蛇の王
「蛇骨傭兵団。僕は聞いたことがないです」
アルマークが首を振ると、ウィルビスも、そうだろう、と頷く。
「ごく最近現れた傭兵団だからな。知らなくて当然だ。俺も詳しいことはわからねえが、とにかく強い。兵力はさして多くないが、全員が死をも恐れぬ勇者揃いで、数倍の敵を相手にしても必ず勝つ。そういう話だ」
「そうですか」
集合離散を繰り返す傭兵達の宿命で、常に新たな傭兵団が生まれては消えているのだが、それでもごくわずかな期間で一番強いと言われるほどに成長する傭兵団は滅多にない。
「きっと優秀な指揮官にも恵まれているんですね」
「ああ、“蛇の王”か。そうらしいな」
ウィルビスが頷く。
「“蛇の王”?」
「蛇骨傭兵団の団長はそう呼ばれてるらしい」
「王の称号でですか」
「そういう話だ」
アルマークは耳を疑った。
蛇の王。
王、だって?
王、という称号は傭兵達の中でも特別な響きを持っている。
もちろん、本当の国王という意味ではない。
いつからか始まった、北の傭兵たちの不文律の一つといってもいい。
歴戦の傭兵達の中でも特に武技に優れた者で、ごくまれに“王”の敬称で呼ばれる者がいるのだ。
“剣の王”、“斧の王”、“槍の王”、“弓の王”……
それはただの二つ名ではない。
その敬称は、剣なら剣、斧なら斧、その得物を使う傭兵の中で最も強く優れていることを意味していた。
傭兵への敬称として、“王”という言葉を用いる不自然さ。
元々は、どんなに強くても自らの国どころか小さな領地も持つことのできない傭兵達の自嘲をこめた皮肉でもあったのか。
真相は分からない。
いずれにせよ、個人的な武勇に優れた者に贈られる“王”の敬称は、北の傭兵達にとって最高の栄誉であった。
北全土を見回しても、“王”と呼ばれる傭兵はわずかに五人程度。
その中で、武技ではなく唯一、傭兵団長に贈られる尊称が、その傭兵団の名前を冠した“王”だ。
その指揮する傭兵団が当代随一、最強であることを意味しており、かつて、“鷲の王”、“蠍の王”がいたとされるが、その後そこまで圧倒的な傭兵団を擁する“王“は現れなかった。
しかし、蛇骨傭兵団の団長は、自らの率いる傭兵団の頭文字を取った“蛇の王”と呼ばれているというのだ。
これまでにも“王”を自称する傭兵はいたが、商人達を通して中原まで名前が伝わってくるのだ。“蛇の王”は自称ではあるまい。
それはつまり、多くの傭兵が蛇骨傭兵団の力を比類なきものと認めている証であった。
「すごいですね」
アルマークの言葉にウィルビスは頷く。
「これからしばらくは蛇骨傭兵団の時代になるかもな」
北の戦乱はまだまだ終わる気配を見せない、ということだろう。
アルマークの知る限りでも、フィランが荒れ果て、バスティアが荒れ果て、それでも戦は終わらない。
その中で傭兵は、父さん達は、いつまで戦うのだろうか。
アルマークの身体を、北の冷たい風が吹き抜けた気がした。
話が一区切りついたところで、コスターがアルマークに言う。
「私たちは何ヵ月かに一度はこの港にも寄るから。その時に北の話があればまた教えてあげるよ」
「はい。ありがとうございます」
「親父さんは有名な鍛冶屋なのか? 名前を教えてくれれば、知ってそうな奴に会ったときに聞いてやるぜ」
「いえ」
ウィルビスの提案にアルマークは首を振った。
「よくある名前ですし、有名ではありませんので。ありがとうございます」
「そうか」
「星の守り号」は、数日後には出港するらしい。
すっかり日も傾きかけていた。
アルマークは二人に礼を言って、港を後にした。




