実習の終わり
アルマークたちが焦げ臭い道に肩を寄せあって座り込んでいると、ふとウェンディが顔をあげた。
「ねえ、風が」
「あ、本当だ」
アルマークも頷く。
生ぬるい風が、やんだ。
かわりに吹いてきたのは、秋の風だ。
南とはいえ、この季節、この時間の風は少し肌寒い。
モーゲンも鼻をひくひくさせて、微笑む。
「嫌な臭いもなくなった。ねえ、これって」
「ああ」
アルマークは笑顔でモーゲンに頷く。
「先生たちが闇を払ってくれたんだ」
「すごいな、先生たちって」
モーゲンが素直な感想を漏らす。
「僕たちは三人がかりでこの有り様なのに」
「うん」
アルマークも頷く。
「大丈夫だって分かってはいたけど、やっぱりすごいな」
「私たちもいつかなれるわよ」
ウェンディが微笑む。
「こうやって頑張っていれば」
「その前に死んじゃう気がするなぁ」
モーゲンの言葉に3人で笑う。
ややあって。
3人の目の前に、一陣の風が吹いた。
「先生」
アルマークの顔が輝く。
現れたのは、イルミスだった。
顔やローブは汚れているが、目立った怪我はない。
「3人とも、無事か」
イルミスは、小さなランプ一つを地面に置いて座り込んでいる3人を見て、早足で歩み寄った。
「はい。全員まだ歩けませんけど、生きてます」
アルマークが答えた。
「先生もよくご無事で」
「すまない。魔物を倒した後に闇の扉を閉じるのに思ったよりも時間がかかってしまった」
イルミスはそう言って痛ましい目で3人の姿を見やると、道の向こうに目を転じる。
「あれだけの闇を陽動にして、こちらにまで闇を送り込んでくるとは思わなかった。私のミスだ。……ボラパか」
倒れている死体を見て呟く。
「大物をしとめたな。大したものだ」
「先生の方は何が相手だったんですか」
ウェンディに尋ねられ、イルミスは思い出したように顔をしかめる。
「特大のエルデインだった。途中で三つに分裂した」
「うへ」
モーゲンがうんざりした顔をする。
「よかった。僕たちの相手は首を斬っても普通に喋るくらいで済んで」
「考えようによってはボラパのほうが厄介だ。魔法を使うのだから」
そう言ってイルミスは3人の前に屈みこんだ。
「だいぶ怪我をしているようだな」
「私は怪我はしていません」
ウェンディが答える。
「先生、アルマークとモーゲンをお願いします」
「うむ」
イルミスは二人を見比べて、まずアルマークに手をかざす。
「いったん治癒術のかかった跡がある。ウェンディ、君がやったのかね」
「はい」
ウェンディが頷く。
「あの、時間がなくて」
そう言って心配そうな表情を見せる。
「いや、見事なものだ」
イルミスはそう言ってウェンディに微笑む。
「上出来だ」
「ありがとうございます」
ウェンディは、ほっとしたように息を吐いた。
「モーゲン、すまないが君の方はもう少し待ってくれ」
イルミスに言われて、モーゲンが頷く。
「はい、僕は大丈夫です」
「いや、大丈夫ではない。そこまで魔力を振り絞るというのは相当な勇気と覚悟がいることだ。よく頑張った」
思いがけず誉められて、モーゲンは照れた表情を見せる。
その時、再び風が吹いた。
「フィーア先生」
ウェンディがほっとしたようにその名を呼ぶ。
「遅くなってごめんなさい。みんなの方にも闇が出たのね」
そう言って駆け寄ってくるフィーアの髪が、ランプの灯りできらきらと輝いた。
「先生。髪の毛」
ウェンディがフィーアの髪に手を伸ばす。
「きれい」
「ああ、これ」
フィーアは微笑んで腰を屈める。
ウェンディの指先で、光の粒が水滴になってこぼれ落ちる。
「……霜?」
「ええ。まだ少し残っていたのね」
フィーアは頷き、イルミスの隣に膝をつく。
「イルミス先生。手伝います」
「助かります。では、先生はモーゲンの方をお願いします」
イルミスはそう言ってから、アルマークに目を向ける。
「2年生たちの姿が見えないようだが」
「はい、実は」
アルマークは魔物の襲撃を受けて、2年生たちと別れた経緯を説明した。
「そうか」
イルミスは厳しい顔で頷く。
「確かにボラパの襲撃を受けては、やむを得ない措置か」
「あの3人ならきっと大丈夫だと……思います」
アルマークの言葉に、イルミスは傷の治療を再開しながら答える。
「そうだな。私の直感だが、彼らとて魔術師だ。大丈夫だろう。セリアもいるし、君のクラスメイトたちもそうやわではない」
「はい」
アルマークは頷く。
「君もまただいぶ無理をしたようだな」
そう言うイルミスの手の下で、傷がみるみる治っていく。
「強敵でしたから」
「魂のずれはあったかね」
「ありました。もう普段はあまり気にならなかったんですけど、今日は大事なときに限ってぶれる感じがして。でも、なんとかなりました」
「魂と肉体が近しい瞬間ほど、ずれが顕著になるのだよ。だが、毎日の薬湯の効果があったようでなによりだ」
「はい」
アルマークが頷くと、不意にイルミスが顔をあげた。
真剣な目でアルマークの目を見る。
「よく頑張ってくれた」
アルマークは笑顔で頷く。
「先生の教え子ですから」
イルミスは口許を緩めて首を振ると、またアルマークの傷に目を戻した。
「でも、みんなが無事で本当によかったわ」
フィーアの言葉に、モーゲンが声をあげる。
「先生、全然無事じゃないですよ」
「え?」
顔をあげたフィーアに、モーゲンが自分の背負い袋を示す。
「ボラパの火球の爆風でやられちゃって。せっかく摘んだ薬草が半分くらいダメになっちゃったんです」
「そうなんです」
ウェンディが残念そうな声を出す。
「頑張って摘んだのに。それに、結局アンチュウマソウも摘めなかったし」
「あら。それは大変ね」
フィーアは眉をひそめる。
「それじゃあ今年の薬湯作りは、少し中身を変える必要があるかもしれないわね」
そう言った後で、穏やかに微笑んだ。
「でも大丈夫。きっとセリア先生がちゃんと考えてくれるわよ」
イルミスとフィーアに伴われて、ようやく歩けるようになった3人が森を出ると、校舎の前には大きなかがり火が焚かれていた。
その周りにたくさんの生徒たちがいるのが見える。
「あっ、アルマークたちだ!」
真っ先に目ざとく彼らを見付けたのは、やはりネルソンだった。
「先生たちもいるぞ!」
「おーい」
モーゲンが大きく手を振った。
「みんな無事かーい」
「お前らで最後だよ!」
ネルソンが笑顔で叫び返す。
「これで全員だ!」
それを聞いてアルマークたちは顔を見合わせた。
「全員ってことは」
「うん、フィタたちも」
「あ、ほら」
ウェンディの指差す先で、フィタとザップが笑顔で手を振っていた。
その笑顔はもう実習が始まる前のおどおどとした二人のものではない。自分たちの役目をやりとげた自信に満ち溢れたいい笑顔だった。
その後ろに、ラドマールが立っているのも見える。
さすがに手までは振っていないが、柔らかい表情をしているように見えた。
「3人とも元気そうだ。よかった」
そう呟くアルマークに、隣を歩くイルミスがそっと言った。
「実習を途中で中止にしたり、生徒を危険にさらしたりと、今夜はひどい夜だった」
アルマークが顔をあげると、イルミスは厳しい顔で前を向いていた。
「教師としては、忸怩たる思いもあるが」
アルマークは気付いた。
かがり火に照らされた生徒たちを見るイルミスの目は笑っていた。
「これが君たちの成長を促す実習だったと考えれば、大成功だったのかもしれんな」
これはここだけの話だ、と言ってイルミスはアルマークの肩を優しく叩いた。




