一般書庫
図書館の受付には、今日もタミンが座っていた。
まだ比較的若いのか、それとももうだいぶ年なのか、見た目では判断のつかない年齢不詳のタミンは、眼鏡の奥からちらりと入ってきたアルマークとアインを見ると、またすぐに読んでいた本に目を落とした。
アルマークとアインは彼女に小さく会釈して、閲覧室に入る。
昼休みなので、数人の学生が机で本を読んでいるが、その中にアルマークの見知った顔はない。
二人はそのまま閲覧室を通り抜け、一般書庫に足を踏み入れた。
書庫は無人だった。
「さて、君はどんな本を読むのかな」
アインはそう言いながらアルマークの後ろをついてくる。
「君も何か借りる本があるんじゃないのかい」
「僕の本は探すまでもない。もう場所が分かっているからね」
アインは澄ました顔でそう言う。
「僕は昔の伝承とか伝説の本を探しに来たんだ」
アルマークの言葉に、アインは意外そうな顔をする。
「伝承? 君はそういうのが好きなのか」
「いや、好きと言うか」
アルマークは自分を指差す。
「アルマーク、僕の名前だ」
本棚の間を歩きながら、アルマークは話す。
「ある人から、古い文献でこの名前を見たって言われたんだ。それで、興味があってね」
それから、ふと思い付いてアインに尋ねる。
「アイン、君は頭がいいから、知らないかい? アルマークっていう名前が何に出てくるのか」
「さて」
アインは首を傾げる。
「聞いたことはないな。そういうことなら先生に聞いてみるのが早いんじゃないのか」
「うん、そうだね。まあでも僕の個人的なことだから」
アルマークは微笑んだ。
「自分で気長に調べるよ」
「自分の名前の由来探しか」
アインは興味ありげな顔だ。
「君のご両親は何と?」
アルマークは首を振る。
「聞いたことはないんだ」
「そうか」
アルマークは伝承の棚の前で足を止めると、そこから二冊の本を選んで手に取る。
「僕はこれとこれにするよ」
「今日、君にその話を聞いたのも何かの縁だ」
アインはそう言いながら、本棚の影に姿を消したかと思うと、一冊の本を持って戻ってきた。それがアインの借りたかった本のようだ。
「僕も何か分かったら教えよう」
「ありがとう」
礼を言いながら、アルマークはふと朝のモーゲンの話を思い出す。
「そういえば、この図書館のことで、今朝モーゲンに聞いたんだけど」
そう前置きして、アインに魔法の本の話をかいつまんで説明する。
「こんな話、君は聞いたことがあるかい」
「いや」
アインは首を振る。
「初耳だ」
しかしその口許は楽しそうに綻んでいる。
「だが、言いそうな人間なら心当たりがある。うちのクラスのブレンズだろう」
アルマークには初めて聞く名前だ。
「ブレンズという学生を僕は知らない。確かにモーゲンは1組のやつに聞いたって言ってたけど」
「ブレンズは、うちのフィッケか3組のコルエンあたりが適当に言い始めた下らない話を、尾ひれ背ひれを付けて言いふらすのが好きなんだ。まあブレンズの話を真に受けるのは君のところのモーゲンくらいのものだろうが」
「モーゲンは純粋なんだ」
アルマークの言葉に、アインはおかしそうに笑う。
「純粋なのがいいか悪いかは場合によりけりだ」
「嘘と決まったわけでもないだろう」
しかしアインは首を振る。
「大体の予想はつく」
「予想? この話の謎が解けるっていうことかい」
「そうさ。君の親友の話だけでおおよその見当はつく」
アインは事も無げにそう言うと、書庫の窓を指差す。
採光用の、そう大きくはない窓だ。
「この一般書庫。窓がなければ暗すぎて不便だから、採光用の窓があるのはいいとして」
次に、本棚を指差す。
「日光は本を傷める。だから、もとは本棚に窓からの光がほとんど当たらないよう設計されていたんだろうが、今はこの有り様だ」
アインの指差した本棚には窓からの日光が燦々と降り注いでいる。
「増設だ」
そう言って、アインは書庫をぐるりと見回す。
アルマークもつられて書庫を見る。
「分かるだろう。蔵書が増えたので、本棚を増設したんだ。そのせいで、日光の当たる本棚が出てきた」
「本棚の形が違うね」
「よく気付いた。さすがだな」
アインはアルマークの言葉に微笑む。
「増設された本棚は、元からの本棚と少し形が違う。日光が強く当たるのはそういった本棚ばかりだ」
暗がりに並ぶ本棚の列と、日差しを受ける本棚の列。
その本棚の形が微妙に違うのがアルマークにも見てとれる。
言われてみれば、確かに後から増設されたようだ。
だが、それと魔法の本の話と、何の関係があるというのか。
合点のいかない顔をしているアルマークを見て、アインが楽しそうに言う。
「分からないようだな。ヒントを出そうか」
アルマークは頷く。
「頼むよ」
「素直でいいね。そうだな。キツネメソウ。オリハラマビカリソウ。もう一つ言おうか」
アインが植物の名前を二つ挙げ、さらに挙げようとするのをアルマークは遮って声を上げた。
「蓄光作用だ」
ほう、とアインが目を見張る。
「君が挙げたのは蓄光作用のある植物だ」
「正解だ。君はこの学院に来たばかりなのによく勉強しているな」
アインは満足そうに頷く。
「キツネメソウもオリハラマビカリソウも、昼間、太陽の光を葉に蓄えて、夜それを発散して光る草だ」
つまり、とアインは言う。
「その魔法の本とやらの表紙には、おそらくそういった植物を原料に含む顔料が使われていた。だから、日の光を浴びるこの本棚に移されてから、夜それが光るようになったのさ。顔料にしてしまったから、発する光は、ランプの灯りがあれば気付かない程度のごくごく淡いものなんだろう。そのせいで真っ暗になった瞬間にしか気付かれない」
アインの言葉に、アルマークは唸る。
「なるほど」
「オリハラマビカリソウは光と共に熱も発するから本の顔料には使わないだろう。僕は、キツネメソウの可能性が高いと思うね」
アインはそう言って、太陽の光の当たる比較的新しい本棚の列を見る。
「だからまあ、その話が真実だとすれば、その本は昼間光を蓄えることのできるこの辺りの本棚にあるどれかさ。モーゲンの言う、日没の時間ころに来ればすぐに分かるだろう」
「論理的だ。さすがだね」
「なに、大した推理でもないよ」
そう言いながら、アインもまんざらでもなさそうだ。
アルマークは彼にもう一つの疑問をぶつけてみる。
「でも、その本を読んだら魂が抜かれるっていう話は?」
「ひれだよ」
アインは即答する。
「ひれ?」
「そう。さっき言ったろう。背ひれだか尾ひれだか知らんが、ブレンズが話を面白くするためにくっつけたひれさ」
「うーん。そうかな」
アルマークが腕を組んで唸るのを見て、アインはおかしそうに笑う。
「君はまた夕方に確認に来るのか?」
アルマークは首を振る。
「いや。僕はイルミス先生の補習があるから来られない」
「そうか。僕も夕方は用事があるからな。だがせっかくだから確かめたいな」
アインは少し考えた後、一人で頷く。
「よし。フィッケに来させよう。あいつならいつも暇だ」
「勝手に決めていいのかい」
「大丈夫さ。あいつは僕のクラスだ」
アインは気さくな性格の影に時折見せる尊大さをちらりと覗かせて、そう答える。
「夕方、フィッケに来させる。結果の報告を受けたら、すぐに君にも教えてやるよ」
アインはそう言うと、これでこの話は終わりだというように書庫から出ていく。
アルマークは、日光を浴びる本棚の列をしばらく眺めた後、小さく首を振ってアインの後を追った。
翌日、朝早くにアルマークの部屋のドアがノックされた。
まだ朝食の時間までだいぶある。
アルマークがドアを開けてみると、険しい顔のアインが立っていた。
「アインか。どうしたんだ、こんな朝早くに」
「アルマーク、どうも僕の見立てが甘かったようだ」
アインは険しい顔のままでそう言う。
「え?」
「昨日の夜、フィッケが一般書庫の中で倒れているのが見付かった。怪我はないが、意識が戻らないそうだ」




