お祝い
武術大会の日は、みんな総合優勝に興奮して、寮で夜遅くまで話していたらしいが、アルマークはさすがに体力の限界を感じて、早々に自分の部屋に戻って休んだ。
だから、部屋の割れた窓がきれいに直されているのに気付いたのも、すっかり元気を取り戻した翌朝になってからのことだ。
管理人のマイアにそれについて礼を言うと、マイアはいつものように無愛想に鼻を鳴らして、お礼ならカッシスに言いな、と言った。
朝、校舎へ向かう途中、アルマークは一年生のエルドとシシリーに声をかけられた。
「聞いたぞ、アルマーク。昨日の武術大会で活躍したそうじゃないか」
「ああ、エルド、シシリー、おはよう」
「魔法の才能がないのを心配していたが、武術はそこそこできるようで、僕も安心した」
エルドはそう言って頷く。
「ありがとう」
アルマークが苦笑しながらそう言うと、シシリーが横から口を挟んでくる。
「アルマーク、武術大会頑張ったの?」
「うん。頑張ったよ」
「そうなんだ。じゃあ魔術の勉強も同じくらい頑張らなくちゃね」
「う、うん」
「そうだぞ、アルマーク。僕らの本分はあくまで魔術だ。得意だからと言って武術にばかりかまけていてはいけない」
エルドが重々しく頷く。
「僕は最近治癒術に力を入れている。人の命を救うことが出来るのもまた魔術師だからな」
その言葉もイルミス先生から聞いた気がする。
だが、セリアの薬湯に何度も助けられた経験のあるアルマークには、エルドの言葉は素直に頷けるものだった。
「そうだね。僕も君を見習って頑張るよ」
アルマークの言葉にエルドは、うん、そうだな、と頷く。
教室に着くと、もうクラスの大半が来ていて、わいわいと盛り上がっている。
話題はやはり昨日の武術大会の話の続きがほとんどだ。
ネルソンがアルマークの姿を見つけて、すぐに声をかけてくる。
「アルマーク。お前も明日来るよな?」
「え?」
アルマークがきょとんとすると、隣にいたレイドーがネルソンの袖を引っ張る。
「ネルソン、昨日その話が出たときにアルマークはもういなかったよ」
「ああ、そうか。アルマークはすぐにいなくなっちまったもんな」
ネルソンは頭を掻いた。
明日は学校が休みだ。
それで、2組全員でノルクの街にある飛び魚亭という食堂で、優勝のお祝いをすることになったのだという。
飛び魚亭は、安くておいしくて量が多い、という三拍子揃った食堂で、休みの日には学院の食事だけではとても飽き足らない中等部や高等部の学生がよく通っている。
昨日の武術大会にはノルクの街の人々もたくさん観戦に訪れた。
その中で、初等部の観戦に来た飛び魚亭の奥さんが、常連のモーゲンちゃんの奮戦にいたく感激し、3年2組の祝勝会のために、店を採算度外視の格安で貸し切らせてくれるということになったのだそうだ。
「すごいね」
アルマークが目を丸くすると、ネルソンは頷く。
「モーゲンがあの店の常連だったおかげだよ。さすが優秀選手。やることが違うぜ」
「そうだね」
アルマークは頷く。当のモーゲンは窓際でバイヤーと話している。
「ということで、お前も行くだろ」
「ああ。もちろん行くよ」
「よっしゃ。これでウォリス以外は全員参加だ」
「ウォリスはまだダメなのかい」
「うーん……どうなんだろうな。まだ会ってねえんだ」
そんな話をしていたところへ、ちょうどウォリスが教室に入ってきた。
「みんな、おはよう」
その声に、その場にいたクラス全員が彼を振り返る。
「ウォリス、もういいのかい」
「ウォリス、もう大丈夫なの」
レイドーやノリシュが口々に声をかける。
ウォリスはまだ顔色が悪いものの、穏やかに微笑む。
「ああ。まだ完全ではないけれど、だいぶいいよ。心配かけてすまなかった」
それから、クラス全体に呼び掛ける。
「昨日は武術大会で優勝したそうだね。みんなおめでとう」
「お前がいてくれりゃもっと楽勝だったんだよ」
ネルソンが声をあげる。
「そうとも限らないさ」
ウォリスはネルソンの言葉を穏やかに否定して、モーゲンに歩み寄る。
「モーゲン。君が優秀選手だったそうだね。おめでとう」
「あ、うん。もし君が出てくれてれば僕は補欠だったはずだけど」
そう言ってモーゲンが照れ笑いする。
「もしなんてないんだ。素晴らしいことだよ」
そう言ってモーゲンの肩を叩く。
「そういえばウォリス」
ネルソンが、思い出したように言う。
「明日、飛び魚亭で祝勝会やるんだ。お前も来れるだろ?」
「祝勝会。それはすごいね。僕が行ってもいいのかい」
「もちろん。2組のクラス委員はお前じゃねえかよ」
「それじゃ……」
「気に入らねえな」
不機嫌な声に、ウォリスが振り向く。
口を挟んだのは、トルクだった。
机に頬杖をついて、険しい顔でウォリスを見ている。
「武術大会に出るのをあんなに簡単に断念しておいて、祝勝会だけ出るって? どの面下げてだ」
「おい、トルク。そんな言い方はねえだろう」
ネルソンが眉をひそめる。
「怪我してたんだから仕方ねえだろ」
「ふん。どうだかな」
トルクはそっぽを向いた。
「怪我してたって、大会までにクラス委員としてできることは色々あったはずだ。それを、全部俺とアルマークに丸投げしやがって」
その言葉に、教室が静まり返る。
「こんなことは言いたかねえが、アインもルクスもクラス委員として大会でもよくやってたぜ。お前と違ってな」
そう言って、目だけでじろりとウォリスを睨む。
「そうか。それはすまないことをしたね」
ウォリスはあくまで淡々と謝る。
「君がそんなに僕を頼りにしていたとは。気付かなくてすまない」
「そういうことを言ってるんじゃねえ」
トルクが声を荒げた。
「とにかく、ウォリスが来るなら俺は行かねえぜ。気分がわりい」
その言葉に、傍らに立っていたデグとガレインも困った顔をする。
「トルク、てめえ面倒くせえこと言うなよ」
ネルソンも声を荒げるが、トルクは意に介した様子もない。
「そういうことなら僕は遠慮しておくよ。歓迎されない席にのこのこと行くほど野暮じゃない」
ウォリスが穏やかな表情のままでそう言うと、ネルソンもさすがに困った顔になる。
「ウォリス。お前もそんなこと言うなって」
「ねえ、二人とも」
そっと間に入ってきたのはウェンディだ。
「せっかくのお祝いの話でけんかしてもつまらないじゃない。それなら昨日の武術大会のリーダーに決めてもらいましょうよ。二人ともそれなら文句ないでしょ」
そう言ってアルマークのほうを見る。
「え、僕かい」
アルマークは意外な成り行きに思わずそう声をあげたが、ウェンディと目が合えば頷かざるを得ない。
「分かった。じゃあ昨日のリーダーとして、僕の意見を言わせてもらうよ」
そう言って、ウォリスとトルクの間に立つが、二人とも、アルマークの方を見ようともしない。
さて。
アルマークは考える。
ウォリスにはきっと何か事情がある。
だが、おそらくそれは今この場で言うべきではないだろう。
しかし、祝勝会をせっかくまとまりかけたクラスの不和のもとにするのも良くない。
「一昨日の朝」
アルマークはそう話し始めた。
「僕はこのクラスが最高だと言った。最高のクラスで勝つんだって。その中には、もちろんウォリス、トルク、君たちも含まれている。結果、僕たちは勝った」
だから、と言いながらアルマークは二人の顔を交互に見る。
「明日は二人とも来なきゃダメだ。そうでなきゃお祝いする意味がない」
おう、とネルソンが呼応する。
「賛成だ。さすがリーダーの意見だぜ」
「ウォリス、それでいいかい」
アルマークが声をかけると、ウォリスは肩をすくめる。
「僕は構わないよ。トルクさえよければね」
アルマークは頷いて、トルクに声をかける。
「トルク、君もいいね」
トルクは頬杖をついてそっぽを向いたまま返事しない。
「トルク」
アルマークがもう一度言うと、トルクはため息と共に、好きにしろ、と吐き捨てた。
「決まりだ」
アルマークが顔をあげると、モーゲンがにこにこしながらのんびりした声で言った。
「二人とも絶対来るべきだよ。だってこんな安い値段で飛び魚亭の料理がお腹いっぱい食べられるんだよ? 優勝できてほんとによかったよ」
その言葉にようやく、クラスメイトたちの笑い声が弾けた。
「今日は早いんだね」
寮への帰り道、後ろから追いかけてきたウェンディがアルマークに声をかけてきた。
「ああ、ウェンディ。今日はイルミス先生、用事があるらしくて」
アルマークが笑顔で振り返ってそう言うと、ウェンディはそのままアルマークの横に並んで歩きながら、今日はごめんね、と言う。
「え?」
「ほら、朝トルクとウォリスが揉めたでしょ。あの時にアルマークを引っ張り出しちゃって」
「ああ……」
「アルマークの言うことなら、トルクも聞くと思って」
「トルクも……まあ、そうだね。今回は僕が一応リーダーとして王太子からトロフィーも受け取ったわけだしね」
アルマークがそう言ってトロフィーを受け取る真似をすると、ウェンディはくすくすと笑いながら、うん、と頷く。
「トロフィーを受け取ってるところ、かっこ良かった。でも、リーダーだからってだけじゃなくて」
ウェンディは付け加える。
「アルマークの言うことなら、きっとトルクは聞くよ。トルクはアルマークのことすごく認めてるもの」
「そうかな」
アルマークは首をひねる。
武術に関してはそうかもしれない。けれど、魔術やほかのことに関しては認められるようなことは何もしていない。
「いつも皮肉られてばかりだよ」
「そんなことないよ。認めてる」
ウェンディがそう言って力強く頷く。
「うん」
アルマークはよく分からない相槌を打った。
そのまま黙ってしばらく歩く。
「ところで、ウェンディ」
アルマークは話題を変えた。
「明日の祝勝会のことだけど」
「うん」
「実は僕、飛び魚亭って行ったことないんだ」
「え、そうなの?」
ウェンディが目を丸くする。
「誰でも一回くらいは行ったことあるよ」
「そうらしいね」
アルマークは頷く。
「僕は、ここに来てから食事は全部食堂で済ませてきたから」
アルマークは食にほとんど関心がない。
食事なんて食べられれば、腹にたまれば、それでいい。どこかそう思っている節がある。
「そうなんだ。じゃあ、明日一緒に行こうよ」
ウェンディがそう提案してくれる。
「うん。よかった。実は僕も、それを君にお願いしようと思ってたんだ」
アルマークが照れくさそうに言い、二人は顔を見合わせて笑った。




