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ヨーログ

 母隊の駐屯地に戻ったとき、レイズはもう老人のことなどすっかり失念していた。

 期待していたギル・バ正規軍の姿は影も形もなかった。

 どうやら転進して攻略目標を東に移したらしかった。

 当面の敵を失った黒狼騎兵団はとりあえずこのまま進撃してフィラン正規軍の補給線を確保する任務に移ることになった。


 気だるい疲れを感じながらレイズが団長のテントを出ると、飯炊き女の一人が寄ってきて、あんたの知り合いだっていう変なじいさんを途中で拾った、と言った。

 それでようやく彼は老人のことを思い出した。

「よお、じいさん」

 老人は馬車の隅っこに小さくなって座っていた。

 レイズが声をかけると慌てて立ち上がり、深々と頭を下げると、ヨーログと名を名乗った。

「俺はレイズだ。ここの副団長をしている」

 ヨーログは彼に、何か礼をさせてほしいと言った。

 レイズは笑って、あんたには何ができるんだ、と尋ね返した。

 まあできるのなら女の仕事の手伝いでもしてもらおうと思っていた。

 ヨーログは、自分は南の大国、ガライ王国にあるノルク魔法学院の学院長で、才能のある子供を探して旅をしている途中である、と言った。

 レイズは笑って信じなかったが、ヨーログが、旅の途中で杖をなくしたのでこの程度のことしかできませんが、と言いながら足元の石を拾って頭上に放り投げ、それが一羽の鳥になって飛び去っていくのを見て、本物かよ、と呟いた。

「ノルク魔法学院なら俺も聞いたことがある」

 レイズは言った。

「魔法の才能さえあれば出身地、身分の上下に関わらず誰でも平等に教育が受けられるって話だ。それに卒業したら各国から引く手あまたで出世できるとも聞いた。あんたがそこの、学院長だって?」

 ヨーログは頷き、レイズのあやふやな知識を補足した。

 学校はノルク島という島にあること、入学できる子供の年齢は9歳に限るということ、全寮制の学院で初等部、中等部、高等部各三年ずつ、計九年間学ぶということなどである。

「ふぅむ」

 レイズは一度唸ったきり、しばらく黙って考え込んだ。

 ヨーログは静かに彼を見守る。

 やがてレイズは左の脇腹をぼりぼりと掻き始めた。それは、言いづらいことを言おうとするときの彼の癖だった。

「……あんたの学院は才能のあるガキしか入れないんだったな」

「……ええ」

 ヨーログがうなずくとレイズはまた、ふうむ、と唸って脇腹を掻き始めた。

「頼みがある」

 ようやくレイズは切り出した。

「俺の息子のことだ」

 ご子息、とヨーログが反応した。

「ああ、アルマークってんだ。五歳になる」

 レイズはなおも脇腹を掻きながら言った。

「母親はあれが生まれてすぐに死んじまった。俺が男手一つで育ててきたんだが、どうも覇気がねえっていうか、気が弱すぎる。傭兵ってのは過酷な商売だ。敵はもちろん味方だって信用できねえ。頼れるのは自分と一握りの仲間だけだ。断言してもいいが、あいつがただの傭兵になったら二十歳を迎える前に確実に死ぬ」

 ヨーログは無言で聞いている。

「それで、どうだろう。あんたの学院にあいつを入れてやってくれねえか」

 レイズはヨーログが口を開く前に続けた。

「いや、わかってる。あいつはもちろん魔法の才能だってないだろう。だがとにかく、南に自分の住める足掛かりさえ見つければ、向こうには戦はない、どうにでも生きていける。頼む、あいつを入れてやってくれ」

 レイズはそう言って頭を下げた。

 ヨーログはしばらく黙っていたが、やがて笑いながら、おかしなことになりましたな、と言った。恩を受けたのは私なのにあなたの方が頭を下げている。

 とにかくその子を見せてくれ、というヨーログの要望に答えて、二人は立ち上がった。

 気付くともう辺りは薄暗くなっていた。

 夕食の準備が始まっているようだ。

 あちこちで立ち上っている焚き火の煙の一つをレイズは、あそこだ、と指差した。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすい。おもろい [気になる点] おもろい [一言] 2話の時点でおもろい。
[良い点] 「魔法の才能さえあれば出身や、身分の上下に関わらず誰でも平等に教育を受けられる」というノルク魔法学院がこの時点ではとてもかっこよく良いものと映りました。 魔法って、立身出世の対象になるの…
[良い点] 幕が上がる前の段取りという具合で、親父さんの心遣いが息子さんにも届くと良いですね。
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