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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる
第十三章

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「もし」

 路地から、遠慮がちな声。

 アルマークがそちらを見ると、粗末な身なりの老人が座っていた。

 地面に気休め程度の汚れた敷物を敷き、そこにあぐらをかいて座り込んでいる。

 がりがりに痩せた身体を見て、アルマークは最初は物乞いかと思ったが、真っ黒に日焼けしたその老人の真っ青に澄んだ瞳と目が合うと、思わず立ち止まった。

「アルマーク?」

 ウェンディが不審な顔をする。

 占い師たちにとって子供3人連れは格好のカモに見えるようで、先程までも何度も声をかけられたが、アルマークがそれらに興味を示すことは一切なかったからだ。

「どうしたの、そのおじいさん」

 ウェンディも、その老人が占い師だとは思わなかったようだ。立ち止まって不思議そうにその老人を見る。

 だが、アルマークはその青い目には見覚えがあった。

「私のこの目に興味がおありかな」

 老人は微笑んだ。

「この目は、星読みの目と申しましてな。好むと好まざるとに関わらず星の動きから様々な啓示を受けるのです」

「僕たち、占いは結構です。もう帰るところなので」

 一方的に喋り始めた老人を強引な客引きだと思ったのか、モーゲンがアルマークと老人の間に割って入って手を振る。

 老人は笑顔で首を振る。

 笑うとしわが顔全体に広がり、目までが一筋のしわのように見える。

「商売をしようというのではありません。代金なぞは要りません」

 そう言って真顔に戻ると、やはりその青い目がアルマークを捉える。

「ただ、あなた方3人があまりに興味深くて。星読みの端くれとして思わず声をかけさせていただいたのです」

「いや、だから僕たちは」

 そう言いかけるモーゲンを手で制して、アルマークは老人の前に立った。

「おじいさんには、何が見えるんですか」

 アルマークの問いに、老人はまっすぐにアルマークの顔を見上げた。

 その青い目。

 アルマークは自分の直感が正しかったことを悟る。

 この老人は自分のことを星読みと言った。

 だからなのだろう。学院長の目によく似ていた。

 ただ、学院長の目の方が、この老人の目よりも遥かに深く、底の知れない青だと思った。

「私は所詮はただの星読み。見えるのは天の星の動きと、あなた方の中に宿る星の動きだけ。それを読み解くのです」

 老人はそう言って、アルマークの背後に心配そうに立つウェンディを見た。

 占いにいい思い出のないウェンディが不安そうに唇を噛む。

 老人は、ゆっくりと右手を挙げ、握りこぶしを作った。

 それから人差し指だけを立て、アルマークの目の前でゆっくりと何度も円を描く。

「これは……」

 そう言って老人が顔を歪める。

「渦ですな」

「渦、ですか」

 アルマークが怪訝そうに問い返す。

「いかにも」

 老人は手を止め、頷く。

「あなたと、それに後ろのかわいらしいお嬢さん」

 その言葉に、ウェンディがびくりと肩を震わせる。

「お二人は、これから大きな渦に飲まれるでしょう。いや」

 老人の青い目が、きらりと日光に反射するかのように光る。

「もうすでに飲まれ始めているのやも」

 老人の言葉に、アルマークは眉をひそめる。

「その渦って、闇のことですか。それとも、蛇とか」

「蛇」

 老人は膝を打つ。

「ああ、これは蛇ですか。この渦の中に見え隠れしておるのは」

「アルマーク」

 ウェンディが後ろからアルマークの服の裾を引っ張る。

「もう行こうよ」

「だが、光も見える。闇と光が、交互に」

 老人はなおも言葉を続けた。

「しかし、この渦は。なんと大きな。あなた方を中心に、まるで」

 そこで不意に言葉が途切れる。

 気付けば、老人の額にはじっとりと汗が浮かんでいた。

 老人はこめかみを指で押さえ、首を振る。

「年甲斐もなく、自分の範疇を超えたものを見ようとしてしまいました。申し訳ないが、私に見えるのはここまで。これ以上見ようとすれば、この目が潰れてしまいますゆえ」

「ええ、もう十分です」

 アルマークは頷いた。

 さっぱりした顔で振り返ると、悲しそうな表情のウェンディと目が合った。

 アルマークはその肩にそっと触れて、微笑む。

「そんな顔をしなくても大丈夫だよ。このおじいさんの言うことを聞いてなかったのかい」

「……え?」

「僕たちは、一緒に渦に飲まれるんだって」

 そう言ってウェンディに頷いてみせる。

「一緒なら大丈夫だ」

 ウェンディがそれを聞いて微かに笑顔を作る。

「そうかもしれないね。一緒なら」

「あとは、モーゲンがいてくれれば言うことなしだ」

 そう言ってモーゲンを見ると、モーゲンは明らかに不満そうな顔をしていた。

「あのー」

 モーゲンは老人に声をかける。

「おじいさん、最初は『あなた方3人』って言ってたのに、この二人の話しかしてないんですけど。僕のことを忘れてませんか」

「ああ」

 目尻を押さえて少し疲れた顔をしていた老人は、笑顔に戻ってモーゲンを見上げた。

「あなたは、匙ですな」

「匙?」

 モーゲンがきょとんとする。

「匙って、ものを食べるスプーンのこと?」

「いかにも」

 老人は重々しく頷く。

「その匙です」

「なに、それ」

 モーゲンは頬を膨らませた。

「おじいさん、僕が食べるのが好きだからって適当なこと言ってるでしょ。僕が匙ってどういう意味ですか」

 しかし、老人は微笑むばかりで何も答えない。

「自分が食べるのが好きなことくらい、占ってもらわなくても分かります」

 モーゲンはため息をついた。

「もう行くよ、アルマーク、ウェンディ。帰ろう」

「ああ。おじいさん、ありがとうございました」

 アルマークがそう言って懐から金を出そうとするのを、老人は手で制した。

「先程も申しました。お金は要りません。私が勝手に見ただけですのでな。星読みとして、良いものを見せていただいた」

「そうですか……それじゃあ」

 アルマークはモーゲンからお礼にともらっていた焼き菓子を一つ、そっと老人の膝の上に載せた。

「お金ではないから、いいですよね」

 アルマークは頭を下げて、ウェンディを促してモーゲンの後を追った。

「これだから僕は占いって嫌なんだ」

 モーゲンは歩きながら、まだぷりぷりしていた。

「わけわかんないことばっかり言われるんだから」

 そう言ってモーゲンが振り返ると、路地に座ったままの老人がモーゲンを見て、何かをすくい上げる仕草をする。

「あのおじいさん、まだやってる」

 モーゲンが言った。

「スプーンで何かをすくうみたいな動きをして。僕のこと、からかってる」

「気を悪くするなよ、モーゲン。おじいさんはきっと自分に見えたままを言っただけなんだから」

 アルマークの言葉に、モーゲンは

「そりゃそうかもしれないけど……」

 と顔をしかめる。

「でもなあ。スプーンだって。僕だけバカにされてる気がするなあ」

 モーゲンが振り返るたび、老人は何度も同じ仕草をやってみせた。

「二人とも、渦とか何とか言われてたけど、気にする必要ないよ。あのおじいさん、きっとそんなに当たる占い師じゃないよ」

 モーゲンは首を振って、そう結論付けた。


「あなたはきっと」

 老人は小さくなるモーゲンの背中に向かって、呟く。

「大きな渦の中からお二人をすくい上げる匙。ですがその役割を自覚することはないのかもしれませんな」





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― 新着の感想 ―
やっぱり。2人を無自覚にすくい上げてくれるからだったね。モーゲンの呑気さ、変わらなさは得がたいものだよ。
おじいさん、その呟き、本人に言ってあげて欲しかった
[一言] 匙、と聞いた瞬間「匙加減=二人のバランス係」と思いましたが、「救いあげる」匙なんですね。 光があって救いがあれば、闇だって怖くはないですね。
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