誇り
「意識が戻らないだって」
アルマークは目を見開いた。
「それはどういうことだい」
しかしアインは首を振る。
「分からない。とりあえず命に差し迫った危険はないようだが、眠り込んだまま目を覚まさない状態らしい」
「目を覚まさない……」
「どうも先生たちにもまだはっきりと理由は分かっていないようだ。病気なのか、魔法なのか、それとも」
アインはアルマークの目を見る。
「何かの呪いの類なのか」
「穏やかじゃない」
アルマークは言いながら、ドアを大きく開けた。
「立ち話でする内容じゃないみたいだね。中に入ってくれ」
「すまない」
アインはそう答えると、おとなしくアルマークの部屋に入ってきた。
「殺風景な部屋だ」
一言辛辣な感想を言ってから、椅子に腰掛ける。
アルマークはベッドに腰掛け、アインと向かい合う。
「昨日、君は本当にフィッケに図書館に行くように言ったんだね」
「ああ」
アインは頷く。
「放課後になってすぐだ。話を聞いて、フィッケはいつもの調子で面白がっていた」
「ということは」
アルマークが言う。
「今回の話の出どころはフィッケではないということだね」
「ああ」
アインは少し意表をつかれたようにアルマークを見る。
「よく気が回る。その通りだ」
「モーゲンにこの話をしたっていうブレンズから話は聞いたのかい」
「聞いた」
アインは頷く。
「中等部の学生から聞き込んだらしい」
「中等部」
アルマークは眉をひそめた。
「ブレンズは中等部の学生と繋がりがあるのかい?……ああ、そうか」
言いながら、一人で納得する。
「僕は今年から来たから全く繋がりがないけれど、君たちにとっては去年まで一緒に初等部に通っていた仲間なのか」
「そういうことだ。中等部とは校舎や寮は離れているが、街で会えば話をするのは珍しいことではないからな」
アインは言いながら、窓の外に目をやる。
森の向こうに、中等部の校舎の屋根が小さく見える。
「ブレンズが聞いた話は、君がモーゲンから聞いたのとほぼ同じだ」
アインは言った。
「ほぼ」
アルマークが聞き咎める。
「ということは、違うところがあるんだね」
「ああ」
アインは頷く。
「ブレンズが付けたひれは一つだけだ」
アルマークがアインの顔を見る。
アインは険しい顔のまま、アルマークを見返す。
「僕の予想通りだ。一般書庫に魔力を帯びた光る本がある。ブレンズが実際に聞いたのはそこまで。読むと魂が抜かれる、それがブレンズの付けたひれだ」
「まさか」
アルマークは深い息を吐いて、アインから目をそらす。
「それじゃあ、君が昨日僕に言った通りじゃないか」
ああ、とアインは頷く。
「僕も自分の見立てには自信があった。だから、フィッケを一人で行かせた」
「でも、それじゃあなぜフィッケは倒れたんだ。意識が戻らないなんて、まるで」
本当に魂を抜かれたみたいじゃないか、という言葉をアルマークは飲み込む。
それは、あまりに不吉だ。
「それが僕にも分からない」
アインは首を振った。
「だが、結果的にブレンズのほら話と同じ現象が起きた。何かがあったんだ。あの書庫で。それは間違いない」
アインが椅子から立ち上がる。
「僕は、今日の夕方それを確かめに図書館へ行く」
「なんだって」
アルマークはアインを見上げた。
「一人でかい」
「もちろん」
アインは即答する。
「先生には言ったのかい。フィッケはもしかしたらって」
「いや」
アインは首を振る。
「先生たちは、フィッケの今の状態と、倒れていた一般書庫という場所に何か深い関係があるという結論には達していないみたいだ」
「なら、まずは先生に」
「それは僕の責任の取り方じゃない」
アインはアルマークの言葉を強い口調で遮った。
そのあまりの激しさに、思わずアルマークは顔をしかめるが、アインは構わず続けた。
「フィッケは。いや、フィッケだけじゃない。僕のクラスの連中は、僕の言うことに従う。それは、僕がクラス委員だからじゃない。僕の言葉が正しいからだ。彼ら全員が、僕は間違ったことは言わないと信頼しているからだ」
だから、とアインは言う。
「僕の言葉には責任が伴う。僕の言葉の不始末のけりは僕自身の行動でつける。もしも僕がフィッケに間違ったことをさせたのなら、そしてそのせいで今フィッケが危機にあるのなら、それを救い出すのは僕自身の責務だ」
強い目でアルマークを見る、そのアインの姿にアルマークは見覚えがあった。
ああ、そうだ。
アルマークは思い出す。
冬の屋敷。庭に並べられた警備員たちの遺体を前にしたウェンディも、こんな目をしていた。
子供なのに、子供ではない。
どこか、ずっと遠く。
距離ではなく、時間。
遥か過去からやってきているかのような、責任感。
あの時のウェンディと同じ眼差しだ。
そういえば、アインもどこかの貴族だと聞いた。
貴族の子弟はみな、知っているのかもしれない。
自分の言動には、常に責任が伴うと。
そして、望むと望まざるとに関わらず、その責任は自分の背に負うのだと。
「誤解しないでくれ、アルマーク。僕は君に泣きつきに来たわけじゃない」
アインは言った。
「もしも僕が今日しくじったら。つまり、僕が責任を取り損なったら、その時は君が先生に伝えてくれ。僕の愚かな失敗も含めて、今回の顛末を包み隠さず話してくれ」
アインはそこで初めて表情を緩めて微笑んだ。
「今日は、それをお願いに来た」
アルマークは、そのアインの姿を、どこか羨ましく眺めた。
アインのこの自負は、彼個人の賢さ、強さだけから来るものではないだろう。
彼の背後に見え隠れする、強い、名誉ある一族としての自負。誇り。
貴族。
アルマークたちとの身分の違い。
アルマークはゆっくりと首を振った。
「そのお願いは聞けない」
その答えにアインの表情が険しくなる。
しかし、今度はアルマークがそれに構わず話す番だった。
「君に君のやり方があるように、僕にも僕のやり方がある」
アルマークは立ち上がった。
まっすぐ、対等にアインを見る。
「君に最初にこの話をしたのは、僕だ。僕にも責任がある」
「いや、それは違う」
アインが反駁しようとしたが、アルマークは有無を言わさなかった。
「ここまで話をしておいて、一人で行くだって? 冗談じゃない。誇りは君が示せばいい。だけど勇気を示すべき場面で勇気を示さない人間を北の神々は祝福しはしない」
誰も見ていないからといって卑怯な振る舞いはするな。
父の言葉が蘇る。
天の神々は、いつも見ているぞ。お前の勇気を。その示し方を。
君たち貴族の背後にその一族の誇りがあるように、僕の背後には父さんの誇りがある。
北の傭兵の誇りがある。
それは少なくとも僕のなかでは、決して貴族の誇りに見劣りするものではない。
だから、退かない。
「僕は勇気を示す。君が何と言おうと僕も行くよ。それが、北の人間の流儀だ」
アインは呆気にとられた顔をしてしばらく黙っていた。
ややあって、苦笑とともに頷く。
「分かった。一緒に行こう」
そして、負け惜しみのようにこう付け加えた。
「まあ、君は2組だからな。僕の責務の範囲外だ」




