飛び魚亭
飛び魚亭は大通りから道を数本入った、やや分かりにくいところにある小さな店で、ささやかな看板も含め、ここだと教えてもらわなければ通りすぎてしまうような佇まいだった。
今は入口のドアに「本日貸切」と書かれた木のプレートが掛けられている。
二人がドアを開けて店に入ると、外観同様さほど大きくない店内にクラスのほとんどがもう集まっていた。
皆、思い思いの場所に陣取って談笑している。
「あ、二人で来たんだね」
ネルソンやレイドーと笑顔で話していたモーゲンが、二人に気付いてそう声をかけてくる。
「うん。僕はこの店、初めてだったから」
アルマークが答える。
「ウェンディに連れてきてもらったんだ」
「そうなの」
ウェンディも頷く。
「そうか。昨日ちゃんと道を教えておけばよかったね」
すまなそうな顔をするモーゲンに、レイドーが首を振る。
「いや、モーゲン。それこそ余計なお世話というものだよ」
頭に疑問符が浮かんだモーゲンを見て、ネルソンも笑う。
「いいじゃねえか。ちゃんと来れたんだから」
「うん。そうだね」
モーゲンが笑顔で頷く。
ウェンディはすぐにリルティやノリシュたちに声をかけられ、女子の輪に加わる。
「間に合ってよかったよ」
アルマークの言葉にモーゲンが頷く。
「うん。これでまだ来ていないのはウォリスくらいかな」
「ウォリスがまだなのか」
アルマークもあらためて店内を見回す。
確かにウォリスの姿がない。
しかしそれ以外はみんないるようだ。
昨日ウォリスと揉めたトルクも、ちゃんと来ている。
「あれ?」
アルマークは気付いた。
「レイラがいないみたいだけど」
「ああ」
モーゲンは顔をしかめた。
「そうなんだ。今朝セラハのところに来て、行けなくなったって」
「具合でも悪いのかい」
「理由は何も言わなかったって」
「そうか……」
「やっぱり、あれかな」
モーゲンが少し沈んだ顔で言う。
「ロズフィリアに負けたのがショックで」
「かもしれないね」
アルマークは頷く。
「レイラは、クラスの優勝とかよりも、とにかく自分が勝つことにこだわってたから」
「そうだね」
モーゲンも同意する。
「みんなで優勝をお祝いする気にはなれないのかもね」
その時、軽いきしみとともにドアが開いた。
入ってきたのはウォリスだ。
「あ、ウォリス」
モーゲンがほっとした声を出す。
「おう、ウォリス」
ネルソンも声をあげた。
「おせえよ。一番最後だぜ」
「ごめんごめん。久しぶりだから道を一本間違えてしまった」
ウォリスが謝る。
「よし、これで揃ったね」
モーゲンが元気よく立ち上がった。
レイラの話をしていたときのしんみりとした口調はどこへやら。こういう時のモーゲンの切り替えの早さはさすがだ。
「おばさん、揃いました!」
店の奥に声をかける。
「はいはい」
そう返事して、人の良さそうな太った女性が奥から出てくる。
「皆さん、優勝おめでとう。今日はたくさん食べていってね」
その言葉に、みんなで、はい、と返事し、ありがとうございます、と口々にお礼を言う。
「いいのよ。みんなの頑張ってる姿を見て、おばちゃん感動しちゃったんだから」
飛び魚亭の奥さんはそう言うと、さっそく奥の厨房から料理を運んでくる。
奥の厨房でご主人が料理を作ってくれているようだ。
みんなで配膳を手伝い、大量の料理がテーブルに並び終わったところで、祝勝会が始まった。
会は実に和やかに進んだ。
一番の殊勲者のモーゲンは満面の笑顔で料理をぱくついていたし、ネルソンやレイドーは身ぶり手振りを交えて楽しそうに試合を振り返っていた。それをノリシュやリルティがこれも楽しそうに聞いている。
たまにネルソンが自分の記憶を美化しすぎているのをノリシュが容赦なく否定して、そこで笑いが起きる。
と思えば、こちらのテーブルではトルクがガレインとデグと三人で言葉少なに食べている。白けているのかと思えばそういうわけではなく、たまに喋るデグの一言に三人でゲラゲラと笑い転げたりする。
アルマークはウォリスとウェンディ、ピルマンやキュリメ、セラハらと同じテーブルで、普段はあまり話すことのない女子たちから試合についての質問攻めにあったりした。
みんな、試合の前にアルマークが披露した北の名乗りに興味を持っていたが、アルマークとしてはあまり語れることはなく、ただ、僕の住んでいた地方ではああやって神様に見てもらおうとするんだ、というような話をした。
ウォリスは終始穏やかな表情で、それはさぞかし見物だったろうね、僕も見たかったよ、などと話した。
料理があらかた片付いたところで、補欠の女子四人とバイヤーが厨房に引っ込んだかと思うと、大きなケーキを持って出てきた。
「奥さんにお願いして、みんなでこっそり朝から来て焼いてたの」
とノリシュが言う。
「お祝いに、みんなで食べようと思って」
「すごい! こんな立派なケーキが出てくるなんて!」
モーゲンが諸手を挙げて喜びを表す。
「厨房を貸してもらって作ったんだけど、意外と大変だったんだ」
ノリシュが言い、リルティが頷く。
「バイヤーが、作るのすごくうまかったんだよ」
セラハの言葉に、バイヤーが誇らしげに胸をそらす。
「ま、僕だってこのくらいはね」
「すごいや、バイヤー!」
モーゲンがバイヤーに抱きつき、バイヤーが嫌そうに顔をしかめるのを見て、みんなが笑う。
ケーキは、しっかりと甘くて、もちろん素人の作ったものだという素朴さはあったが、それでも十分においしかった。
みんなが思う存分に食べて、笑って、幸せな会は終わった。
アルマークは飛び魚亭を出ると、まだ店の前で笑いさざめいている仲間たちから離れて、そっと港へと向かった。
「星の守り号」はまだそこに停泊していた。
もう荷下ろしはとっくに終わったようで、人夫の姿はない。
波止場に立ち、少しアルマークは逡巡する。
船を見上げるが、甲板にさっきの船員の姿は見えない。
代わりにアルマークは、波止場の先に、海を見つめる見慣れた背中を見付けた。
硬い、誰かの助けを拒絶する強い意思を秘めた背中。
けれど、今はその背中にはまるでひびが入っているかのように見えた。
アルマークの目的は全く別のことだったが、それを見たら、もう放ってはおけなかった。
「レイラ」
アルマークは、そっと声をかけた。




