ノリシュ
「こんな雑な負けかたは初めてだ」
胴をさすりながら、エストンが憮然とした顔で言う。
「なんだ、あの突きは。防具じゃないところを狙った突きもたくさんあったぞ」
「悪い」
ネルソンは簡潔に謝る。
「頭に血がのぼったら勢いついちまうからさ」
「信じられない」
エストンは首を振った。
「だけどまあ、負けは負けだ」
諦めたように呟く。
「覚えておく。ネルソン、君の名を」
「おう」
「ああ、それと」
エストンは思い出したように尋ねる。
「ノリシュって誰だい」
本当に覚えてねえのか。
ネルソンは心の中で舌打ちする。
「お前らが一年の時にさんざん泣かせてた女子の名前だよ」
「……ああ」
エストンが合点がいったように頷いた。
「あそこにいる子だろ」
そう言って、観客席に目をやる。
ノリシュが2組の女子の真ん中で、大きな声でネルソンの名を叫んでいた。
「試合中もずっとあの子の声が聞こえていた。ずっと君の名を呼んでいたな」
「へえ」
ネルソンは驚いた。興奮して、まるで耳に入っていなかった。
「実に耳障りだった。おかげで集中が途切れたよ。今思えば反撃のチャンスはいくつもあった」
「言い訳かよ」
ネルソンが笑う。
「往生際がわりいぞ」
「言い訳じゃない。この試合は、君とあの子の勝利だと言いたかっただけだ」
意外な言葉に、ネルソンがエストンの顔をまじまじと見返す。
エストンの顔は屈辱で歪んではいたが、最後のプライドが取り乱すことを許さないようだった。
「あれだけ何度も叫ばれれば、嫌でも名前を覚える」
エストンは言った。
「僕に勝った相手の名前は覚えておく。ネルソンとノリシュ」
勝ち名乗りを受けて、戻ってきたネルソンをトルクが呼び止める。
「おい、バカ」
「なんだこの野郎」
ネルソンが目を剥く。
「お前、俺との練習まったく生かしてねえじゃねえか。なんだあのバカみてえな戦い方は」
「仕方ねえだろ。興奮しちまったんだから」
その言葉にトルクは呆れたように笑う。
「まあ逆に意表ついた形になったからな。運が良かったな、まともに戦ったらお前負けてたぜ」
「うるせえ。勝ったんだからもっと褒めろ」
「褒めてるのが分からねえのか」
「分かるか」
トルクは、まあいいや、と言って頭をかく。
「感謝するんだな。お前がそこまで興奮するくらいのやる気を出させてくれた何かに」
なんだそりゃ、とネルソンは思った。
選手席に向かって歩きながら考える。
どいつもこいつも、俺の勝利にケチつけやがって。
その上、俺一人の力じゃないみたいな言い方しやがって。
アルマークやモーゲンが笑顔で手を振っている。
それに手を挙げて答えながら、ネルソンはふと観客席を振り返る。
ノリシュがまだネルソンの名を呼びながら手を振っていた。
もういいよ、お前。俺の名前呼びすぎだよ。
でもまあ、確かに。
ネルソンはもう一度、ノリシュに向かって大きく手を振った。
あいつのおかげもあるよな。




