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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる
第九章

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称号

 フィッケはするすると壁を下りてくると、最後は、よっ、という掛け声とともに、自分の身長の二倍くらいの高さから床に飛び降りた。

「いやー、ひどい目に遭った」

 明るい声でそう言いながら、アインとアルマークに近づいてくる。

「アイン、それにそっちは2組の転入生か。助けに来てくれたのか」

 だが、声をかけられた二人とも、力を使い果たしていてまともに立ち上がることもできない。

「ありがとな」

 あっさりとそう言って、フィッケはいつもの緊張感のない顔でエルデインに近付く。

「もう動かないよな」

 エルデインの黒い角を爪先でこつこつと蹴って、にやりと笑う。

「すげえ化け物だったな。まぁ俺の岩で倒しちゃったけどさ」

 ぬけぬけと言い放った後で、うずくまっている二人を交互に見比べる。

「なんだよ、どうしたんだよ二人とも」

 その瞬間、広間が闇に包まれた。

 アインが鬼火を消したのだ。

「うわ、暗いって!」

「うるさい。僕はもう疲れた。君が灯りをつけろ」

 アインが冷たく言い、フィッケが慌てて手に灯をともす。

「ひでえな。びっくりしたじゃないかよ」

「びっくりしたのはこっちだ」

 アインが言う。

「エルデインの足元に君のぼろぼろのローブがあった。こっちは君が喰われたのかと思ったんだぞ」

 フィッケはきょとんとする。

「エルデイン? 誰?」

「そいつの名前だ」

 アインが、床に横たわる巨体を指差すと、フィッケは、ああ、と頷く。

「こいつのことか。いや、ほんとだぜ。いきなり暗い洞窟にぶちこまれて、長いこと歩かされたと思ったらこんなでかい化け物に襲われて。まあローブの端っこ食いつかれただけで壁に登れたから助かったけどさ」

「ずっと壁にへばりついてたのか」

「いや、それがさ」

 フィッケの声はあくまで明るい。

「登ってみたら、あそこ。いい感じの窪みがあるんだよ」

 そう言って、壁の遥か上の方を指差す。

「そこで、こいつがどっかに行くのを待とうと思って座ってたんだけど、やることもないし気付いたら寝てた」

「寝たのか」

 アインの声が震える。

「こっちが心配でろくに眠れなかったというのに」

「あそこ、横になれるくらいの広さがあるんだ」

 フィッケはアインの表情など全く意に介さず、続ける。

「でも不思議なんだよな。ずいぶん寝たはずなのに、腹も減らないし喉も渇かないんだ」

「それはこの身体がかりそめだからだ」

 アインがそれでも説明しようとする。

「君も本に吸い込まれたんだろう」

「おう。そうそう、そうだよ」

 フィッケが思い出したように頷く。

「図書館に、アインの言った通り、光った本があったんだよ。これだと思って開いたら、その本の中から突然手が伸びてきて」

「光った本はその隣だ。君は一冊間違えたんだ」

 アインが苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「あ、そうなの? でもびっくりしたぜ。気がついたらこんなところでさ」

 フィッケは屈託なく言った。

「まあでもそんなに心配はしてなかったけどな。アインが助けに来てくれるって分かってたからさ」

「それは……当たり前だろう」

 アインが頷くのを見て、フィッケが笑う。

「信じてたけど、やっぱりほんとに来てくれたのが分かった時は嬉しかったな」

「む……」

 アインがばつの悪そうな顔で黙る。

 そこに、ようやく立ち上がったアルマークが近付く。

「フィッケ、無事でよかった」

「おう、転入生。アルマークだっけか。こうして話すのは初めてだな」

 フィッケはにやりと笑った。

「すごかったな、あの魔法。背中で爆発してたな」

 雑に魔法を誉められ、アルマークも頷く。

「ああ。君こそ、最後の岩は的確だった。助かったよ」

「あれ、よかっただろ?」

 フィッケは得意気に笑う。

「二人が来たのは分かってたからさ。この化け物が壁に突っ込んで巻き上げた岩を、魔法で一個引き寄せてキープしてたわけさ。それでいつ出て行こうか迷ってたら、アインが、弱点はあそこだって叫んで、その後でお前のでっかい火柱が上がったじゃんか。ここだって思ったね」

 フィッケは自分の言葉に頷いて、手で何かを手繰り寄せるジェスチャーをする。

「あの火柱からも炎を引き寄せてさ。ほら、俺ってそういう魔法得意だからな。そんで燃やした岩をこいつの背中に、ずごーん、さ」

「すごいな」

「だろ」

 フィッケは得意そうに微笑む。

 それからまじまじとアルマークの全身を眺めた。

「それにしてもひでえざまだな。全身血まみれじゃねえか。お前こそ大丈夫かよ」

「大丈夫」

 アルマークは微笑む。

「慣れっこだ」

 その答えにフィッケが目を剥く。

「慣れっこってお前。骨とか折れてないか」

「多分ね。でも、かりそめの身体だから」

「かりそめ……えっと、それはつまり」

 フィッケはアインを振り返る。

 アインもゆっくりと近付いてきていた。

「本当の君の身体は今、学院の医務室で眠っている」

 アインは言った。

「昨日からずっとだ」

「ほんとかよ」

 フィッケが声を上げる。

「じゃあ、これは?」

 言いながら、自分の身体をべたべたと触る。

「かりそめの身体だと言っただろう。魂のようなものだ」

「へえ」

 フィッケはすっとんきょうな声を上げる。

「魂か。じゃあ二人も、魂なのか」

「だから、そう言っているだろう」

 うんざりした顔で言ってから、アインはアルマークに向き直る。

「アルマーク。君には辛い役目を引き受けさせてしまった」

 そう言って、アルマークの身体を痛ましい顔で見る。

「いくらかりそめとはいえ、これは……命を落としてもおかしくなかった」

「いいんだ」

 アルマークは首を振る。

「僕には、エルデインの弱点を探す方法なんて思い付かなかった。君は見事に自分の役目を果たしてくれた。さすがだよ、アイン」

 そして、アインの顔を見て、微笑む。

「君の誇りを見せてもらった」

「僕の方こそだ」

 アインが言う。

「最初の予定どおり、僕一人で来ていたら、間違いなく僕はあいつの餌食になっていた。僕にはこいつほどの運動能力はないからね」

 そう言って、フィッケを顎で示す。

「最初から最後まで、一貫して君は勇敢だった。あれだけの魔獣を前にしても、君の勇気はいささかも揺るがなかった」

 そして、頭を下げる。

「敬服する。アルマーク。君の勇気に」

「よしてくれ」

 アルマークは手を振った。

「どちらが欠けていても倒せなかったんだ。君の頭脳こそ、少しも濁らなかった」

 アインは首を振る。

「フィッケがやられたと思って動揺した。恥ずかしいところを見せた」

「なあ」

 フィッケが二人の会話に割り込んだ。

「あいつを倒したのは、俺ってことでいいんだろ?」

「ああ、そうだな」

 アルマークは笑顔で頷く。

「魔獣殺しの称号は君のものだ」

「よっしゃ」

 拳を握るフィッケの頭をアインが叩く。

「やめておけ。分不相応な称号だ」

「なんでだよ」

「倒したのは、ほとんどアルマークの手柄だ。アルマーク、君の……」

 アインはアルマークを見る。

「あんな戦い方は、南の人間にはできない。君は北で、一体何をして育ってきたんだ」

 アルマークは、アインの目を見返して答える。

「北には魔物が多いから。それで慣れていた」

 だが、その言葉にアインは納得しなかった。

「君のご両親は何を」

「母さんは死んだ。父さんは旅の鍛冶屋だ」

「鍛冶屋」

 アインはアルマークの答えを繰り返し、探るようにアルマークの目を覗き込んだ。

 アルマークは目をそらさない。

 しばらく互いに見つめあった後、アインは諦めたように笑った。

「君がそう言うなら、まあそうしておこうか」

「何の話してるんだよ。俺も混ぜろよ」

 フィッケが不満顔で言ったときだった。

 急に辺りが明るくなった。

 上空から光が差し込んできたのだ。

「牢獄の扉が開くぞ」

 アインが言った。

「ここから出られるのか」

 フィッケが声を弾ませ、アルマークが笑顔で頷いたとき、光が急激に強さを増した。

 三人は、その光の中で意識を失った。





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― 新着の感想 ―
ここで仮初めの身体が死んでたら精神の死という事で身体もずっと動かないままいずれ… そう考えるとアルマークとアインどちらが欠けても全員の生還は叶わなかったですね。 一応とどめさしたフィッケも
[一言] アインなら、まぁ何かしら隠す事情があるのだと気付くよね。 フィッケは飄々としてやがるなぁ、こいつめ!
[良い点] アルマークが僕の父はパン屋なんだって言ったとしても アインは笑ってくれそうな信頼関係いいですね
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