買い物
命懸けで闇と戦った、その明くる日の午後。
アルマークは、ウェンディとモーゲンと3人でノルクの街を歩いていた。
「そういえば、二人とも身体は大丈夫? 痛みは残ってない?」
ウェンディに尋ねられ、アルマークとモーゲンはめいめいに首を振る。
「どこも痛くないな」
「僕もだ。さすがはフィーア先生だよ」
「それならよかった」
ウェンディはほっとしたように頷いて、アルマークの足に目をやる。
「アルマークの足も、大丈夫?」
「ああ。大丈夫、まだ君の魔法がかかってるみたいに軽いよ」
アルマークが冗談めかしてそう答えると、ウェンディは笑いを含んだ目で軽く睨む。
「もう」
「君の方こそ、魔力がなくなって大変だったろう。モーゲンも。大丈夫なのかい」
「ええ」
ウェンディとモーゲンは顔を見合わせて、苦笑いする。
「私たちも、飲んだでしょ。あの……」
「ああ、あの薬湯か」
アルマークは頷く。
昨夜、校舎に戻ると、3人ともセリアから薬湯を渡され、その場で飲まされた。
アルマークにとっては、武術大会のときにイルミスからもらって飲んだ薬湯が最も不味く、魂のずれを直すための毎日の薬湯はそれに比べたら大分まし、魔力を補充するこの薬湯などはむしろ何の抵抗もなくすいすい飲める代物だった。
しかし、初めて飲むウェンディとモーゲンにとっては衝撃だったらしく、「うぐ」とか「むぎ」とかおかしな声を出しながら、涙を目いっぱいにためてなんとか飲み干していた。
「そうか。よく効くだろ、セリア先生の薬湯」
「うん。効く」
ウェンディは言葉少なに頷き、モーゲンは、
「今後は、魔力をめいっぱいまで使うことは控えようと思う程度にはきつい味だったね」
と言って頷いた。
「そうかな。昨日のなら水代わりでもいけるけど」
アルマークはそう言って首を捻った。
今日は休日だ。
午前中は寮の自室で前夜の疲れを癒した3人だったが、午後から街に出掛けていた。
一緒に街に繰り出したのには、訳があった。
昨夜、実習を終えて、校舎から寮へ帰る道の途中。
ボラパとの戦いでダメになってしまったのが薬草だけではないことに気が付いて、モーゲンが大騒ぎをしたのだ。
「大変だ、アルマーク」
モーゲンが真っ青な顔でアルマークを見た。
「どうしたんだい」
アルマークが険しい顔をする。
「何かまた問題があったのか」
「おおありさ」
モーゲンは泣きそうな顔をした。
「見てよ、これ」
そう言って自分の鞄を開いて見せる。
アルマークは灯の術を調整して、鞄の中身を照らした。
「むっ」
アルマークも顔をしかめた。
「これは、ひどいな」
「ひどいなんてもんじゃないよ。最悪だ」
モーゲンは暗い顔でため息をついた。
「二人とも、どうしたの」
横を歩いていたウェンディが、心配そうに二人の顔を見比べる。
「何かあったの」
「ウェンディ、君も見てくれ。これはさすがにモーゲンがかわいそうだ」
アルマークが言い、モーゲンが鞄をウェンディの方に差し出す。
おそるおそる覗いたウェンディが見たものは、鞄の中で粉々に砕けた焼き菓子だった。
「まだ結構残ってたのに。これじゃせっかくのお菓子が台無しだよ」
「あ、うん」
ウェンディは頷いた。
「残念だね」
「心がこもってないよ、ウェンディ」
モーゲンが顔をしかめる。
「あーあ。帰ってから部屋で寝る前に食べようと思ってたのに。明日からのお菓子もどうすればいいんだ」
心底残念そうな表情をするモーゲンに、アルマークが提案する。
「それなら、ほら。明日はちょうど休日だし、買いに行けばいいじゃないか」
「そうだよ。モーゲン、そうしなよ」
ウェンディも賛同するが、モーゲンの表情は晴れない。
「簡単に言うけど、あそこのお菓子はすごい人気だから、一度に一人のお客さんが買える量が決まってるんだ。これだってピルマンとバイヤーに頼んで一緒に並んでもらったんだから」
一人分の量なんてすぐに食べちゃうよ、と悲しそうに呟くモーゲンの背中を見て、アルマークとウェンディは顔を見合わせる。
「あーあ。どこかにいないかなぁ。僕と一緒にさざなみ通りにお菓子を買いに行ってくれる優しい友達が、二人くらい」
そう言いながら、ちらり、ちらりとアルマークたちの顔を盗み見る。
アルマークとウェンディは苦笑いして、その背中に声をかけた。
「分かった、分かったよ。明日一緒に買いに行こう」
「ええ。モーゲン、私たちも付き合うわよ」
「本当かい?」
モーゲンが満面の笑顔で振り返った。
「いやあ、持つべきものはやっぱり友達だよね」
「そういえば」
賑やかな街をさざなみ通りに向かって歩きながら、モーゲンがふと思い出したようにアルマークを見る。
「今日は学院長先生やイルミス先生のところには行かなくてよかったのかい」
「ああ」
アルマークは頷く。
「昨日の、帰り際にイルミス先生に呼ばれて、休日は一日ゆっくり休めって。明日の授業のあとで来なさいって言われて薬湯だけもらったよ。だから明日、二人も一緒に話を聞きに行くかい?」
「え、いいの?」
ウェンディが尋ねると、アルマークは屈託なく頷く。
「うん。ウェンディとモーゲンも連れてきてもいいって」
「それなら行く」
ウェンディが即答し、モーゲンも頷く。
「僕も行くよ」
「ありがとう」
アルマークは微笑む。
「中の蛇がまた消えてるといいね」
ウェンディがそう言って、アルマークの右手を見た。
「うん。そうだといいけど」
アルマークは右手を掲げて、太陽の光に透かして見る。
「こうして見ると、何も見えないんだけどな」
「本当だね」
いつの間にか隣から覗き込むウェンディの顔が近くて、アルマークは少し戸惑う。
「うん。蛇がいるようには見えない」
モーゲンもぐいぐいと近付いて覗き込んできて、歩きにくいことこの上ない。
「呪いと言えば、ラドマールは」
ふと思い出してアルマークが言う。
「今日からもうイルミス先生に呼ばれているみたいだ。身体に残った闇のことで、話があるんだと思う」
「そう」
ウェンディが身体を離して、心配そうな顔をする。
「大丈夫かな」
「きっと大丈夫だよ」
アルマークは頷く。
「闇に飲まれかけても、ちゃんと自分を取り戻したんだ。ラドマールはただ者じゃない」
「うん。そうだね」
ウェンディは微笑んで頷いた。
「僕もそう思うよ」
モーゲンがそう口を挟む。
「あんなにおいしいお菓子をあんなにつまらなそうに食べる子は初めて見たからね。ラドマールは絶対ただ者じゃないよ」
「さすが、モーゲンの基準は一味違うな」
アルマークの言葉にウェンディが笑うが、モーゲンは澄ました顔で、
「これから買うお菓子は一味どころか何味も違うよ。おいしいんだから」
と答える。
「でも、本当に昨日は怪我人がいなくてよかった」
ウェンディがそう言った後で、慌てて付け加える。
「あ、私たち以外はね」
「うん」
アルマークも頷く。
「それは本当によかった」
昨夜は、あれだけ魔物が現れたにも関わらず、どこの班も落ち着いて3年生が2年生を先導して校舎に避難し、その後3年生だけでアルマークたちを探しに戻った時も含めて、奇跡的に一人の怪我人も出さなかった。
大きな怪我をしたのはアルマークとモーゲンの二人だけ、ほかにはウェンディとラドマールが多少の怪我をした程度で済んだのだ。
昨夜、イルミスは生徒たちに、まだ魔物が残っている可能性があるので、森にはしばらく立ち入らないよう指示したが、アルマークの闇の罠については言及しなかった。
教師と高等部の生徒とで森の掃討を実施することになるだろう、とイルミスは話した。
深夜で疲れ果てていることもあってか、誰もそれ以上質問することはなかった。
生徒への指示が終わると、イルミスはアルマークに翌日分の薬湯を渡して説明をした後で、ふと声を潜めて言った。
「今日の件は、フィタやザップには私の方から説明する。君たちからは何も言わなくていい」
だから、アルマークにはイルミスがザップたちにどう説明したのかは分からない。
「そういえば、僕、聞こえたんだけど」
モーゲンが言った。
「ラドマール、あの小箱を街で占い師からもらったんだって」
「占い師?」
アルマークが眉をひそめる。
「そんなことを言ってたのかい」
「うん」
モーゲンは頷く。
「最後に校舎から帰る直前だよ。ラドマールがイルミス先生に箱のことを聞かれて、そう答えているのが聞こえたんだ」
「占い師……」
アルマークはウェンディと顔を見合わせる。
「占い師がよくいるのは、この先の月影通りだわ」
ウェンディが言う。
「いろんな占い師がお店を出してるの」
「そうか」
アルマークは考えた。
「ちょっと興味あるな」
「行ってみる?」
顔を覗き込んでくるウェンディに、頷きそうになってからアルマークは慌てて首を振った。
「いや、もちろんまずはさざなみ通りだよ。お菓子の店に並ばないと」
「そうね。それが最優先」
ウェンディも慌てて同意する。
「そのために今日は来たんだから」
「よく思い出したね」
モーゲンは重々しく頷いて、それからにこりと笑った。
「でもまあ付き合ってもらう代わりに、買った後で月影通りを少し覗くくらいはしてもいいよ」




