罰
「他に、君たちで気になることはあるかね?」
ヨーログの問いに、アルマークが、実は、と口を開く。
「魔影に最後に背中を撫でられたんです。その時に魂が抜ける感じがして」
「それは聞いていなかったな」
「すみません。端折りました」
「どこを端折ってるんだ」
イルミスが顔をしかめる。
「それで」
「魂が抜けるまではいかなかったんですが、うまく言えませんが、ずれる感じがしたんです」
「ずれる」
イルミスの目が鋭さを増す。
「はい。身体と魂がずれるような。それで身体が動かなくなって。でも、レイラに助けてもらったんです」
「レイラ。君が?」
イルミスに問われ、レイラが小さく頷く。
「アルマークが動かなくなって。どんどん身体から熱が失われている気がして。……治癒術を使いました」
「治癒術を」
イルミスが眉を上げ、レイラがうつむく。
「使うべきではないことは分かっていました。でも、ほかに方法が分かりませんでした」
「そうか」
イルミスが唇を噛む。
「でも、どこも不調はないんです。むしろ調子がよくて」
アルマークは慌てて言う。
「こちらへ来たまえ」
アルマークの言葉に構わず、イルミスはアルマークを机の前へといざなう。
「両手を広げて」
アルマークが言われた通りにすると、ヨーログも立ち上がり、アルマークの前に立った。
「ふむ」
二人の教師がアルマークの身体を前後左右から見つめるのを、レイラは真っ青な顔で見守る。
「少々、歪みが見られるな」
「そうですね」
イルミスは、アルマークに手を下ろさせると、ヨーログの言葉に頷き、厳しい表情を見せた。
「君は、魔影との戦いの後は剣を振るっていないね」
ヨーログに言われて、アルマークは頷く。
「はい」
「もし剣を振っていれば気付いたかもしれないね。微妙な感覚の違いに」
そう言われて、アルマークは自分の手を見た。
今のところ、特に違和感は感じないのだが。
「魔影との戦いで、マルスの杖はどうだったかね」
ヨーログに問われ、アルマークは素直な感想を答える。
「はい。すごかったです。僕の本来の力を何倍にもしてくれるような……あれがなければ、もっと危なかったと思います」
「そうだろう」
ヨーログは笑みを湛えた目で頷くと、付け加える。
「だからこそ、ごく微妙な歪みが、杖を使ったときは大きな歪みとなって現れる」
その言葉に、アルマークははっとする。
魔力を大きくも小さくもし、杖にも剣にもなる棒。
確かにアルマークにも、小さな感覚の違いが大きな失敗を呼びそうなことは分かった。
「しばらくは、マルスの杖は使わないようにしなさい」
「分かりました」
アルマークは頷く。
「帰りにセリア先生を訪ねてもらおう」
ヨーログはそう言って、イルミスを振り返る。
イルミスは頷いて、アルマークに告げる。
「セリア先生に薬湯を用意してもらう。それを毎日飲めば、十日もすれば歪みは治るだろう。だから、そんな顔をしなくても大丈夫だ。レイラ」
そう言ってイルミスが、痛ましいものを見る目でアルマークの背後を見た。
アルマークは振り返って、そこで初めて、レイラが真っ青な顔で目に一杯に涙を浮かべていることに気が付いた。
「よかった」
レイラはかすれた声で言った。
「もし、何か取り返しのつかないことになっていたらどうしようかと……」
そこまで言って、言葉が続かなくなった。ぽろぽろと涙がこぼれる。
「レイラ、僕なら大丈夫だ」
アルマークは慌てて言う。
「僕は元気だ。それに、毎日セリア先生の薬湯を飲むよ」
「ちゃんと飲んでね」
レイラは両手で顔を覆い、絞り出すように言った。
「忘れないでね」
「ちゃんと飲むよ」
アルマークは頷いた。
「それが今回の罰のようなものだな。イルミス先生」
ヨーログが穏やかに言った。
「セリア先生のあの薬湯を毎日飲むのはきつい。レイラ。君も今後、決して無茶をしないことだ。約束できるね」
「はい」
レイラは顔を覆ったままで頷いた。右手の指と指の間から、涙が一筋こぼれた。
「これは変な自信を持てという意味ではないのだが」
レイラが先に学院長室を退出し、それに続いてアルマークも出ていこうとした時、イルミスがそっと言った。
「君は自分の手に余るような闇の襲撃を受けたが、いずれも退けることができた。なぜだと思うね?」
「仲間の力です」
アルマークは即答した。
「いつも、仲間が助けてくれました。僕が一人で勝てたことなんて一度もない」
「その通りだ」
イルミスは頷いた。
「君は仲間に助けられてきた。仲間が君を助けたのは、君も仲間を助けてきたからだ。前にも言ったかもしれないが、その意味で、君の生き方は正しい」
イルミスは意外な強さでアルマークの肩をつかむと、諭すように言った。
「そのまま、まっすぐに生きなさい」
「はい」
アルマークは頷いた。




