薬湯
昼前までに薬草の下準備と薬湯用の鍋の準備を終えると、午後からはいよいよ鍋を火にかけて薬湯作りが始まる。
治癒術棟の炊事場で、それぞれの鍋をそれぞれのかまどで火にかける。
薪に火をつけるのは、2年生の役目だ。
セリアから種火をもらって、3年生に指示を受けながら慎重に火を大きくしていく。
張り切って火をつけようとするザップをアルマークが見守る。
その間に、ウェンディとモーゲンは間違えないように薬草の配置を整える。
薬草の種類によって、また作る薬湯によって、入れる順番もタイミングもばらばらだ。
火にかける前から入れておくもの。
水がぬるいお湯になった頃に入れるもの。
湯が沸騰したところで入れるもの。
最後の最後に入れるもの。
火が大きくなったところで、鍋を置く。
順番通りに決められた分量の薬草を入れ、その間も魔力を込めた棒で鍋をゆっくりとかき回し続ける。
かき回すのは、魔力の安定している3年生の役目だ。
ウェンディとモーゲンが代わる代わる棒を持ち、鍋をぐるぐると回した後で、湯が沸騰しかけた頃にアルマークに棒がまわってきた。
「魔力の込めすぎに注意してね」
ウェンディの言葉に、アルマークは緊張した顔で頷く。
「分かった」
「魔力が足りなすぎても、ただの不味い雑草スープになっちゃうから注意してよ」
モーゲンの言葉にも、緊張した顔のままで頷く。
「分かった」
横を通りかかったトルクが、アルマークの顔を見て鼻で笑って振り返る。
「おう、デグ。これからここで毒スープができるぞ」
「ちょっとやめてよ、トルク」
ウェンディがトルクを睨む。
「余計なこと言わないで」
それに構わず、トルクはアルマークの顔を楽しそうに見る。
「いいか、薬湯作りのコツは魔力の調整だ。一定の量の魔力を鍋全体に行き渡らせるように流し込み続ける必要がある。魔力が多すぎても少なすぎても、偏りが出てもダメなんだ。お前のせいでみんなの苦労を台無しにしないように、うまくやれよ」
「分かっている」
アルマークが頷く。
「ちょっと、トルク。やめて」
ウェンディはアルマークの手を取る。
「大丈夫、トルクは大袈裟に言ってるだけで、そんなに難しいものじゃないから」
「そうだよ。僕だってできたんだから」
モーゲンもそう言葉を添える。
「大袈裟じゃねえよ。俺は本当のことしか言ってねえ」
トルクは心から楽しそうにそう言って、歩き去っていった。
「よし。やるよ」
ぎくしゃくと棒を鍋に突っ込もうとするアルマークを、ウェンディとモーゲンが慌てて止める。
「慌てなくて平気だよ、アルマーク」
「そうだよ。自分のタイミングでいいから」
「いや、大丈夫。そろそろ魔力を込めないとまずいだろ」
「う、うん」
二人は顔を見合わせて心配そうに見守る。
アルマークは棒を鍋に差し入れ、形容しがたい色の液体を回し始める。
魔力を込めようとして、そこで初めて棒の魔力伝導の悪さに驚く。
それはそうだ。魔術師の杖でも何でもない、ただの鍋かき棒だ。魔力を通すことを目的に作られてはいない。
かといって、通しづらい魔力を通すために強く魔力を込めてしまえば、それはそれで危険な気がする。
「アルマーク」
ウェンディがそっと囁く。
「魔力を通しやすくするには、よく練ることだよ」
その言葉に、はっとする。
そうか。
全ての魔術の基本は、瞑想だ。
魔力をしっかりと練り、質を高めること。
最近はマルスの杖の力もあり、その重要性を忘れかけていた。
アルマークは目を閉じて、雑念を振り払う。
魔力を体内で練っていく。
慎重過ぎるほど丁寧に魔力を練ったアルマークは目を開けた。
その間に鍋は沸き立ち、新しい薬草が投入されていた。
魔力を、じわりと棒に伝わらせる。
今度は通る。
自分でもそれが分かった。
しっかりと練ったおかげで、まるで水が染み込むように、魔力は棒の中を伝わっていった。
自分の魔力が棒を通して鍋の液体にも浸透していくのが分かる。
「そう。それでいいの」
ウェンディが頷く。
「棒をゆっくりと回して」
アルマークはそれに頷いて応えると、ゆっくりと棒を回し始める。
液体の中に自分の魔力が混ざり込んでいく。
「アルマーク、いいよ。むらを作らないように」
モーゲンの言葉にも頷く。
ゆっくりと、丁寧に。
鍋を満たす液体の隅々まで、魔力を染み渡らせていく。
また隣を通りかかったトルクが、つまらなそうに舌打ちして去っていった。
しばらく魔力を込めて鍋をかき混ぜた後、棒をウェンディに引き継いでアルマークは息をついた。
フィタは飽きもせずにウェンディが鍋を回す様を眺めているが、モーゲンとザップは別の班を冷やかしに行ったのか、姿が見えない。
「アルマーク、お疲れ様」
そう言って隣にやって来たのは、レイドーだった。
「やあ、レイドー。そっちは順調かい」
「うん。うちにはレイラがいるからね」
レイドーはそう言って微笑む。
「ほとんどの指示はレイラが出してくれてる。僕らは従うだけさ。今はガレインが黙々と鍋をかき混ぜてる」
「そうか。さすがだね」
「アルマークの方も順調みたいじゃないか」
「うん。ウェンディとモーゲンのおかげでね」
「しかし、この匂いは慣れないな」
レイドーは苦笑する。
何種類もの薬草を煮込んでいるせいで、炊事場には何とも言えない匂いが充満している。
「アルマークたちが作っているのって、何の薬湯だい?」
「魔力涵養と冷気払いだったかな。これから寒くなるからね」
アルマークは答えた。
秋の夜の薬草たちは魔力に満ちているだけあって、それぞれの量や入れる順番を変えることで何種類もの薬湯を作ることができる。
それを使って何を作るかは、各班に一任されていた。
「うちも似たようなものだよ」
レイドーは頷く。
「ネルソンは水虫防止の薬湯を作ろうとしていたよ。ノリシュにばれて普通の薬湯になったけどね」
「水虫か。冬はブーツが蒸れるからね」
アルマークは苦笑いする。
「かまどはまだ余ってるんだから、別で作ればいいのに」
アルマークが言うと、レイドーは思い出したような顔をした。
「そうだ。そのことを言いに来たんだった」
そう言って、アルマークにそっと耳打ちする。
「レイラが、別の鍋でもう一つ薬湯を作ってる」
「え?」
「後で、レイラのところに行ってあげなよ」
レイドーは爽やかに笑った。
「あれは君に飲ませるために作ってるみたいだから」




