光
アルマークは右手のひらをそっと上に向ける。
「前回失敗したときに自分がどんなイメージをしたか覚えているかね」
イルミスに尋ねられ、アルマークは頷いた。
「はい。手のほんの少し上の空間に小さな炎が宿るイメージを」
「この見た目のままだな」
イルミスは自分の手の炎を示す。
「はい」
アルマークは頷く。
「どうも君の中では、炎のイメージが先行しているようだ」
イルミスはそう言うと、手振りでアルマークを後ろに下がらせる。
「この手の中の炎をそのまま炎として扱えば、表に現れるのは炎としての性質だ」
言葉の直後、イルミスの手の中で炎がうねった。
「あっ」
アルマークが声を上げる。
炎は見る間に火柱となって、魔術実践場の天井近くまで立ち上った。
後ろに下がっていなければ、アルマークも巻き込まれていたであろう、巨大な炎。
「竜の炎!」
アルマークが叫んだ時には、炎は跡形もなく消えていた。
「と、このようにだ」
イルミスの手の上にまた先程の小さな炎が現れる。
「だから、これを炎だと思ってはいけない」
その言葉に、アルマークは思わずイルミスの手の炎を見つめる。
「じゃあこれは、何なんですか」
「この魔法の名前通りだ」
イルミスは事も無げに言う。
「我々の足元を照らすこれを、君は何と呼ぶかね」
「灯……」
「そうだ」
イルミスは頷いた。
「灯の魔法は、見た目に惑わされてはいけない。外の魔術師たちにも誤解している者が多いがね。この炎を炎ではなく、灯として扱うことが重要だ。つまり、自分の右手の上に」
「小さな灯が点るイメージですね」
アルマークの言葉にイルミスは頷く。
「そうだ。理解が早いな」
「早くありません」
アルマークは首を振る。
「あの日から、ずっと考えてきたんです。僕のイメージの何が間違っていたのかって」
「そうか」
イルミスは微笑んだ。
「真の理解のためには必要な過程だ。君の悩んだ時間は決して無駄ではない」
そして、アルマークの肩を叩く。
「では、やってみよう」
アルマークは自分の右手に意識を集中させる。
身体の中で、もう既に魔力は練り上がっている。
それを、右手に集中させる。
「魔力をそこまで集める必要はない」
イルミスが声をかけてくる。
「霧の魔法とは違う。小さな灯ができる程度の魔力があればそれで十分だ」
「はい」
アルマークは答えて、右手から余分な魔力を散らす。
「灯だ」
イルミスがもう一度アルマークに確認するように告げる。
「炎の形をとってはいるが、それは炎ではない。灯だ」
灯。
アルマークは頷く。
「炎ではないぞ。君の周囲を照らす、優しい光だ」
そうだ。
僕は何度もこの魔法を見てきた。
この学院の誰も、この炎を炎として使いはしなかった。
灯としてしか使わなかった。
これは炎ではない。
光だ。
霧の魔法を初めて使うときには、恐怖と不安があった。
今は、ない。
アルマークはもう自分の魔力にそこまでの自信を持っていた。
今なら、もう出せる。
光だ。
アルマークの右手の上に、ぽつっと小さな炎が点った。
「できた」
「ここからだぞ」
すかさずイルミスの声。
「分かっているだろう」
「はい」
そうだ。分かっている。
この後で失敗したんだ。
アルマークは集中する。
霧の魔法のように、魔力を注ぎ込み続けるのとは違う。
魔力をそこに固定し続ける。
炎が不安定にふらふらと揺らめく。
「その灯はそこにあるものだと認識しろ」
イルミスが言う。
「君の手のひらの少し上に、固定されてあるものなのだと。さもなければ、君が歩き出しても灯はついてこないぞ」
「はい」
集中。
固定。
アルマークの額に汗が滲む。
光としての炎。そう認識すれば、熱さは全く感じない。
この空間に固定するのではなく、自分の右手のひらの上に固定するというイメージ。
炎の形がなかなか安定しない。
固定のイメージがうまくいかないのだ。
「集中しろ」
イルミスの言葉にアルマークは頷いた。
「ここまでにしよう」
イルミスの言葉に、汗だくのアルマークは頷いた。
「はい」
霧の魔法を使うときとは、また違う疲労感。
「最初にしては良くできた方だ。明日から、霧の魔法と並行して練習していこう」
「分かりました」
「君の灯の魔法はまだまだ不完全だ。帰り道が暗いからといって使うことのないように」
「使いませんよ」
アルマークは苦笑いして首を振った。
「ならいい。気を付けて帰りなさい」
「はい。ありがとうございました」
アルマークは頭を下げる。
「ああ、そういえば」
イルミスが、ふと思い出したように言う。
「あの棒についてだが」
「あの棒」
アルマークはきょとんとする。
「武術大会の日に、銀貨と銅貨の魔術師が狙ってきた、あの棒だ」
「ああ、マイアさんのくれた棒ですか」
アルマークは頭を掻いた。
「すっかり忘れていました。学院長からお話があるんでしたっけ」
「うむ」
イルミスは頷く。
「学院長が学院に戻られ次第、君に話があるだろう」
「学院長は今お留守ですか」
アルマークの問いに、イルミスは曖昧に頷く。
「あの方は星読みだからな。我々には分からぬ理由で動いているし、あらゆるところに行く」
「……そうですか」
そういえば、確かにヨーログは北の地にまで顔を出していた。
そこで、アルマークに偶然出会ったのだ。
「僕も、北でたまたま学院長に見出してもらったんです」
アルマークは言った。
「それで、二年遅れはしましたけれど、この学院に来ることができた」
しかしイルミスは首を振った。
「それは違う。たまたまなどではないだろう」
学院長は、とイルミスは言う。
「必要とする場所に、必要とされる姿で現れる。権威が必要な相手には、権威ある老人の姿で。権威の通じぬ、しかし義侠心に富む相手であれば、弱々しい助けを求める老人の姿で。偶然の姿をしていても、そこに偶然はない」
その言葉に、アルマークは目を見張った。
冬の屋敷でウォードから聞いた、ウェンディのもとに初めてヨーログが現れた時の話。
ヨーログはその威厳で、大貴族であるウェンディの父親さえも圧したのではなかったか。
アルマークの父は、ヨーログを野盗から助けたと言っていた。
しかし、ヨーログほどの魔術師が、野盗に襲われてなすすべなく逃げていたというのは、魔術師の奥深さを知った今となってみれば、あまりに不自然だ。
父は、ヨーログを助けたのか。
それとも、助けさせられたのか。
「学院長には深いお考えがある。我々がそれを予想しようとしても無駄だ」
イルミスは、アルマークの気持ちを読んだかのように、そう言った。
「近いうちに学院長から呼び出しがあるだろう。その話を聞いてから、じっくりと考えればいい」
「分かりました」
アルマークは頷いた。
しかし、自分が、急に何か得体の知れない大きな流れの中に放り出されたような、そんな気がした。




