前夜
夜の薬草刈りに行く前の日の夜、アルマークたち3人は寮の談話室に集まって翌日の準備をした。
一つのテーブルを3人で囲んで座る。
「植物を採取するときのナイフでしょ。手袋でしょ」
ウェンディがテーブルの上に手際よく道具を並べていく。
「手袋か」
アルマークは厚手の革の手袋を手にとって眺める。
「草によっては、素手で触れるとかぶれちゃうものもあるからね。かぶれ除けの薬が塗ってあるの」
ウェンディが微笑んで、そう説明してくれる。
「ああ、ミキリハネクサとかだね。なるほど」
アルマークは頷く。
「うん。それとこれが、ランプ」
「ランプ?」
アルマークは不思議そうに、ウェンディが出したランプを見る。
「みんな、灯の魔法が使えるのに?」
「アルマーク、2年生はまだ使えないんだよ」
モーゲンに言われて、初めてそれに気付く。
「ああ、そうか」
「中にはもう使える子もいるんだけど、それでも安定しないことに変わりはないから。2年生は森の中で炎の魔法を使ってはいけないの」
ウェンディが補足してくれる。
アルマークは、この学院に来て初めての魔術実践の授業で見た光景を思い出した。
みんな、安定した炎を作るのにどれだけ集中していたか。
3年生の春の段階でああなのだから、2年生の灯の魔法の水準は推して知るべし、だろう。
「アルマークみたいに、来て半年かそこらで灯の魔法が使えるようになる子なんて普通いないんだよ」
モーゲンに言われ、そういうものか、と納得する。
「僕の場合は、イルミス先生が付きっきりで教えてくれているからね。そのおかげだよ」
「付きっきりっていえば、補習もだいぶ進んだんでしょ?」
ウェンディがふと思い出したように言う。
「アルマーク、私たちとの約束、まだ覚えてる? いつでも声をかけてね」
「約束? ええと……」
最近ウェンディとかわした約束といえば、闇の罠に襲われそうになったら教えてね、というのと、魔力が空っぽになるくらいまで頑張ったら寮まで抱きかかえて送ってね、というのと……
「あ、何か変なことを思い出してるでしょう」
ウェンディが顔を赤くしてアルマークを睨む。
「い、いや。別に」
「違うからね。前に、イルミス先生の補習で何か手伝えることがあったら、いつでも言ってねって言ったでしょ」
「ああ、そういえば言ったね。僕も覚えてる」
モーゲンが頷く。
「君が魔法で失敗して医務室に運ばれた時かな。確か、まだ瞑想しかしてないからって断ってたよね」
「そうか。そんなこともあったね」
アルマークは微笑む。
竜の炎で失敗してしまった時のことだ。
半年くらい前のことだが、なんだか懐かしい。ずいぶん前のことのようだ。
「うん、補習はだいぶ進んだよ。そうだね、今度イルミス先生にお願いしてみようかな」
「僕らの練習にもなるしね」
モーゲンが頷きながら、自分の鞄をまさぐる。
「僕の持っていくのは、これ」
テーブルに出したのは、袋にぱんぱんに入れられた焼き菓子だ。
「やっぱり歩くとお腹が空くからね。夜食は必要だよ」
「うん。食料は大事だね」
アルマークも真剣な顔で頷く。
「そんなには要らない気もするけど」
ウェンディは苦笑いする。
「いや、何があるか分からないし」
言いながらモーゲンが袋を開けて菓子を口に放り込む。
「今食べちゃダメだよ、モーゲン」
ウェンディが慌てて言う。
「あ、僕今食べたよね。全然意識してなかった」
モーゲンが自分でも驚いた顔をする。
「手と口が勝手に動いていたよ」
「そんなバカな」
アルマークが言い、ウェンディと二人で吹き出す。
「ええと、後は水だね」
ウェンディが気を取り直して説明を再開する。
「水はみんなそれぞれで持つけど、下級生はあんまり考えずに飲んじゃうから、少し分けてあげられるくらいのつもりの方がいいよ」
「なるほど」
アルマークが頷き、モーゲンも思い出したように、そうそう、と頷く。
「去年は僕も水を飲み過ぎちゃって、3年生の水を分けてもらったっけ」
「モーゲンもかい」
「歩くペースが早いんだよね、上級生は。こっちはついていくのがやっとでさ」
「うん。今年はその辺も気を付けた方がいいよね」
ウェンディがモーゲンに同意する。
「去年、私のグループはリーダーの男子が張り切って一人でどんどん先へ行っちゃって、半分くらいは摘むところを見れなかったもの」
「それじゃ上級生と行く意味がないね」
アルマークはそう言いながらも、ウェンディと同じグループになって張り切った、その上級生の気持ちも分かるような気もした。
「気を付けよう」
「あとは、これ」
モーゲンの出したのは、革製の大きな背負い袋。
「摘んだ草は僕が背負っていくから」
「いいのかい」
「うん」
モーゲンは頷く。
「その代わり、高いところにある草なんかはアルマークが取ってよね」
「それなら任せてくれ」
アルマークは頷く。
「と、まあ僕はこんなところか」
モーゲンの言葉に、ウェンディがアルマークを見る。
「アルマークは何を持ってきたの?」
「僕は、これだ」
アルマークがテーブルに長剣を置くと、ウェンディとモーゲンの間に微妙な空気が流れる。
「……ん?」
「ええと」
二人はそんな風にモゴモゴ言いながら、気まずそうに目配せしあったあと、ウェンディが代表して口を開いた。
「アルマーク、あのね。この実習は何かと戦うとかってことはないから……」
「う、うん。知ってるよ」
アルマークは慌てて頷き、イルミスから闇の罠の警戒のために特別に持っていくよう言われたことを説明した。
「ああ、そういうことなの」
ウェンディがほっとしたように微笑む。
「アルマークがこの実習のことを何か勘違いしてるのかと思っちゃった」
「僕も僕も」
二人が顔を見合わせて笑う。
「さすがに僕もそこまでずれてはいないよ」
アルマークは苦笑いする。
「でもイルミス先生が、夜の森なんて僕を狙うには格好の場所だって言うから」
「うん。確かにそれはそうだね」
ウェンディが頷く。
「用心に越したことはないものね。剣も、ないよりはあった方がいいね」
「うん」
「そうか。マルスの杖ってのは今は使えないんだっけ」
モーゲンの言葉にアルマークは頷く。
「魂がちょっとずれてるらしいからね」
「分からないけどなぁ」
モーゲンがそう言ってしげしげとアルマークを見る。
「僕にはどこがずれてるのか分からない」
「僕も分からない」
アルマークは苦笑した。
「でも、魔法を使うときになんとなく違和感があるのは確かだよ」
「そうなんだ」
「ちゃんとセリア先生の薬湯飲んでる?」
ウェンディが心配そうに口を挟んでくる。
「うん。そのおかげでだいぶ違和感もなくなってきたんだ」
「よかった。ちゃんと治るまで飲んでね」
ウェンディはそう言って微笑んだあとで、アルマークを力付けるように大きく頷く。
「もしも闇の罠があっても大丈夫。私とモーゲンも付いてるからね」
「ありがとう」
アルマークは微笑む。
と、ふとアルマークは表情を改めた。
「そのことで二人に相談なんだけど、このことは、一緒に行く2年生に伝えるのはやめようと思うんだけど……」
「その方がいいと思う」
ウェンディがすぐに同意する。
「闇の罠がない可能性だって十分あるし、下級生に下手な説明をしたら変な噂になるかもしれないもの。アルマークが変な目で見られるのは、私は嫌」
「同感だね」
モーゲンも頷く。
「僕たちほどアルマークを知らない子達は何を言い出すか分からない。それをいちいち否定してまわるのは大変なんだから」
モーゲンの言葉に実感がこもっていて、アルマークは温かい気持ちになる。
「ただ、もし罠があった場合、その子達も危険に晒すことになってしまう」
アルマークがそれでもそう気掛かりを吐露すると、ウェンディが優しく首を振った。
「今回は先生たちが見守っていてくれるんでしょ? それに私とモーゲンもいるよ」
「そうだよ。大丈夫さ」
モーゲンが穏やかに笑う。
「それに僕は知ってるからね。剣を持ったアルマークは、無敵だって」
「君、それをイルミス先生にも言っただろう」
アルマークが苦笑する。
「恥ずかしかったよ」
「だってほんとのことだからね。実際、闇の魔獣だって倒したじゃないか」
モーゲンはそう言って涼しい顔をしている。
「いや、あれはアインやフィッケの協力があったから」
「じゃあ今度は僕とウェンディが協力するよ」
モーゲンはそう言って、アルマークを見て微笑んだ。
「それなら、無敵だろ?」
「そうだね」
仲間のありがたさに感謝しながら、アルマークは頷いた。
「それなら、無敵だ」




