提案
翌朝、アルマークは寮の前でそわそわと人待ちをしていた。
しばらく登校していく生徒たちを見送り、シシリーと一緒に出てきたエルドに「早く校舎に行け。授業の準備は余裕をもって済ませておくものだぞ、アルマーク」などと軽くお説教を受けたりしながら待っていると、ようやく目当ての人物が出てきた。
「おはよう、キュリメ」
アルマークに声をかけられ、キュリメは驚きで目を丸くする。
「おはよう、アルマーク」
戸惑ったように挨拶を返した後で、アルマークが自分と一緒に並んで歩き出そうとしているのを見てさらに戸惑った顔を見せる。
「え、あの」
「ちょっとキュリメに聞きたいことがあって。迷惑じゃなければ一緒に校舎まで行こう」
「私に、聞きたいこと?」
キュリメが緊張した顔をする。
「いや、そんなかしこまる話じゃないんだけど」
アルマークは頭をかく。
「歩きながら話そう」
「う、うん」
アルマークはキュリメと並んで歩き出す。
「劇の台本は進んでる?」
アルマークはキュリメに尋ねる。
「うん。あの、それなりに」
キュリメはうつむく。
その表情に、アルマークは少し心配になる。
「あれ、あんまり順調じゃないのかい」
「そういうわけじゃないけど」
キュリメはうつむいたまま、硬い表情だ。
「何かあった?」
アルマークが尋ねると、キュリメは下を向いたままで小さく首を振る。
「みんなにも同じことを聞かれて。私には少し荷が重いかもって思ってきちゃったの」
「そうなのか」
アルマークは頷く。
「じゃあもう聞かないでおこう」
「聞かれるのがいやってわけじゃないんだけど」
キュリメはうつむいたまま、気まずそうな顔をする。
アルマークは努めて明るい声を出した。
「でも、まだ魔術祭までだいぶあるし、みんなもキュリメに任せるって言ってるんだから、君の書きたいように書けばいいんじゃないかな。ウォリスも、何かあれば力になるって言ってくれてたし」
「うん。ウォリスはよく声をかけてくれるけど」
キュリメはそう言って頷くが、やはり浮かない表情のままだ。
「でもやっぱり結局は一人で書くものだから」
「そうなんだね」
アルマークは頷く。
「僕は書いたことがないから、その苦労はよく分からないけど。でも確かに剣の練習だって、教えてくれる人や応援してくれる人がいくらいたって、結局は自分でどれだけ剣を振ったかだからね。戦いでその人たちが、代わりに剣を振るってくれるわけじゃないし」
アルマークはそこまで言った後で、キュリメの表情を見て困った顔をする。
「あれ、ごめん。僕変なこと言ってるかい」
「ううん」
キュリメは微かに笑った。
「面白いことを言うんだなって思って」
「そうかな」
アルマークはまた頭をかく。
「育ってきた環境が違うからなのかな」
そう言ってキュリメはようやく顔を上げ、ちらりとアルマークの顔を見る。
「教室でも時々、アルマークの言うことって面白いなって思うことがあるよ」
「自分では分からないな」
アルマークは苦笑いする。
「うん。だから、そこが面白い」
キュリメはまた少し笑って、アルマークの顔を探るように見た。
「私に聞きたいことって、それ?」
「ああ、うん」
アルマークは頷いて、その後思い直してすぐに首を振る。
「いや、まあそれもあるんだけど。それと関係するというか」
アルマークは言いよどんだ。
キュリメが不思議そうな顔をする。
「ええと、リルティのことなんだけど」
「リルティ?」
キュリメがきょとんとする。
「うん。キュリメは、リルティの歌声って聴いたことあるかい」
「ああ」
キュリメは思い当たったように頷く。
「あるよ。アルマークは聴いたことないんだね」
「うん」
「アルマークだけじゃなくて……男子はみんなリルティの歌、聴いたことないのかも」
「女子はあるのかい」
「ええ」
キュリメは頷く。
「2年生の時、女子だけでピクニックに行ったことがあるの。物見岩まで」
物見岩は、森の中の切り立った斜面の上にせり出すようにして突き出た岩で、そこに立てば、森の景色が一望できる。
アルマークも夏の休暇中にモーゲンに一度連れていってもらったことがある。
「物見岩なら僕も行ったことがある。景色のいいところだよね」
「ええ。そこから見える景色が素晴らしくて、みんなで歌を歌ったの。そしたら、リルティの歌がうますぎて」
キュリメはその時のことを思い出したようで、くすり、と笑った。
「途中でもうみんな歌うのをやめて、リルティの歌を聴いてたの。いつもはあんなにおとなしいリルティが、すごくきれいな伸びのある歌声で」
「へえ」
その時の情景を想像して、アルマークも自然と笑顔になる。
「リルティも恥ずかしがらなかったんだね」
「うん。周りは女子しかいなかったし、あの景色の中でリルティも開放的になってたんだと思う」
「なるほど」
「終わって、みんなが大絶賛した時には少し恥ずかしそうだったけど」
「そうか」
アルマークは自分の予感が正しかったことに嬉しくなる。
「やっぱりリルティは歌がうまいんだね」
「ええ。確か、ご両親も音楽院の楽士さんなんでしょ?」
「うん。僕もそう聞いてる」
アルマークは頷いて、あらためてキュリメの顔を見る。
「それで、ここからが本題なんだけど」
「う、うん」
キュリメが身構える。
「魔術祭の劇で、リルティが歌う場面を作れないかな」
「えっ」
キュリメは虚を衝かれた顔をしてアルマークを見た。
「リルティが歌う場面」
アルマークの言葉を繰り返す。
「うん」
アルマークは頷いて、昨日の演奏会でリルティが歌を口ずさんでいた話をする。
「昨日の歌手みたいに、舞台でリルティが歌ったらきっと素晴らしいんじゃないかと思って」
アルマークの言葉に、キュリメは、
「独唱か……」
と呟き、うつむいて考え込む。
その真剣な目は、いつものおとなしいキュリメの目ではない。
頭の中で真剣に何かを計算しているように見えた。
「いいかもしれない」
しばらくして、キュリメはそう呟いた。
「クライマックスの盛り上がりが少し弱いなって思ってたの。もしそこでリルティが歌ってくれたら」
そう言って、顔を上げてアルマークを見る。
「いいかもしれない」
今度は声に力がこもっていた。
「うん」
アルマークは笑顔で頷く。
「もちろん、無理にとは言わないけど」
「ううん。いいアイディアだと思う」
キュリメの目が輝いていた。
「ああ、書ける気がしてきた」
「ならよかった」
「あ、でも」
キュリメはやはりすぐに心配そうな顔になった。
「リルティがそんなこと引き受けてくれるかな」
「きっとやってくれると思うけど」
アルマークは、昨日のリルティの演奏会での嬉しそうな様子を思い出しながら言った。
「もしもダメだったら、責任をとって僕が歌うよ」
「あなたが?」
キュリメが驚いたように目を見張る。
「アルマーク、歌が得意なの?」
「分からない」
アルマークは首を振る。
「とりあえず、ちゃんとした音楽を聴いたのは昨日が初めてだ」
「そう……」
キュリメは少し気まずそうに目を伏せる。
「大丈夫」
アルマークは言った。
「台本を書くことは君にしかできないけど、配役を頼んだり、そういうことなら力になってくれる人がいるじゃないか」
顔を上げたキュリメに、アルマークは頷いてみせる。
「頼れるクラス委員に相談してみよう」
「そうだね」
キュリメはようやく笑顔で頷いた。




