配役
劇のタイトルは「笑わない王妃」。
バイヤーやピルマンの言った通り、歴史上の事件を題材にしているようで、実在した人物の名前が登場する。
遥か昔、ガライ王国がまだ影も形もない頃の話だ。
劇の元になっているのは、「アモル王の笑わないお妃」という、南では子供でも知っている有名な伝承だ。
この伝承の中では、二つの国と二人の王の名前だけが後世に伝わっている。
すなわち、ガイベル王国の王アモルと、ムルボード王国の王デミガル。
善良なアモル王の妃は美しく聡明だったが、全く笑わないことで知られていた。
かねてより豊かなガイベル王国を攻めとりたいと考えていた隣国ムルボード王国のデミガル王は、アモル王を自分の宮殿に招き、贅を尽くして歓待した後で、こう要求する。
次は私の方から貴国を訪問させていただきたい。その際は贅を尽くした歓待は不要、唯一つ、王妃殿の美しい笑顔さえあればよい。まさか、それすらできないとは仰るまい。
アモル王にはデミガル王の邪な意図が分かった。
だが、それだけに困ってしまった。
なにしろ結婚して何年にもなるが、自分でさえ王妃の笑顔など一度も見たことがないのだ。
良い考えもないままで、デミガル王の訪問を受けたアモル王。
言いがかりをつける気満々でアモル王の宮殿に入ったデミガル王が見たのは、美しい微笑を湛えた王妃の姿だった。
ようこそおいでくださいました。
そう言ってたおやかに笑う王妃に、毒気を抜かれたようになってデミガル王はそのまますごすごと帰っていった、と伝承は伝える。
王妃の笑顔一つで、国が救われたのだ、と。
王妃はなぜ笑わなかったのか。そしてなぜデミガル王の前では笑ったのか。
伝承は何も伝えてはいない。
それだけに、キュリメは自由に想像の翼を広げた。
この伝承を下敷きに、独自の物語を書き上げた。
善良なガイベル王国のアモル王役に、レイドー。
隣国ムルボードのデミガル王役に、トルク。
固有の役名があるのは、実際に歴史に名の残るこの二人だけだ。
ほかの出演者は全て、自分の名がそのまま役名になる。
笑わない王妃役は、レイラ。
アモル王とレイラ王妃との間の一人娘がリルティ。
ガイベル王国の大臣を務めるのが、ピルマン。
レイラ王妃から笑顔を奪う呪いをかけた魔女が、セラハ。
国の危機を救うために、王妃の侍女ノリシュとともに魔女討伐の旅に出るのが騎士ネルソン。
他の配役は、魔女の森で騎士ネルソンに勇士の試練を課す精霊王ウォリスと、その配下の精霊バイヤー。
森で騎士ネルソンに力を貸す狩人モーゲン。
魔女の配下となった呪われた剣士アルマークと、その死んだ恋人ウェンディ。
デミガル王の忠実な従者ガレインとデグ。
キュリメ以外の15人がそれぞれの役を与えられ、劇に出ることになった。
物語は二人の王の会話から始まり、アモル王の命を受けた騎士ネルソンと妃の侍女ノリシュが魔女の森へ赴き、そこで精霊王ウォリスから魔女を倒すための試練を課される。
狩人モーゲンの助けを借りてなんとか試練を突破したネルソンたちの前に、呪いで魔女の部下となった、王国一の剣士アルマークが立ちはだかる。
アルマークのかつての恋人ウェンディの亡霊の力を借りてアルマークを退けたネルソンたちは、精霊の力を使い、魔女セラハから文字通り命懸けで王妃の笑顔を取り戻す。
訪れたデミガル王との宴席で、王妃レイラが笑い、リルティ姫がデミガル王に捧げる歌を歌い上げたところで、物語は終わる。
「役名が自分たちの名前と一緒だと、なんだか照れるわね」
ノリシュが台本を見ながら言う。
「勇敢な騎士ネルソン。あなたの尽きぬ勇気こそ王国の誇り、輝ける下界の宝石。うう、恥ずかしい」
「なんでだよ、最高じゃねえか」
主役と言ってもいいネルソンはやる気満々だ。
「王国の平和とアモル王への揺るぎない忠誠のために」
きりっとした表情でそう言った後で、嬉しそうににやける。
「かっこいいよなあ。昔はこういう本当の騎士がいたんだよなあ」
「あのね、王様以外は全部キュリメの創作だから」
「いたかもしれねえじゃねえか。水差すんじゃねえよ」
ネルソンが顔をしかめる。
「これだから女は。騎士の良さが分からねえんだよな」
「分からないのは騎士の良さじゃなくて、あんたの良さよ」
「んだと!?」
「まあまあ、二人とも。そのへんにしておきなよ」
レイドーが穏やかに止めに入ると、ネルソンの表情が一変する。
「はっ、王の仰せとあらば」
「嘘でしょ、こいつ」
ノリシュが引きつった顔でネルソンを見る。
「もう役になりきってる」
「ははは、いいねネルソン」
レイドーは爽やかに笑う。
「ほら、ノリシュも早く役に入らないとネルソンに置いていかれるよ」
「えー……」
ノリシュがげんなりとした顔をする。
「台本を書くやつに任せるとは言ったけどよ」
口を開いたのはトルクだった。
「別に文句をつける気はねえが、大事な台詞以外はかなり端折ってある気がするんだがな。括弧書きで、王二人の和やかな会話、なんて書いてあるだけで、こういうのはどうすりゃいいんだ」
「うん」
キュリメは頷いた。
「あのね、たとえば、一緒に旅をするネルソンとノリシュの会話とかもそうなんだけど、物語の重要なところ以外はそれぞれで作ってもらった方が自然になると思ったの。ノリシュとネルソンの掛け合いなんて私が書くより、今みたいにやってもらった方がきっと面白いものになるから」
それを聞いてネルソンとノリシュが顔を見合わせる。
「ふうん」
トルクが頷く。
「なるほどな。自分たちの本名を使ってるのはそういう理由もあるのか」
「うん」
キュリメが頷く。
「ま、これだけのものをお前一人で書いたんだ」
トルクは肩をすくめる。
「劇までの間は、お前が頭だ。言うことにゃ従うぜ。おい、レイドー」
デミガル王ことトルクはもう一人の王、レイドーを呼ぶ。
「王同士の密談といこうぜ」
「ああ。お手柔らかに頼むよ」
レイドーは穏やかに頷いた。
「……レイラ」
台本を読んでいるレイラにおずおずと声をかけたのは、リルティだ。
「あの、私がレイラの娘っていう役で」
「ええ」
レイラは頷く。
「リルティ姫ね。歌がうまいのよね。あなたにぴったりだわ」
「う、うん。ありがとう」
リルティは顔を赤くして、台本を指差す。
「それでね、ここに私とレイラの会話があるでしょ? そこの話をしようと思って」
「ええ、そうね」
レイラは穏やかに頷く。
「私、もう今日から笑わないことにしようかしら」
「えっ」
「冗談よ」
レイラは微笑む。
「でも、やるからにはしっかりとしたものを見せたいものね。きっと本番が近くなったら本当に笑わなくなると思うわ。まあ、私は普段からほとんど笑わないけれど」
「そ、そんなこと」
リルティは一生懸命に言った。
「最近のレイラは、私、あの、すごくいいと思う。柔らかくなって、優しい雰囲気で」
「ありがとう」
レイラは笑った。
「でもこの台本を見ると、最初の会話での王妃は、あまり優しい雰囲気ではないみたいね」
「あ、うん」
リルティは頷く。
「そうみたい」
「じゃあリルティ、一緒に考えましょう。またあなたの苦手なレイラになるけれど、許してね」
レイラが表情を引き締め、リルティは緊張したように頷いた。
「ウェンディ。僕らの最後の会話だけど」
「うん。何にも指定がないね」
アルマークの言葉に、台本を覗き込んできたウェンディがそう答える。
「さっきキュリメは、みんなに任せるみたいなことを言っていたけど、ここだけはあまりに何も書いていなさすぎだよね」
「うん」
ウェンディが頷くのを見て、アルマークは向こうでセラハと話しているキュリメに目をやった。
「一応、キュリメに聞いてみようか」
「そうだね」
二人で立ち上がり、キュリメの背後から声をかける。
「キュリメ。ちょっといいかい」
振り返ったキュリメは、アルマークの顔を見て微笑む。
「アルマーク。あなたもありがとう。おかげで何とか台本ができたわ」
「いや、僕は何もしてないよ。思った通り素晴らしい台本だった」
アルマークはそう言った後で、台本を開いて自分とウェンディの出る場面をキュリメに見せる。
「ところで、ここなんだけど」
「ああ」
キュリメはすぐに頷いた。
「そこは二人の好きにしてもらっていいの」
「好きに」
アルマークが戸惑った顔をすると、キュリメは二人を見て少しいたずらっぽく笑った。
「考えてみて。二人が本当にこの立場だったら、どんなことを話すか。きっとそれが一番だと思う」
その言葉に、アルマークとウェンディは困ったように顔を見合わせた。




