ウォリス
寮に戻ったアルマークは、物干場を覗いてみた。
ウォリスから借りたローブと上衣を洗って昨日のうちに干していたのだ。
手で触ってみると、もうすっかり乾いていた。
アルマークはそれを抱えて、ウォリスの部屋を訪れた。
ドアを開けたウォリスは、ああ、と言って受け取ると、君の着るローブはどうするんだ?と尋ねてくる。
「昨日、イルミス先生から新しいのをもらったよ」
「そうか」
「古い方も縫って使うつもりだけどね」
「それはあまりお勧めできないな。だいぶ大きく切れていただろう、見た目が悪い」
「うん。とりあえず縫ってみて、それから考えるよ」
「まあそれは君に任せるが」
言いながらウォリスはふと、考え込むような顔をした。
「……アルマーク、君これから少し時間はあるか」
「ああ。大丈夫だけど」
「なら、少し付き合ってくれ」
ウォリスはそう言って、部屋から出てくる。
「どこへ?」
「武術場だ」
ウォリスは答えた。
一昨日の武術大会の時とはうってかわって人の気配の全くない武術場。
その中央で、アルマークとウォリスは防具を着けて向かい合った。
「優秀選手をモーゲンが取ったのは知っている」
武術場に来る道すがら、ウォリスはアルマークに言った。
「僕もそれに異論はないが、うちの選手で一番強いのは、アルマーク。君だ」
それからウォリスは、アイン、ロズフィリア、とほかのクラスの優秀選手の名を挙げる。
「二人ともまあそれなりに優秀だが、君に比べればとるに足らない相手だ」
その二人の名を挙げてそんなことが言えるのは、この学年ではウォリスただ一人だろう。
「だから、君と二人で武術大会の番外編だ。この学年の頂上対決をしよう」
ウォリスの提案は、普段のウォリスらしくないひどく子供じみたものだったが、アルマークは受け入れた。
「いいよ。その代わり、僕も君に聞きたいことがいくつかある」
「答えられることなら、答えよう」
ウォリスはそう言ってから、にやりと笑って付け加える。
「付き合ってくれた礼に君の質問に一つ答える。僕に勝ったらもう一つ答えよう」
「本気で来たまえ」
ウォリスはそう言って、剣を上げた。
「ああ」
アルマークは答えて、剣先を合わせる。
二人は同時に間合いを取った。
武術の授業でもウォリスはアルマークの方には滅多に近付いてこなかったので、試合形式の対戦は実はこれが初めてだ。
とはいえ、アルマークは授業中にウォリスを観察することで、ある程度の実力の確証は得ていた。
ウォリスがゆっくりと間合いを詰めてくる。
アルマークはその足が自分の間合いに入った瞬間に踏み込んだ。
鋭い突き。
それを受け止めたウォリスの剣が鈍い音を立てる。
と、その瞬間。
ウォリスの剣が、アルマークの剣の上を滑った。
そのまま流れるように、攻撃に転じてくる。
アルマークもそれを余裕をもって受けるが、ウォリスは軽やかに畳み掛けてくる。
その一撃一撃が、全て緻密な計算に基づいているのがアルマークにも分かる。
アルマークは間隙を縫って攻撃を放つが、それを受けるウォリスはやはり予想済みの攻撃であったかのような動きだ。
ウォリスの攻撃、足捌き、アルマークの反撃まで含めた全ての事象が、まるでウォリスの勝利という結論から逆算されているような。
ウォリスには、ゴールが見えているんだ。
アルマークはそう思った。
アルマークの鋭い突きも、攻撃が胴に限定されているのでウォリスの意表をつくことは難しい。
最終的に、ウォリスの突きがアルマークの胴を捉えたとき、アルマークは思わず感嘆のため息を漏らした。
「すごいな」
その言葉に、ウォリスは首を振る。
「予想より7手も多くかかった」
端正な顔を少し歪めて、汗をぬぐう。
「すごくなどない。僕の方が少しばかり教養としての武術に慣れていたというだけの話だ」
ウォリスは喜びもせず、淡々と言う。
「いわゆる実戦……命を取り合う戦いになれば僕の技術など通じないし、君に遥か遠く及ばないことくらいは僕にも分かっている」
それは、そうかもしれない。
アルマークも頷く。
ウォリスの技術はこの、競技としての武術に完全に特化した、一つの芸術品のようだった。
実戦など想定もされていない、戦場に出ることを前提に鍛えたアルマークの剣技とは全く目的の異なる技術。
アルマークも、攻撃が胴への突きのみに限定されていなければもっと遥かに多彩な戦法で戦えただろうし、ウォリスの剣技がそのまま戦場で通用するかと言えば、それは無理だろう。
とはいえ。
「でも、負けは負けだ」
アルマークは素直に認めた。
ウォリスはアルマークを見て、口許を緩める。
「来年には、君は僕を抜かすかもな」
そう言ってから、ウォリスは不意に悪戯っ子のような顔でアルマークの口調を真似した。
「でも、勝ちは勝ちだ」
「答えられる質問と、答えられない質問がある」
ウォリスは防具を脱ぎながら、言った。
「だから、君の聞きたいことをとりあえず挙げてみたまえ」
「わかった」
アルマークも防具を脱ぎながら、答える。
「まず、僕がこの学院に編入してきて以来、君はなぜ僕をずっと避けていた、もっと言えば、敵視していたのか」
ほう、とウォリスが声をあげてアルマークを見る。
アルマークがウォリスを見つめ返すと、ウォリスは手を振って先を促す。
「続けて」
アルマークは頷いて口を開く。
「次に、君が武術大会の日に見せたあの黒い、闇のようなもの」
闇の魔術師の腕を食いちぎった、不定形の闇。
「あれは君の魔法なのか。それとも別の何かなのか」
「ふむ。あとは」
あとは、とアルマークも復唱する。
「武術大会で、僕はクラスの代表としてウォルフ王太子からトロフィーをもらった」
その言葉に、ウォリスの眉が上がる。
「ウォルフ王太子の顔は、君にそっくりだった」
アルマークが見つめるその整った顔には、痛々しい傷痕はない。
だが、それ以外は全てが、一昨日見たウォルフ王太子と同じと言ってよかった。
「他人のそら似では済まないほど瓜二つだった。君と王太子は一体どういう関係なんだい」
「これで、三つ」
ウォリスはアルマークの言葉に被せるように言った。
「まだ、聞きたいことは?」
「細かいことはたくさんあるけど」
アルマークは答える。
「とりあえずはこの三つかな」
「そうか」
ウォリスは頷いて、薄く笑う。
「厳しい質問ばかりだ。君に勝ててよかった」
アルマークは肩をすくめて、ウォリスの答えを待つ。
「最後の質問に答えよう」
ウォリスは言った。
アルマークは、少し意外に思う。
きっとそれが一番答えづらい質問だろうと思っていたから。
「ガライ王国王太子のウォルフは」
しかし抑揚のない声で、ウォリスはさらりと言った。
「僕の双子の弟だ」




