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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる
第九章

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役目

「やめろ、アルマーク。君がいくら武術に自信を持っているからって無茶だ」

 アインがアルマークから離れて走りながら叫ぶ。

「一人で引き付けるなんて自殺行為だ」

「僕のことはいい」

 アルマークは叫び返した。

「君は君のやるべきことをやれ」

 言いながら、アルマークはエルデインの目の前を斜めに横切っていく。

 エルデインの注意が自分に引き付けられるのが分かる。

「こっちだ」

 アルマークはエルデインに叫んだ。

 瞬間、アルマークの目の前でエルデインの身体が二倍以上に膨れ上がった。

 エルデインが大きくなったわけではない。アルマーク目掛けて突進してきたのだ。

 そのすさまじい速度。

 予想していたつもりだったが、それを上回った。

 アルマークは身を投げ出すことで、ぎりぎりで突進をかわした。

 巨大な角が壁に突き刺さる衝撃と轟音。

 アルマークが立ち上がると、エルデインは岩を撒き散らしながらアルマークに向き直るところだった。

 広間全体が、軋むような音をたてるほどの圧倒的な膂力。

「なんてやつだ」

 アインが呻く。

 その呟きの相手は、闇の魔獣エルデインか、それとも恐れを見せずに魔獣に立ち向かうアルマークか。

 アルマークは剣を握り直すと、また走り出す。

 エルデインが吼えた。

 耳障りな金属音のような鳴き声。

 それと共に生じた衝撃波が地面を走り、アルマークの足をなぎ払う。

「くそっ」

 それでもアルマークは転ばなかった。空中で態勢を立て直す。

 足を止めたら、死だ。

 それが分かっているから、アルマークは走りを止めない。

 広間をジグザグに走りながら、エルデインの背後に回り込もうとする。

 だが、エルデインはアルマークのかつての記憶よりも敏捷だった。

 その巨体からは想像もできないほどの素早い動きでアルマークを正面に捉える。

 走っている最中に、既に自分がエルデインの視界に捉えられたことがアルマークにも感覚で分かる。

 どっ、という蹄が床を蹴る音。それがまるで身体の後からついてきたのではと思えるほど、エルデインの突進の速度は凄まじかった。

 よけたつもりだったが、アルマークの全身に痛みが走った。

 衝撃波か、それともよけきれず突起か何かが触れたのか。

 今はそれを確かめている暇はない。

 アルマークは視界の隅でアインを見た。

 アインは杖を構えてエルデインをじっと見ている。

 よし。それでいい。

 アルマークはその姿に安堵する。

 フィッケのことで逆上しはしたが、もう落ち着きを取り戻したようだ。

 逆上した人間も、臆病風に吹かれた人間も、エルデインの前では等しく命を落とすだろう。

 生は、理性の向こうにしかない。

 轟音。

 エルデインが再び角を振るって壁を突き崩しながらアルマークに向き直った。

 突進がやつの最大の武器だ。

 アルマークは瞬時に考えを巡らせる。

 突進をさせないためには、どうすればいい。

 実地で学んだ、知識と経験。

 それが生死の狭間でアルマークの頭を、身体を、生き生きと躍動させる。

 アルマークは、剣を低く構えると自分からエルデインに向かって走った。

 答は、突進できる距離を潰す、だ。

 エルデインが唸り、首を下げて角をアルマークに向ける。

 突く気だ。

 アルマークは構うことなく、走る速度をさらに上げ、上体をわずかに捻る。

 その直後、耳元をごおっという暴風のような音が通り過ぎていった。

 突き出された角を紙一重でかわしたアルマークは、そのままエルデインの足元に潜り込んだ。

 アルマークの頭上に広がったエルデインの腹は、甲羅に覆われていなかった。

 ここが弱点か。

 剣を上に向け、めったやたらに突き上げる。

 肉を裂く感触。

 ぼたぼたと黒い油のようなものが垂れ、エルデインはうるさそうに足踏みした。

 効いたか。それともダメか。

 その刹那、エルデインが前方に走り出し、ちょうど突き刺したばかりの長剣を一緒に持っていかれそうになる。

 とっさにアルマークは一緒に前方に飛びながら、剣を引き抜いた。

 エルデインは広間の中央まで走ると、大きな音を立てて立ち止まり、再びアルマークに向き直る。

 その動きは先ほどまでと微塵も変わらない。

 つまり、腹は弱点じゃないんだ。

 起き上がるのが少し遅れたアルマークを突進して踏み潰そうとしたエルデインの角を、横から見えない衝撃波が襲った。

 エルデインは立ち止まって少し首を振る。

 アルマークはその間に体勢を立て直した。

「すまない」

 アインに叫ぶ。

「腹は違った」

 それから、再びアインのいる方とは逆に走る。

 エルデインの弱点の明確な見つけ方を、アルマークは知らない。父も教えてはくれなかった。

 それはそうだ。

 父だって、何もかもあらゆることを教えられるわけではない。

 だから、自分達で考える。

 アルマークは走りながら、時折速度を緩めてエルデインを引き付ける。

「アルマーク、僕にじっくり考える時間をくれ」

 アインが叫んだ。

「情けない話だが、さっきの炎の魔法のせいで、もうそんなにいくつも魔法が使えそうにない」

「分かっている」

 アルマークは走りながら叫び返す。

「君なら必ず弱点を見つけられる」

 エルデインが首を振る。その角が大きな弧を描いて凶悪な音をたてる。

「考えろ。それが君の役目だ」

「すまない」

 言いざま、アインは杖を振るった。

 アインの姿がかき消すように見えなくなる。

 姿消しの術。

 エルデインの視界から消えることで、思考に集中しようというのだ。

 アルマークは壁際で立ち止まる。

 その拍子に、赤い水玉が数滴、軽い音をたてて床を叩く。

 いつの間にか、どこからか出血していた。

 しかし、アルマークは意に介さない。

 アインは、きっと答を出す。

 それまで、こいつを引き付けておくのは、僕の役目だ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回の魔獣 ワンダと巨像がイメージとして思い浮かぶ
[良い点] 生は、理性の向こうにしかない。 かっこいいしその後に 轟音。 って続くのもかっこいい。
[一言] アルマークも認めるアインの慧眼が、魔獣の弱点を見極められるか。
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