月影通り
さざなみ通りの焼き菓子店の行列に3人で並び、指定通りのお菓子を手に入れて渡すと、モーゲンはようやく満ち足りた笑顔を見せた。
「よかった、お菓子がないと不安なんだ。これで安心して眠れるよ」
それならよかった、とアルマークとウェンディは顔を見合わせて微笑む。
「さあ帰ろう。部屋で味見をしないと」
「えっ、モーゲン。待って待って」
ウェンディが帰ろうとするモーゲンの腕を捕まえる。
「これから月影通りを覗くんでしょ」
「ああ、そうだった」
モーゲンは本当に今思い出したような顔をした。
「月影通りね。あそこ、食べ物のお店が全然ないから、行かないんだよね」
「僕も全然行ったことないな」
アルマークも言う。
「そもそも月影通りという名前も初めて聞く」
「アルマークはもう少し街に出た方がいいよ」
モーゲンが言う。
「僕ほど出ろとは言わないけど」
「休日はなんだかいつも用事が入るんだ」
アルマークはここ最近の休日を思い出しながら、答えた。
決闘に立ち会ったり、洞穴を探検したり。最近の休日は盛りだくさんだ。
「女子は割とよく来るよ。月影通り」
ウェンディが二人の少し前を歩きながら、そう言う。
「みんな占いって好きだから。私たちのお小遣い程度で占ってくれる店も結構あるの」
「へえ。ウェンディもよく来るのかい」
「うーん、私は」
ウェンディは少し顔を曇らせる。
「ノリシュとかリルティに誘われて何回か来たことはあるんだけど。毎回あまりいいことを言われないから、やめちゃった」
「いいことを言われない?」
アルマークが聞き咎める。
「どんなことを言われるんだい」
「あんまり覚えてないけど」
ウェンディは苦笑いして首を振る。
「大きな壁が現れる、とか、大きな嵐が来る、とかそんな感じかな。一回なんて、あなたを占うことはできないって断られちゃった」
「そんなことがあるんだね」
アルマークは目を丸くした。
「占い師ってお客にあんまりひどいことは言わないものかと思っていたよ。それって逆にすごいんじゃないか」
「でも、いい気分はしないでしょう」
ウェンディはアルマークを振り返る。
「私の未来には何が待ってるのかと思っちゃうわ」
「そうだね」
アルマークは頷く。
「でも、占いは占いだからね。僕もしてもらったことはあるけど、そんなに気にしたことはない」
そういえば父も占いは信じない人だ。
自分で言いながら、アルマークは思い出す。
験担ぎをする傭兵は多いし、お抱え占い師のいる傭兵団も多いと聞いた。
だが、レイズがそういうことを気にしている姿はほとんど見たことはない。
運命の神に向き合うときはいつも一人。
レイズはそんなことを言っていた。
アルマークにも必然的にそういう考えが身に付いていた。
「僕はウェンディを知っているから、分かるよ。何があってもきっとウェンディなら大丈夫さ」
「ありがとう」
ウェンディは微笑む。
「私も、アルマークとモーゲンが一緒なら大丈夫だと思うの」
「え、僕たち?」
モーゲンがきょとんとする。
「うん」
ウェンディは頷いた。
「だって、昨日みたいな魔物が出ても、二人がいれば何とかなるって思えるから」
「ああ、それは僕も思ったよ」
モーゲンが頷く。
「アルマークとウェンディがいてくれるから、僕は僕にできることを全力でやれば大丈夫だって」
「じゃあ、3人とも同じ気持ちだ」
アルマークも微笑んだ。
「それで、結局何とかなったわけだからね。これからだって大丈夫さ」
「うん」
ウェンディは頷いた。
その顔が明るくなっていたので、アルマークはほっとする。
「モーゲンも占ってもらったことはあるのかい」
「僕?」
モーゲンは、つまらない質問をする、という顔でアルマークを見た。
「占い一回でお菓子がいくつ買えると思ってるんだい」
月影通りは、ノルクの街のほかの通りとは一線を画す雰囲気を持っていた。
なるほど、占い師の集まる通りだというだけのことはある。
商店の賑やかな呼び込みの声は途絶え、道行く人もどこか影があるような、そんな神秘的な雰囲気が漂っている。
軒を連ねているのは、昼でも日光を遮るように屋根のせり出した薄暗い店ばかり。
占い師たちが使う水晶玉などに日光の反射があっては具合が悪いのだろう。
ただ単に雰囲気作りのためにそうしている店もあるのかもしれないが。
店と店の間の路地のところどころに、流しの占い師が露店を出している。
「ノルク魔法学院は世界で有名だから」
ウェンディが言う。
「ノルクの街も、魔法の街みたいに思われてるの。本当は普通の港町なんだけど。それで、この月影通りにもよく当たる占い師が集まるって言われてるわ」
「なるほど」
アルマークは納得する。
「僕も聞いたことあるよ」
モーゲンも言う。
「ここで占い師をやっていたって言うと、ほかの街で占いをするときも箔が付くんだって」
「そうか。そういうこともあるだろうね」
ノルク魔法学院の名を利用しているとも言える。
アルマークにも別のことで思い当たることがあった。
北でも、流しの傭兵たちはまず名のある傭兵団に所属しようとする。
火龍傭兵団や凶虎傭兵団など、一流どころの傭兵団に入ったという実績を作って自分に箔を付けてから、独立するのだ。
その時に、幹部と顔見知りにでもなれておけば、なおいい。
「"黒き鋼”バイアンか。奴とは酒飲み仲間さ」などと嘯くだけで、自分の価値は高くなるのだ。
もちろん端から嘘をついたっていいのだが、傭兵同士の情報網は意外と侮れないもので、迂闊なことを言うと、思ってもみないところから嘘が露見したりする。
だから、形だけでも事実を作ろうとする。
それと同じことだろう。
占い師にとってのこの月影通りは、北の傭兵にとっての黒狼騎兵団やモーリス傭兵騎士団と一緒なのだ。
「……とはいえ」
一通りきょろきょろと歩いてみた後で、アルマークは月影通りをぐるりと見回して、二人の顔を見る。
「これだけ占いの店があると、誰がラドマールに小箱を渡した占い師かなんて全く分からないな」
「そうだね」
ウェンディも苦笑いする。
「少しだけ店を出して、すぐに島を出ていくような占い師もたくさんいるから」
そう言って、アルマーク同様、周りを見回す。
「ここに来るのは久しぶりだけど、なんだか前よりも占い師の数が増えてるみたい」
「商売繁盛しているみたいで何よりだよ」
モーゲンが口をもぐもぐさせながら言った。
「モーゲン」
ウェンディは呆れた顔をする。
「お菓子は部屋でゆっくり味見するんじゃなかったの」
「あっ」
モーゲンは真顔になった。
「僕、食べた? 今、僕食べたよね?」
「帰ろうか」
アルマークは笑った。
「このままじゃ寮に戻る頃にはせっかく買ったお菓子がなくなっちゃうよ」
「そうだね」
ウェンディも笑顔で頷く。
「今日もう一回あの行列に並ぶのは無理だし」
「二人とも、僕をなんだと思ってるんだ。そんなには食べないよ」
モーゲンはそう言ってお菓子の袋を大事そうに抱きかかえる。
「いや。帰る頃にはきっとその袋が魔法みたいに軽くなってるよ」
アルマークはそう言って、モーゲンの肩を叩いた。
「付き合ってくれてありがとう、モーゲン。帰ろう」
その時だった。
「もし」
路地から、遠慮がちな声がかけられた。




