洞窟
……どこだ、ここは。
闇の中で、アルマークは意識を取り戻した。
目を開けたはずなのに、何も見えない。
完全なる闇。
感触からして、何か石か岩のような硬いものの上に、アルマークは倒れているようだ。
ゆっくりと上体を起こしてみる。
身体は動く。痛みもない。
闇の中に気配を探る。
獣や魔物の気配はない。
魔力や強い敵意も感じない。
声を出してもよさそうだ。
「アイン」
アルマークは、一緒に本に引きずり込まれたはずの友人の名を、囁くように呼んでみる。
「アイン、いるのか」
「アルマークか」
やや離れたところからアインの声がした。
「君もいるのなら、もう灯をつけてもよさそうだ」
アインがそう言い様、灯の魔法を使った。
小さな炎に照らし出されたのは、どうやらどこかの洞窟の中のようだった。
天井は大人でも手が届かないくらいの高さがあり、足元は剥き出しの岩だ。
二人はその洞窟の、狭い通路の行き止まりのような場所に倒れていたようだ。
二人のほかには、誰もいない。
「怪我はないか」
アインが尋ねてくる。
「ああ、ないよ。君は」
「僕もない」
「でも変な感じだ」
アルマークは立ち上がった。
「自分の身体であって自分の身体でないような。なんだかふわふわとしている」
「……魂、か」
アインが呟く。
「僕らの本当の肉体は、きっと図書館の床に倒れているんだろう。昨日のフィッケと同じようにね」
「つまり」
アルマークは頷く。
「これはかりそめの身体というわけだね」
「おそらく」
「君の読みは正しかったわけだ、アイン」
「読みというほどのものじゃない」
アインは首を振る。
「ただ、もし何かが原因で魂を抜かれるのなら、抜かれるその瞬間の自分のイメージというものが大切なんじゃないか、と思っただけさ」
「でも、君の読みのおかげだ。わざわざ寮に帰った甲斐があったよ」
アルマークは言いながら、自分のローブの中に手を差し入れる。
そして、ゆっくり取り出したのは、アルマークの相棒たる長剣。
「これがあるとないとでは全く違うからね」
アルマークは長剣を鞘から抜き、異常がないことを確認する。
「やはり持ってこれたのか」
アインはそう言って頷く。
「君の部屋でそれが目に付いたからな」
言いながら、自分もローブに手を差し込み、杖を取り出す。
万が一に備え、今日、二人はローブの中にそれぞれの得物を忍ばせて持ってきていた。
それが自分の肉体のイメージとなって、着ていたローブなどと同様、魂となった今でも二人の手元に残ったのだ。
「君があの本を掴んだ時は驚いたが」
言いながらアインは手の上の炎を杖の先に移す。
「あれは、操られたのか」
「うん、おそらく。すまない」
「いいさ。たまたま君だっただけで、僕が操られていたかもしれないんだ」
アインの慰めに、アルマークは首を振る。
「いや。僕は仕組まれた気がする」
「仕組まれた?」
アインが怪訝そうにアルマークを見た。
アルマークの脳裏をよぎった、蛇の指輪。腐臭。
銅貨と銀貨の魔術師。
答のピースはもう全て手中にある気がするが、まだそれらがうまく結び付かない。
「詳しくは後で話すよ。それよりも、フィッケを探さないと」
「ああ。そうだな」
アインは杖を持ち上げ、その灯で通路の先を照らす。
光が届くところまで、まっすぐに通路が続いている。
その先は、闇だ。
「ここは、あの本の中なんだろうか」
アルマークが言うと、アインは首を捻る。
「さて。僕にもはっきりとしたことは分からないが……本の中だとすれば、何かあるのか」
「ここが本の中なら、手掛かりはある」
「ほう」
アインが挑むような目でアルマークを見る。
「今度は、君の番か。何に気がついた」
どこか面白がるその口調は、もう普段どおりのアインだ。
「僕たちが引き込まれる直前、本がひとりでに開いただろう」
「ああ」
「あそこに何が書いてあったか、読めたかい」
「いや」
アインは即座に否定する。
「さすがにあの状況で文字まで読む余裕はなかった。……まさか、読めたのか」
アインの言葉にアルマークは頷く。
「目に入った部分はね」
アインは苦笑して首を振る。
「さすがだな。自分の身体が操られていたというのに。それが君の勇気というやつか」
「そんな大層なものじゃないよ」
アルマークは、自分の目に入った文章をゆっくりと思い出す。
「魔物について書かれていた」
「魔物」
アインが顔をしかめる。
「どんな」
「巨大な牛か犀のような外見。固い甲羅と鋭い角。何物も噛み砕く牙。四肢に充満する邪悪な力」
アルマークは文章の断片を口にする。
不吉な言葉が並んでいく。
「闇の魔獣だ。僕の知る限り、それは闇の魔獣エルデイン以外にない」
「エルデイン」
アインは復唱する。
「本で読んだことはある。デリュガンやボラパと並ぶ闇の眷族だと」
「うん。僕は北で一度だけ出会ったことがある」
その時は、倒せなかった。
「そうか。君の見た文章が間違いなければ」
アインは通路の先の闇に目をやる。
「そいつがこの洞窟の中にいるのかもしれないな」
新たな情報を得て、またアインの頭脳が回転を始める。
「そうすると、これは牢獄の術の応用なのかもしれない。あの本そのものを魔法の牢獄に見立てたんだ。とすれば、条件があるはずだ。牢獄の術で捕らわれたら、設定された条件を満たさなければ出ることはできない。ここにも何かそういう類の条件が」
そうであれば、とアルマークを見る。
「君の言うそいつが条件か。そのエルデインを倒せば、ここから出られるのかもしれないな」
「倒せば、か」
アルマークは浮かない顔をした。
「エルデインは闇の魔獣だ。モルドとかジャラノンみたいな普通の魔物とはわけが違う」
「強いということか」
アインの言葉にアルマークは頷く。
「強い。ものすごくね。できれば戦いたくはない」
そう言いながらも、淡々と続ける。
「でもそれしかないのなら、どうにかして倒すしかないね。いずれにせよ、エルデインなんかに出くわしたら、どうしたって生きるか死ぬかになるしかないんだ」
その悲愴感のないさばさばとした口ぶりに、アインが少し戸惑った顔をした。
「生きるか死ぬか」
アインはアルマークの言葉を口の中で繰り返してから、首を振る。
「こういう状況でそんな言葉をあっさりと言える。そして、実際にその覚悟ができている。君はそういう環境で育ったんだな」
アルマークが答えないでいると、アインはちらりと笑顔を見せた。
「だが、今はそれが心強い」




