷く。
「夜の森なんて罠を張るには格好の場所だからな。図書館よりよほどやりやすい」
その言葉に、アルマークは頷いて同意を示す。
「うん、それにしても今回は大掛かりだったんだ」
そう言って、簡単に森での闇との戦いについて話す。
聞き終えたアインは、楽しそうに笑う。
「エルデインの次はボラパか。闇の魔物の教科書をめくっているような気分だな。戦いたくはないが僕も後学のために見ておきたかった」
「笑い事じゃないよ。僕もウェンディもモーゲンも、危うく命を落としかけたんだ」
アルマークはそう言って顔をしかめる。
「君と一緒に戦ったときは魂だったから怪我を気にせず戦えたけど、今回は生身だったからね。いろいろとひどい目に遭ったよ」
「そうか。貴重な経験だな」
アインの感想は、やはり他の生徒とはどこか違う。
「次は是非僕にも声をかけてくれ。前回よりは役に立ってみせる自信がある」
そう言った後で、アインは思い出したように付け加えた。
「そういえば、3組の連中がぼやいていたよ。森に魔物が出たせいで薬草狩りが延期になりそうだと」
「ああ、そうか。3組は今度の休日前に実習をやる予定だったね」
アルマークは頷く。
「コルエンたちに悪いことをしたな」
「別に君のせいじゃないだろう。魔物が勝手に湧いたんだ」
アインは笑う。
「まあ3組は君たち2組以上に武闘派が多いからな。魔物が出たら逆に大喜びしそうだがな」
「ああ、そういえばそうだね」
アルマークは3組の面々を思い出す。
コルエン。ポロイス。エストンにロズフィリア。
確かに皆、魔物が出たくらいでは怯まなそうだ。
「ただ、あまり延期すると薬草の薬効が弱まってしまう。難しいところだな」
アインの言葉にアルマークは頷く。
「そうだね。次の次の休みの前日までいってしまうと、イリビノタルホグサあたりは厳しいかもしれない」
「まあ仕方ない。その時は作る薬湯を変えるしかないな」
アインはそう言った後で、それはそうと、と話題を変えた。
「2組は魔術祭の準備は進んでいるのか」
「ああ。まだ始めたばかりだけど」
頷いた後で、アルマークはアインを見て笑う。
「もしかして情報収集かい」
「まあね」
アインは悪びれない。
「武術大会では遅れをとったからな。魔術祭ではそうはいかないぞ」
「その辺が僕はまだよく分かっていないんだけど」
アルマークはちょうどいい機会なのでアインに疑問をぶつけてみる。
「魔術祭の出し物にも、武術大会みたいに順番が付くのかい」
「付くとも」
アインは頷く。
「そうか。君は何も知らないんだな。解説してやろう」
並んで食堂を出ながら、アインはアルマークに説明する。
「魔術祭の行われる三日間、初等部の講堂の舞台では午前中は1年生と2年生の出し物が、午後は3年生の出し物が上演される。1年生は合唱、2年生はダンスだな。まだほとんどまともな魔法が使えないから、まあこれは短時間で終わる。その代わり彼らは三日間、毎日同じ演目をやり続けなければならないんだがな。そして午後は、3年生の劇だ。これは日替わりでそれぞれのクラスが上演する。初日が我々1組、君たち2組は二日目だ。そして最終日が3組」
「劇は一回だけなのか」
「そうだ。だから失敗は許されないぞ」
アインはにやりと笑う。
「在校生と来場客が各学年ごとに、良かったクラスに投票する。得票数の最も多かったクラスの優勝だ」
「ちょっと待ってくれ」
アルマークは思わず口を挟む。
「それだと、1、2年生はともかく、3年生の得票数はその日の来場者数にかなり左右されるんじゃないか」
「その通りだ」
アインは頷く。
「ちなみに例年一番来場者が多いのは初日。次は三日目だ」
「二日目が一番少ないのかい」
アルマークが少し不満げに言うと、アインは笑って頷く。
「まあ不利といえば不利だろうな。だが、2組の劇が優勝した例もあるらしいし、絶対に勝てないというわけではない。武術大会で優勝している君たちにはちょうどいいハンデだろう」
「うーん」
アルマークは唸る。
武術大会と違い、別に絶対に優勝したいというわけではないが、それはそれとして、勝つのはかなり厳しそうだ。
「ところで、君たちはどんな劇を」
アインが言いかけた時、廊下の向こうから大きな声がした。
「アイン! おーい、アイン。ちょっと来てくれ。早く早く!」
「うるさいな」
アインが顔をしかめる。
「フィッケはいつも元気だな」
アルマークが笑うと、アインは苦虫を噛み潰したような顔で首を振る。
「うるさいだけだ」
「アイン、アインってば! おーい。あれ? 聞こえてる?」
「早く行ってやりなよ」
アルマークが笑いながら言うと、アインは盛大にため息をついた。
「劇のことは今度また聞かせてくれ」
それからわざとゆっくりと、フィッケの方へと歩き去っていく。
その背中を見送って、アルマークは教室に戻った。




