斬る
アルマークはマルスの杖に魔力を込め、思いきり振り抜いて魔影を蹴散らすと、そのままレイラのもとへ走った。
「何か考えがあるのかい」
「ええ」
レイラはゆっくりと後退りしながら、頷く。
「可能性は四つくらいに絞っていたんだけど。ほかの魔影を吸収しているのなら、きっと三番目の可能性だわ」
それから、迫ってくる魔影たちを指差す。
「まずは一旦きれいにしましょう」
そう言って、アルマークにちらりと目をやる。
「あなたの得意な魔法を使って」
「僕の? どれ?」
「どれって言うほどいくつも魔法が使えるの、あなた」
「い、いや」
「霧を出して」
レイラの言葉に、アルマークの目が輝く。
「それなら得意だ。いいのかい」
「ええ。霧であいつら全部を包むの。できるかしら」
「できるとも」
アルマークが笑顔で杖を突き出す。
嬉しくて、魔力をついいつもより多目に杖に詰める。
いくぞ。
その先端から、ごおっという音とともに大量の霧が噴き出した。
「うわ、やり過ぎた」
アルマークが言ったとおり、凄まじい濃度の霧が通路全体を覆い、たちまち二人の前方が見えなくなる。
「いいわ。離れて」
レイラがそう言って自分の杖を突き出す。
「あなたの霧に、私の稲光の術を乗せる」
「乗せる?」
答えの代わりに、レイラの杖から電光が走った。
電光はアルマークの霧と絡まり合うようにして通路全体を覆っていく。
「おお」
アルマークは思わず声を上げて、足を止める。
「アルマーク」
レイラに咎められ、アルマークは身をよじって杖を振るい、脇から現れた魔影を打ち倒す。
「ごめん、つい」
霧が晴れると、通常の魔影は一掃されていた。
「確かにきれいになった」
そこを、巨大な魔影だけが何事もなかったように前進してくる。
その切断面からはまたも新たな魔影が生み出されようとしていた。
「でもまた出てくるぞ」
「雲集めの術っていう魔法があるの。中等部の二年目くらいに習う魔法」
レイラは杖を巨大な魔影に突き出した。
「煙みたいな不定形のものを一つに集めて別のものを作る術」
アルマークはレイラを見る。
「こいつもそれだって言うのかい。魔影を集めて大きな魔影を作っているって」
「近い原理だと思う。その術で重要なのは、それらを束ねる環。だから、その環を壊す」
レイラの杖が輝いた。
魔影の身体を光が包む。
「環を暴くわ」
光が魔影の身体でうねる。
レイラの言葉通り、魔影の身体にどす黒い紐のようなものが現れた。
「うそ」
レイラが目を見開く。
その黒い紐が、魔影の全身にまるでクモの巣のように縦横に張り巡らされていた。
いや、紐じゃない。これは。
「蛇」
アルマークが呟く。
紐に見えたのは蛇だった。
黒い蛇が魔影の身体の表面や中で複雑に絡み合っているのだ。
「こんなに複雑な環なんて、見たことない。これじゃどこを切ってもさっきみたいになるわけだわ」
魔影の蛇の一部が大きく破断していた。
先ほどレイラの光の魔法で断ち切られた部分だ。
そこからほどけた魔影たちが零れ落ちているのだ。
しかし一部を切っても、それではこの魔影は倒せない。次々に新しい魔影を絡めとるだけだ。
不意に杖の光が弱まる。
「くっ」
レイラがうめいてよろめいた。
「魔力が足りない」
「無理するな、レイラ」
アルマークは声をかけた。
「あの蛇を切ればいいんだね」
「ええ。でも、全てきれいに切らなければ意味がない。あれでは複雑過ぎる」
レイラは唇を噛んだ。
「悔しい。私の手には負えない」
「分かった。僕が斬ってくる」
「何言ってるの。私の話を聞いてた?」
レイラが驚いてそう言いかけた時には、アルマークは魔影に向かって駆け出していた。
「弱くてもいい。その光をあと少しだけ残しておいてくれ」
背中越しにレイラに向かって叫ぶ。
「どうする気!?」
レイラが叫ぶ。
イメージだ。
アルマークはマルスの杖を握り直す。
これが棒だからって、殴り倒すメイスみたいな武器をイメージしていた。
だからあいつには通用しなかった。
斬るんだ。
アルマークは思った。
今まで僕はたくさんのものを斬ってきた。
斬ればいいなら、得意分野じゃないか。
これは、杖じゃなくて剣だ。
アルマークは使い慣れた相棒の長剣のイメージをマルスの杖に重ねる。
自分の手の延長のように使い込んでいた長剣だ。そのイメージは、鮮明かつ具体的だった。
それとともに魔力をぎゅうぎゅうと杖に押し込んでいく。
父さん、こいつ、剣で斬れるみたいだよ。
魔影を見て、口許を緩める。
なら、関わっても大丈夫そうだね。
魔影の巨大な手がアルマークに迫る。
アルマークは走る速度を落とさず、その手の直前で踏み切った。
アルマークの身体が宙を舞い、手を軽々と飛び越える。
着地したのは、魔影の目の前だ。
これは、剣だ。
もう一度イメージを強める。
アルマークの目には、複雑に絡んだ黒い蛇もまるで簡単なパズルのように見えた。
そこと、そこと、そこ。
一瞥して確認し、アルマークはもう一度跳躍する。
斬るのは、三回でいい。
アルマークの振りかざすマルスの杖が、一瞬、刃のような輝きを放った。
「なんなの、あの杖は」
レイラが思わず呟く。
「杖? それとも剣なの?」
一刀。
アルマークの斬擊が魔影の黒い蛇を断ち切る。
ぶちぶちという紐の切れるような感触が確かにあった。
もう一刀。
目にも止まらぬスピードで繰り出された斬擊がさらに黒い蛇を断ち切る。
魔影が初めて苦しそうに歪んだ。
最後だ。
その瞬間、黒い蛇がアルマークの視界から消える。
「ごめんなさい」
レイラの声。
魔力の限界だったのだろう。杖から光が消えていた。
いや。
アルマークは壁を蹴って高く跳んだ。
ありがとう、レイラ。もう蛇の場所は覚えた。
アルマークは大上段から一気にマルスの杖を振り下ろす。
確かな手応え。
やっぱり僕にはこっちの方が性に合ってる。
アルマークの目の前で、魔影の身体が崩れた。




