推論
無事、実習を終えたその日の放課後、アルマークはウェンディ、モーゲンと連れだって学院長室を訪れた。
ノックすると、中からイルミスが扉を開けて3人を招き入れる。
学院長は大きな机の奥から、いつものように穏やかな笑顔で3人を迎えた。
「アルマーク、ウェンディ、それにモーゲンもか。今日は賑やかだな。3人ともこちらへ来なさい」
「はい」
アルマークを先頭に、3人は机を回り込みヨーログの横に立つ。
「また大変だったようだね」
ヨーログは微笑むと、アルマークに言う。
「その話は後でまたゆっくり聞かせてもらおう。では、さっそく見せてもらうとしようか。アルマーク、右手を出したまえ」
「分かりました」
アルマークは右手をヨーログに差し出す。
それにヨーログがそっと自らの手を重ねる。
光が差した。
「あっ」
モーゲンが声をあげる。
ウェンディが息を呑んだ。
アルマークの右手の中に黒い蛇が一匹。
手の中に巻き付くようにして蠢いている。
こちらが見えているはずもないのに、蛇は鎌首をもたげて威嚇するように口を開け、舌を伸ばした。
「これが、蛇の呪い」
ウェンディが呟く。
「でも、一匹だけだ」
モーゲンが言う。
「そう、一匹だけになった」
ヨーログが頷く。
「最初は四匹いた蛇が、一つ減り、二つ減りして、今ではもう一匹だけだ」
「やはりこの間の夜の森の魔物が罠だったんですね」
「そういうことだな」
アルマークの言葉にヨーログが頷き、手を離す。
右手の中の蛇もそれと同時にかき消すように見えなくなった。
「正確には」
それまで黙っていたイルミスが口を開いた。
「おそらく君たちの戦ったボラパが本命の罠だろう。私やフィーア先生の戦った魔物は囮だ」
イルミスはそう言いながら、ローブからそっと何かを取り出す。
「君たちの帰り道を阻むように開いた闇の扉があっただろう」
ぴー、という音とともに闇の魔物が出てくる場所。
それをイルミスは闇の扉と呼んでいた。
「ボラパが現れた時の、あの魔笛の場所ですね」
実際にそこを目にしたわけではないが、アルマークは言った。
「うむ」
イルミスは頷く。
「そこに、これが落ちていた」
イルミスの差し出したそれを、3人で覗き込む。
「……木?」
黒ずんだその破片は、どう見てもただの木片にしか見えなかった。
「でも、ただの木じゃあないんですよね」
アルマークが探るようにイルミスを見上げる。
イルミスは肯定も否定もせずに、ウェンディとモーゲンを見る。
「二人は分かるかね」
「えーと」
モーゲンが首を捻る。
「なんだろう。よく燃える木ですか」
「違うな」
イルミスは首を振る。
「ウェンディ。君は」
イルミスに質問を振られたウェンディは、大きな目でじっとその木片を見つめた。
「これは」
暫し後、そう言ってウェンディがイルミスを見上げる。
「杖、ですね」
「うむ」
イルミスは頷く。
「よく分かったな」
イルミスは木片を3人に見えるように掲げる。
「これはカイドウカグラ。魔術師の杖の材料に使われることが多い木だ」
「杖……」
アルマークが呟く。
「正確には、杖の燃え残り、といったところか。二つの闇の扉を開くために杖一本を犠牲にしたのだ」
イルミスはそう言って、さらにもう一つ別の木片を取り出した。
「こちらの方は、君たちがボラパを倒した辺りに落ちていたものだ」
アルマークにも、こちらの木片にはまだ少し闇の瘴気のようなものが残っているのが感じ取れた。
「これも杖ですか」
アルマークが尋ねる。
材質は先程のものとは少し違うようだ。
イルミスは答えず、やはりウェンディに目をやる。
「ウェンディ。答えてみたまえ」
「はい」
ウェンディはイルミスから手渡された木片をためつ眇めつする。
「……これは、スザリイマヅですか」
「正解だ」
イルミスは微笑む。
「よく学んでいるな。知識は力だ。それは時に武力や魔力をも凌ぐ力となる」
「スザリイマヅなら知ってます」
モーゲンも手を挙げる。
「カイドウカグラと同じ、魔術師の杖によく使われる木です」
「うむ。その通りだ」
イルミスは頷く。
「それでは優秀な君たちにさらに質問だ」
イルミスは二つの木片を机に置き、3人を見る。
3人が質問に身構えるさまは、まるでイルミスの授業が行われているかのようだ。
ヨーログはその様子を楽しそうに見守っている。
「この二つの木片から導き出される推論は、何かな」
「推論、ですか」
ウェンディが戸惑ったように、二つの木片とイルミスの顔を交互に見る。
モーゲンは、早々と自分の手に負えそうにない問題だと判断して考えることを放棄したのか、ぼんやりとした顔で木片を見ている。
「アルマーク」
イルミスはアルマークの顔を見た。
「何か浮かんでいるようだな」
「完全な当て推量ですが、いいですか」
アルマークが言うと、イルミスは鷹揚に頷く。
「構わん。自由に答えたまえ」
「はい」
アルマークは頷く。
それから、最初にイルミスが取り出したほうの木片を手に取った。
「このカイドウカグラ、これは学院の森にも生えている木です」
アルマークは言う。
「そしてこちらのスザリイマヅは」
そう言って、今度はもう一つの木片を持ち上げる。
「この森には生えていません。もっと北の方で生えている木です」
「ふむ」
イルミスは頷くと、アルマークに続きを促す。
「それで?」
「つまりですね」
そう言ってアルマークは咳払いをする。
「スザリイマヅの杖は今までの闇の罠の道具と同様、外から持ち込まれた物。でも、カイドウカグラの杖はもしかすると」
「あっ」
モーゲンが声をあげて、アルマークの言おうとしたことを先に言う。
「この学院で作られたものか」
「杖を作る授業なら、中等部から始まるわ」
ウェンディも声をあげる。
「面白い推論だ」
イルミスはそう言って3人を見る。
「推論の域を出ないが、方向性が見えてくるようでもある」
「先生、それではやっぱり、中等部に」
「結論を急いではいけない」
イルミスはそう言ってウェンディの言葉を遮った。
「アルマーク、君の右手に残る最後の蛇」
イルミスは木片を握ったままのアルマークの右手を指差す。
「最後の闇の罠。そこにもう一つ推論の材料を加えよう。私がこれから言う言葉が何のことか分かるかな」
イルミスは、アルマークに思い出させるように、一つずつ言葉を挙げていく。
「貨幣。書物」
イルミスはアルマークを試すように見る。
「指輪。杖」
「そこまで言われれば分かります」
アルマークは頷く。
「闇の罠の媒介に使われていた物です。貨幣は、まだ罠といっていい段階ではありませんでしたが」
闇の魔術師に姿を変えていた、銅貨と銀貨。
アルマークとアインの魂を抜き取った、図書館の書物。
泉の洞穴に現れた巨大な魔影を束ねていた、指輪。
そして今回のボラパを呼び出した、杖。
「うむ」
イルミスは頷き、さらに尋ねる。
「では、これらの物は何を象徴しているだろうか」
「えっ。象徴ですか」
アルマークが虚を衝かれたような顔をすると、イルミスは自らの指を折って一つずつ数え上げていく。
「貨幣は、富の象徴。書物は、知識の象徴。指輪は高貴な身分の象徴だ。杖は」
「魔力の象徴ですね」
ウェンディが答える。
「そうだな。それでは、最後、残った一つは何が来るだろうか。アルマーク」
アルマークは不意にイルミスにまっすぐに見つめられ、はっと身体を硬くした。
その横でヨーログが興味深げにアルマークの顔を見ている。
富。
知識。
高貴な身分。
魔力。
それでは、最後は。
「最後は……」
考えながら、そう呟く。
ふと先程のイルミスの言葉を思い出す。
知識は力だ。それは時に武力や魔力をも凌ぐ力となる。
力だ。
アルマークは気付く。
富も、知識も、身分も、魔力も、異なる形だが、全て力を示している。
力。
それ以外の力。
アルマークは、自分の背中が不意に涼しくなったように感じた。
本来、そこにあるべきものの不在。
いつもアルマークの背中を守ってくれていた相棒。
「剣、か」
アルマークは言った。
すとん、と胸に落ちたような心持ちになった。
「最後の罠は」
そう言って、イルミスを見る。
「剣。すなわち、武力、かもしれません」




