約束
「それにしても、男の子って休みの日にすごいことしてるのね」
ウェンディが半ば感心し、半ば呆れたように言う。
「中等部の人と決闘、とかで休日一日使っちゃうんだね」
「僕もああいうのは初めてだったけど、コルエンたちは楽しそうだったよ」
アルマークは答える。
「それでね……」
アルマークは続きを話した。
コルエンからの決闘の申し込み。
コルエンとの決闘を経て、レイラについての情報提供。
「レイラが出てきた」
ウェンディがほっとしたように言う。
「でも、泉の洞穴に一人でなんて。レイラの魔法は確かにすごいけど、危ないね」
「うん。だからコルエンも止めた方がいいんじゃないかって」
アルマークは言う。
コルエンが、レイラをアルマークのガールフレンドだと勘違いしていたことは言わなかった。
「そうか。それでアルマークは私にレイラのことを聞いたりしてたんだね」
「うん。そうなんだ、ごめん。もっと早くに話せばよかったんだけど」
「それは仕方ないよ。それから?」
アルマークはレイドーと泉の洞穴に入ったことを話す。
「あ! あの帰りがすごく遅かった日!」
ウェンディが声をあげる。
「本当にいろいろやってるのね」
「これももっと早く話せばよかったね」
アルマークはうつむく。
なんだか、反省会のようになってきた。
ウェンディは、すぐに首を振る。
「でもレイドーのこともあるし、仕方ないよ。それで?」
もうノルクの街を過ぎ、二人は学院の正門に近付いていた。
アルマークはいよいよ今日のこと、レイラを追って洞穴に入り、そこで罠や仕掛けをかいくぐって第四層への階段までたどり着いたことを話す。
「すごい。レイラとそこまで信頼関係が築けたの」
ウェンディは感心したように目を丸くする。
「アルマークのことを認めているのは知ってたけど、レイラがあなたの指示通りに動くなんて。よっぽど心を許さないと、そんなことはしないと思う」
「そうなのかな。あまりよく分からないけど」
アルマークは曖昧に頷く。
「そうだよ。私もレイラとは仲がいいけど、そこまではしてもらえないと思う」
ウェンディの言葉にアルマークは、あの子に迷惑はかけられない、と言っていたレイラの姿を思い出す。
ウェンディは納得したように、
「そうか。そんなことしていたのなら疲れるのも当たり前だね」
と頷く。
「いや、ウェンディ。本題はここからなんだ」
「えっ、まだあるの?」
「うん」
アルマークは、その後で闇の罠に遭遇したことを話し始めた。
それまでは、時々感心したように相槌を打って、ふむふむと聞いていたウェンディだが、それを聞いて表情が強ばる。
「えっ、あの右手の、蛇の罠?」
「うん。僕の右手が反応したから、きっとそうだと思うんだ」
アルマークは頷いて、闇の魔影との戦いについて話す。
話すほどにウェンディの顔色がどんどん悪くなり、最後に魔影の手に撫でられて魂が抜けかけた時のことに話が及んだ時には、眉をしかめて苦しそうに両目を閉じた。
「でもまあ、それで魔影は退治できたわけなんだけど」
アルマークは言う。
「うん」
ようやく目を開けて頷くが、ウェンディの顔はまだ苦しそうだ。
「でもマルスの杖がずいぶん役に立ったのね」
ウェンディの言葉に、アルマークは頷いた。
「そうだね。マルスの杖がなかったらかなり危なかったと思う」
「そうだよね」
ウェンディは気を取り直したように、頬を膨らませて頷く。
「あれだけ危ない目に遭ってまで預けられた杖だもの。それくらいは役に立ってもらわなきゃ」
「なるほど。言われてみればそうだね」
「それで」
ウェンディはアルマークの肩にそっと触れる。
「今のアルマークは、魂じゃないでしょ。魔影に触れられたのにどうやって助かって、この演奏会に来ることができたの」
「うん」
アルマークは、レイラの治癒術で魂が抜けきらずに戻ったことを話す。
「治癒術」
ウェンディは右手を口許に持っていき、考え込む仕草をする。
「レイラは、あなたに治癒術をかけたのね」
「うん。そう言っていた。他に方法がなかったって」
「……そう」
ややあってウェンディは頷いた。
「レイラの魔法だし、きっと大丈夫だとは思うんだけど、そのことは明日きちんとイルミス先生に話した方がいいと思う」
「ああ」
アルマークはウェンディの言葉の意図を察する。
「セリア先生が授業で言っていた、治癒術は怪我以外で使うなっていうあれだね」
「うん」
「でも、身体の調子はどこも悪くないんだ」
「うん、何もなければいいの。レイラの魔法だもの。でも、念のため」
ウェンディは心配そうにアルマークの腕をさする。
「ね」
「うん。分かったよ」
アルマークが頷くと、ウェンディは安心したように表情を緩める。
「きっとだよ。それで話は終わり?」
「うん。えーと、それからはね」
アルマークは、魔力の尽きかけたレイラを森まで送ってから、寮で着替えて演奏会に来たことを話した。
動けなくなったレイラを抱きかかえて森まで運んだ話をした時は、ウェンディはなんとも言えない表情で、
「そうなんだ……」
と呟いた。
「話は、これで終わりだよ」
アルマークはそう言って、ウェンディに頭を下げる。
「今まで黙っていてごめん。君にもっと前から相談していればよかった」
「それはいいのよ」
ウェンディは首を振る。
「きっと、私がいたんじゃレイラはそこまでアルマークに心を開けなかっただろうし。二人とも無事で本当によかった」
「うん」
「だから、話してくれてありがとう。レイラがあなたに心を開いてよかった。一人でずっと無理をしてきた子だから」
ウェンディはアルマークの目を見た。
「レイラがもしもまたアルマークを頼ってきたら、私のことを気にしたりせずに力を貸してあげてね。これは私からも、レイラの友達としてお願いしたいの」
「分かった」
アルマークは頷く。
それからウェンディは、思い出したようにアルマークをまじまじと見た。
「でも、そんな大変なことになってたなら、どうして無理に演奏会に来たの。部屋で休んでいればよかったのに」
「来たかったんだ」
アルマークは答える。
「演奏会にはどうしても来たかったんだ。来てよかったよ」
「そう」
ウェンディは少し笑う。
「なら、よかった」
それから、二人はしばらく黙って歩いた。
学院の正門をくぐり、庭園を寮に向かって歩いているとき、ウェンディが不意に口を開いた。
「笑わないで聞いてね」
「うん」
アルマークは頷く。
ウェンディはそれから少しためらいを見せ、やがて心を決めたように言った。
「もし、次に闇の罠がアルマークを襲った時には、アルマークの隣には私がいたい。アインや、レイラじゃなくて」
「えっ」
アルマークは思わずウェンディを見る。
ウェンディは前を見つめ、表情は真剣そのものだった。
「戦いでアルマークがアインやレイラを頼ったみたいに、私にも頼ってほしい。私だって、二人ほどじゃないかもしれないけど、結構頼りになるんだよ」
そう言って、ウェンディがアルマークを見た。
強い瞳だった。
けれどその瞳は庭園の灯りに照らされて潤んでいるようにも見えた。
「こうやって後から聞かされるばかりじゃなくて、私も一緒に戦いたい。あなたの力になりたい」
ウェンディは言った。
「……うん」
アルマークは頷く。
「だから、もしもあなたに危険が迫ったら、私にも教えてほしい。一人は危ないってレイラにも言ったんでしょ? それはアルマーク、あなたにこそ言える言葉だもの」
「分かった」
「それで、私がもしもその戦いで、魔力が空っぽになるくらいまで頑張ったら、その時はアルマークに抱きかかえて寮まで送ってほしい」
「えっ」
アルマークは絶句する。
ウェンディは自分が余計なことを言い過ぎたことに気付いたのか、慌てて首を振った。
「ごめんなさい。そんなことまで言うつもりなかったのに。やっぱり笑って。忘れて」
「いや。笑わないよ」
アルマークはきっぱりと言った。
僕がウェンディを守る。
アルマークはウェンディの思いを聞き、そう考えていた今までの自分がひどく傲慢に思えた。
結局、今回もレイラの助けなしには勝てなかった。
そんな自分が、一人でウェンディを守ることなんて。
ウェンディはアルマークの隣に立ちたいと言ってくれた。モーゲンやアインのように。
それが嬉しかった。
「僕は君が頼りにならないなんて思ったことは一度もない」
アルマークは言った。
「ありがとう」
その真剣な言葉に、ウェンディは恥ずかしそうに頷く。
「どんな闇の罠がこれから待ち受けているのかは分からないけど、君が隣にいてくれればすごく心強い」
「うん」
「そしてもしも君に魔力がなくなってしまったら、必ず寮まで送るよ。絶対に抱きかかえて送る。約束する」
「だからそれは、忘れて」
ウェンディは顔を真っ赤にして、耳を塞いで首を振った。
「約束する」
アルマークはもう一度言った。
寮の灯が近付いてきた。
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