表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる
第十二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

228/708

ボラパ

 ウェンディが、アルマークの焼けただれた皮膚を温かい光で癒していく。

「じっとしててね」

 その言葉に、アルマークは目を閉じたままで頷く。

 すぐそこで、モーゲンの魔力が膨れ上がるのを感じる。

 弾けるように揺らいで、揺らいで、そしてまた膨れ上がって。

 何度も何度も。

 ああ、モーゲンが僕たちを守ってくれている。

 そう思うだけで、アルマークの胸は熱くなった。

 ありがとう、モーゲン。

 君は本当に頼りになる男だ。

「火傷だけじゃないわ」

 ウェンディは呟いた。

 闇の矢をまともに受けた肩の骨が折れている。

 よくこれで意識が保てたものだと、ウェンディはアルマークの精神力に驚く。

「最低限でいいよ」

 アルマークが目を閉じたままで言う。

「モーゲンが守ってくれているうちに。動ければ、それでいい」

「注文は聞きません」

 びしゃりと言って、ウェンディはアルマークの傷に集中する。

 モーゲンがボラパの攻撃を防いでくれているが、それも全て紙一重なのはウェンディにも感じ取れた。

 いつまでもモーゲンの後ろで治療に専念してはいられない。

 モーゲンも助けに行きたい。

 とはいえ、アルマークの怪我はあまりに深刻だ。

 動ければ、とアルマークは簡単に言うけれど、短時間ではそこまで回復させることすら至難の業だ。

 自分の役目の重大さに、ウェンディは押し潰されそうになる。

 それでも、やるしかない。

 私しかいないのだから。

 ウェンディはそう自分を奮い立たせる。

 私もアルマークの力になりたい。

 闇と戦うとき、自分がアルマークの隣にいたい。

 演奏会の帰り道、アルマークにそう言い募ったのは何のためだったのか。

 今この時のためではないのか。

 ウェンディの額からは、珠のような汗が零れ落ちた。

 治癒術は、魔力さえつぎ込めばどうにかなるものではない。

 相手の体内の魔力の流れを感じる。

 それに呼応するように、自らの魔力を丁寧に流し込んでいく。

 決して相手の魔力の流れの妨げにならないように。

 優しく、慈しむように。

 傷の状態に合わせて、自分にできる最も繊細で、最も迅速な治療を。

 ウェンディはそれに全神経を傾ける。

 その柔らかな手の動きとは全く対照的に、ウェンディの表情は必死だった。

 激痛の中だろうに、アルマークが穏やかに目を閉じてくれているのがせめてもの救いだった。

 ウェンディは、ボラパの存在を忘れた。

 自分達の前で命を張ってくれているモーゲンの存在すら忘れた。

 ただ、そこにある傷だけに集中した。

 絶対に治してみせる。

 それが、自分が今ここにいる意味なのだとウェンディは思った。



 不意の爆発。

 その瞬間、ウェンディは現実に引き戻された。

 モーゲンの魔力が、今までにないほど大きく膨らんで弾けたのを感じた。

 爆風で吹き飛ばされそうになりながら、なんとかアルマークの身体を庇う。

 振り向いたウェンディの目に、倒れたモーゲンの姿が飛び込んできた。

 最後に振り絞ったその魔力で、爆風から自分たちを守ってくれたのだと分かった。

「モーゲ……」

 叫びかけたウェンディの肩を、硬い手のひらがしっかりと掴む。

 アルマークが立ち上がっていた。



 僕は、非力だ。

 アルマークは思った。

 凄まじい爆発。

 爆風と轟音。

 モーゲンがその魔力で自分を守ってくれたことが分かった。

 ウェンディがその華奢な身体で自分を庇ってくれたことが分かった。

 目を開けると、傷つき倒れたモーゲンと座り込むウェンディの姿があった。

 僕は、非力だ。

 アルマークにはそれが情けなくて、悔しくて仕方がなかった。

 だけど、二人がこうまでして支えてくれる。

 それは僕を信頼してくれているからだ。

 こんな情けない僕を。

 アルマークは無意識のうちに立ち上がっていた。

「モーゲ……」

 そう叫びかけたウェンディの肩を掴む。

「ウェンディ、ありがとう」

 その言葉に、ウェンディが信じられないものを見るようにアルマークを振り返る。

 モーゲンの向こうに、ボラパの姿が見えた。

 焦げ臭い空気の中に混じる、生ぬるい腐臭。

「風を吹かせてくれないか」

 アルマークは言った。

「とびきり冷たい風を」

 どうして、とウェンディは訊かなかった。

 何も言わず杖を突き出した。

 冷たい風が巻き起こる。

 まるで、北の草原に吹き渡るような、身を切る風。

 治りきらない傷にその冷たさがしみた。

 だが、それがアルマークの精神を覚醒させた。

 たったあれだけの時間であの傷をここまで治してくれるなんて。

 ウェンディの力に驚嘆しながら、風を感じる。

 北の戦場。

 死と隣り合わせの日常。

 風が、アルマークの身体に、心に、戦士の魂を呼び戻す。

 モーゲンがふらりと上体を起こした。

 その背中に、アルマークは万感の思いを込めて声をかける。

「ありがとう、モーゲン」

 ここからは、僕の役目だ。

 言いざま、アルマークは駆けた。

 敵は、モーゲンの位置からちょうど二十歩。

 モーゲンは、ボラパと対峙して文字通り一歩たりとも退かなかった。

 ありがとう、モーゲン。

 ありがとう、ウェンディ。

 僕は今から、北の戦士になる。

 踏み出す一歩ごとに、南の甘さを捨てていく。

 思考が、視界が、クリアになっていく。

 十二歩の位置。

 さっきとは逆の茂みから黒い獣が飛びかかってきた。

 アルマークには見えていた。

 遅い。

 一瞬たりとも速度を落とさず駆け抜ける。

 そのあまりの速さに、モルドの爪が空を切った。

 ボラパの二つの口が動く。

 もう、喋らせない。

 そのお喋りな首、二つまとめて斬り落とす。

 アルマークはその長身に向かって跳んだ。

 長剣を、一閃。

 だが、その瞬間。

 魂が、ぶれた。

 目標が遠のく。

 剣が鈍る。

 くそが。

 アルマークは歯を食いしばった。

 ぶれるんじゃねえ。

 自分の魔力を総動員して、魂を肉体に縛り付ける。

 お前はそこでじっとしてろ。

 ボラパが大きく仰け反る。

 ほんの一瞬の魂のぶれは、二つの首を同時に落とすはずだった剣の軌道をわずかに逸らせた。

 ボラパの首が一つ、宙に舞う。

 くそ、一つだ。

 アルマークは着地した瞬間に大きく身体を捻った。

 返す刀でもう一つの首を落とそうとする。

 そこに背後からモルドが飛びかかってきた。

 アルマークは後ろも見ずにその首を切り裂く。

 ボラパのもう一つの首を、もう一度狙う。

 とどめだ。

「アルマーク!」

 ウェンディの声。

 殺気。

 アルマークはもう一度身体を反転させた。

 全く予想外の方向からの魔法だった。

 闇の矢。

 アルマークはかわしきれずにそれをまともに腹に受けた。

「ぐうっ」

 こみ上げてくる血を飲み込んで、そちらに目をやる。

 先ほど斬ったはずのボラパの首だった。

 斬り落とされて地面に落ちたボラパの首が、無表情にアルマークを見ていた。

 その口は先ほどまでとまるで変わらぬ調子で奇妙な音を発している。

 ボラパの本体に残る首の声が高くなる。

 アルマークは身体を捻って本体からの闇の矢をかわすと、飛び退いてモルドの死体で地面の首からの炎の蛇を防ぐ。

「ウェンディ!」

 アルマークが叫んだのとほぼ同時に、アルマークの身体が宙に浮き、ウェンディの隣に引き戻される。

 ウェンディは動けなくなったモーゲンを守るように、その前に立っていた。

「予想外だった」

 アルマークは地面に真っ赤な唾を吐く。

「斬ってもまだ喋りやがった」

「私が防ぐわ」

 ウェンディが杖を構えるが、ボラパの追撃の魔法は襲っては来なかった。

 ボラパはアルマークたちに目もくれず、ゆっくりと自分の片割れの頭に近づくと、むんずと髪の毛を掴んで持ち上げた。

 そして無造作に、斬られた首の断面にその頭を載せる。

 二つの口から響く、奇妙な音。さっきまでとは明らかに違う響き。

「繋げてる」

 ウェンディが呟く。

 治癒術。

 ボラパの首が徐々に、元通りに繋がりつつあった。

「アルマーク、教えて」

 ウェンディはアルマークを振り返った。

 青ざめた顔。

 ウェンディの魔力も限界に近いことがアルマークにも分かった。

「どうしたら倒せるの。何でもするわ。何をしたらいいのか、教えて」

 アルマークは頷く。

 冷たい風に晒されて、しぶとい傭兵の思考回路が戻ってきていた。


 戦場では自分を見失うな。自分の手持ちをよく確認しろ。必ず、何か手はある。


 父の教え。

 確かに、自分たちの手元にそれはあった。

 ボラパが攻撃してこない今が好機だと思った。

「勝てる方法は見付かった。ウェンディ、君の風のおかげで頭がはっきりした」

「えっ」

「飛び足の術を、僕に」

 アルマークは言った。

「あいつの魔法よりも速く走る」

 ウェンディは自分の背負っている鞄を見た。

 飛び足の術の布は、その中だ。

 だが、ウェンディは首を振った。

「実習用に作った布だもの。せいぜい足が軽くなる程度の効果しかない。そんな速さにはとても足りないわ」

「うん」

 アルマークは頷く。

「だから直接かけてほしいんだ。君の手で、僕の足に」

 ウェンディが目を見開く。

「それは」

 ウェンディが布をわざわざ用意した理由。

 それは直接人体に作用する魔法は危険だからだ。

 わざわざ別の道具に魔法を込めて、そこから力を行使していたのは、直接足に魔法をかけて、もしも魔力の調整を誤れば足が破裂したりちぎれたりしてもおかしくはないからだ。

「ウェンディにしか頼めない」

 アルマークはためらわず自分の足をウェンディの前に差し出す。

「大丈夫。君に魔法をかけてもらえば、僕は矢のように駆けてみせるよ」

 ウェンディは真っ青な顔でアルマークを見た。

 一瞬の躊躇。

 だが、頷いた。

 アルマークの隣で戦うというのは。

 命懸けで闇と戦うというのは、こういうことなのだ。

 そう覚悟を決めた。

 ボラパの首がずぶずぶと繋がっていく。

「時間がない」

 アルマークは言った。

「頼む、ウェンディ」

「任せて」

 ウェンディは頷いた。

「あなたを、光みたいに駆けさせてあげるわ」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 北の風を受けて北の思考に切り替わったアルマークの いつもは物静かで丁寧な口調が「斬ってもまだ喋りやがった」って粗野になったところがすっごく大好きです。 ノルクに来る前の長い旅路の時のアルマ…
[良い点] アルマークのウェンディに対する信頼が振り切れてる件 [一言] ウェンディがある意味、一番の肝で彼女が居なかったら詰みまであるんだね
[良い点] ワイルドなアルマークが顔を出しました。 すなわち北の傭兵の薄汚い面ですが、ウェンディは気付くのか気づかないふりができるのか。 生き残るために気を散らしてはいけないですが、生き残れたら後々ひ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ