決着
ボラパの低い声。
まるで奇怪な二重奏のように相互に音を発しあう。
アルマークに落とされたはずの首が、まるで何もなかったかのように元通り繋がっていく。
その二十歩先。
ウェンディが意を決した表情でアルマークの足に手をかざした。
飛び足の術。
ウェンディは自分の中に残った魔力をかき集める。
それを細い指先から繊細な力に変えてアルマークの足に注ぎ込んでいく。
少しでも魔力が揺らげば、アルマークの足にどんな影響があるか分からない。
まるで、目に見えないほど細い糸を、長い棒の先で結び合わせるような。
気の遠くなるような繊細な作業。
それをできる限り迅速に。
不可能に近い難事をウェンディはさっきの治癒術からずっと続けていた。
「おお」
アルマークが思わず感嘆の声を漏らす。
「もう片足」
そう言ったウェンディの身体がふらりとよろけた。
気を抜いた瞬間に、平衡感覚を失っていた。
しまった、倒れる、と思ったとき、後ろから優しく身体を支えられた。
「ごめん」
肩越しに聞こえる、穏やかな声。
「もう僕にはこれくらいのことしかできないや」
「ありがとう、モーゲン」
ウェンディの声が震えた。
「それで十分だよ」
ウェンディはアルマークの足に、自分の全てを込めた。
繊細に、緻密に、祈りにも似た魔力を。
どうか。
どうか、この魔力がアルマークを救いますように。
おそらく時間にしてほんの数瞬。
しかし、ウェンディには永遠にも思える長さの作業だった。
「ありがとう」
目の前のアルマークの声を、ウェンディはまるでどこか遠いところで聞いたように感じた。
「モーゲン、ウェンディを頼むよ」
まるで、これから命を懸けるとはとても思えない、穏やかな声。
「すぐに戻る」
アルマークのその言葉が、ウェンディの張り詰めていた緊張の糸を切った。
よかった。アルマークはもう大丈夫。
うん、早く戻ってね。
そう思ったのを最後に、ウェンディは意識を失った。
アルマークがボラパに向き直ったときには、もうボラパも戦闘態勢を整えていた。
さっき地面に転がっていたとは思えないほど、ごく自然に首は繋がっていた。
二つの口からは相変わらず、途切れることなく奇怪な音が漏れ続けている。
ボラパの目の前に、何の前触れもなく火球が現れた。
アルマークは剣を手に、ゆらりと一歩踏み出した。
ボラパの声が甲高くなる。
その瞬間、アルマークは走った。
火球から放たれる炎の蛇。それと全く同時に撃ち込まれる闇の矢。
そのいずれもが、目標を見失って空しく渦を巻いた。
アルマークは、一瞬でボラパの背後まで駆け抜けていた。
一閃。
振り向こうとするボラパの首を、今度こそ二つ同時に一刀のもとに斬り落とす。
宙を舞う二つの首が同時に絶叫を上げた。
それに呼応して、火球が凄まじい光を発する。
火球が弾けるようにして、無数の蛇が放たれた。
その数、九匹。
ボラパの背後のアルマークに、あらゆる角度から同時に襲いかかる。
しかし、もうそこにアルマークはいなかった。
ボラパの目が初めてぎょろりと動いた。
上空。
常人では決して跳べない高さに、アルマークはいた。
炎を反射した長剣がぎらりと光る。
ボラパの首を、空中で縦に叩き割る。
着地ざまに、さらに横からの一撃。
ボラパの首がばらばらになって吹き飛ぶ。
だが、首はもう一つある。
ボラパの本体が、二つの首を斬り落とされてもなお俊敏に動いた。
地面に落ちたもう一つの首を素早く掴み上げる。
させるかよ。
アルマークは駆けた。
一瞬で、ボラパの目の前まで。
信じられない速さ。
アルマークの足を優しい光が包んでいた。
ウェンディがくれた力だ。光のように駆けてみせる。
腕に持ち上げられたボラパの首が、大きく口を開く。
だが、声を発することはできなかった。
お前は喋りすぎだ。
アルマークの横薙ぎの一撃。
叩きつけるような斬撃がボラパの顎を粉砕する。
そのまま、下から上へ。
ボラパの、首を掴んだ腕を斬り上げる。
斬られた腕ごと宙を舞うボラパの首を、アルマークの剣が脳天から縦に、真っ二つに斬り裂く。
ボラパが、それでも片腕でアルマークを掴もうと腕を伸ばす。
汚ねえ手で触るんじゃねえ。
アルマークは肩口から斜めにその身体を斬り裂いた。
さらにもう一刀。
もう一刀。
ついにその身体が、どう、と地面に倒れ伏した。
闇の魔人ボラパは、ようやく沈黙した。
ウェンディが目を開けると、心配そうなアルマークの顔が目の前にあった。
「ウェンディ、大丈夫かい」
「アルマーク」
ウェンディはその身体に抱きつく。
「よかった。無事だったんだね」
けれど、アルマークは浮かない顔をしていた。
隣でモーゲンがくすくすと笑っている。
「どうしたの」
ウェンディが尋ねると、アルマークは申し訳なさそうに答える。
「ごめん、ウェンディ。約束したのに」
ウェンディは自分たちがまださっきの場所で座り込んでいるのに気付いた。
「君を抱きかかえて寮まで帰るって約束したのに」
「えっ」
「僕たちみんな、魔力も体力もなくなってここから一歩も動けないんだ」
モーゲンがアルマークの言葉の後を継ぐ。
アルマークはすまなそうに自分の足をさする。
「さっきまで調子よかったんだけど。魔法が切れた途端、立ち上がれなくなったんだ」
「そう……」
ウェンディはその足をいとおしそうに撫でる。
アルマークを守り終えて、魔法は効果を消してくれた。
飛び足の術は、成功したのだ。
「ボラパは?」
「あそこ」
モーゲンが指差す方に、身体を斬り刻まれたボラパの死体が転がっていた。
「朝になれば溶けるように消えてなくなる」
それが闇の眷族だ、とアルマークは厳しい目でボラパを見た。
「よかった」
ウェンディが身体を起こしてアルマークから離れようとすると、3人のバランスが崩れて、全員が倒れそうになる。
「待って待って。急に動いちゃダメだよ」
モーゲンが声をあげ、3人で倒れこまないように身体を支えあって座る。
「よし、これでいいね」
「うん。大丈夫みたい」
「急に動かないようにしよう」
3人でそんなことを言いながら、ふと顔を見合わせて笑う。
「みんな無事でよかった」
ウェンディは言った。
「私も役に立ててよかった。次も頑張るから」
「次だってさ、アルマーク」
楽しそうにモーゲンが言う。
「僕、次はもう少し楽な相手だといいな」
「ありがとう。二人のおかげだ。僕ももう失敗しないよ」
真面目くさった顔でアルマークが答えると、モーゲンが笑顔で首を振る。
「多少は失敗してもらわないと。ねえ、ウェンディ」
「えっ」
「だって僕たちの出番がなくなったら、ウェンディの約束はいつになっても実現しないじゃないか」
「ちょっと、モーゲン」
ウェンディが顔を赤くして拳を振り上げたせいでバランスが崩れ、3人は重なりあうように倒れこんだ。
小さく悲鳴をあげて倒れこむウェンディをアルマークが慌てて支えようとして、挟まれたモーゲンがおかしな声をあげる。
地面に倒れたまま3人は顔を見合わせて、誰からともなくもう一度抱き合い、心から笑った。




