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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる
第八章

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 アルマークは右手のひらをそっと上に向ける。

「前回失敗したときに自分がどんなイメージをしたか覚えているかね」

 イルミスに尋ねられ、アルマークは頷いた。

「はい。手のほんの少し上の空間に小さな炎が宿るイメージを」

「この見た目のままだな」

 イルミスは自分の手の炎を示す。

「はい」

 アルマークは頷く。

「どうも君の中では、炎のイメージが先行しているようだ」

 イルミスはそう言うと、手振りでアルマークを後ろに下がらせる。

「この手の中の炎をそのまま炎として扱えば、表に現れるのは炎としての性質だ」

 言葉の直後、イルミスの手の中で炎がうねった。

「あっ」

 アルマークが声を上げる。

 炎は見る間に火柱となって、魔術実践場の天井近くまで立ち上った。

 後ろに下がっていなければ、アルマークも巻き込まれていたであろう、巨大な炎。

「竜の炎!」

 アルマークが叫んだ時には、炎は跡形もなく消えていた。

「と、このようにだ」

 イルミスの手の上にまた先程の小さな炎が現れる。

「だから、これを炎だと思ってはいけない」

 その言葉に、アルマークは思わずイルミスの手の炎を見つめる。

「じゃあこれは、何なんですか」

「この魔法の名前通りだ」

 イルミスは事も無げに言う。

「我々の足元を照らすこれを、君は何と呼ぶかね」

「灯……」

「そうだ」

 イルミスは頷いた。

「灯の魔法は、見た目に惑わされてはいけない。外の魔術師たちにも誤解している者が多いがね。この炎を炎ではなく、灯として扱うことが重要だ。つまり、自分の右手の上に」

「小さな灯が点るイメージですね」

 アルマークの言葉にイルミスは頷く。

「そうだ。理解が早いな」

「早くありません」

 アルマークは首を振る。

「あの日から、ずっと考えてきたんです。僕のイメージの何が間違っていたのかって」

「そうか」

 イルミスは微笑んだ。

「真の理解のためには必要な過程だ。君の悩んだ時間は決して無駄ではない」

 そして、アルマークの肩を叩く。

「では、やってみよう」



 アルマークは自分の右手に意識を集中させる。

 身体の中で、もう既に魔力は練り上がっている。

 それを、右手に集中させる。

「魔力をそこまで集める必要はない」

 イルミスが声をかけてくる。

「霧の魔法とは違う。小さな灯ができる程度の魔力があればそれで十分だ」

「はい」

 アルマークは答えて、右手から余分な魔力を散らす。

「灯だ」

 イルミスがもう一度アルマークに確認するように告げる。

「炎の形をとってはいるが、それは炎ではない。灯だ」

 灯。

 アルマークは頷く。

「炎ではないぞ。君の周囲を照らす、優しい光だ」

 そうだ。

 僕は何度もこの魔法を見てきた。

 この学院の誰も、この炎を炎として使いはしなかった。

 灯としてしか使わなかった。

 これは炎ではない。

 光だ。

 霧の魔法を初めて使うときには、恐怖と不安があった。

 今は、ない。

 アルマークはもう自分の魔力にそこまでの自信を持っていた。

 今なら、もう出せる。

 光だ。

 アルマークの右手の上に、ぽつっと小さな炎が点った。

「できた」

「ここからだぞ」

 すかさずイルミスの声。

「分かっているだろう」

「はい」

 そうだ。分かっている。

 この後で失敗したんだ。

 アルマークは集中する。

 霧の魔法のように、魔力を注ぎ込み続けるのとは違う。

 魔力をそこに固定し続ける。

 炎が不安定にふらふらと揺らめく。

「その灯はそこにあるものだと認識しろ」

 イルミスが言う。

「君の手のひらの少し上に、固定されてあるものなのだと。さもなければ、君が歩き出しても灯はついてこないぞ」

「はい」

 集中。

 固定。

 アルマークの額に汗が滲む。

 光としての炎。そう認識すれば、熱さは全く感じない。

 この空間に固定するのではなく、自分の右手のひらの上に固定するというイメージ。

 炎の形がなかなか安定しない。

 固定のイメージがうまくいかないのだ。

「集中しろ」

 イルミスの言葉にアルマークは頷いた。



「ここまでにしよう」

 イルミスの言葉に、汗だくのアルマークは頷いた。

「はい」

 霧の魔法を使うときとは、また違う疲労感。

「最初にしては良くできた方だ。明日から、霧の魔法と並行して練習していこう」

「分かりました」

「君の灯の魔法はまだまだ不完全だ。帰り道が暗いからといって使うことのないように」

「使いませんよ」

 アルマークは苦笑いして首を振った。

「ならいい。気を付けて帰りなさい」

「はい。ありがとうございました」

 アルマークは頭を下げる。

「ああ、そういえば」

 イルミスが、ふと思い出したように言う。

「あの棒についてだが」

「あの棒」

 アルマークはきょとんとする。

「武術大会の日に、銀貨と銅貨の魔術師が狙ってきた、あの棒だ」

「ああ、マイアさんのくれた棒ですか」

 アルマークは頭を掻いた。

「すっかり忘れていました。学院長からお話があるんでしたっけ」

「うむ」

 イルミスは頷く。

「学院長が学院に戻られ次第、君に話があるだろう」

「学院長は今お留守ですか」

 アルマークの問いに、イルミスは曖昧に頷く。

「あの方は星読みだからな。我々には分からぬ理由で動いているし、あらゆるところに行く」

「……そうですか」

 そういえば、確かにヨーログは北の地にまで顔を出していた。

 そこで、アルマークに偶然出会ったのだ。

「僕も、北でたまたま学院長に見出してもらったんです」

 アルマークは言った。

「それで、二年遅れはしましたけれど、この学院に来ることができた」

 しかしイルミスは首を振った。

「それは違う。たまたまなどではないだろう」

 学院長は、とイルミスは言う。

「必要とする場所に、必要とされる姿で現れる。権威が必要な相手には、権威ある老人の姿で。権威の通じぬ、しかし義侠心に富む相手であれば、弱々しい助けを求める老人の姿で。偶然の姿をしていても、そこに偶然はない」

 その言葉に、アルマークは目を見張った。

 冬の屋敷でウォードから聞いた、ウェンディのもとに初めてヨーログが現れた時の話。

 ヨーログはその威厳で、大貴族であるウェンディの父親さえも圧したのではなかったか。

 アルマークの父は、ヨーログを野盗から助けたと言っていた。

 しかし、ヨーログほどの魔術師が、野盗に襲われてなすすべなく逃げていたというのは、魔術師の奥深さを知った今となってみれば、あまりに不自然だ。

 父は、ヨーログを助けたのか。

 それとも、助けさせられたのか。

「学院長には深いお考えがある。我々がそれを予想しようとしても無駄だ」

 イルミスは、アルマークの気持ちを読んだかのように、そう言った。

「近いうちに学院長から呼び出しがあるだろう。その話を聞いてから、じっくりと考えればいい」

「分かりました」

 アルマークは頷いた。

 しかし、自分が、急に何か得体の知れない大きな流れの中に放り出されたような、そんな気がした。




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― 新着の感想 ―
全てがヨーログひいては星の導きにより仕組まれたものなんだろう。どんどん壮大でアルマークだけではどうしようもない世界にいた事に気付かされていく...
星を読む…それで学院長が出向き推薦して人を集めるのはどんな目的が…? 星の導きによって呼ばれた子供達は皆何かを背負っているんでしょうか…
[良い点] はじめまして。おじゃまします。 アルマークが学校にたどり着いた時には、もうボロボロ泣いておりました。 なんて厳しく、温かい父の愛なんでしょう。 なんて残酷で美しい世界なのでしょう。 …
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