北の地で
風が吹いている。
北の草原。
風がまとう冷気はもう冬のものだ。
馬上。
「これから、もっと寒くなるな」
漆黒の鎧に身を包んだ精悍な顔立ちの男。
「もう、何度目の冬だ」
そう言って、隣の男を見やる。
「さあな」
隣の、これも漆黒の鎧をまとった男が、素っ気なく答える。
「数えてもいねえよ」
黒狼騎兵団。
戦乱続く北の地でも、屈指の精強さを誇る傭兵団。
最初に口を開いた男が、“黒狼”ジェルス。
黒狼騎兵団の団長だ。
自ら先陣を切って馬を駆り、時には一騎討ちで敵のエースと渡り合うことも辞さないこの歴戦の古強者と、素っ気ない言葉で会話を交わしているのが、副官の“影の牙”レイズ。
今は、その二つ名よりも“マビリオの単騎駆け”の異名の方が北では通りがいい。
彼らの背後に付き従うは、同じく漆黒の鎧の、黒狼と称される騎兵五百。
草原の向こうから、日の光を鎧に反射させながら敵の一軍が現れる。
「おいでなすった」
ジェルスが舌なめずりするように言う。
「モルガルド」
振り向くことなく、部下の名を呼ぶ。
「イングル殿は何と?」
「露払いをして本隊への道を開け。後はこちらがやる、と」
モルガルドの回答に、ジェルスは、いつもの調子だ、とぼやいてレイズを見る。
「大将首は自分で獲りてえとよ」
「台所事情が苦しいのはどこも同じだろうよ」
レイズは前方の敵軍から目を離さず答える。
「武勲の名誉まで獲られて、契約金を釣り上げられたらかなわねえってことだ」
「つまんねえこと言って懐の心配してると、てめえの首が落ちるぜ、イングル殿も」
ジェルスは言いながら、自軍を振り返る。
「ガドル。今日はお前が予備だ。合図したらうまいこと飛び込んでこいよ」
「あいよ」
ガドルと呼ばれた男が返事をして馬の手綱を引く。
数十人の騎兵がそれに従って列を離れていく。
「ゲイザック。余計な気を回してしくじるんじゃねえぞ」
ジェルスの言葉に、黒狼騎兵団にその人あり、と言われる斧の名手“黒戦斧”ゲイザックが顔をしかめて馬上から唾を吐く。
「そんな風に見えるかよ」
「ならいい。今日の敵さんは待っちゃくれねえからな。息子を見てる余裕はねえぞ」
ジェルスは敵軍の中央に翻る旗に描かれた太陽の図柄を見て精悍な笑みを浮かべる。
「日輪傭兵団。こっちに出張ってくるとは思わなかったな」
「ガルバ」
レイズは振り返り、ゲイザックの隣に控える少年に穏やかに声をかけた。
「気負うことはない。親父から離れるな」
ゲイザックの息子、ガルバは父譲りの長柄斧を肩に担いだまま、緊張した面持ちで頷く。
まるで息子を見るような眼差しでガルバを見るレイズに、ジェルスが思い出したように言う。
「そうか。レイズ、お前の息子もガルバと同い年だったか」
「まあな。さあ来るぜ。先頭は……ありゃあ“群青”のマッシュじゃねえか」
レイズは薄く笑った。
「ジェルス、今日は先に行くぜ」
「好きにしな」
ジェルスが答える。
レイズの腕がさっと上がった。それに合わせてやはり数十人の部下が列から外れる。
「いくぞ。俺に遅れるな」
レイズは言いざま、馬を走らせた。
その後ろを、列から外れた部下たちが続く。
たちまち敵軍との距離が詰まる。
「おう、“単騎駆け”!」
鮮やかな青い鎧をまとった日輪傭兵団のエース“群青”のマッシュがレイズの姿を認め、嬉しそうに叫んだ。
「会いたかったぜ。その首、俺がもらう」
「やらねえよ」
激突。
一瞬で、生と死が交錯する。
馬から転げ落ちる傭兵たち。その命を後続の傭兵たちが容赦なく刈り取っていく。
馬ですれ違う刹那の一瞬で、三合もの斬撃を交わしあったレイズとマッシュは、そのまま乱戦に紛れて相手を見失う。
「“単騎駆け”!“マビリオの単騎駆け”! お前の首を獲るのは俺だ!」
交錯する敵と味方の向こうからマッシュの声が響いた。
一進一退かと思われた戦況は、ジェルスが絶妙のタイミングで投入した予備部隊の活躍で、一気に黒狼騎兵団有利に傾く。
日輪傭兵団の団長“見逃すものなき”アイゲルは、自軍が致命的な打撃を受ける前に素早く撤退の指示を出す。
退却を始めた日輪傭兵団に黒狼たちが追いすがる。
「マッシュ!」
レイズの目が、前方を走る青い鎧の戦士を捉える。
「俺の方から来てやったぞ」
「今日は店じまいだ。また日を改めろ」
マッシュは忌々しそうに叫んで馬を走らせる。
「都合のいいことを言うんじゃねえ」
レイズの馬の方が脚色が良かった。
逃げ切れないと判断したマッシュが舌打ちして振り返る。
「相手してやるよ、“単騎駆け”!」
馬を反転させるや、一気に間合いを詰めてすさまじい斬撃を繰り出す。
レイズはそれを、身体をわずかによじってかわした。
「おぉ!?」
声をあげたマッシュの肩口から、鎧ごと叩き割るようにしてレイズの斬撃がその身体を両断した。
「戦士マッシュ。お前を殺したのは戦士レイズだ」
レイズはマッシュの死体にそう言い残し、さらに敵の追撃に移っていく。
黒狼騎兵団の後ろを行軍してきていた、イングル将軍率いる正規軍が、日輪傭兵団の敗退に動揺する敵の正規軍にぶつかっていく。
数も勢いもこちらが上なのに、思うように崩せない。
イングルは決して無能な将軍ではない。敵の将軍もなかなかに戦上手のようだ。
「雇い主がいなくなっても困る」
ジェルスは舌打ちしてレイズに叫ぶ。
「レイズ。敵さんの横っ腹をちょっと叩いてやれ」
「おう」
レイズは頷いて、ふと振り返った。
ガルバが後ろにぴったりと付いてきていた。
「親父は」
「向こう」
ガルバは背後を指差す。
「何人斬った」
返り血で染まった顔を上気させて、ガルバは指を二本立てた。
「そうか」
レイズは目を細めた。
「もう一手柄立てるぞ。お前も来い」
レイズの言葉に、ガルバが大きく頷く。
レイズが手をあげると、数十の黒狼がそれに従って動いた。
再び、馬上。
「この辺もだいたい片付いたな」
ジェルスの言葉に、レイズが頷く。
「どうせここは寄り道ついでだろう。次はノルンか」
「まあな」
ジェルスが笑う。
「ガルバのやつ、頑張ってたな。お前も息子を思い出したんじゃねえか」
「思い出しゃしねえよ」
レイズは苦笑する。
「あいつに戦場は似合わねえ」
「どうしてだよ」
ジェルスはレイズを不思議そうに見る。
「ありゃあ見所あったぜ。剣が抜群にうまかった。身のこなしがお前を見ているようだった。戦場に出て半年もしないで、よそから知られるいっぱしの戦士になった」
「剣がうまくても、それだけじゃ傭兵は務まらねえ。あんたが一番よく分かってるだろう、ジェルス」
「ふん」
ジェルスは笑った。
「確かに、きれいな目だった。あれじゃ傭兵は無理だな」
ジェルスの言葉に、レイズは頷く。
「あれは、人を信じすぎる」
「いいことじゃねえか。傭兵でさえなけりゃ、な。……あの目は母親譲りだったな、レイズ」
レイズは首を振る。
「大丈夫だ。息子は南で幸せにやってる。人を信じてもいい土地で」
「そうだな」
ジェルスは頷いて、ちらりとレイズの顔を見る。
「この話はやめるか」
ジェルスは笑って、話題を変えた。
「冬にノルンじゃ寒すぎて戦にならねえ。少し南下しよう。噂じゃ、ノルンにはあの蛇骨傭兵団も向かってるらしいぜ」
「“蛇の王”か」
レイズが微笑む。
「それを倒せばあんたが“狼の王”だな」
「器じゃねえよ」
ジェルスは首を振る。
「お前なら分かるだろう。王と呼ばれるには、ガイレウスを越えなきゃならねえんだ。できると思うか」
「いや」
レイズも首を振った。
「俺たちの“蠍の王”ガイレウス。誰も越えられやしないさ」
「だろう?」
ジェルスが笑う。
「だから“蛇の王”を倒しても、“狼の王子”くらいで満足しとくぜ」
「どの面下げて王子だ」
レイズもつられて笑う。
日の沈みかけた草原に吹く冷たい風が、早くも長い冬の到来を告げていた。




